エマ・ローゼンクランツ2
処刑タイムです。
言葉にしたい思いを一度堪えて、ケヴィンは行動を起こす。
音も無くその場へ接近すると、フロールに手を出そうとしている男の腕をゆっくりと掴んだ。
「それならテメェも、俺に負けたら言いなりになってくれるんだろうな?」
「な、何だ貴様は!!?」
突然のケヴィンの出現に慌てふためく貴族。
恐らく、転移でもして来たかの様に一瞬の出来事に見えたのだろう。
ケヴィンにとってはただゆっくりと歩いただけなのだが、それだけでもその貴族とケヴィンの実力差が垣間見える。
「質問してるのはこっちだ。テメェらが彼女に求める分、テメェらもそれ相応のお返しが出来るんだろうな」
「な……何の為に劣悪種如きに俺達が利益を与えなければいけねぇんだよ!!」
「成る程、答えはノーか。なら俺もお返しは要らねぇ、だから精々楽しそうに泣けよ」
そう言ってケヴィンは拳を男の顔面にめり込ませる。
零距離から放たれたそれを避ける事等出来ず、男はその場に蹲る。
「何なんですか貴方は!!?」
「テメェらが散々見下している混血種だ。どうだ? その混血種の実力は想像通りか? それとも……想像以上か?」
またしてもケヴィンにとっての鈍足の移動、やはりそれに反応すら出来ていないもう一人の貴族の腹に拳をめり込ませ、彼が今朝方食したであろう内容物を吐き出させる。
「貴様……俺達にこんな事をして只で済むと――」
「思ってるよ」
と同時に、先程まで顔を抑えていた男の顔面に今度は膝蹴りを喰らわせるケヴィン。
貴族がどうした、権力が怖い?
社会から抹殺される?
そんな物王族に喧嘩を売った時から覚悟している。
だがその結果どうだ。
なんのお咎めも無い。
例えオールガイア中の貴族を敵に回しても勝ち抜く自信がケヴィンにはある。
理不尽な権力等、理不尽な腕力でねじ伏せる事が自分には出来る。
だからこその行動だ。
ケヴィンは再び顔を抑える男の胸ぐらを掴みながら、ケヴィンは問いかける。
「もう二度と暴言を吐けねぇ様にされるか、二度と誰にも手を出せねぇ様にされるか……今すぐ選べ」
どちらにせよ手は抜かない。
そう言った意思がケヴィンの言葉には含まれている。
「だ……誰が貴様の様な劣悪種に……」
「成る程、今のが最後の言葉と言う事だな」
そしてケヴィンは男を地面に叩き付ける様に投げ捨て、それと同時に……顎を踏み砕いた。
「あぁぁぁ!!! が……ぁぁぁぁあああ!!」
もはや言葉にならない悲鳴が辺りに鳴り響く。
「貴様ぁぁぁああ!!」
ケヴィンの背後から、口元を拭い去った貴族がレイピアを突き出してくる。
だがそれをすんなりと避けると、それと同時にケヴィンは脇でその貴族の腕を挟む。
「そうか、お前は腕が希望だな?」
「うぎゃぁぁぁぁああああああ!!!」
言うと同時に、ケヴィンのその貴族の腕を何重にも織り込み、関節を十近く増やした。
「ひゃへろぉ……ひゃえおぉ!!」
ケヴィンに必死にしがみ付く顎の砕かれた男。
再度のその男を蹴り飛ばすと、ケヴィンの後ろで項垂れている男の残った腕を更に折り曲げ、地面に倒れている男の元へと放り投げる。
そしてゆっくりと二人の元で屈み込み、低い声で呟いた。
「今回はこの程度で見逃してやる。もし……今後、また混血種を虐げる様な場面を俺に見せてみろ、次は……殺す」
瞬間、強い殺意を溢れさせ二人へと向ける。
失禁どころでは収まらない程の反応を見せた二人、体中の至る所から涙汗を吹き出し、体中を震わせる。
それに満足すると、ケヴィンは二人を転移魔法で医務室へと送った。
この学園には有能な教師陣が揃っている筈だ。
『あの程度』の怪我ならば、一日経てば何事も無かったかの様に元通りになるだろうとケヴィンは考えている。
教師が無能ならもしかすれば後遺症が残るかも知れないが、『そんな事』ケヴィンの知った事では無かった。
ケヴィンは背後にエマの接近を感じる。
振り向くと、拳一つ分下の位置で彼女と視線が合う。
その時であった……。
「……」
乾いた音が鳴り響く。
ケヴィンは彼女に引っ叩かれたのだ。
勿論、それをされる事はケヴィンには判断出来た。
避ける事も、止める事も、反撃する事だって簡単に出来た。
だがケヴィンはそれを敢えて受け止めた。
その行動の意味を知る為に。
「やり過ぎよ」
「あ?」
「明らかな過剰防衛、彼らに謝罪すべきだわ」
「助けてもらった相手に対する行動がこれかよ」
そう言えば、とケヴィンは思い出す。
先程までこいつに怒りを覚えていたのを忘れていた事を。
「助けてくれた事自体には感謝するわ、だけどあそこまでやって良い理由になんてならない」
「テメェにそれを口にする権利はねぇ、テメェは明らかにあの場を俺に委ねた行動を取った。それによってこの事象は起きた。あいつらに直接手を下したのは俺だが、状況を作ったのは間違い無くテメェだ」
「私ならもっと上手くやれたわ」
ケヴィンは思う。
あぁ、こいつ嫌いだ……と。
「やれてねぇじゃねぇか」
「あの時は、貴方に任せるのが一番だと思った」
「だから、それがやれてねぇって言ってんだろ。何故自分の力で解決しようとしなかった?」
「その必要を感じなかったから」
「その判断の元……こいつが怪我をしたとしてもか?」
ケヴィンはフロールを指差して言う。
彼女は涙を流しながら、二人の会話をただただ聞いていた。
「あなたが出てきたから怪我をしていないじゃない」
「それは結果論だ、事実を折り曲げて自分に都合の良い様に解釈するな」
エマの冷静沈着に見える表情が、僅かに歪む。
「こいつを、俺達混血種を差別しないで助けようとした事自体は認めてやる。だがただ正義感を翳すだけなら出しゃばった真似なんかすんじゃねぇ! やると決めたら命を懸けて最後までやり通せ!」
「貴方には分からないでしょうけどねぇ……私にもそれなりの事情が有るのよ!」
「あぁ知ったこっちゃないね、お前のその事情がどんな事かなんて知りたくもねぇ。だがな、中途半端な気持ちで下らねぇヒーローごっこやってんじゃねぇ! 首突っ込んだからにはちゃんと責任を果たせ! それが出来ねぇなら、本気で救う気がねぇなら……とっとと英雄なんて辞めちまえ!!」
ケヴィンは風魔法を扱い、フロールには『英雄』に関する発言が届かない様に施した。
恐らくエマ自身それに気づいている事だろう。
そして彼女の口からは、英雄と呼ばれた事に対しての否定の言葉は出てこなかった。
「それでも……力有る者は力無き者を守るべきよ」
「こいつが弱いのはこいつのせいだ。こいつの努力が足りなかっただけだ。テメェの物差しで強弱を決めるんじゃねぇ。その時点でテメェはこいつを見下していると言う事に気づけ」
「彼女だってこの学園に通える程の実力を持っているわ!! 彼女の努力を否定しないで!」
「否定なんざしてねぇ、確かにここまで来れたのはこいつが努力したからだろう。だが足りねぇんだ、出来ねぇ奴が出来る奴と同じ量の努力したって意味がねぇ。半分しか実力がねぇなら、倍の努力するしかねぇんだよ。それが現実だ!!」
魔導騎士育成学園には混血種に対する試験内容は用意されていない。
そもそも混血種が魔導騎士を目指す事自体がほぼ有り得ない事だからだ。
ケヴィンもそうであった様に、混血種は人間側、エルフ側のどちらかの試験で合格をするしかない。
その為に、フロールがそれ相応の努力をしたのは、誰の目から見ても分かる事だ。
「貴方の勝手な考えを押し付けないで! 誰もが貴方みたいに優れた存在だなんて思わないで!!」
彼女の言葉は、ケヴィンの神経を逆なでする。
「テメェらに俺達混血種がどうやって生きて来たか想像出来るかよ!? 幼い頃に両親を失って、ただただ虐げられた日々を想像出来るかよ!? 俺が優れた存在だ? 特別な才能だ? テメェらこそが俺達の努力を否定してるだろうが!! 恵まれた環境下で生活してきた温室育ちに、俺達の事を語る資格はねぇ!!」
ケヴィンの言葉に、エマの表情は途端に崩れる。
「……だから……勝手な考えを押し付けないでって……」
彼女の言葉に強みは感じられなかった。
自分の言葉に自信が無くなったのだろうか。
やけに悲しそうな、そして消え入りそうな切なげな表情をしている。
「分かった様な口ばかり聞いてなんも分かっちゃいねぇ。綺麗毎ばかり並び立てるのは只の偽善者だ。レオンなら、デュランなら……一体どうしたろうな?」
「……」
実際、ケヴィンは彼らの事をまだ良く知らない。
だがもし……あの二人もエマと同じ行動を取る様だったら、はっきり言って非常に『がっかり』だ。
「貴方なんて……嫌いよ」
「あぁ、そりゃ嬉しいな。俺も今日、たった今お前の事が大っ嫌いになった」
美男美女、本来ならば恋に落ちていても不思議では無かった二人は、最悪な出合い方を喫してしまった事により、簡単には埋められない溝を作ってしまった。
「やめてよ!!」
突然と二人の間に割って入るフロール。
相変わらずまんまるな瞳に涙を浮かべている。
エルフの血が濃く出ているのか、背伸びする様に立っているその姿でも身長は150センチ程にしか見えない。
「僕は二人にとても感謝してるんだよ? 僕にとっては二人ともヒーローなんだよ? そんな二人が喧嘩してるなんて……僕は悲しいよ」
腰まで伸ばした桃色の髪を揺らしながら、小さな唇で必死にケヴィンへと訴えかけるフロール。
再び流れ落ちた涙が、俯いた拍子に小ぶりな鼻の先から零れ落ちる。
ケヴィンの表情は若干落ち着き、フロールに向かって言葉を投げかける。
「だったらお前が強くなれば良いだけだ。誰にも馬鹿にされない様に、誰にも虐げられない様に……守って貰わなくても良い様にな。俺に出来たんだ、お前にもきっと出来るさ」
「僕が……僕が強く成れば二人は喧嘩しない?」
一人称が『僕』ではあるが、彼女は間違い無く女性だ。
女性と言うにはあまりにも幼く見えるが、それが彼女の特徴とも言えるだろう。
「少なくとも……今日の様な事にはならなかっただろうな」
事実である。
「それなら……僕頑張るよ、だから見守っててよ」
言いながら、最後に一粒の涙を流したフロール。
その涙を拭い取ってあげながら、ケヴィンは言う。
「いつまでも泣くな。可愛い顔が台無しだぞ」
「……ぼ……僕が可愛いだなんて……」
途端に赤面するフロールに、その意味を理解出来ないケヴィンは首を傾げながらも、エマを一瞥すると共に彼女の横を過ぎ去り、教室へと戻って行った。
後方で二人が何やら話しているが、エマは俯いたまま反応せず、フロールが彼女の手を引く事でやっと歩き出した様だった。
――――……。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字等有りましたら報告いただければ助かります。




