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FATAL=零  作者: 叶あたる
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四.五章 〝天寧〟

 嬉しかった。

 家族以外と話すのが、こんなに楽しいものなのだということを思い出すことが出来た。

 ほんのわずかな日々だったけど、それでも、これまで味わったことのない充実に、心が一杯になりそうだった。

 旅館の中で目の前を歩く、自分の父の背中を見ながら、天寧は考えことをしていた。

 ――生贄。

 この村には、〝祟り様〟と呼ばれる、厄災を司る神が居ると伝えられている。

〝祟り様〟の機嫌を損ねれば、村に厄災が降りかかるが、逆に、機嫌を取ることが出来れば、厄災に恐れることはなくなり、安泰に過ごせるのだという。

 そこで生み出されたのが、生贄と呼ばれる儀式である。

 十数年に一度、巫女と呼ばれる女性を選び、その女性が一定の年齢に達したとき、〝祟り様〟に捧げられる。

 巫女に選ばれる基準は、子供を〝祟り様〟の居る場所に連れて行き、そのとき、〝祟り様〟に認められた者が、巫女となるのだ。

 この村で子供を見かけないのは、自分の子供が巫女になってしまわないようにするために、家に隠したり、都会に移り住んだりしているからである。

 巫女になってしまった者は、この村から出ることが許されなくなり、〝祟り様〟に捧げられる日まで、その身の安全は約束されるが、同時に、自由を失う。

 そして、今回の生贄に選ばれたのが、姫野天寧である。



 ――六年前、両親に連れられ、まだ十歳の天寧は、〝祟り様〟が居るという岩戸の前に立っていた。

『ここは?』

 〝祟り様〟のことは、まだ漠然としか話して貰っていない天寧は、自分の手を握る父親の顔を見ながら、尋ねていた。

 鋭い目つきではあるが、今の厳格な険しい表情とは違い、柔和な表情をした父親が「大丈夫。すぐに終わるから」と言って、微笑みながら、天寧に優しく答えていた。

 そんな父親の隣で、母親である真央も、天寧に笑顔を向けていたが、その表情には、どこか不安さも表れていた。

 両親が胸中で祈りながら、岩戸を見つめていると、突如、岩戸がまばゆく光だし、とても目を開けていられない輝きに、腕で目を覆っていた。

『あ、天寧!』

 天寧の心配をしながら、父親は、何とか、かすかに目を開きながら、天寧の姿を見て、驚愕した。

 両親が、腕で顔を覆っていた中、天寧は顔を覆うことなく岩戸を見つめていたのだ。

『天寧……お前……』

 自分の娘に起きた異変に、父親は娘の名前を呼ぶと、まぶしさが強まり、岩戸を中心に光が膨張していき、辺りは光に包まれていった。

『う……』

 次第に、光が収縮していき、辺りから光が消え、父親が目を開く。

『これは……まさか……』

 しばし呆然としていた父親だったが、片方の手が軽くなっていたことに気付き、はっとする。それは、先ほどまで天寧を握っていた手である。

『天寧!』

 自分の娘の名を呼びながら振り返る。そこには、自分の体を抱きしめるようにしながら、うずくまっている天寧の姿があった。

『大丈夫か!』

 急いで天寧に駆け寄りながら、父親が声をかける。

『熱い……背中が、熱いよぉ……』

『背中?』

 天寧の言葉に、背中を見る。

『っ……!』

 天寧の小さな背中を見て、父親は目を見開き、言葉を失う。

 母親のお下がりとして、とても気に入っていた着物が、まるで内側から破裂したかのように破れていた。

 そして、着物が破れたことによって、あらわになった背中には、天使の翼のような痣が浮きでており、淡い光を放っていた。

『な、なんとういうことだ……』

 その痣が示すことを理解した父親は、その場で膝をつき、運命の非情さを呪いながら、自分の娘に、最後の抱擁になるであろうことに涙し、そっと抱きしめる。

この日、姫野天寧は〝祟り様〟に捧げられる巫女となった。



 それから天寧は、生贄に選ばれたことで、何不自由ない暮らしを送っていた。

 立派な役割である。まだ幼い天寧に、まるで自分に言い聞かせるように、父親は何度もそうつぶやいていた。

 天寧自身も、村のみんなを救うという、大きな役割に喜びを感じていたこともあった。

 だが、そんな天寧の思いとは裏腹に、村の者たちから向けられる反応は冷たいものであった。

 万が一にも、生贄である彼女に怪我をさせたり、その身に危険が及ぶような不祥事をしでかすわけにいかない、そんな大人たちの考えが、自然と天寧を孤独へと追いやってしまった。

 生まれつき感受性が強く、村長の娘だったこともあり、責任感の強かった天寧は、そんな状況を理解し、自らも孤独を選んでしまっていた。

 そんな生活を送りながら、もうすぐ生贄の日が迫っていたとき、天寧は和真と出会った。


 ――目を瞑ると、彼の温もりを思い出す。

 六年前に、父親に抱きしめられたのを最後に、天寧は人の温もりを忘れてしまっていた。

 事故とはいえ、和真に抱きしめられた天寧は、恥ずかしさと温もりの心地よさに、忘れていた安心感を思い出した。

 生贄に捧げられる覚悟は出来ていた。

 だから、せめて最後に、綺麗な思い出を作って、そのまま安らかにいきたいと願ってしまった。

 この村の人間ではない、だから、すべてが終わっても、自分との出会いは、一時の思い出にしてくれればいい、そんな浅はかで、愚かしい自分勝手な望みをしていた。

 だけど、そんな自分の浅はかさのせいで、優しい彼の心を傷つけてしまった。

「和真さん……」

 覚悟は出来ていたはずなのに。

 死は怖くないと思っていたはずなのに。

 なのに、彼の顔を思い浮かべると、胸が締め付けられるような気持ちになる。

 そんな自分の気持ちが理解できず、天寧の頬に、冷たい雫が流れていた――。

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