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FATAL=零  作者: 叶あたる
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一.五章〝春香〟

 ――和真が旅館を出てから、一時間ほどが経っていた。

 自分にあてがわれた客間で、汗をかいたシャツやショーツを着替えた春香は、時計を見ながら、ベッドの上で考え事をしていた。

「何で、何も言わずに行こうとしたのかな……」

 和真が、一人でこの村に来ようとしたこと、高校生にもなるのだから、わざわざ報告する義務など、当然、和真にあるわけはないのだが、それでも、一言、声を掛けてもいいのでないかと、春香は、心の中で愚痴をこぼしていた。

 ベッドにうつ伏せになったまま、春香は、スカートのポケットから、携帯を取り出し、画面を開く。

 携帯の待ち受け画面には、背格好も服装も似ているが、わずかな体つきの違いから、男の子と女の子と分かる二人が映っていた。

一緒に、手をつなぎ、もう片方の手ではピースサインを作り、二人とも、楽しそうな笑顔をしている。

「そっかー、もう高校生なんだよね……」

 画面に映っている二人を見て、くすりと微笑みながら、春香は、昔を振り返っていた。



 六年前――。

 当時、小学生の春香は、決して裕福とはいえないが、それでも、平凡ながらも、温かさに満ちた幸せな生活を送っていた。

 だが、そんな生活も、春香の思いとは関係なしに、いとも簡単に崩れ去ってしまう。

「ねぇ、パパはいつになったら帰ってくるの?」

 団地に建てられたマンションの一室で、うさぎのぬいぐるみを抱いて、母親のスカートの裾を掴みながら、春香は、父親の帰りを待っていた。

『パパはね。とても、遠いところに行ってしまったのよ……だから、すぐに帰ってくることは出来ないの……』

 春香に尋ねられ、我が子に余計な不安を与えないようにと、母親は、無理に笑顔を作りながら答えた。

『春香がいい子にしていたら、早く帰ってきてくれる?』

 春香のあまりの無垢さに、『ええ……』と答え、母親は胸を締め付けられる思いになる。

 春香の父親は漁師をしていたが、数週間前、漁に出たとき嵐に巻き込まれてしまい、行方不明になってしまっていた。

 父親の漁師仲間から、生存は絶望的だと聞かされていたが、それでも、諦めることの出来ない春香の母親は、死亡届が出せず、葬儀を行うことも出来ずにいた。

 夜な夜な父親の安否を祈りながら、涙を流す母親の姿を見た春香は、しばらくして、父親が、もう二度と戻ってこないことを理解してしまった。

 まだ小さい春香には、父親の死を受け入れることなど到底出来るわけがなく、ふさぎ込んでしまうようになっていた。

 学校に行っても、常に上の空で、状況を察した春香の友達が励ましたりもするが、それでも、春香の心が癒されることはなかった。

 どんなに言葉をかけられても、どんなに気を遣ってもらっても、

 あなたたちには父親が居る。

 だから、私の気持ちなんて分かるわけがない。

 そんな春香の思いが、周りの言葉をかき消してしまっていた。

 家では、子供心ながら、母親にこれ以上の負担はかけまいと、気丈に振る舞い、母親が少しでも、昔のような笑顔で居られるように努めていた。

 それから数ヶ月がすぎ、春香の母親は、父親の同僚だったという男と再婚することになった。

 最初は、新しい父親というのを受け入れられなかった春香だったが、男は春香に優しく接してくれ、春香も素直に心を開くことが出来た。

 だが、春香の母親は、再婚した男のほうばかりに気がいってしまい、春香と共に過ごす時間が少なくなっていた。まるで、過去を忘れたいかのように――。

 それでも春香は、母親が、昔のような笑顔に戻っていったことに満足していた。

 自分が我慢すればいい、そうすれば、母は笑顔を取り戻せる。きっと、そうしているうちに、自分にもあの笑顔を向けてくれるのだと、春香は、自分に言い聞かせていた。

 春香と和真と出会ったのは、そんなときだった。

 詳しい事情は知らないが、両親の都合とやらで、和真は、叔父さんの家に預けられることになり、春香の学校に転校生としてやってきた。

 この頃から和真は、すでにたれ目気味で目つきは悪く、お世辞にも愛想のいい性格ではなかった。

 転校生といえば、学校行事とまではいかないが、ちょっとしたイベントである。

当然、クラスメイトの何人かは、前はどこに住んでいたのか、趣味や好きなものとかを聞いてくる。

 だが、和真は、そんな質問に対して、「その辺」とか、「別に」といった、非常にそっけない態度で返していた。

 そんな態度を続けていたため、和真の周りには、友達はほとんど居なかった。

 だが、春香は、そんな和真に不思議と興味があった。

 他のクラスメイトとは違う雰囲気、転校生だからとか、一目惚れとか、そういうものではない、彼女にとって、彼は、どこか惹かれるものがあった。

 和真が転校生としてやってきてから、数日が過ぎた。

 クラス内では、和真は、すでに珍しい対象ではなく、ただの愛想のない、付き合いの悪いだけの少年となっていた。

 しかし、他の生徒が和真に興味をなくしてからも、春香は、隙を見ては、度々和真を観察していた。

 そして、授業参観の日、春香は、和真に感じた思いの正体に気付いた。

 放課後、クラスメイトのほとんどが親と一緒に帰る中、春香と和真だけは、一人だったのだ。

 春香の様子に気付いたのか、和真が近付いてきた。

『……一緒に、帰るか?』

 和真から発せられた言葉に、春香は、心の底から涙が溢れそうな気持ちになった。

 自分は一人じゃなかった――。

 この人なら、きっと私の気持ちを理解してくれる――。

 そんな思いを抱いて、春香は和真と一緒に帰った。

 ――それから、春香は、和真と一緒に居るようになった。

 最初は、和真にうっとうしがられたりもしていたが、生来の活発さと押しの強さに、和真が折れる形で落ち着いた。

 山に遠足に行ったり、川に泳ぎに行ったり、色んなことをした。自分がこんなに勝気な性格

になってしまったのは、もしかしたら、和真と一緒に遊んでいたのが原因なのだろうか。

 そんな昔を思い出しながら、春香は、開いていた携帯の画面を閉じる。

「あの頃は、あんなに一緒だったのに……」

 ――中学に上がる頃だろうか、春香と過ごしていくうちに、和真も次第に人付き合いがよくなっていった。ただ、それと同時に、自分と一緒に居る時間も少なくなっていき、和真が言うには『女と一緒に居ると馬鹿にされる』ということらしい、その言葉を聞いたときに、怒って飛び膝蹴りを和真の背中に放ったのを思い出した。

 小さい頃を思い出していくうちに、春香は自然と笑顔になっていたが、小学生の頃から、時折見せていた、和真の表情を思い出し、顔を曇らせた。

 旅館にたどり着く前にも見せた、寂しそうで、何かを思いつめたようにも感じ、同時に、強い決意も表れた表情。

 自分は、和真の何を知っているのだろうか――。

 自問自答するように、自分の心に話しかける春香、そもそも自分は、和真が、叔父さんの家に住むようになった理由を知らない、何度か尋ねたこともあるが、さっきのように濁されてしまい、結局、聞けずじまいになっている。

「和真……」

 自分を悩ませている男の名を口にしながら、春香は客間から外を見下ろすと、そこには、散々、自分を悩ませていた男が、知らない女の子と一緒に、旅館に戻ってきていた。

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