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第28話 雑用令嬢、見つかってしまう①

 ――ガルドがエルフの大群に追われている一方。


 Sランクパーティー《金の盾》の三人は、帝国内にある森の奥へ足を踏み入れていた。目的は冒険者ギルドで受けた依頼を果たすため。


 本来なら、こんな小銭稼ぎのような安い報酬の仕事などする必要なんてなかった。


 彼らはガルドの偵察任務に護衛として同行している。だが現在のブラッケスのギルドは信用を失い、王命による任務でありながら、支払いは成功報酬扱いになっていた。


 つまり、滞在中の路銀は自分たちでどうにかしろ、ということだ。


 まったく、なんで僕らがこんな真似を……。

 ガルドから命令されたときはアマンダとドドリゴともども、リーダーのディックは露骨に嫌そうな顔をした。


 おまけに何が不満だったかと言うと、ここでの自分たちは流浪の冒険者扱いだという点だ。


 《金の盾》は曲がりなりにも王国の最高戦力と呼ばれる存在。大陸内でも、その名は全土に広まっている。


 それ自体は気分のいい話であったが、そんな存在が他国である帝国で素直に身元を明かして活動すれば混乱は必至である。

 もしかすれば、そもそも活動自体が許可されない可能性だって充分考えられる。


 そのため現在の彼らは身元を隠し、一介の新人冒険者として依頼をこなさなければならなかった。

 そして新人であれば当然、今まで受けていた特別扱いなど得られるはずもない。


 受付待ちの行列に並んだのなんて、いったいいつ以来だったろうか。

 王国ではギルドに入るなり、どれだけ列が長かろうが最優先でカウンターまで案内されていたのに。


 それと、登録時の評価がBランクなのも大いに屈辱だった。


 ギルドでは初回登録時は特殊な魔道具で実力を査定され、それに合わせてランクが決まるという仕組みになっている。

 その結果を受けての判断だった。


 その際の受付嬢の反応は今でもはっきりと覚えている。


『おお、いきなりBランクなんてすごいですね。おめでとうございます』


 なにがおめでとうだ、めでたくなんかあるものか。


 長い王国の歴史でも数えるほどしか到達したことのないSランクである僕らが、Bランクなわけないだろう。

 まったく、不良品の道具なんて使いやがって。これだから帝国のカスどもは。


 ともあれ、なんだかんだありつつも受注したモンスター討伐のクエスト。

 対象はランクに合わせて討伐難度Bに属するトロールオーガだったのだが――。




「ぐぎぎ……!」


 戦闘開始から数分後、ディックはトロールオーガの拳を剣で受け止めながら、必死に歯を食いしばっていた。


 重い。


 剣越しに骨まで響くような衝撃が腕へ伝わる。

 押し返すどころか、膝を折らないよう踏ん張るだけで精いっぱいだった。


「このっ、いい加減にしなさいよ!」


 横では、アマンダが火球を放っている。

 だが直撃しても、トロールオーガは焦げた皮膚を揺らすだけで止まらない。


「くそが! なんで倒れねぇんだよ!」


 ドドリゴの斧も肩口に食い込んではいる。

 けれど傷は浅い。相手の分厚い筋肉に阻まれ、決定打になっていなかった。


 二人とも間違いなく苦戦を強いられており、とてもじゃないが援護など望めそうもない。


 このままじゃマズい……!


 そう思った瞬間、足元が滑った。


「しまっ――」


 ぬかるみに足を取られ、ディックの体勢が崩れる。


 押し合いの均衡が崩れ、追撃のためにトロールオーガが腕を振り上げる。

 避けられない。


 そう冷や汗が流れた直後だった。


 視界を銀色の線が走った。

 次の瞬間、トロールオーガの巨体が真っ二つに割れ、地面に倒れ込んだ。


「……は?」


 ディックは膝をついたまま、目の前の光景を見る。


 倒れた巨体の向こうに、一人の騎士が立っていた。


 甲冑をまとった、大柄な男。

 スキンヘッドで、顔つきはかなり強面だ。だが剣を振り抜いた姿には、妙な余裕があった。


 周囲を見れば、アマンダとドドリゴのもとにも、同じく騎士らしき者たちが割り込んでいた。

 彼らは手早く陣形を組み、残っていたトロールオーガを次々と仕留めていく。


 速い。


 ディックは息を呑んだ。


 少なくとも、目の前のスキンヘッドの騎士の一撃は見えなかった。

 もしまともにやり合ったら。


 そこまで考えて、すぐに奥歯を噛む。


 馬鹿な。

 そんなこと、認めてたまるか。


 やがて最後のトロールオーガが倒れ、森の中に静けさが戻った。

 スキンヘッドの騎士は剣についた血を払うと、ディックの方へ歩いてくる。


「おい。無事か、あんたら」

「あ、ああ……」


 返事が一拍遅れた。


 助けられた。

 それも、自分より格下の依頼対象を相手にしている最中に。


 その事実が喉の奥に苦く引っかかる。


「立てるか?」


 膝をついたまま固まるディックに対し、騎士が手を差し伸べる。


 が、ディックはその手を鬱陶しそうに払いのけた。


「……悪いが、他人からの施しは受けないタチでね。それに助太刀なんかされなくても、あのまま行けば僕が勝ってた」


 自分でも苦しい言い分だとは分かっていた。

 だが、そうでもしないとプライドがズタズタになりそうで我慢ならなかった。


 アマンダは髪を払ってそっぽを向き、ドドリゴも不機嫌そうに唾を吐く。

 二人とも自分らが助けられたという事実は理解しているはずだが、礼を言う気配はない。


 しかし騎士は、気分を害した様子もなく豪快に笑った。


「はは、気の強い兄ちゃんだな。ここいらじゃ見ない顔だが。ともあれ、冒険者はそれぐらいの気構えじゃなきゃやっていけねぇわな」


 責めるでも、馬鹿にするでもない。

 むしろ面白がっているような口ぶりだった。


「まあいいさ。別にそっちの稼ぎを奪おうってわけじゃないんだ。どうせ俺たちは冒険者ってわけじゃねぇからな。報酬はおたくらが受け取ればいい」

「……ふん」


 ディックは鼻を鳴らした。


 どこまでも気持ちのいい人柄。相手の命を救っておきながら、それを恩着せがましくするでもない。

 しかも報酬まで譲るときたものだ。


 だが、だからこそ余計に腹が立った。


 実力でも態度でも、相手の方が上に見えてしまう。これではまるで自分の方が小物みたいではないか。


 こうなると、意地でも礼など言ってやるもんかと思った。


 騎士はそんなディックの態度にも構わず、部下たちへ軽く声をかけてから戻ってくる。


「ところで、俺たちもギルドに用事があって向かう途中だったんだ。せっかくだから一緒に行こうぜ。またモンスターに襲われても大変だしな」

「はぁ? 馬鹿を言え。なんで僕らが――」


 言いかけたところで、ディックは口を止めた。


 アマンダは杖に体重を預け、肩で息をしている。ドドリゴも斧を握ったまま、額に汗を浮かべていた。

 態度こそ強気を保っていたが、二人とももう一戦やれる状態には見えない。もちろんディック自身も腕がまだ痺れている。


 この状況で、もし帰り道に他のモンスターと出くわすようなことがあれば……。


「……足手まといにはなるなよ」


 それだけ言って、ディックは顔を背けた。


 騎士は了承と受け取ったらしく、にかっと笑う。


「おう、んじゃ決まりだな。よし野郎ども、撤収だ。この兄ちゃんたちがギルドまで護衛してくれるそうだから一緒に戻るぞ」

「了解!」


 騎士たちは手際よく周囲を確認し、モンスターから討伐証明になる部位だけを切り取って後始末を始めた。

 ディックはその作業を横目に見ながら、剣を鞘へ戻す。


 そうだ、これはついでだ。

 どうせ報酬の受け取りのためにギルドへ戻る必要はあった。それに目的地が同じなのにわざわざ別の道を行くのも非効率だし面倒だ。

 だからいっしょに行くのは知性派の僕らしい合理的な判断なんだ。


 そう自分に言い聞かせながら、ディックはスキンヘッドの騎士の背中を睨んだ。


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