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第30話 雑用令嬢、見つかってしまう③

「……なんだと!? あの小娘が、生きて帝国にいるだと……!?」


 アルグレイン領の宿屋の一室で、ガルドは椅子から腰を浮かせるほどの勢いで声を上げた。


 部屋にいるのは、ガルドと《金の盾》の三人。

 ディックは窓際に立ち、アマンダは腕を組み、ドドリゴは遠慮なくベッドに腰を下ろしている。


 三人とも、つい先ほど帝国側のギルドで見たものを報告しに戻ってきたばかりだった。


「そ。しかもこのアルグレイン領にね」

「でもって、そんだけじゃねーぜ」


 肩をすくめるアマンダに、ドドリゴがおもしろそうに言葉を重ねる。


 ガルドは眉をひそめた。


「それだけではない? どういう意味だ?」


 ディックたちの話によれば、三人は帝国側のギルドで受けたクエストの途中、アルグレイン領直下の騎士団と遭遇したらしい。

 そこから情報収集も兼ねて行動を共にし、騎士団が向かっていたギルドへそのまま同行したという。


 もっとも実際には、トロールオーガ相手に押し込まれ、あと一歩で潰されかけたところを騎士団に救われたわけだが、ディックはそのあたりをきれいに伏せていた。

 彼の口ぶりだけを聞けば、あくまで彼らは偶然出会った騎士団を利用し、こちらから帝国側のギルドへ入り込んだように聞こえる。


 そしてそのギルドで、アイカを見た。


 雰囲気が似ているとかそんなレベルではなく、顔も声も間違いなく本人だったらしい。

 しかも帝国の冒険者どもに囲まれ、やたら親しげにされていたうえ、領主であるアルグレイン直下の騎士団の連中まで普通に話しかけていたという。


「ちっ。つくづく間の悪い女め……」


 ガルドは苛立たしげに机の上を指先で叩く。


 アイカ・フランベル。


 かつて自分のギルドで働いていた下級貴族の娘。

 自分が犯した横領の罪を押しつけ、国外追放に仕立て上げた女でもある。


 護送中にモンスターに襲われて死んだと聞かされた時は、これで面倒な火種も消えたと胸を撫で下ろしたものだ。


 まさか、そんな女が実は生きていたなんて……。


 もっとも、仮にそうでも今さら冤罪を証明できるとは思えない。遠く離れた帝国の地では証拠を集めることも、王国側に戻って訴え出る力もないはずだ。


 だが、生きているという事実そのものはやはり面白くなかった。



 ――けれどその苛立ちは、続くディックの言葉で反転する。



「でもって一番の驚きが、アイツが作ってきたっつークッキーを食った途端、どいつもこいつも急に身体の疲れとかケガとかが()()()()ってところだ」

「……回復、だと?」

「ああ。しかも最上級のポーションでも飲んだみてぇにな」


 ガルドは鼻で笑った。


「たかだかクッキーを食べただけでか? ふん、なにを馬鹿げたことを言ってる。そんなもの、お前たちのただの見間違いではないのか?」


 が、アマンダとドドリゴはそれをさらに否定する。


「ノンノン。ガチよ、ガチ。ほんとにあいつらみーんな、たかがクッキーで元気になっちゃったんだから。顔色まで変わってたし、怪我してたヤツもケロッとしてたわ」

「つーより、もはや強化だなありゃ。なんかの魔法でバフってた感じすらあったぜ。あの場の連中も、効くのが当たり前ってツラして食ってたしよ」


 ガルドの指が止まった。


 クッキーを食べただけで回復し、場合によっては強化までされる。

 まともに聞けば馬鹿げた話だが、三人がそろって同じことを言っている以上、ただの見間違いと切り捨てるには妙だった。


「それで僕が思うに、あの女はモンスターを調理してパワーアップに利用してるんじゃないかな」

「なっ、モンスターだと!?」


 ガルドは目を剥いた。


「ああ。連中の会話を聞いてたら、例のクッキーにはマンドラゴラのエキスを入れたとかなんとか……なあ?」


 ディックが同意を求めると、アマンダとドドリゴもうんうんと頷いた。


「マンドラゴラ……」


 ガルドは信じられないものでも聞いたように呟いた。


 マンドラゴラといえば、植物系モンスターの代表格だ。鼓膜を破るような叫び声と毒で知られ、下手な冒険者なら近づくことすら嫌がる。

 そんなものを食材にするなど、常識的に考えてありえない。


 だがそう否定しようと口を開きかけたところで、ガルドはハッとした。


「! そういえば……」


 あれは数年前のこと。ガルドは酒場で出す料理の材料費を削れとアイカに命じたことがあった。


 半分は嫌がらせ、もう半分は少しでも自分の懐を温めるため。

 あの頃はまだギルドも大きくなく、とにかく出費を抑えないと収益を確保できなかったのだ。


 どうせ冒険者どもなど、腹が膨れれば文句はないだろう。

 最悪の場合、アイカに責任をなすりつけて酒場を閉鎖したっていい。


 けれどそう思って無茶な予算を押しつけたにもかかわらず、アイカはなぜかその範囲内で料理を出し続けた。

 しかもそれ以降、ギルドの依頼成功率は妙に上がり、冒険者たちの動きも良くなっていった。


(たしか当時は遊ぶ金が浮いてラッキーとしか思わず、どこから材料を仕入れたかなんて一切確認もしなかったはず。そもそも冒険者の口に入るメシのことなど興味もないし……)


 だがもし、あれがモンスターを使った料理だったとしたら。


 討伐したモンスターは主に爪や牙などといった一部の限られた部位しか使い道がなく、それらを剥ぎ取ったあとの肉などは廃棄される。

 ゆえに買い取ろうとしても費用はさほどかからず、場合によってはタダでもいいと喜ぶ業者さえいるだろう。


 材料費を削れた理由としては、たしかに筋が通るが……。


「い、いや待て待て! だからと言って、なら瘴気はどうなる!? 瘴気の塊であるモンスターなど食って、なぜ平気なんだ!? 普通は死ぬぞ!?」


 身を乗り出して疑問を口にするガルドに、ディックは面倒そうに肩をすくめた。


「さあ、そこまで僕が知るわけないだろ。でもま、食ってるってことは何か抜く方法でもあるんじゃねーの?」


 チッ、肝心なところで使えない連中め。

 せめてその方法まで聞き出してくればよかったものを。


 だが、ここまでの話を総合すれば、おおよその形は見えてくる。


 アイカはモンスターを調理できる。それを食べた者は回復し、場合によっては身体能力まで底上げされる。

 そしていつの頃からかギルドがメキメキと成長したのも、そのアイカの料理で冒険者の実力が上昇していたから。


 ガルドは拳を握りしめた。


(くそ、アイカの奴め。なぜそんな重要なことをワシに黙っていた。これだからグズの下級貴族は……!)


 が、そこでガルドの頭は急に冷静になった。


(……いや、今となってはもういい。それよりも大事なのは今後のことだ)


 なるほどモンスターを食べれば肉体が強化される。

 加えて、調理法を知るのは恐らくアイカ本人だけと思われる。


 帝国に潜んでそれなりに時間が経っているが、飯屋でモンスターを使ったメニューなど見たことがないしたぶんそうであろう。

 つまり今ならば、その驚異的かつ革新的技術を独占できるかもしれない。


 だとすれば、取るべき行動は一つのみ。


「……フハハッ!」


 ガルドは勢いよく立ち上がった。


「出かけるぞ。お前らもついてこい」

「は? んだよ急に。どこ行くんだ?」


 眉をひそめるディックに、ガルドは当然のように答えた。


「決まっている。アイカのところだ。ヤツを王国に連れ戻す」

「連れ戻す? アイツを?」


 繰り返したディックに続き、アマンダも尋ねる。


「それはいいんだけど、もしあいつが拒否してきた場合は?」

「フン、そのときはそのときだ。……そのためにお前らを連れていくのだろうが」


 ガルドはニヤリと言い放った。


 ディック、アマンダ、ドドリゴの三人は一瞬だけ黙る。

 だが、すぐにその意図を察したように同じく口元を歪めた。


「……ああ、そういうことね」




 ***




 午後の屋敷は、いつもと同じく穏やかだった。


 昼食後、旦那様は書類仕事を片付けるために書斎へ。

 一方の私は午前中のうちに干していた洗濯物を取り込み、リビングでゆっくり畳んでいた。今日は天気も良かったので、ふかふかに乾いていて気持ちがいい。


 玄関の呼び鈴が鳴ったのは、そんなタイミングだった。


「はーい」


 私は返事をしながら部屋を出る。


「誰かしら?」


 この時間に来客の予定はなかったはずだけど、急に人が訪ねてくること自体はなにも珍しくない。

 騎士団のメンバーがちょっとした相談にやってきたり、近所の領民の方が差し入れを持ってきてくれたり。あとはエルフの王子様、なんてことも。


 ともあれ、そうしてあれこれと来訪者の姿に想像を巡らせながら扉を開けた瞬間――私は息を呑んだ。


 そこに立っていたのは、見知らぬ若い男性だった。


 冒険者らしい戦闘服を着ている。けれどその服はあちこち裂け、腕や肩からは血がにじんでいた。息も荒く、顔色も悪い。


「あ、あんたがアイカさんですか……?」

「え……? は、はい。そうですけど……」


 私が頷くと、男性はその場に崩れるように膝をついた。


「お願いします……! 助けてください!」


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