067 届いた視線、届かない理由
私とハンナが控室のドアを叩くと、リュウゾウ先生から入ってくるよう告げられる。扉を開くと、青ざめたソウガが目に飛び込んできた。かすかに胸が痛む。
彼のためとはいえ、魔力を回復させず準決勝に臨ませたのだ。魔力枯渇が起きることは分かっていた。
――沈む気持ちを笑顔で覆う。
「おめでとう、ソウガ。いよいよ決勝だね」
彼はこめかみを押さえていた手を下げ、こちらを向くと訝しげな顔をした。
「ありがとう、ナツメ。観客席で見たときと表情が違うな。あのときは残念そうに見えたけどな」
その言葉に息をのむ。観客席の後方に座っていたはずだ。アリーナから距離は遠く、人も多い。
その中から私を見つけるのは不可能――それに表情なんて分かるはずがない。鎌をかけたのかと疑って彼の顔を見るが、確信に満ちている。
武蔵零式の機能としか考えられない。その性能に背筋が凍る。そんな高倍率のズームを、何の目的で使うのだろうか。
不意の一言に思考が揺れ、私は口を閉ざしてしまう。代わりにハンナが答えてくれた。
「私もナツメさんも、相手のダイニの生徒のことを心配してたの。強烈な一撃で片足を壊されて受け身も取れず倒れたでしょ。怪我がないか気になっただけよ」
彼女の機転に感謝する。気を取り直して笑顔に戻し、言葉を引き継ぐ。
「そうだよ、ソウガ。それにしても、よく私たちが分かったね。かなり後ろの席で応援していたんだけど」
ソウガは表情を緩めた。
「ああ、武蔵零式の機能だよ。モニターが勝手にズームするんだ。恐らく瞳孔の動きに反応して動いているんじゃないか。知らんけど」
頭を抱えそうになる。まさにオーバーテクノロジーだ。魔導機人に備わっている望遠機能は手動で数値を入力しなければならない。
それを瞳孔連動で自動化するなんて信じられない。リュウゾウ先生に視線を向けると、目を見開いて固まっている。
だけど、今は武蔵零式の機能はどうでもいい。このままでは彼のペースに飲まれる。頭を振って、気持ちを切り替えた。
「……そうなんだ。今度、詳しく教えてよ。それより大事な話があるんだ。聞いてほしい」
そこで言葉を切り、彼を見つめる。ソウガの金色の瞳に鋭さが増す。警戒しているが、関係ない。告げる言葉は決まっている。
「明日の決勝は棄権してほしい。理由は今は言えない」
彼は目を見開く。当然だ。ソウガの気持ちは分かるが、譲れない。彼は私を睨みつける。
「どういうことだ。俺は優勝する必要がある。試合もせずに負けるなんて無理だ」
「ソウガ、武光七翼のことだよね。その件なら、父に頼んで別の方法を探しているから安心して。だからナツメさんの言うことを聞いて」
ハンナが説得するが、納得できないソウガは彼女を射抜く。
「ちょっと待て、お前たち。話が見えないが、落ち着け。ナツメ、理由を言えないのはなぜだ?」
静観していたリュウゾウ先生が私たちをたしなめる。少し焦っていたかもしれない。言葉が足りなかった。
「……すいません、先生。言えないのは、確定ではありませんが、国家機密に相当するからです」
先生は父が情報局長官だと知っている。疑いはしていないようだが、考え込み始めた。
控室に沈黙が落ちる。武蔵零式から漏れる油と鉄の匂いが鼻をかすめる。やがてソウガが立ち上がった。
まだ顔が青ざめている彼は、首を振って痛みを振り払うように告げた。
「先生、俺は帰ります。武蔵零式は預けていいですか? 魔力枯渇寸前で空間魔法を使う余裕がないです」
私とハンナの視線を無視し、先生が頷くと彼は続ける。
「明日は絶対出場するので準備をよろしくお願いします。ナツメ、ハンナ。俺のことを思っての言葉だとは分かった。だが、国家機密と俺にどんな関係があるのか分からないし、今は興味もない」
そこで言葉を切り、全員を見渡して言い放つ。
「ヤクモが作ってくれたチャンスだ。俺は優勝を目指す」
ソウガは私たちを見る。その金色の瞳に強い意思が宿っていた。もうこれ以上は説得の余地はない。
入学式初日のソウガとヤクモ君の決闘――それがここで裏目に出た。
ふたたび静寂が訪れると、彼は足を引きずるように部屋を後にした。
扉を開いたとき、かすかに声が届いた。
<試合終了です。この勝負は、済聖光学園、テッペイ・アリタス選手の勝利です>
それは、明日の決勝の相手が決まった瞬間だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ブクマ・★評価で応援いただけると励みになります<(_ _)>




