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第23話 雑用令嬢、旦那様の親友を泣かせる

 厨房に戻ると、私はまず大きく息を吐いた。


 ガルドやギルドの人たちが帝国に来ている。さっき聞いた話のせいで、どうしても少し気分が落ち込んでいる。


 でも、だからこそせめて夕食の時間は楽しいものにしたいとも思う。


「幸い、食材はたくさんあるのよね」


 屋敷の食料庫には、昨日の騎士団の領地巡回で討伐したモンスターがいくつも保存されている。お肉もあるし、植物系のものもあるし、使い方次第ではいろいろ作れそう。


「問題は、何を作るかなんだけど……」


 旦那様の好みはだいたい把握しているとして(というか美味しければオールオッケー)、フレット様はどんな料理が好きなんだろう。逆に嫌いなものとかあるのかしら?


 そんなことを考えていると、リビングのほうから旦那様とフレット様の声が聞こえてきた。


「いやぁ、さっきのタルトは本当に驚いたよ。夕食も楽しみだなぁ」

「ふっ、覚悟しておけ。中央の食事は、どちらかと言うと薄口なものばかりだからな。きっと度肝を抜かすぞ」


 へー、そうなんだ。なるほど、薄口かぁ。


 その言葉に、前世の記憶がぽんと浮かぶ。


 香ばしくて、熱くて、油の艶があって……それでいてちょっと刺激的で、ひと口食べれば次のひと口がまたほしくなる。

 それは紛れもなく、前世を代表する料理の一大ジャンル。


「……よし」


 献立は決まった。

 私は袖をまくり、保存してあった食材をひとつずつ確認する。


 まず取り出したのは、金色の大きなハサミを持った蟹型のモンスター。


 マネークラブ――別名、金鋏蟹(きんきょうがに)


 甲羅を外すと、ふわっと甘い香りが立った。


「うん、ぎっちり詰まってるわね」


 ほぐすと繊維がきれいにほどける、マネークラブのほんのり黄色い身。蟹味噌も濃厚で、少し舐めただけで舌に磯の旨みが残った。ただ、これは入れすぎるとやや重すぎるかも。


 主役はあくまで蟹の甘み。蟹味噌は香りづけに少し加えるだけにしよう。


 私は炊いておいた米の水分を確かめ、卵を溶く。熱した鍋に油をなじませると、卵を流し入れ、半熟のうちに米を加えた。


 じゅう、と軽い音。


 卵をまとった米が、鍋の中でぱらりとほどけていく。そこへマネークラブの身を加えると、一気に香りが華やかになった。

 名前の由来は鋏の色のはずだけど、なんとなくリッチな気分になる。


「ちなみに、たしかこの鋏ってかなり高く売れるらしいのよね」


 一説には、色ではなく鋏を売って大儲けしたのが由来という説もあるとかないとか。



 そんな与太話はともかく、次の料理に移ろう。


 続いての食材はロックハイドボアドラゴン。またの名を、岩皮豚竜(がんぴとんりゅう)


 名前の通り、表皮は岩のように硬くごつごつしている。そのままではとても食べられたものではないけれど、昨日のうちにある程度の下処理は済ませてある。


 私は包丁を入れ、表皮と肉の間にあるゼラチン状の皮下組織を剥がしていった。刃がすっと入り、皮と肉がきれいに分かれる。


「……気持ちいい」


 こういう瞬間、料理人としてちょっと嬉しくなる。ゆで卵の殻がズルッと剥けたときの感覚に近いかも。


 硬い皮の下には、豚肉に似た脂と赤身。表皮がとんでもなく硬い分、その下にあるお肉もまた多くの栄養素が凝縮されている。


 崩さないよう大きめに切り分け、表面をしっかり焼きつける。余分な脂を落としてから下茹でし、甘辛い煮汁へ。


 鍋の中で、角切りの肉がゆっくり色づいていく。タレに照りが出て、さっきの皮下組織の部分がぷるんと揺れた。箸を入れると、ほとんど抵抗なくすっと刺さった。


「よし。こっちもあとはもう少し煮込むだけで大丈夫そう」



 そして次が本日の最後の料理。

 使うのは赤紫の実をした植物系モンスター。


 ランタンプラント。別名、火灯茄子(かとうなす)


「あったかい。なんだかまだ生きてるみたい」


 たしかこのランタンプラント、暗い夜の森で光って冒険者を誘うことからその名がつけられたとか。

 しかもうっかり触れると発火し、一気に相手を焼き焦がすほどの灼熱を内包している。今は絶命しているのでほんのり温かい程度だが、とても危険なモンスターである。


 包丁を入れると、切り口から茄子に似た青い香りが立った。その奥に、鼻をくすぐる刺激的な気配が漂う。


 ランタンプラントは天然でトウガラシのような辛さを持つ。

 理屈はよく分からないけど、私的にはたぶん熱を生み出す器官の影響な気がしている。ほら、熱いときの痛みと辛いときの痛みって似てる感じするし。


「というわけで、これなら香辛料は控えめでよさそうね」


 むしろ使わなくてもいいかも。あんまり辛すぎて二人が火を吹いちゃったら大変だしね。


 油を吸わせて実をとろりとさせ、角煮で使わなかった岩皮豚竜の端肉を細かく叩いて加える。

 味噌に似た調味料、薬味、香味油。鍋の中で肉と実が絡み、赤紫の艶が増していく。


 厨房にはいつの間にか、三つの香りが満ちていた。


 蟹の香ばしさ。甘辛く煮えた肉の匂い。そして、ランタンプラントの刺激的な湯気。これは空腹に効きそうだなぁ。


 などと考えている合間に――。


「できました!」



 ――《マネークラブのパラパラ黄金蟹炒飯》

 ――《ロックハイドボアドラゴンのトンポーロー風とろとろ角煮》

 ――《ランタンプラントの真っ赤な麻婆茄子》


 三品まとめて完成です!



 私が出来上がった料理をテーブルに並べていくと、フレット様は目を丸くした。


「これは……見たことのない料理ばかりだね」

「はい。“中華料理”と言います」

「ちゅうか?」

「あ、ええと……少し香りが強くて、食欲の出る料理です」


 そっか、そういえば私に前世の記憶がある話はまだしてなかったっけ。

 あとでちゃんと説明しておこう。旦那様の親友であるフレット様なら、別に問題なさそうだし。


 旦那様はというと、すでに当然のようにスプーンを手に臨戦態勢だった。


「では、まずはこちらから」


 炒飯をすくい、口へ運ぶ。


「うまいっ! 米の一粒一粒が軽いのに、卵のまろやかさと蟹の甘みがしっかり絡んでいる! そこに蟹味噌の香りがふっと追いかけてきて、なんとも贅沢な味わいだ!」


 旦那様の目が分かりやすく輝いた。その手は休まることなく、次のお皿へ。


 箸を入れた角煮が、すっと割れた。

 ゼラチン状の皮が煮汁を含んでぷるぷると揺れ、断面からこぼれ出た脂と黒っぽいタレが混じり合う。


「おお……! すごい……硬い皮の下に、まさかこれほどの旨みが隠れていたとは。肉はほろりと崩れるうえに、皮もトロットロであっという間に溶けていく。噛むというより、舌の上で消えてしまったかのようだ……!」


 そしてラストは麻婆茄子。


 油を吸ったランタンプラントは艶やかで、ロックハイドボアドラゴンのひき肉が細かく絡んでいる。辛味はあるけれど、ただ刺すだけではなく、甘味噌のようなコクと肉の旨みで丸くしてある。


 旦那様は一口食べた瞬間、カッと目を見開いた。


「辛い……だが、うまい!! この熱を帯びるような刺激が、さらに食欲を引き立ててくる! ランタンプラントのとろりとした食感に、肉の旨みと香味油が絡んで、これは最高に米が進む味だ! いや、いっそ炒飯に乗せてもいいかもしれん!」


 そう言いつつ、旦那様が炒飯をかきこみかけた――そのときだった。


 バタンッ!


 食堂に大きな音が響いた。


「フレット様!?」


 見ると、フレット様が椅子から崩れ落ちていた。その手には直前まで麻婆茄子を食べていたであろうスプーンが握られている。


 私は真っ青になりながら駆け寄った。


「ど、どうしましたか!? もしや辛すぎましたか!?」


 床に仰向けになったフレット様は、片手で目元を押さえていた。肩が小さく震えている。


 きちんと味見はしたはずだけど、辛さへの耐性には個人差がある。もしかしたらフレット様には刺激が強すぎたのかも……。


 焦る私の耳に、かすれた声が届いた。


「……まい」

「え?」

「うますぎるっ!!!!」


 フレット様は涙をこぼしながら、勢いよく顔を上げた。


 ……涙。


 涙?


 私はその場で固まった。横では旦那様が、少しも慌てず炒飯を食べている。


「ああ、大丈夫だアイカ。それは辛さのせいじゃない。ただ感動してるだけだ」

「か、感動?」

「ああ。フレットは昔から感動するとすぐ泣く体質でな。いわゆる“泣き上戸”だ」

「そ、そうなんですか?」


 まあそれだけ聞くと普通だけど……でも、ここまで号泣するほど?


「実はそうなんだ」


 私が戸惑う中、フレット様は起き上がりながらハンカチで目元を拭った。


「子どものときからずっとそうでね。物語を読んだり、綺麗な歌を聞いたときはもちろん、ちょっとしたことでもすぐ涙が出ちゃって」

「はぁ……」

「しかも大人になってからはもっとひどくなっちゃって。おかげで悲劇の類の舞台を観に行った日なんか、だいたいいつも終わり頃にはハンカチがぐしょぐしょになってる。それも一枚や二枚どころの騒ぎじゃなく、ね」


 そ、そんなに……?


 ああでも言われてみれば、さっき屋敷が綺麗になった話をしていたときも少し涙ぐんでいたような。

 そっか、あれも感動したせいだったのか。てっきり鼻炎のせいかと思ってた。


「と、とにかく、体調不良でないならよかったです……」

「体調不良なんてとんでもない。むしろ身体に関しては絶好調さ」


 ほっと胸をなで下ろした私に、フレット様はテーブルの上の料理を見上げながら言った。


「すごいよ。リスティンの手紙で期待はしていたけど、まさかここまでとは。今までいろんな場面で涙を流してきたけど、料理でここまで号泣したのは生まれて初めてだ」


 しみじみと呟く声には、まだ涙が混じっている。


 崩れ落ちたままの親友を見下ろしつつ、旦那様が誇らしげに手を差し伸べる。


「どうだフレット? アイカの料理はすごいだろう?」

「うん……とってもね」


 フレット様もまた、その手を笑顔で握り返した。




 食後。


 玄関前で帰り支度をしながら、フレット様は改めて私に頭を下げた。


「ごちそうさま。炒飯も角煮も麻婆茄子も、全部方向性が違うのに、どれも記憶に残る味だったよ。中央に戻ってからもしばらく思い出しそうだ」

「そう言っていただけて嬉しいです」

「今度来るときは、もっとお腹を空かせて来ないとね」


 見送りに立った旦那様が、腕を組んで言う。


「また来るなら、次は先に知らせろよ」

「うん。そのときは手土産に、食べられそうなモンスターも捕まえてくるよ」


 フレット様は楽しそうに笑い、最後にもう一度こちらを向いた。


「フランベルさん、今日はありがとう。タルトも夕食も、本当に素晴らしかった」


 そうしてフレット様は屋敷を去っていった。


 その背中を見送りながら、私はほっと息を吐く。泣き上戸にはびっくりしたけれど、喜んでもらえてよかった。


 同時に、気持ちのほうも少なからず前向きになる。

 ギルドの件はやはりまだ気になるけど、不安がっても仕方ない。どうせ私が動いて解決できるものでもないし。


 あとは、どうかこの先も何事も起きませんように。


 そう願いつつ、私は旦那様とともに屋敷の中へと戻るのだった。


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