第1話 雑用令嬢、濡れ衣で不当解雇される
同タイトルの短編をもとにした連載版です。続きは5話からです。よろしくお願いします。
王国唯一のSランクギルド。
ここで働き始めて十数年。
その間に私が学んだことが一つある。
この場所では――職員は人間扱いされない。
開館したばかりの一階フロアは、すでに喧騒に包まれていた。
依頼掲示板の前では朝一番の仕事を狙う冒険者たちが肩をぶつけ合いながら怒鳴り合い、奥の酒場では早くも大量の酒瓶とともに粗野な笑い声が響く。
そんな騒がしい空間のど真ん中で、私は今日も働いている。
「おはようございます。冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょう?」
「依頼の受注だ! 急いでんだ、とっととしやがれ!」
叩きつけるようにカウンターに置かれた依頼書を処理した直後、今度は別の方向から怒鳴り声が響いた。
「おーい酒がねぇぞ! さっさと持ってこい!!」
「すみません、少々お待ちを! すぐお持ちしますので!」
反射的に答えながらカウンターを離れる。
本来ならこれは私の仕事ではないのだが、このギルドではそんなことを言っている余裕などない。
私の名前はアイカ・フランベル。
年齢は今年で24歳。このギルドで働く職員だ。
ここだけの話、赴任当初の私の仕事内容はただの書類整理だった。
ギルドへ寄せられた依頼内容を整理し、達成されたら簡単な報告書を書く――というだけの、いわばちょっとした裏方の事務レベル。
……のはずだったんだけど。
現実はどうかというと、本来の職務に加えてカウンターの受付業務に酒場の給仕、フロアの掃除、しまいには厨房での調理まで任される始末で、気が付けばギルドの雑務のほとんどを私一人で回している状態だった。
「はぁ……」
うっすらと額に浮かんだ汗をぬぐい、料理の乗った皿を両手で持って酒場へ向かう。
テーブルに運んだあとは、またすぐ厨房へとんぼ返りだ。
その途中、背後から大きな声が響いた。
「おい、そこの店員。お前だよお前」
店員じゃなくて職員なんですけど……。
そう思いつつ振り返ると、そこにいたのはこのギルドでもひときわ目立つ一団だった。
「ったく、せっかく僕たちが稼いでやってるんだぞ? なんだよ、このショボい料理はさぁ」
Sランクパーティー――《金の盾》。
そのリーダーの剣士が、皿の料理を見ながら言った。
「あたし、もっと高級ホテルのフルコースみたいなゴハン食べたーい」
「ギャハハ! Sランク様にこんな犬のエサみてぇなメシ食わせるとかナメてんじゃねぇのかぁ!」
隣に座っていた女魔法使いも口を尖らせ、同じく大柄な戦士は豪快に笑った。
「フッ、まったくだ。だいたいこんな“なんの生き物かもわからない肉”なんて使って、料理人として恥ずかしいと思わないのかい?」
……分かっている。
これはただの文句ではなく、ただ私をからかっているだけだ。
その証拠に、彼らに出した皿は綺麗さっぱり空になっている。
他の冒険者にしたって、周囲のテーブルを見渡せば、みんなガツガツと手を止めずに料理を頬張っているのが見えた。
けれど私はグッと堪え、深々と頭を下げる。
彼らはこのギルドの稼ぎ頭であり、機嫌を損ねればギルド全体の売り上げにも響いてしまう。
このギルドが王国のトップを走れているのも、《金の盾》の存在なくしてありえない。
「申し訳ありません……今月の予算では、どうしてもこれが精一杯でして……」
「はぁ? 予算? そんなもん知るかよ。そこをどうにかすんのがアンタらの仕事ってもんだろう。……やれやれ。これはちょっと教育してやらないとな」
ボソッと呟くリーダー。そして彼は握っていたジョッキを持ち上げると、くるりと手首をひっくり返した。
ばしゃっ、と黄金色の液体が床へとぶちまけられる。
「うわっ、やっちゃった~。うっかり酒がこぼれてしまった。これは早く拭かないとな~」
わざとらしく頭を抱えるリーダーの姿に、周囲からどっと笑いが起きる。
「ギャハハハ! ったくドジなSランク様だなぁ!」
「ほーら出番だぞ、お嬢様!」
「掃除は職員の仕事だろぉ~?」
「…………ただいま片付けます」
私は床に膝をつくと、びちゃびちゃに濡れた床を雑巾で拭きはじめた。
その間にも頭上からは「おっそ(笑)」「もっとキビキビ手を動かしやがれ」などと容赦ない罵声が降りかかる。
……ああ、やっぱりだ。
ここでは誰も私を「同じギルドの仲間」とは見ていない。ただの都合のいいマトだ。
そして、その理由は明白で――。
「あーあ、やっぱこれだから“貴族様”はよぉ」
野次馬である冒険者の一人が、私を見下ろしながら嫌味ったらしく言った。
このソルヴェイン王国という国には昔から、「貴族は平民の生活を学ぶため一定期間一般職に就くべし」という制度がある。
そして私がここで働いているのは、まさにその制度に則ったもの。
……そう。
こんな状況からは想像しづらいだろうが、これでも私の家はれっきとした貴族の家系なのだ。
と言っても、実際は名ばかりのなんちゃって貴族だけど。
地位は最底辺。管理する領地もなければ、屋敷だって普通の一軒家……どころか貧民街にありそうなくらいのボロ屋である。もちろん政治における発言権など皆無だ。
だから贅沢なんてものとは一切無縁で、誰もが想像するような貴族らしい豪勢な生活なんてどこにもない。
けれど荒くれ者で短絡的なこのギルドの冒険者たちからすれば、私も含めて貴族はみんな国に守られた特権階級にしか見えないようで。
それゆえにいつもこうやって嫌がらせを受けているわけだ。
……まあ聞いた話じゃ、一方で本物の大貴族様たちは自分の家と太い繋がりのある商工ギルドあたりに派遣され、毎日本当に接待と称して遊び歩いているらしいけども。
「ふぅ…………疲れた」
……本音を言えば、なんて理不尽な話だとは思っている。
むしろ、この場の誰よりも私自身が一番国に文句を言いたいくらいだ。
それでも、こんなただの弱小貴族の令嬢が何を言ったところで状況が変わるわけでもない。派遣の任期だってとっくに終わっているはずなのに、ずっと無視されてるし。
「……次の料理、早く作らないと」
誰にも聞こえないほど小さく呟き、私は再び厨房へと足を向けた。
そんなある日のこと。
いつものようにギルドの仕事に追われつつも、やっと少し手が空きかけた頃だった。
「おいアイカ、ギルドマスターがお呼びだぞ」
同僚にそう声をかけられ、私は思わず小さく息を吐いた。
……またか。
ガルド・バルディオス。
このギルドのマスターであり、私の上司でもある男。
彼に呼び出される時というのは、大抵ろくな用件ではない。
理不尽な叱責か、誰かの失敗の責任転嫁か、あるいは突然の追加業務か。どうせ今回もきっとそのどれかだろう。
私はうんざりとしながら酒場の喧騒を抜けてギルドの奥へ向かった。
「失礼します。アイカです」
「遅いぞ! ワシが呼んだら10秒以内に来いといつも言っとるだろうが! このグズめ!」
ノックをして中へ入ると、早速馬鹿でかい怒鳴り声が飛んできた。
そして私が扉を閉めるのを待つこともなく、ガルドは言った。
「まあいい。お前を呼んだのは他でもない。アイカ……お前、ギルドの金を横領していたな?」
………………は?
いったい何を言っているのか、意味がよくわからなかった。
「……え、な……お、横領? ど、どういうことですか? 私はそんなこと――」
「黙れ! 誤魔化すんじゃない! 証拠は全部揃っているんだぞ!」
ガルドはバンッと机を叩きながら立ち上がるや、こちらへ向かって書類の束を投げつけてきた。
私はバラバラと落ちた紙を拾い上げる。その内容は目を疑うものだった。
「……ど、どうして」
そこには確かに不自然な金の流れが記されていた。しかも書類の末尾に残されていたのは、紛れもなく私の名前である――『アイカ・フランベル』の文字。
「こ、これは偽造です! 私はこんな書類にサインなんてしていません!」
「ほう、まだ言うか。やれやれ往生際の悪いヤツめ。……だが、所詮はムダなあがきよ」
ガルドがパチンと指を鳴らすと同時、私の背後の扉が勢いよく開き、武装した衛兵たちが部屋へなだれ込んできた。
私はあっという間に腕を掴まれ、床に押さえつけられる。
「くっ……は、離してください! 私はやっていません、本当に何も――!」
いくら訴えたところで、聞いてくれる人は誰もいない。
それどころか押さえつける力が強くなった。
気づけば、目の前には黒い法衣の男が躍り出ていた。王都から来た王国の裁判官らしい。
あまりの急展開に私はただただ困惑するしかなかった。
「アイカ・フランベル。貴殿は貴族の身分でありながら、ギルド資金の横領という卑しき犯罪に手を染めた」
裁判官は手元の書類に目を通しながら、淡々と言葉を並べた。
「よって、処分は“国外追放”とする」
なっ……!?
頭の中が真っ白になる。
追放? 国外? 私が……?
そのときだった。視界の端でガルドの口角がわずかに上がったのが見えた。
が、それもわずか一瞬のこと。
彼はすぐに表情を引き締めると、やけに芝居がかった口調でしゃべり始めた。
「おお~、悲しいなぁアイカよ、ワシは実に悲しいぞ! まさか横領などと、お前がそんなことをする卑しい奴だったとは思ってもみなかった! 嘆かわしい……そして悔しい! もしワシに力さえあれば、お前を救って更生させてやるのに!」
まるで舞台役者のように大げさに振る舞うガルド。
胃の底から吐き気が込み上げてくる。
そして彼は最後に地べたに這いずる私にそっと顔を寄せてきた。ドブのような息が耳にかかる。
「だがまあ安心しろ。所詮、お前みたいなグズ女の代わりはいくらでもいる。あとはワシに任せ、お前はどこへなりと心置きなく消えるがいい。じゃあな、ククク」
こうして私は、長年育った祖国をあっけなく失ったのだった。




