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FATAL=零  作者: 叶あたる
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三章 〝異能〟

 陽が傾き始め、少しずつ回りが暗くなってきた頃、林の中を二つの人影が歩いていた。

「くそっ……任務とはいえ、こんなところを通るハメになるとは……」

 人影の一人である男が、茂みの中を歩きにくそうに進みながら、林の奥を目指していた。

 二十代半ばを越えた辺りだろうか、カミソリで引いたような目つきをしており、精悍な顔つきで、しっかりと手入れをしている髪はオールバックにしており、厳つい外見とは裏腹に、清潔感のある身なりをしている。

 茶色のコートに身を包み、左胸には、大きな瓶から液体が流れている絵が描かれたエンブレムが備え付けられており、腰には、コートで隠すようにホルスターが備え付けられ、拳銃を一丁所持している。

 林の中は、男の身長をゆうに越える巨木が生い茂っており、昼間だというのに、陽の光は差し込まれずに薄暗くなっている。

 毒づきながら、草木を掻き分けて歩く男の後方で、もう一つの人影が声をかけてきた。

「にゃはは、ガンバレ、コウちん!」

 異様にテンションの高い声に、苛立ちを感じながら男が振り返る。

そこには、彼と同じエンブレムの付いた茶色のコートに身を包み、同様に、拳銃を一丁所持している。

 女性としては背が高く、きゅっとしまったウエストと、服の上からでも分かるほどの形をした胸をしており、スタイルはとてもいいが、眠そうな垂れ目に、ピンク色をしたぼさぼさの髪の毛は、男とは対称的に、だらしない雰囲気が感じられる。

「テメェも手伝え、アリス!」

 楽しそうに口の端を吊り上げている女性の名を呼びながら、男が声を上げる。

「えー? だって、つまらなそうなんだもん」

 アリスと呼ばれた女性は、男の怒声を意に介していないのか、自分の髪をいじりながら、しまらない口調で答えてくる。

「それと、俺の名前は玖珂(くが)弘(こう)毅(き)だ! コウちんなんて、しまらない名前で呼ぶんじゃねえ!」

 アリスの呼び名に、玖珂弘毅と名乗った男が、苛立ちながら文句を言う。

「いいじゃんいいじゃん。アタシはそっちのほうが楽しいもん」

 先程から変わらぬ調子でアリスが答えてくる。今回の任務のパートナーとはいえ、とんでもない奴を押し付けられたことに、弘毅はため息をついた。

「あっ! 今、ため息ついたね? 減点一だよ!」

 弘毅の反応に気付き、アリスが頬を膨らませながら、何かの採点を始めた。

「お前の遊びに付き合ってられるか、さっさと行くぞ――」

 手を振りながら、呆れた様子で作業に移ろうとしていた弘毅は、アリスから異様な寒気を感じ、口を閉じる。

「あのさ、組織のためだから自粛しているけど、アリスちゃんが本気になったら、コウちんじゃ絶対に敵わないんだよ?」

 口調は変わらないが、先程までのだらしなさはなくなり、口元を歪ませ、いびつな笑みを浮かべていた。

 それだけでも、目の前の女性から、狂気にも似た恐ろしさを感じたが、それ以上に、彼女が普通ではないと分かる変化が表れていた。

「っ!」

 アリスの髪が、ピンクから、炎のような真っ赤な真紅の色に染まっていき、うなじの辺りまでしかなかった髪が、徐々に伸びていく。

「おい、冗談だろ? 〝異能〟を使う気か!」

 アリスの行動に、弘毅は体をそらすように半身の構えを取る。

 ふざけた調子だが、彼女の言葉通り、本気でやり合えば、弘毅では、勝つことは非常に難しい、なんとか組み伏せることが出来れば、体格の差で、弘毅にも勝機があるかもしれないが、それでも、アリスと弘毅では、技量や体格では覆すことが出来ない、絶対的な力の差があるのだ。

「……なんてね。驚いた? 冗談に決まってるじゃない」

 そんな弘毅の気構えはつゆ知らず、アリスは、元のだらしない表情になり、真紅に染まった髪も元のピンクの髪に戻っていく。

「〝アムリタ〟に裏切りは許されないからね。でもね、アタシを怒らせないほうがいいのは事実だよ。コウちん」

「…………」

 元の柔和な表情はそのままだが、口に出している言葉の真意を理解し、弘毅は嫌な汗を流す。

 恐らく、この女を本気で怒らせれば、裏切りだと思われない方法で、自分を殺すつもりなのだろう。

 そんなことを考えながら、弘毅は、林の奥へ進む作業を再開した。



 〝アムリタ〟。それが、弘毅とアリスの二人が所属している組織の名前。

 〝異形〟と呼ばれる未知の存在に目をつけた軍が、監視し管理するために非公式に結成された組織。

 メンバーは、〝異形〟に接触したことで、〝異能〟と呼ばれる力に目覚めた者たちで構成されており、情報の秘匿性と外部への漏れを防ぐため、内部のメンバーですら、組織の全容は知らされておらず、弘毅とアリスも例外ではない。二人に知らされているのは、〝異形〟と呼ばれる存在を管理していること、その力に選ばれた自分たちは、特別な存在なのだということだけで、後は、組織から出される任務によって、その都度、任務に関係する情報が提供されるだけである。

 組織から出される任務は、大きく分けて二種類に分けられる。

 一つは、〝異形〟の存在を発見し、それを監視、管理し、組織に持ち帰ること、もう一つは、組織に与さない〝異能〟に目覚めた者の懐柔、もしくは処分をすることの二つとなる。

 前者は、心霊スポットや都市伝説、怪奇現象が確認されたところに赴き、〝異形〟を調査する任務である。

 後者は、要はスカウトであり、弘毅とアリスもスカウトされた口で、意にそぐわない者にはしかるべき処置を下すとされている。

 尚、処分対象には裏切り者も含まれており、必然的に、後者は力の強いものが受け、ほとんどの者は、前者の調査任務を受けることになっている。

 弘毅とアリスの二人が林の中を歩いているのは、〝異形〟の調査任務によるものであった。

「〝祟り様〟ねぇ……」

 今回の依頼の内容が書かれた書類を眺めながら、弘毅がつぶやいた。

 何でも、この林の先にある村では、数年に一度、生贄の儀式なるものが行われており、生贄を求める存在が、〝異形〟である可能性があるということらしい。

 生贄などと、時代錯誤なことをしているなと、書類をしまいながら弘毅が思っていると、後ろで歩いていたアリスが足を止めたことに気付き、体はそのままに、目線だけをアリスに向けた。

「コウちん……」

「ああ……分かっている」

 何かの気配を感じ、弘毅とアリスは、腰のホルスターに収納していた拳銃を抜き、安全装置を外し、お互いの背を合わせるようにして構える。

 辺りには、虫の鳴き声と、風に揺られた木の葉がこすられる音が響いている。

 息を殺し、辺りに神経を集中させ、わずかな異変も見逃さないように、耳を澄ませ、二人は視線を動かしていく。

そして――。

「そこかっ!」

 何かが草むらを大きく揺らしながら移動する瞬間を見つけ、草むらに向かって、弘毅が拳銃の引き金を引いた。

 拳銃から、空気を震わせる乾いた音が林中に鳴り響き、薬莢(やっきょう)が飛び散り、火薬の匂いを漂わせる。

「…………」

 拳銃に装填されている弾をすべて撃ちつくすと、辺りには、再び木の葉が風にこすられる音が戻ってきた。

 バックパックから予備の弾を取り出し、拳銃に装填しながら、弘毅が草むらへと近付く。

 装填を終え、弘毅はアリスに目で合図を送りながら、拳銃を構え、草むらの裏へ回った。

「っ!」

 草むらの裏に倒れていたのは、一頭の雌鹿だった。

 胴体には複数の弾痕があり、弘毅が撃ったのに間違いないだろう、拍子抜けした弘毅は、軽く肩を揺らしてアリスに振り返る。

「へっ、何だよ、驚かせやがっ――」

「コウちん!」

 アリスの呼びかけに気付くよりも早く、弘毅は、切れ長の眼を見開きながら、突如、目の前に現れた存在に驚愕する。

 弘毅の前に現れたのは、全身黒ずくめの男だった。

 比喩表現などではなく、髪、顔、体、服装、それらすべてが、黒ずくめのシルエットだけのような〝何か〟だった。シルエットからは、人型をなしていることと、体つきから、どうにか男だということぐらいしか分からない。

「…………」

 まるで、誰かの影がそのまま動き出したかのようなそれは、観察でもするように、無言で弘毅をじっと見つめている。

 もっとも、口どころか目すらも見当たらないため、本当にこっちを見ているのか、そもそもしゃべることすら出来るのかは疑問である。

だが、それでも、目の前に立つそれから感じられる威圧感に、弘毅は、気圧されしながらも尋ねた。

「て、テメェ……何者だ? どこから出てきやがった!」

 弘毅の問いかけに、影の男は人差し指を立て、上を指差すような仕草を取る。妙に、人間らしい仕草に、弘毅はつられて上を見上げてしまった。

「バカっ! なにやってんのよ!」

「なっ!」

 アリスの呼びかけに気付き、影の男へと視線を戻そうとした弘毅だったが、時すでに遅く、影の男の回し蹴りを腹部に受け、宙に浮いた体は、勢いよく後方へと吹き飛ばされ、巨木へと叩きつけられた。

「ごふぉっ!」

 巨木に叩きつけられた衝撃と、影の男から受けた攻撃により、弘毅は内臓からこみ上げてきた空気を吐き出す。

「ぐぅ……テメェ……」

 両手で腹部を抱え、ヨロヨロと体を揺らしながら、弘毅は、影の男を睨みつける。

 成人男性が宙に浮き、勢いよく吹き飛ばされるほどの蹴り、その衝撃は計り知れない、並みの人間ならば、確実に、内臓と骨の数本をやられ、痛みと苦しみで悶絶し、立ち上がることすら出来ないだろう。

 確かに、先ほどの衝撃で、弘毅はかなりのダメージを受けたが、それでも、その程度で済んだのは、〝異能〟の力を手に入れたことにより、常人を遥かに凌ぐ身体能力と耐久力を得ていたからだ。

「コウちん!」

 弘毅に気を取られていた影の男に、アリスは、自身の〝異能〟を発動させる。それに気付いた弘毅は、真横に飛び退き、巨木から離れる。

 弘毅に見せたときと同じ、ピンクの髪が真紅に染まっていき、うなじの辺りまでの長さだったのが、みるみると伸びていき、アリスの身長を上回るほどの長さへとなっていく。

「〝フランベルジュ〟!」

 アリスが〝異能〟の名を叫ぶと、自身の身長よりも伸びた髪が、その名の由来どおり、波形状に鋭く尖り、宙に浮きながら、影の男へと狙いを定める。

「死ねェッ!」

 アリスの掛け声と共に、鋭く伸びきった髪が、空気を切り裂く音を出しながら、影の男へと向かっていく。

 銃弾の速度には及ばないものの、それでも、アリスの髪は、常人の動体視力では捕らえることの出来ない速度で伸びていき、影の男の眼前まで迫る。

 正体は分からないが、そんなのは目の前のコイツを倒した後で考えればいい、アリスは、自身の勝利を確信しながら、そんなことを考えていた。

 が――。

「えっ?」

 正に、刹那の瞬間だった――。

 ほんの一瞬の出来事だった。アリスの髪が、影の男の体を貫くその瞬間、影の男の姿はどこにも居なかったのだ。

 刺し貫くはずだった対象が消え、そのままアリスの髪は、弘毅が叩きつけられた巨木へと深々と突き刺さっていった。

「なん……で……」

 目の前の出来事が信じられなかったことに、アリスが驚きに声を漏らす。

 彼女が信じられなかったことは、トドメをさせなかったことでも、姿が消えてしまったことでもない、自分の攻撃を完全に読まれ、攻撃をかわされたことであった。

「アリス! 後ろだ!」

 弘毅の言葉に、アリスが巨木から髪を引き抜きながら、はっと振り返ると、影の男が、弘毅にしたのと同じように、回し蹴りを繰り出していた。

「キャアァッ!」

 影の男の回し蹴りを受け、影の男に背を向けるように、アリスの体は宙に浮き、吹き飛ばされる。

「アリス!」

 アリスが吹き飛ばされる姿を見て、弘毅は、その先に待ち構え、アリスを受け止めた。

 〝異能〟の力により、アリスも弘毅と同じように、高い身体能力と耐久力を得ているが、それでも、決して、痛みを感じないわけではない、弘毅の胸の中で、アリスはうめき声を上げながら、苦悶の表情を浮かべている。

「…………」

 そんな様子を見ながら、影の男は、ゆっくりと二人のほうへと近付いていく。足音はまったく聞こえず、ただ静かに、歩を進めてくる。

「テメェ……一体、何なんだよ!」

 ありえない、あれが〝異形〟だったとしても、いくらなんでも、異常すぎる。

 これまでも、様々な〝異形〟は目にしてきた、当然、任務によっては、苦戦することもあったが、それでも、ここまで一方的なことはなかった。

 弘毅が、そこまで考え、そこから一つの答えを導き出した。

「お前、〝カゲホウシ〟だな!」

 弘毅の出した名前に反応したのか、影の男は歩を止める。

「〝カゲホウシ〟……?」

 弘毅の言葉に、聞き覚えがあったのか、アリスが苦悶の表情を抑えながら顔を上げる。

「お前も聞いたことぐらいはあるだろ? 四年前から確認されていて、〝異形〟を滅ぼす〝異形〟と言われている。正体の分からない〝異形〟のことを」

 組織の仲間から聞かされたことを思い出しながら、弘毅が説明する。

「アイツが、そうなの?」

「分からねぇが、もし、そうだとしたら……」

 アリスの顔と影の男を順に見てから、弘毅は、組織から教えられた、〝異形〟と〝異能〟の特異性を思い出していた。

 〝異形〟とは、怪奇現象を総称する言葉で、ほぼ例外なく、何かしらの姿形を取り、あるいは、人の体を媒介にして出現すると言われている。そして、その個体ごとに強力な力を持っているが、その力は変異することはなく、常に一定である。

 〝異能〟は、〝異形〟に取り込まれず、その力のみを手に入れた存在のことを指し、弘毅とアリスは正にそれである。〝異能〟を手に入れたものは、常人を遥かに超える身体能力を手に入れ、体のどこかを変異させ、超常的な能力を扱えるようになるのだ。

 更に、〝異能〟には、大きく分けて、同調型と独立型の二種類の形態に分類される。

 同調型は、〝異能〟の力と自身の体をリンクさせ、その性質を変異させることが出来る。

 例えば、アリスは同調型で、彼女の変異した部位は〝髪〟である。それゆえに彼女の髪の色は、ピンクというありえない色になっているのだ。そして、〝異能〟の力を発動すれば、彼女の変異が顕現(けんげん)され、真紅に染まり、伸縮自在の鋭い刃物のような髪に変異するのだ。

 もう一つの独立型は、〝異能〟の力を自身の体ではなく、自身が起こした現象に発現することが出来るもののことを指す。

 起こした現象とは、例えば、息をする、喋る、静電気を発するなどの、何のことはない、普通の生活をしているだけで起きてしまうような、分かっているが、よく分からない、概念的な現象すべてを指すのだ。

 同調型は、〝異形〟の力で、自身の体をただ変異させているだけのため、独立型と比べて単純である。そのためか、〝異能〟を扱う人間は、独立型よりも同調型のほうが、圧倒的に数が多い。

 そして、〝異能〟には、〝異形〟とは決定的に違うことがある。

 〝異能〟は成長するのだ。

 〝異形〟は、それ自体が個として活動することも出来るが、一度、個としての姿を手に入れると、それからの成長はない。

 だが、〝異能〟は、人間と接触したことにより、〝異形〟が成長の力を手に入れた存在でもあり、その力を高めていくことが出来る。

「アリス――」

 弘毅が、影の男を見据えながら、アリスに尋ねた。

「オマエ、確か力に目覚めて、二年目って言ってたよな?」

 弘毅の問いに、アリスはゆっくりとうなずく。

「俺は、まだ一年だ」

 〝異能〟の力は、鍛えたからといって、強化されるわけではない、〝異能〟を強くするには、ただ、長い月日をかけるしかないのだ。長い時を過ごすことで、〝異形〟の力に慣れていき、更なる力を得ることが出来る。

 つまり、早く〝異能〟に目覚めた者が強いという、非常に単純で、だが絶対的な指標となっているのだ。

「報告が正しければ、アイツを確認したのは四年前。しかも、遭遇した奴らの報告によれば、強さが一定していないということだ」

 自分が聞いた情報と、実際に相対したことで、弘毅は確信をした。

「こいつは、〝異能〟だ――」

 弘毅は、影の男を睨みつけ、口の端を引きつらせながら笑顔を作っていた。その笑顔は、当然、楽しいことがあったから作られたわけではない、ただ、弘毅自身も分からずに、気付いたら笑顔を作っていた。

「あーあ、よりにもよって、コウちんと一緒だなんてね。つまんないの」

 不満そうな声を上げながら、痛みが引いたのか、アリスが弘毅の体から離れ、背を向ける。

「それは、こっちのセリフだ」

 アリスの皮肉に負けないように、「フンッ」と鼻で笑いながら、弘毅も返した。

 気を取り直すように、弘毅は一瞬だけ目を瞑り、すぐに目を開くと、アリスの隣に立ちながら、半身の構えを取りながら、影の男へ身構える。

「万が一ってこともあるしね。やってやろうじゃないの!」

 隣に立った弘毅に続いて、気合を入れ直しながら、アリスも、再び自分の力を顕現させる。

 今、正に、覚悟を決め、掛け声と共に影の男に挑もうとした二人だったが、体を揺らめかせながら、一瞬のうちに、影の男が姿を消してしまった。

「なっ!」

 あまりにも一瞬の出来事に、弘毅は、先ほど、影の男がアリスに行った奇襲に備え、周りに目を配らせる。

 アリスも同様に、弘毅と背を合わせる形で構え、周囲を注意深く観察する。

 ――だが、二人が感じていた威圧感はなくなり、しばらく待っても、影の男が再び二人の前に、姿を現さなくなった。

「一体、何だったんだ、あれは……」

 まるで、幻でも見ていたのではないかという錯覚を覚えてしまうほど、辺りには静けさが戻り、弘毅とアリスは呆然と立ち尽くした。

「……この先の村に行けば、それが分かるんじゃない?」

 〝異能〟の力を解き、髪を元のピンク色に戻しながら、アリスが口を開いた。

「ああ、そうだな……」

 釈然としない面持ちだったが、アリスの言葉に同意し、弘毅が先を歩き出し、アリスも後を追おうと向きを変える。

「負けっぱなしは、癪なのよ……」

 弘毅が歩き出したのを確認して、アリスが、先ほどまで影の男が居たところを一瞥して、弘毅の後を追い、林の奥へと進んでいった。

 林には、虫の鳴き声と、風に揺られた木の葉がこすられる音が戻り、二人が居た場所には、雌鹿の死体と火薬の匂いだけが残っていた――。

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