エマ・ローゼンクランツ
そろそろキャラクターが多くなってきましたね
翌日、朝食を取り終えたケヴィンは、人気の少ない校舎の中庭を歩いていた。
何も散歩している訳では無く、食堂から自分のクラスであるAクラスへ向かうには、中庭を通った方が近いと言うのが理由だ。
アトランティス学園の校舎は不思議な形をしており、上空から見ればまるでドーナッツ状の形をしている。
そんな造りになっているのはケヴィン達が座学を学ぶ側の校舎だけであり、闘技場や食堂といった施設は別の場所に設けられていて、それらは基本的には四角い形状をした建物で構成されている。
中庭を暫く歩いていけば、その中央にとても大きな大木が姿を現す。
それは『世界樹』と呼ばれるマナの木であり、その木が成長仕切れば高さは数千メートルにも及ぶと言われている世界最大級の大木である。
流石にこの世界樹はそれ程の大きさとはなってないが、それでもその存在感は確かに有り、オールガイアの名産の一つであった。
何故それがこの学園の中庭に埋められているか、理由は定かでは無いが、観賞用としては確かに素晴らしい物だろう。
食堂からこの中庭に来た場合、西門玄関から一度校舎に入り、再び中庭に出ると言う面倒さはあるが、そこがAクラスへの最短ルートで教室に着く事出来るルートだから仕方ない。
だが暫く通っているうちにケヴィンは、いつの間にかこの世界樹を見る事が意外と好きになって来てもいた。
部類分けをすれば魔草樹の一種にも数えられている世界樹だが、デスマウンテンに生えているそれらとは全く違う異質な見た目をしてるからこそ、ケヴィンでも目を奪われる美しさがある。
その為ケヴィンは毎朝このルートを通る事にしている。
朝食を取らずに登校時間ギリギリまで寝ている生徒が多い為に、この時間に中庭を利用する人物はかなり少ない。
学園生活でも極力人と顔を合わせ様としないケヴィンにとって、打って付けの登校ルートであった。
「やめなさい」
ところが、ケヴィンの耳に何やら争っている様にも捉えられる喧騒が届く。
草道をかき分け、ある程度の広さが保たれた空間へ出ると、その声の主が姿を見せる。
二人の女性生徒と、それに対峙する様に二人の男性生徒が中庭の広場付近で言い争いをしている様だった。
「おぉ、やはり特待生の御方は優しさにも優れておられると見える。この様な『劣悪種』までも身を粉にして助けようとする等、大変感動致しますな」
ピンク色の髪を持つ女性生徒が、もう一人の女性生徒の背後で蹲る様に震えている。
男達はその生徒を守る様に仁王立ちする女性生徒に対し、言葉を投げかけている様だった。
「混血種だろうと人間だろうと、エルフだろうと関係無いわ。貴方達がやっている行為は完全な人種差別。今すぐ彼女に謝りなさい」
オレンジ色の髪を揺らしながら怒りを露わにするエルフの女性生徒……見間違える筈無い、ケヴィンが注目する生徒の一人……エマ・ローゼンクランツである。
ケヴィンはそれを理解すると、鳴りを潜め成り行きを見守る。
「何故劣悪種等に謝罪をせねばならんのだ。何故この様な汚い存在が俺達と同じ学園へ通い、同じ授業を受け、同じ空気を吸わねばならんのだ。全く腹立たしい。謝罪を受けたいのは此方だ、父様がこれを知ったら何と言うだろうか」
劣悪種とはケヴィンら混血種を指す差別的用語。
成る程、あの蹲っている少女が件の混血種なのだろうとケヴィンは理解する。
入学当初、とても話題になった事がある。
学園設立以来史上初、一学年に『二人』の混血種が入学したと言う物だ。
一人は当たり前にケヴィンの事を指す。
そしてもう一人があの桃色の髪の少女……名を『フロール・ブロッサム』と言った。
ケヴィンもその女性生徒の事は耳にしていたが、広い学園である為に今日の今日まで彼女と出会う事は無かった。
興味が無いと言ってしまえばその通りなのだが、別段機会が無かったのも事実だろう。
つまりこの状況は、貴族による混血差別の現場を、エマが咎めている状況と言う訳だ。
「同じ人類を前にしてその発言……恥を知りなさい」
「あぁあぁ、面倒臭いですね。そうやって自分が言っている事が正しいと思い込んでいる者の発言。イライラします」
「そもそもがエルフ『如き』が俺達人間様にそんな態度取って良いと思っているのか? お前らは劣悪種よりいくらか使い勝手が良いだけで、立場はそいつらと対して変わらんだろう」
混血種は未だに差別の対象となっている。
そもそもが、奴隷時代と言うのは人々の記憶にはまだ新し過ぎるのだ。
その時代を知る者が生きている限り、人々の意識は簡単には変わらない。
特に貴族家や長老家は己の種族に強い誇りを持つがあまり、混血種に対してただならぬ嫌悪感を持っている。
それに比べて一般家系の者は奴隷階級と関与する機会が極端に少ない為に、比較的混血種への理解が高い。
男性生徒の言うエマに対して、つまり『エルフ』に対しての、立場が混血種と対して変わらないと言う言葉は、貴族だからこその発言だ。
遥か昔、魔族と争うよりも更に昔には、エルフは人間の奴隷だった時期もあった。
様々な化学兵器を持つ人間と、大した威力の無い自然魔法しか放てないエルフでは、その実力差は明らか。
エルフの自然魔法等、私生活で便利に使える程度の認識しか無かった人間の貴族は、当時のエルフを奴隷として扱っていたのだ。
それだけならまだしも、他種族に残虐行為に走る者達も現れ、その行為が行き過ぎた結果人間とエルフの間でさえも戦争が起こりかける事態になっていった。
その為に互いの種族の代表が会合した結果、不干渉条約が結ばれるに至り、長い間互いの種族が一切関与せず過ごしていた時代も大昔にはあったのだ。
貴族の中ではその古い歴史すら持ち出して人間の有能さを語る者も存在する。
事実魔法の能力に関して言えば、人間は武器を持たずともある程度戦闘を熟せる事に対し、エルフは媒体が無ければ大した力が出せない事も起因している。
それが余計に貴族の傲慢さに拍車を掛けるのだ。
人間の力無くしてエルフは生き残れないと言う壮大な勘違いが、貴族を天狗にさせる。
ケヴィンにとって媒体や媒介等と鼻で笑うレベルの話だが、事実その結果が今の状況だ。
「一体その自信が何処から来るか分からないわね。貴方達の言うエルフ如きに負けて、特待生の枠からはみ出た落ちこぼれ貴族は何処の誰かしら」
完全な挑発の言葉を発するエマ。
彼女の狙い通りか定かでは無いが、もし怒らせる事を目的としての発言ならば、それは大成功だろう。
「貴様……言わせておけばいい気に成りおって」
「その特待生様とやらの実力、見せてもらおうか。俺達一般生徒二人相手にしても、余裕なのであろう?」
言うと、二人の男性生徒は腰に携えたレイピアを引き抜く。
これは面白い事になったぞとケヴィンは思う。
例え一般人相手と言えど、魔力感知から探るに二人の実力は恐らく『D』ランクを下回る事は無いだろう。
そうなれば、Cランクを演じている彼女では勝利を収める事は出来ない。
人間ならまだしも詠唱を必要とするエルフを演じていては、その隙が致命的と成るのだから。
「ここでお前達二人を相手に好き放題しても、僕達の立場には何の影響もない事を理解した方が良い」
「俺達の父親が幾らでもこの事件をもみ消してくれるんでな、せいぜい足掻いてくれよ」
そう言って片方が飛び出す。
「……ちっ」
ケヴィンはその後彼女が見せた一連の動きに、静かに怒りを覚えた。
この状況、こんな場合でも、彼女はCランクを演じているのだ。
わざわざ詠唱を口ずさみ、貴族から蹴り飛ばされようとも詠唱を追えるまで反撃しない。
やっと放ったファイヤーボールも、大きさも速度も威力までも一般的なCランクのそれ。
だからこそ警戒していた二人には簡単に避けられ、右肩にレイピアによる突きをいとも簡単に受ける。
「なんて事は無い、所詮エルフだ。接近してしまえば人間に勝てる筈なんて無いんですよ」
「貴様もだ劣悪種。貴様は自分の立場を弁えて、俺達の言いなりと成れ」
あろうことかエマは、こちらに……つまりケヴィンに視線を向けていた。
何をしているのだと訴えかける様に。
その視線により一層ケヴィンの怒りを誘った。
彼女は分かっていたのだろう。
自分がここに居る事を。
だからこそ力を隠し、ケヴィンにこの場の決着を任せようとしたのだろう。
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