たまごのような恋5
支樹のことを兄や友達に話す回数が多くなった。そのことに気づいたのは私だけでなく、周囲の人達もそうだった。どんな話をしたのかとか、どういう所へいったのかなど、話をしてもきりがないくらいだって思えた。
友達に彼のことを好きなのかと聞かれた。私は何も言っていないのに、友達は納得していた。告白すればいいのにと提案してきた。しばらく電話で話してから切った。
体育座りをしたまま、下を向いていた。
「どうした?」
いつのまにか兄が部屋にいた。なんでもないと言おうとしたが、すぐにやめた。
「支樹ってさ、昔、付き合っていた人とかいた?」
「いや、いない。あまり興味がなかったみたいだしな」
「そうなんだ」
なんか前にも似たようなことを質問をした気がする。
「今は楽しそうだな」
「楽しそう?」
「お前のことをよく話すし、家にも頻繁に来るだろう」
支樹、私がいないときでもいろいろ話すのね。
「例えば、どんな?」
「そうだな、今日はこういうことで騙したとか、琴音とこんな話をしたとかだな」
「会う度にからかってくるのだよ。多いときは一日に三、四回くらい」
「俺なら五回は騙せそうだな」
真剣な顔で言うので、これ以上支樹みたいな人が増えたら嫌だと言うと、謝りながら笑っていた。
「ちょっと、からかってやれば?」
「からかう?」
「そう。普段お前がいわないことをわざと言ってみるとか」
今度ちょっと、試してみよう。
「お前は支樹に気に入られているな」
お兄ちゃんは窓の外を眺めていた。笑顔は消えていた。
「今日、支樹は?」
「まったく、俺がいるのに・・・・・・」
兄ちゃんがいるのもかかわらず、支樹のことが気になってしまう。
「あ、えっと・・・・・・」
「もう少ししたら来るぜ。まだまだ夏休みがあるからな」
明らかに喜んだ私を見て、兄はなんともいえない表情をしていた。
チャイムが鳴った。他の誰でもない。支樹だと思い、急いで玄関のドアを開けた。ドアを開けた瞬間、彼は驚いていた。
「何?そんなに俺に会いたかった?」
「うん。会いたかった」
また驚いて、何度か瞬きをした。家の中へ入ろうとしたので、通れるように後ろへ下がると、兄が彼を呼んだ。
「こら、何しようとしていた?」
支樹は普通に家に入ろうとしたのに、わけがわからなかった。
「お兄ちゃん、何のこと?」
困惑していると、支樹は笑って、兄のいる部屋へと入って行った。
「何のことだ?」
「お前、琴音にちょっかいをかけようとしていただろう」
「さあ?どうだろう」
兄は少し怒っていて、支樹は笑みを浮かべたままだった。
自分もいるのに、わからないままなんて、なんか仲間外れにされた気分だった。
「どうせいつもの悪戯をしようとしていただけでしょう」
コップにお茶を注ぎ、支樹に渡した。受け取ったと思ったが、コップと同時に私の手も彼に捕まった状態になってしまった。
「玄関で何をしようとしたか、教えてあげようか」
コップと支樹を交互に見た。なんでいくつもの悪戯が思いつくのかな。
「いい、教えなくていい」
お願いだから手を離してといわんばかりに力を入れてみる。
願いに逆らうように、さらに手に力を込めてきた。それだけでなく、ゆっくりと近づいてきた。思わず目を閉じると、何かをぶつけたような音がした。目を開けると、頭を押さえながら、兄を睨みつけていた。
「痛いな、何すんだよ」
「まったく、人が見ていないと思いやがって。琴音、さっきのことはもうやめよう。危険すぎる」
「なんだよ」
「お前には教えない。兄妹だけ知っていればいいからな」
「琴音、あとで教えろ」
こそっと耳打ちをしてきた。もちろん、教える気なんてない。
部屋でのんびりとしていたとき、小さな咳が聞こえた。
「お兄ちゃん、風邪?」
「俺じゃない。こいつ」
兄ではなく、支樹が咳き込んだのだ。よく見ると、だるそうにしている。
「支樹、大丈夫?」
「熱あるかも・・・・・・」
「体温計、取ってくるから待っていて」
立ち上がって、部屋を出ようとすると、手を握られ、止められた。
「計って・・・・・・」
「わかったから」
「じゃなくて・・・・・・」
数秒間黙ったので、顔を覗き込んだら、支樹も顔を上げた。握られた手を支樹の額にくっつけた。ちょっと熱がある。
「お兄ちゃん、熱がある。風邪薬はあった?」
「あるけど・・・・・・。支樹、風邪なら家で眠っとけよな」
なんで風邪だとわかっていながら、ここへ来るのだと、兄は呟いていた。
布団を敷いて、支樹を寝かせた。
「支樹、今からお粥を作るけど、食べられそう?」
支樹は少し目を開けてから、ゆっくりと閉じた。食べられるというサインだ。
キッチンへ行き、すぐにうどんを作った。できあがったそれを支樹のところまで持っていった。
彼の名前を呼ぼうとしたら、においがしたからなのか、こちらを向いて、体を起こした。
「ねぎを入れた?」
「うん。熱いから気をつけて」
渡そうとするが、受け取ろうとしてくれない。私が困っていると、支樹が口を開いた。
「食べさせて」
「俺が・・・・・・」
「琴音がいい。じゃなきゃ、食べないからな」
ますます不機嫌になっていった。仕方がないと思いながら、箸を手に取り、食べさせた。素直に食べてくれて、安堵する。
「誠一、冷たいものも欲しい」
「なんで俺に言う?」
「早く買ってきて。アイスクリーム」
あいにく家にはアイスがないので、しぶしぶ腰を上げて、財布や携帯電話を持った。
「琴音、何かあったら、すぐに連絡すること」
そう言って、バタンとドアを閉めた。
「あっつ!」
「あっ、ごめん。火傷した?」
箸を置いて、彼を見ると、熱そうに口元を手で押さえていた。
コップに入っていたお茶はとっくになくなっていたので、急いで入れに行こうとした。すると、いきなり強い力で引っ張られて、視界が暗くなった。
「びっくりした?」
気づいたら、支樹の腕の中にいて、頭を撫でられていた。私も別の意味で熱が上がる。
怒らないことをいいことに、さらに抱きしめる力を強めて、髪に顔をうずめてきた。一人でパニック状態に陥っていた。体を捩ろうとしたとき、一瞬だけ支樹がニッと笑っているのが見えた。
少ししか時間がたっていないだろうけど、私には長く感じた。何か忘れているような気がしていて、そのことをやっと思い出した。
「お粥!」
見てみると、半分も残っていて、すっかり冷めている。
「ちゃんと全部食べるから大丈夫」
怒らせないようにしている。せっかく作ったのにと言わせないように先回りをしている。
今度は支樹が自分で食べ始めた。熱くないので、さっさと食べてしまった。
「うまかった」
「良かった。じゃあ、次は薬だね」
薬とお茶を取ってきて、渡した。これもすぐに飲んで、眠ろうと横になった。私は布団をきちんとかけてから、片付けをした。タオルで手を拭いていると、ドアが開く音がしたので、開けると、アイスを持った兄だった。
「おかえり」
「ただいま、あいつは?」
「今は眠っているよ。ちゃんと食べたし、薬も飲んだ」
「そうか」
アイスクリームを見せて、どれがいいかきいてきた。アイスは袋に四個入っている。
少し迷ってから、チョコを選ぶと、やっぱりと笑った。私は再び袋の中を覗き込んだ。
「一個だけ」
そう言って、アイスを冷凍庫に入れた。
「取るつもりじゃなくて、支樹はどれを食べるかなと思ってさ」
「まぁ、それはあいつが起きれば、すぐにわかることさ」
それから数時間経過してから、支樹は起きた。おはようと声をかけると、まだ寝ぼけているのか、頷いただけだった。
「熱計ろうか、はい。体温計」
今度はちゃんと受け取ってくれたと思ったが、そのへんに捨てられた。
それだけでなく、顔を近づけて、目の前に大きな手が伸びてきた。
「うん。ましになったな」
「誠一、なんでお前だよ?」
支樹はすぐに顔をしかめたが、兄はそのようなことはお構いなしだった。
「アイス、食べるか?」
「こらこら、質問に答えろよ」
「いつまで琴音に甘えている気だ?」
「いいじゃないか。な?」
目線をこっちに向けて笑った。そのあとすぐにアイスを要求した。
何味にするかを聞かずに、兄は生チョコアイスを持ってきた。
「それほどひどくなくてよかったな。風邪」
「そうだね。私は毎年冬に風邪を引いてしまうよ。咳が止まらないときは焦る」
「じゃあ、今度は俺が看病してやるよ」
まかせろと言いたげにやる気がにじみ出ていた。
「いい。お前がまた風邪を引くと大変だからな」
私が声を発する前に兄が言った。それに対し、ムスッとした。
「俺はめったに風邪を引いたりしないが、また引いたらいいのに」
「なんで?苦しいだけだよ」
「琴音がいてくれるから」
この人の癖はもうどうすることもできないな。
「まったく・・・・・・」
「琴音、前に買った本を貸してくれないか」
急に話が違うところへ飛んだ。
「普段恋愛小説を読まないのに、どうしたの?」
「買ってから何度も読んでいるだろう?面白そうだなと思ったから」
「何度読んでも飽きないな。悲恋の物は買わないしね」
「ハッピーエンド?」
「そう。最初は悲しくても、最後に笑うことができたらいいでしょ」
「そうだな」
自分の部屋から小説を持ってきた。
「ちゃんと風邪が治ってから読みなよ」
支樹がそれを見たとき、少し驚いていた。
「お前、結構読んでいるな」
驚くのも無理はない。買ったのは少し前なのに、カバーが少し破けてしまっているから。
「だって好きだから」
まぁ、確かにいつまでもこのままじゃだめかな。私はカバーを外して、小さく折ってからゴミ箱へ捨てた。
これを読む度に思うが、いつか素敵な人と出会えたらいいな。それが遠い未来でないように静かに祈った。




