悪戯の成功
翌朝の事である。
ケヴィンは突然体が重くなった感覚に苛まれ、目を覚ます。
実際には自分へ近づいてくる何かへ反応は出来ていたものの、その何かに悪意の様なものを感じられなかった為そのまま放置した結果がこれだ。
「……」
目を見開き、視線を自分の胴体へと向ける。
ピンク色の髪が視線に映り、自分の胸元で何故か激しい呼吸をしている女性の姿があった。
「何やってんだフロール」
「あっ!!」
別室で寝ていた筈のフロール・ブロッサム、その人であった。
ケヴィンの声が発せられた為、体をビクつかせると共に視線を此方へ向けた。
「け……ケヴィン! おは……おはよ!!」
「何やってんだって聞いているんだが」
「え……えっとぉ……これはぁ」
聞けば、今朝見慣れない部屋で目が覚めた。
記憶を探る限り、ケヴィンに抱き着いた後から記憶が無い事から、恐らくここはケヴィン宅の何処かであると推理。
お礼を言おうとケヴィン匂いを頼りにケヴィンを探しだし、部屋を開けたまでは良いがケヴィンはまだ寝ていた。
起きるまで待とうと思ったが、初めて見る無防備なケヴィンの姿に興奮し抱き着いて匂いを嗅いでしまったと言う事の様だ。
「お前は発情期のテールモンキーか。どうでもいいから早く降りろ」
「サルって何だよ! どうでもいいってなんだよ!! 少しぐらい反応してくれても良いじゃないか!」
長ったらしい説明の最中も、フロールはケヴィンの上にずっと乗ったままだった。
ケヴィンも着のみ着のまま眠ってしまって居た為、特に肌が触れ合うと言う事は無い。
この状況でどう反応しろと言うのだろうか。
「良いから降りろ」
「やだ! 意地でも離れてやんない!!」
言うとフロールはケヴィンの背中へと手を回し、がっしりとホールドする。
「お、り、ろ」
「いひゃいいひゃいいひゃい!!」
しつこいフロールの頬を引っ張るケヴィン。
じゃれあいの様な状況の中、ケヴィンの部屋に扉がノックされる。
誰かが来た様だ。
「起きてるぞ」
「え!? ちょっと!!」
ケヴィンは来客を全く抵抗も見せずに部屋へ通す。
まさかそんなリアクションを取るとは思わなかったのか、逆にフロールの方が焦った様だった。
「あら……お邪魔だったかしら……? それとも……もう色々と終わったのかしら?」
現れたのはエマ・ローゼンクランツ。
心なしか目が怖い。
その視線と言動が何を訴えているのか、ケヴィンが知る由も無い。
「何にもねぇ、見りゃ分かんだろ。それよりお手上げだ、助けてくれ」
「何がお手上げだよ!! 少しはこの状況に喜ぶとかしないの!? ……自信無くすよほんとに……」
「どういう意味だ」
「あらあら、学内最強の貴方にも弱点があるなんて驚きね」
先程まで怖かった視線が緩和し、エマは微笑みながら入室する。
エマがフロールの背中をトントンと軽く叩くと、フロールは唇を尖らせながら残念そうにケヴィンから離れる。
「二人ともよく寝れたか?」
ケヴィンの体内時計は優れている。
寝て起きて直ぐの状態でも、現在が何時かほぼ正確に認識する事が出来る。
ケヴィンの体感上現在は朝の6時半頃の筈だ。
皆があのまま日付が変わる前に寝付いたとして、十分に眠れた筈である。
「えぇ、お陰様でね」
「もうちょっと皆寝てれば良かったのに!!」
フロールが何に拗ねてるか分からないが、ケヴィンはエマに来訪の理由を尋ねる。
「朝早くからどうした? 腹でも減ったか?」
「そんなに私が食い意地張ってる様に見えるかしら。レオンが面白い事になってるから起こしに来ただけよ」
「そりゃいいな、早く行こう」
エマの一言ではね起きたケヴィンは、エマと共に悪い笑みを浮かべながらレオン達を寝かした客室へと向かう。
状況を知らないフロールはクエスチョンマークを浮かべながら着いてきた。
「ほんっとごめん!!」
部屋にたどり着けば、レオンの叫び声が響き渡る。
正座の状態から両手を地面に付き、これでもかと言う程頭を地面に擦り付けている。
デュラン曰く、この形は異世界で言う土下座と言う謝り方らしい。
謝り方としては最上級に位置するのだとか。
そんなクールぶって腕を組んでかっこつけて説明されても、ニヤついているその表情が全てを台無しにしてしまっているのだが。
「い……いえ、頭を上げてくださいレオンさん。見ての通りドレスも乱れて居りませんし、昨夜何か有ったとは考えにくいかと……」
確かにレオンもフィーネも、着のみ着のまま眠りに着いている為礼服のままである。
どちらも多少寝ぐせが付いていると言えど、襲った襲われた等の形跡は無いに等しい。
フィーネはその事を伝えているのだが、パニックになっているのかレオンは全く聞いていない。
「デュ……デュラン!! 俺どうしたらいいんだ!? どうやって責任取ったら良いんだ? こっちの世界で結婚ってどうやってするんだ!?」
「けけけけ結婚!!?」
レオンの発言により、顔を真っ赤にしたフィーネは、隠れる依り代のルーチェも居ない事もありベッドの布団を頭から被りだした。
「落ち着けレオン……安心しろ、良い神父を探してやる」
「頼んだ!!」
「結婚する方向で話が進むんだな」
悪乗りするデュランと只管パニック状態のレオン、終始赤面状態のフィーネに悪い笑みを浮かべるエマ。
そんな状況を全くの蚊帳の外状態のフロールが不思議そうに見つめていると言う状況を宥めた後、軽い朝食を取り解散となった。
いとも簡単に転移魔法を扱うケヴィンに、フィーネが本当に何者なのか疑問を浮かべるがまだ交流の浅い彼女にさえ、「まぁケヴィンさんなら……」と何故か無理矢理納得されてしまう自体となった。
解散した後、ケヴィンは久々にギルド支部『DOLLS』へと赴く。
一週間前から長期任務に就いているメイファも、予定では今日戻って来る筈である。
相変わらず自分が蒼氷だったと知った彼女の反応を考えると恥ずかしいが、専属ギルド員となる彼女とはこれからもギルドメンバーで居る限り関わっていく事になる。
だったら早いうちに蒼氷としてコンタクトしてしまった方が良いだろう。
そう思いながらケヴィンはDOLLSの扉を開き、聞きなれた鈴の音がギルド支部内へケヴィンの来訪を知らせる。
喫茶店として利用している一般客の視線が、黒ローブを着こなすケヴィンへと注がれる。
Kだった頃には有り得なかった『羨望の眼差し』と言う類いの視線だ。
まさか自分がその様な目で見られる日が来るとは思いもしなかった。
混血種である限り有り得ない……そう思っていた。
だからその視線には、聊か慣れない物が有る。
ケヴィンはいつものカウンターへと座り、視線を巡らせる。
メイファは……居ない。
まだ帰宅には早すぎたかと思い、DOLLSのマスターへと視線を向ける。
ケヴィンの事に気づいたDOLLSは、何やら神妙な面持ちでケヴィンへとコーヒーを持ってきた。
勿論ケヴィン仕様にされているぬるめのコーヒーだ。
「蒼氷様……で宜しかったですか?」
彼はKが蒼氷だと言う事を知る数少ない人物の一人である。
ケヴィンはそれを肯定する様に、蒼氷としてのギルドカードを差し出す。
Aランクである事が刻まれている方のカードだ。
「メイファはまだ戻らないのか?」
ついでにメイファの情報を問う。
彼女を心配してのことは勿論だが、担当ギルド員となるメイファの状況を知っておくのは当たり前の事だ。
メイファが任務に就いた時はまだケヴィンはCランカーであった。
その任務の最中に一気にAランクになってしまった為、専属担当ギルド員契約を行う前にすれ違いで任務に赴く事となったと聞いている。
ケヴィンの質問に対し、いつもにこやかにしているギルドマスターの表情が、更に神妙さを増す。
「実はその事でお話が有ります……」
先程から耳打ちする様にケヴィンへと声を掛けてくるマスター。
その声色から、メイファの身に何か起こっているのだと嫌でも理解出来る。
ケヴィンだから




