12.配信準備=彼女はその訪問者を知っている。
室内に鳴り響くインターホンの音が元上司と女性とのやり取りを前に呆気に取られる私の耳に届く。
きっと今のやり取りで中に私がいるであろう事を気付いている筈なのに呼びかけず、わざわざ律儀にインターホンを押した辺り、こちらに気を遣っているのかもしれない。
「で、出な……きゃ……助けて……くれたん……だから……お礼を……言わない……と……」
女性の正体に心当たりはないが、それでも元上司を追い払てくれた事や気遣いの姿勢から悪い人ではないみたいなので、きちんと対応しないといけないと思うも、身体が動かなかった。
「う……うぅ……あっ!?」
動かない身体を押して無理矢理、立とうとしたその瞬間、バランスを崩してそのまま前のめりに倒れてしまい、静かな室内に鈍い音が響く。
「痛っ……」
その鈍い痛みが身体に走ってなお、まともに動く事ができずに私はその場に蹲った。
『……精神状態を鑑みて声をかけなかったんだけど、今の音はちょっとまずいわよね……ちょっと、大丈夫ー?』
部屋の中から聞こえてきた音を心配して女性が声をかけてくるが、返す事ができない。
せっかく心配してくれたのに無視するわけにはいかないと、身体をどうにか動かして音を出そうとする。
『…………もしかして無理して出ようとしてる?だとしたら落ち着いてからでいいよ。私は待ってるから』
「う……あ…………」
反応が返ってこない事で私の状態に気付いたらしい女性はそう言うとドア越しに寄り掛かり、言葉を続けた。
『……と、その前に私は誰だって話だよね。貴女からすれば突然やってきた知らない人だし、さっきみたいな出来事があった後だとなおさら怖いと思う。だからまずは自己紹介――――』
元上司と口論していた時とは打って変わり、穏やかな口調になる女性。その優しい声音に少しずつ私の心が落ち着きを取り戻していく。
『私は漆……じゃなかった。白崎朝陽、年齢は非公開だけど、もうお酒が飲める歳とだけ。趣味はネットサーフィン……と言えなくもないかな?それとまあ、ゲームだね。あ、趣味は趣味だけど、上手いわけじゃないからそこだけは勘違いしないように』
こちらから何か返答があるわけでもないのに女性は自分の事を次から次に話し始める。
私が知らないという事は彼女だって直接の面識はない筈なのにどうしてそこまで自分の事を赤裸々に話せるのだろうと思いながらも、その言葉に耳を傾けた。
『……本当はね、こんな風に話すつもりじゃなかったんだ。今日来たのは挑戦状というか、果たし状というか、ともかく挑発的にある提案をしようと思ってたんだけど、いざ来てみたらあんなのがいて……貴女の事情は配信で知ってたから、ほっとけなかったというか』
正直、女性……白崎さんの言っている事はところどころ分からないけど、彼女が私……というか〝礼嬢オリィ〟の視聴者だという事は分かった。
どうやって〝礼嬢オリィ〟が私だという事やここの住所を知ったのかという疑問はいっぱいあるけど、ここまでの彼女の行動や言動から悪い人ではないと思う。
だから彼女とはきちんと面と向かって話したい、話すべきだとゆっくり立ち上がった私は大きく一呼吸、意を決して玄関の方に向かい、ドアノブへと手を掛けた。
「あ……」
『え――――あたっ!?」
決意を胸にドアを開けた矢先、もたれかかっていた白崎さんがバランスを崩して転倒……助けてくれた彼女への最初の一言がごめんなさいになってしまった事は言うまでもないだろう。
残念なファーストコンタクトとなった私と彼女。ひとまず部屋の中に入ってもらってからリビングの方に案内し、お茶を差し出した。
「――――ええっと、その、さっきはごめんなさい。ドアの前にいるって気付いていたのにそこまで気が回らなくて」
「……いや、私の方こそ。なんか雰囲気に酔ってちょっと格好つけてドアに寄り掛かったのが悪かったというか……うん、ごめん」
何故か互いに謝り、気まずい空気が流れる中、仕切り直しと言わんばかりの咳払いをした白崎さんは差し出したお茶を一気に飲み干すと一息ついて私の顔を真っすぐ見つめてくる。
「こほん、それじゃあ改めて……私は白崎朝陽、たぶん、気付いてると思うけど、貴女がVtuber〝礼嬢オリィ〟の正体だって知ってここにきたの」
「白崎さん……えっと、その私は――――」
「ちょっと待って。真名は言わなくていい。私にとって貴女は〝礼嬢オリィ〟だからね。そう呼ばせてもらうよ」
「え、ま、まな……?」
名前を口にしようとした私を止め、急に芝居掛かった事を言い出した白崎さんに困惑していると、彼女はおもむろに立ち上がり、腕をバッと広げてポーズを決める。
「そう、だから私が今日来た理由は一つ……Vtuber〝礼嬢オリィ〟としての貴女へお仕事のお誘いにきたの。この白崎朝陽……否、なりきり系最強Vtuber〝漆黒ゆうぐれ〟が」
「……え?」
目の前で放たれた言葉と名乗りに圧倒された私は一瞬、頭が真っ白になり、しばらく二の句を継ぐ事ができなかった。
12.配信準備をお読みくださり、ありがとうございます。
これはトラウマとなる元上司に怯える彼女の心を謎の女性が優しく解きほぐすお話です。
明かされた謎の女性の正体……そして〝礼嬢オリィ〟にとって大きな転機となる誘いに彼女はどうするのか……気になる、推せるという方はチャンネル登録……もとい、ブックマークの方をよろしくお願いします……それでは彼女から一言!
「……初対面の筈なのにここまで優しく親身になってくれた彼女には本当に感謝していますわ……でも、改めて考えるといきなりやってきて突然のお誘いは流石に非常識……」
「フフフ、最強たる私に常識などナンセンス……なにせ私こそが常識なんですから――――」
「って、ちょ、出てきちゃ駄目ですって!?まだそっちの貴女は本編に出てないのですから、フライングは駄目……ですわ!」




