夜も更けたので
「なんだ、あいつはあんただったのか」
「なんだって何よ。感動の再会よ? もう少し驚いてみたらどうなの? ときめいてみたらどうなの?」
「驚いた所でそれが事実なら受け入れるしかねぇだろ。生きてりゃそう言う珍しい事の一つや二つ有るだろ。生憎俺にはそのときめきって感情はよく分からねぇんでな」
珍しさで言えばレオンやデュランの様な本物の英雄が、同じクラスに居ると言う事の方が圧倒的に上だとケヴィンは思っている。
「何よ、つまらない人ね。少しだけ舞い上がった私が馬鹿みたいじゃない」
少しだけ口を尖らせる素振りを見せたエマ。
その表情に少し笑いをこぼしながらケヴィンは返す。
「つまらなくて結構。あんたもよくそんなつまらねぇ奴のつまらねぇ言葉なんか覚えてたな?」
「貴方にとってはもしかしたらどうでも良い過去の思い出の一つかも知れないけど、私にとっては物凄く大きい出来事だったのよ」
「そりゃぁ光栄だと言っとくべきか? 忘れててわりぃって言うべきか?」
「それこそ、一方的に私が感謝してるだけよ。忘れてて責める事なんてしないわ。あの時私は確かに人生に絶望していた。私にとってあの時は本当に不幸のどん底だった。だから貴方に責め立てられた時に、正直腹も立っていた私も居たわ。貴方に何が分かるのよってね」
だろうな、とケヴィンはとぼけた表情を見せる。
「でも、言われた事は正に正論だったわ。私はあの時、間違いなく抗って居なかった。その起きた不幸に対して、何一つ立ち向かって無かった。貴方の言う通りただ逃げてただけだったのよ。それを気づかせてくれた貴方に、あの日から強く感謝していたわ」
「そんな大それた事じゃねぇよ。それに今こうやって言われなきゃ、俺はあの時の奴があんただって気づかないぐらい忘れてる事だ」
「仕方が無いわよ。私はあの時、ある事情で『男装』して居たもの。そう言ってしまえば、私だってあの時の人が貴方だって今やっと気づいたのよ?」
「そりゃぁ俺だっていつもの……おっと」
ケヴィンは大袋から普段使っていた紺色のローブを取り出そうとした所で手を止めた。
そのローブは正に当時彼女と出会った時に身に着けていたローブであり、最近まで『K』として使っていたローブである。
エマがどこまで『蒼氷の朱雀』の情報を仕入れているかは分からないが、このローブを見せればKであった蒼氷の朱雀の正体が自分であると証明している事に等しい。
彼女が過去のケヴィンの姿を覚えて居るのならば、元も子もない話ではあるのだが。
ケヴィンの行動に軽く首を傾げるエマを横目に、ケヴィンは誤魔化す様に言葉を連ねる。
「まぁこうやって無事に生きてたんだったら結果オーライだ。わざわざ今更俺に殺してくれって頼む様な事はしねぇだろうしな。にしてもデスマウンテンで俺と遭遇した事は誰にも言わなかったんだな? あんたがあの後どういう行動したかは知らねぇが、さすがに同年代のガキをデスマウンテンで見たと言ったら、捜索隊が組まれるぐらいの騒ぎには成ると思うんだが」
「……正直、あの時そこまで頭が回らなかったわ。生きるのに必死だったのも有るけど、何処か心の中であの人なら大丈夫と思い込んでたのも事実よ。貴方あの時上級モンスターを屠ってたもの。それにあの時あの場所に現れたのは偶然で、デスマウンテンにあなたがずっと暮らしてるなんて思うはず無いじゃない?」
それもそうか、とケヴィン。
デスマウンテンで遭遇したからと言えど、デスマウンテンに生息していると言う証明には成らない。
相手は魔物では無なく人なのだから。
それに確かにあの時自分は、エマに襲い掛かる上級の魔物を倒して彼女を救出した。
例えデスマウンテンに同世代の少年が居たとしても、魔物を倒せる力を持っているのなら何の心配もいらないだろう。
英雄が存在するこの世界だ。
ケヴィンが英雄だと勘違いされたのなら、心配等野暮の様なものであった。
「兎に角、貴方のお陰で生き延びる事が出来た。今では絶対に死ねないと言う思いも有る。ずっと言いたかった事を、やっと言える事が出来るわ……ありがとう」
「大した事はしてねぇよ。だが……受け取ってやるよ」
再び二人の間に風が吹く。
すっかり夜も更け込み、いつの間にか時間が経っている。
心地の良かった風が少し肌寒さを感じさせ始め、エマはノースリーブで露出された腕を摩った。
「酔いは大丈夫か? そろそろ室内戻るか?」
「あら、今度は抱きかかえてくれるのかしら?」
「お前もう普通に歩けるだろう」
「少しぐらい女の子扱いしてくれてもいいじゃない」
笑いながら文句を言うエマ。
すっと立ち上がり、室内へ戻る意思を見せる。
ケヴィンは軽いしかめっ面を見せながらも、エマと共に室内へと戻っていった。
パーティは完全に下火になっており、既に大半の参加者はアルベルトの用意した簡易型の転移魔法陣にて帰宅している様だった。
食事も一部のデザートが残り、殆どが綺麗さっぱり無くなっている。
やはりしっかりとレオンとデュランが残飯処理をしてくれていた様だ。
何故か等の本人であるレオンは、広場のど真ん中でフィーネを抱きかかえる様にして眠っているのだが。
隅の方で難しそうな本を読んでいるデュランにその事を問うと、寝入った二人を面白そうだからくっ付けたと言う。
相変わらず見た目に反して茶目っ気の有るデュランのギャップには驚かされる。
「どうやら……仲直りは出来たみたいだな……」
デュランのその表情は大して変化していない。
だが見て分かった。
これは微笑んでいるのだと。
正解をレオンに問いたい所だが、レオンはアホ面かましてる為に蹴り飛ばしたくなった。
「心配かけたわね、デュラン」
「なんだ? 全部お前の筋書きどおりか?」
「さぁ……どうだろうな」
考えが読めない男だ。
あのタイミングでこちらにエマの話をしたのも、その話の直後にエマから声を掛けて来たことも、全てデュランの手の内だったのかも知れない。
悪意の籠った策略ならばケヴィンは敏感に反応する事が出来るが、こう言った親身な物である策略には少々感知に疎い所が有ると自分でも理解している。
まぁ、悪気が無いのなら例えデュランの作戦だったとしても、ケヴィンが怒る事は無いのだが。
「ケヴィンちゃぁん……」
ケヴィンの元へ、完全に出来上がったアドレッドが、ほぼ半分寝ているマリアを連れてやってくる。
「おぉ、お前ら。楽しめたか?」
「うんー、ありがとねぇ」
「お前らどうするんだ? 簡易魔法陣だと学校までしか移動出来ねぇから、その後寮までちゃんと帰れるのか?」
アルベルトの用意した転移魔法陣はあくまで簡易型。
本来の機能である、好きな魔法陣へと向かう事は出来ず、設定した一カ所のみへの転移を目的としたもの。
参加者の殆どは学園関係者の為、その様な簡易式の物でも問題が無かった。
しかし二人は片方が酔いつぶれ、片方は今にも夢の世界へと旅立ちそうだ。
とても学園へ着いた後、自分の寮へたどり着けるとは思えない。
「今日はこの子あたしん家に泊めてくよぉ。フロールは大丈夫なんだよねぇ?」
「あぁ、あいつは空き部屋でアホ面かまして寝てる。じゃぁ隣だけど気をつけろよ」
やかましいマリアが半分寝ていて助かったと思ったケヴィン。
二人を見送った後、アルベルトがやってくる。
「ほいじゃ私も、この酔いどれを学園に連れて帰るとしよう。今日は楽しかったぞ、ケヴィン」
見ると、アルベルトの右手には、服の首元を掴まれたまま引きずられるルイスの姿があった。
「私は!! まじゃまじゃ!! 飲めまふよ!!」
そんな無様な格好になっているにも関わらず、担任として全く威厳の無い表情で酒瓶を抱える姿は、かなり笑えるものがあった。
簡易魔法陣はここに置いていくと言う事で、アルベルトはルイスを魔法陣へと投げ込み、転移させた後に自分もそれに乗りあがり転送されていった。
「ケヴィン、今日は本当に楽しかった、ありがとう。今度は是非とも僕が主催するパーティに参加して下さい」
続いてやってきたのはエドワード。
「あ? お前主催って事は貴族がめちゃくちゃ集まるんだろ? 俺みたいな混血種は明らかに場違いだろ」
「ふふ……僕が目指す未来のアトランティスは、そんなつまらない差別の一切をなくす事も一つの目標です。その意思を表明する為にも、是非とも君とフロールには参加して欲しいんですよ。僕を良くしてくれる貴族の皆さんは、僕の考えを尊重してくれてるのでね」
「はっ、気が向いたらな?」
ケヴィンの返事を前向きと捉えたのか、エドワードは笑顔でお辞儀をすると、簡易魔法陣へと向かって行った。
「ふぁー、ケヴィン。こっちの料理はカロリーが高そうだね」
眠そうなのか、それともやはり本来の目の形かはっきりしないルーチェがやってくる。
「お前らの国の料理は中々ヘルシーだったから、あぁ言うのが主食だとこっちの料理には満足出来なかったんじゃねぇか?」
「そんな事ないよ、しっかりと堪能させて貰ったよ。今日はボクもこれで帰らせてもらうよ、楽しかった」
「あぁ、フィーネはどうするんだ?」
ルーチェはレオンと抱き合っているフィーネへと視線を送り、ニヤリと笑う。
「幸せそうだから二人を引きはがしたくないね。悪いけど明日の朝転移の面倒見てやってくれない?」
「あぁ、そう言う事なら構わねぇぜ」
「じゃぁ宜しくね、ご馳走様でした」
しっかりと頭を下げたルーチェは、地上への階段を上っていく。
暫くすると転移魔法の発動が感知され、恐らくルーチェが転移魔法を発動した事を確認した。
「さて、こいつらどうするか」
デュラン達以外誰も居なくなったパーティ会場で、ど真ん中で眠っていた二人を見つめる。
「……起こすのもしのびないな」
「じゃぁこいつらもどっか適当な空き部屋にぶち込むか」
言うと、ケヴィンは指をパチリと鳴らす。
その瞬間風魔法が発動し、レオンとフィーネはゆっくりと持ち上がる。
ケヴィンなりに、彼等を起こさない様に運ぶ為にした工夫だ。
そのまま階段を上り、フロールとは別部屋へ二人を連れて行くと、そのままダブルベッドへと寝かしつける。
「同じ部屋で寝かせるの?」
エマが疑問を口にする。
二人の身だしなみをそっと整えていたケヴィンは、エマへと振り向く。
「まぁ、悪戯が過ぎるかもしれないが、いずれこいつらそう言う仲になるだろ。それともお前的になんか問題有りか?」
「残念ながらレオンにそう言った感情は持ち合わせて居ないわ、面倒のかかる弟みたいなものだからね。ま、今日は貴方達の悪戯に付き合ってあげるわ」
「……そう言いながら……エマが一番楽しんでいるんじゃないか?」
「お前それポーカーフェイスのつもりか?」
二人に突っ込まれたエマの表情は、口角が上がり笑いを堪え切れていない様子だった。
「お前らはどうするんだ? 学校に戻るんなら送ってやるが、部屋も余ってるから泊まって行っても問題ねぇぞ?」
「……明日のこいつらの反応も見たいからな……言葉に甘えさせて泊まらせてもらうか」
「そうね、デュランがそう言うのなら」
「だからエマはその不気味な笑み消してから言えよな?」
その後、ケヴィン宅へ初めて来たエマへ化粧室や風呂場を案内し、落ち着いたころケヴィンも自室のベッドへ体を預ける。
ただ皆と喋っただけの一日だったが、もの凄く価値の有る一日だった。
今日の出来事が有ったからと言って、ケヴィンの強さに変化が加わる訳では無い。
強くなる事しか考えて居なかったケヴィンにとって、それ以外の事で休日がこれ程までに充実した気分となる日は初めての事である。
レオンとデュランの過去、エマとの和解……そしてエドワードが軽く口にした王位への意思。
どれもがあぁそうかの一言で済ませられる事では無い。
色んな思考を頭の中で整理する中、ケヴィンは久方ぶりに訪れた睡魔に逆らわず、静かに寝息を立て始めた。
――――……。
レオンの事になるとデュランは悪戯っこになります。