たまごのような恋6
数日後に支樹の風邪は治って、すっかり元気になった。
今日は用事があって、家に来ない。家には私だけなので、つまらないから外へ出かけることにした。歩きながらどこへ行こうかと考えた。映画館は前に行ったし、本屋もつい最近行った。とりあえず電車に乗って、普段あまり行かないところで降りてみよう。
支樹、今頃何をしているのだろう。この時間なら昼食を食べているだろうな。
電車から降りて、改札口を出てから少し歩いていくと、いろいろな店があったので、ほっとする。今日は単独行動だけれど、次は誰かと一緒がいいな。今日は平日だからか人がとても少ない。喫茶店でのんびりとお茶をしている人たちがいれば、写真を撮影している人もいる。
ふと、空を見上げると、猫の形をした雲を発見し、思わず笑った。
「何笑っているの?」
いきなり声をかけられたので、びっくりした。
「ごめんなさい。驚かせてしまって・・・・・・」
私の目の前にいる知らない女の子。私より少し年上で、頭の中で容姿端麗という四字熟語が思い浮かんだ。
「ねぇ、聞いている?」
「あ!すみません。雲の形が猫みたいだったから」
「どれ?」
「えっと、あの雲です」
指差す方向を追って、彼女は納得したように首を縦に振った。
「本当ね」
そう言って、ふんわりと微笑んだ。
男子がこれを見たら、見惚れて何も言えなくなるだろうな。あれ。そういえば何でこの人は私にいきなり声をかけてきたのだろう。
「ここから一時間くらいよね。高校まで行く時間」
「はい。そうです・・・・・・」
「その高校の生徒でしょ?」
「はい」
「前に見たことがあるの。そのときは友達とカラオケに行っていたよね」
「そうですね」
夏休み入る前のことで、この人に見られていた。
「あの、あなたも歌を?」
「違うわ。今日みたいに散歩をしていたの。またこうして会えると思っていなかったから会えてよかった」
どう言っていいのかわからず、黙り込んでしまった。
「今日は買い物?」
「まぁ、そんなところです」
「気になったのだけど、私も高校生よ」
「そうなのですか?来年から大学へ行かれるのですか?」
彼女はくすくすと笑い始めた。
「高校一年生よ」
これには驚かされた。大人っぽくて、落ち着きのある雰囲気だからてっきり自分より年上だと、ばかり思い込んでいた。
「だからね、わざわざ敬語を使う必要はないの」
彼女はシンプルで可愛らしい腕時計で時間を確認した。もう帰るのかな。そう考えていると、すっとこっちに目を向けた。
「さてと、そろそろ時間だから行くわね。今度はもう少し長く一緒にいようね」
「う、うん。そうだね」
そういえば、名前を言っていなかった。
「あの、私の名・・・・・・」
言葉を続けようとしたが、彼女が口を開いてこう言った。
「またね。琴音」
「何で知って・・・・・・」
もうすでにエレベーターに乗っており、ドアが閉まってしまった。
どこか掴み所のない人だった。会えると確信しているような言い方だった。
それから私はまわりにどのようなものがあるのかを知るために、同じところを何度か回ってみた。数時間たってから、家へ帰った。
夕飯のときに今日の出来事を兄と支樹に話した。
「その女の子、お前の学校の生徒じゃないのか?」
「ううん、違うよ。違うクラスの友達も数人いるし、あんな綺麗な女の子がいたら、誰かがうるさく騒いでいるだろうしね」
「またねっていったから、どこかで会えると確信しているよな」
「かもね。正直、少し気になるしね」
それから夏休みが終わり、再び学校が始まった。
「いつもこんなに騒がしかったかな」
普段と少し教室の雰囲気が違っていたことに不思議に思った。
「このクラスに転校生が来るからだよ」
どうやら独り言が聞こえたらしく、後ろに座っている友達が教えてくれた。
「女の子?男の子?」
「男子があんなにはしゃいでいるから女子だよ」
「そうなんだ」
会話を続けたかったが、先生と転校生が教室に入ってきた。
「あ!」
相手が気づいて、手を振ってきた。
「あれ?知り合い?」
「う、うん」
彼女の名前は桐野初美。可愛らしい名前だなと思っていたら、彼女がこちらに向かって歩いていて、ニコッと笑った後、後ろの席に着いた。
「良かった。同じクラスになれて。これからよろしく」
「こちらこそよろしく」
その後すぐに先生は教科書を開くように指示した。ノートに目をやり、出された宿題があっているか、確認をした。
今日の授業が終わってから、私はみんなの分のノートを職員室までもっていこうとしていたとき、背後から声をかけられた。
「手伝うよ」
そう言って、ノートを半分、ひょいと持ち上げた。
「桐野さん」
「初美って呼んで。私も琴音って呼ぶから。あぁ、前から呼んでいたよね」
ニコニコと笑っている顔を見続けていたら、ゆっくりと歩き始めた。私は後を追うようについていった。ノートを持って行った後、教室へ戻って、家に帰ろうとしたら、手を引っ張られた。
「もう帰るの?何か用事があるの?」
初美だった。彼女はこうして人を驚かすのが好きなのかな。私が驚いて無言のままでいると、彼女が口を開いた。
「良かったら、どこかに行かない?」
今日は支樹が家に来る。少し悩んだけれど、一時間までならいいよと伝えた。
「一時間以上になると、どうなるの?」
「えっと、お兄ちゃんの友達が来ているから、夕食の支度をするの」
「料理を作っているの?すごいね」
「そんなことないよ」
たまに失敗してしまうことだってあるから。
「あのね、学校の近くにいくつか店があるでしょ。買い物に付き合って」
「いいよ。何を買うの?」
初美は顎に指を添えて、少し考えていた。
「うーん、いろいろね」
学校を出て、店に向かった。歩きながらお互いのことについて話をした。
休日に何をしているのかとか、好きなもの、嫌いなもの、恋愛についてなど。
「家によく来るその人のことが好きなの?」
「す、好き?えっと・・・・・・」
嫌いではないことだけを伝えた。
「さっき、琴音が教えてくれたタイプの人とは離れているけど、気になっていない?」
「なっていない。いつも人をからかって遊ぶから、その仕返しを考えているだけだから」
「仕返しね。今はどんなことを考えているの?」
「内緒だけど、成功したら、教えてあげるね」
「頑張ってね。楽しみにしているから」
話をやめて、雑貨屋に入っていった。何を買うのかなと見ていたら、小さなスケジュール帳を手にとって、パラパラとページを捲ったあと、レジに行った。
「おまたせ」
「それだけでいいの?」
「うん。じゃあ、次の店に行こう」
気がついたら手を握られていて、そのまままっすぐに歩いていった。バランスを崩しかけたが、前を向いてついて行った。
一緒にいた時間が短かったせいか、あっという間に感じた。
「今日の報告は以上だよ」
家で今日の出来事を話した。あ、大事なことを忘れるところだった。
「支樹」
「ん?どうした?」
「あのさ、どんな女性がタイプ?」
「うーん、琴音の理想のタイプを教えてくれたら、俺も教える」
「私から先?」
彼は頷いてから、じっと見た。目を閉じて深呼吸してから、彼を見つめ返した。
「私のタイプはいつもからかって遊ばないで、人をペット扱いしなくて、髪を染めていなくて、人のものを勝手に読まなくて、きちんと相手のことを考えて行動する人だよ!」
早口で話したから、少し呼吸が乱れてしまった。それまで何の反応も示さなかった支樹が頭を下げて、肩を震わせて笑い始めた。
「あはは、あっはっはっはっは!お前、やっぱり面白いな」
「な!」
驚くことを期待していたのに、それが大きくはずれた。私ががっくりとうなだれていると、支樹は頭を撫でてきた。
「わかった」
「私のタイプを言ったのだから、支樹も教えて」
「俺のタイプは・・・・・・教えてあげない」
ニヤニヤと笑っているその表情がとても憎たらしく、すぐに怒りをあらわにした。
「こ、この嘘つき!騙すなんて・・・・・・」
言葉を続けようとしたが、人差し指で口を押さえられた。
「あのな、騙される奴が悪いからな」
自分の中で何かが壊れていく音がした。いつの間にか指が頬に移動していて、顎をくすぐられていた。すぐに体をよじって、逃げようとしたけれど、支樹は遠慮なく、追いかけてきた。
「いい加減にして!怒るからね!」
「もう怒っているだろう」
「誰かさんが悪いからね」
支樹から視線を外していると、両手を壁に押し付けられ、動けなくなってしまった。一瞬、何が起こったのかわからず、再び支樹を見た。すると、支樹の顔がゆっくりと近づいている事に気づき、頭の中で混乱している。
「強く握っているから血管が浮き出ているよ」
「そんなこと知らない」
「前にもこういうことをしたけどさ、俺たちまだキスをしていないよね」
「だ、だから?」
「キスしようか」
じんわりと体温が上がった。どうしよう、何かを言わなくてはいけない。
「前に・・・・・・された」
だんだん声が小さくなっていった。それがおかしかったのか、少し笑い声が漏れた。
「あのときは頬だっただろう。今度はこっち」
こんなときはどうすればいいの。
「こういうことはお互いが好きでないとしちゃ駄目なの」
「俺は琴音が好きだよ」
ドクンと心臓が大きく跳ねた。
「琴音は?俺のこと、好き?」
「き、嫌い・・・・・・」
目を閉じて必死で声を絞り出した。
「どうして?」
「嫌いなものは・・・・・・」
続けて言いたかったが、支樹に邪魔をされた。
「そうじゃない。どうして嘘をつくの?」
「支樹だって・・・・・・。どうせいつものからかいでしょ?」
「違う」
すぐには信用できなかった。からかいがいのある女の子だからなのかとかと思い悩んでしまう。頭を抱えて唸っていると、頭上から溜息が聞こえた。
「なんでそんなに鈍いのかな」
声を出そうとしたが、先を越された。
「もし、本当に嫌いならいつも俺の分までご飯を作らないよね。一緒に出かけようって言っても断るだろう」
「そ、それは・・・・・・」
今も抵抗をやめようとしない私を見て、往生際が悪いと言いたげに手に力を込めた。
「琴音」
名前を呼ばれて目を開くと、支樹が先程より近くなった。キスしているとわかって、目を閉じようとするが、支樹がそれを許さないとばかりにみつめてきた。逃れられない。そう思っていると、ゆっくりと離れていった。
「くくっ、顔真っ赤」
首を振って否定したが、それも面白そうに目を細めた。
「これからもしような」
「!」
言い返したいのにできない。このときただ全身の力が抜けてしまった。




