第27章 冒険は、おしまい。
道の端っこで座りこんで、あたしはじっと、次々と水面の壁に突入していく同級生達を見る。
ほんとに、良かった。
気が付くと、目の前が歪んでいた。
あぁ。泣いてるのか、あたし。
どういう涙なのかは、自分でも分からなかった。
よしよし、とサキちゃんがあたしの頭を撫でてくれる。あったかい。ますます泣けた。
「泣くなよー、ユカー」
困ったようなケントの声。
「……でも、ぼく達、やったんだね」
静かに、でも満足そうなアキラの声。
「長かった。でも、努力は、報われたんだ……ソウマ、ユカ、2人とも、本当にありがとう。2人がいなかったら、きっとここまで来られなかった。みんなを助ける事なんて、出来なかった」
カズキ――そんなこと、言わないで。カズキこそ、カズキがいなかったら、みんなをこんな風に導く事なんて出来なかった。
泣いて、泣いて――そうして、あたし達6人しか、いなくなった。
みんな、帰ったんだ。
正しい中学生に、戻ったんだ。
あたしも涙を拭いて、立ち上がる。
いかなくては。
冒険は、おしまい。
「アキラ」
ずーっと黙り込んでいたソウマが、アキラに向けて手を差し出した。
何だろ。
握手?
「『宙の剣』、貸せ」
あぁ、ソウマもこういう所は普通の男の子だなぁ。『宙の剣』、装備してみたかったのかな。いや、男女差別、良くない。っていうか、あたしもちょっと最後に装備してみたい。
「う、うん。どうぞ」
アキラから『宙の剣』を受け取ると、黙ってソウマは腰に下げた。ぷぷっ。小人族は背がちっちゃいから、『宙の剣』、引きずっちゃってる。かーわいい!
「あはは、引きずってんじゃん」
ケントが呑気に笑う。つられて、あたしもサキちゃんもくすくす笑った。
「最後だからね。せっかくだし」
カズキはソウマを庇うような――ううん、最後、を妙に協調していて、まるで、ソウマに言い聞かせるような言い方だった。
「……ソウマ?」
ソウマは、何度も『宙の剣』の剣帯の締まり具合を確かめて、それから、静かに歩き出した。何か、誰もがうっかり見送ってしまいそうな、自然さで。
水面の壁とは、逆方向に、1人で歩いて行く。
え……。
えぇ……っ!?
「そ、ソウマっ!」
あたしは――あぁ、カタカナで名前を呼び合う様な、そんな世界で生きる子供のあたしは、待って、やめて、行かないで! と縋る様な気分でソウマの名前を呼ぶ。ソウマが、足を止めて振り返った。
「俺は、帰らない」
「何を……!」
即座に言い返したのは――たぶん、これを想定していたのであろう、カズキだった。
「ソウマ、駄目だ! そんなことは、駄目だ! おれ達は帰らなきゃいけない! 家族の為に、おれ達の無事を祈る、多くの人の為に、1人でも多く、無事に帰らなきゃいけない!」
「俺は、帰らない。このままニルズベルグを倒しに行く。『界の狭間』は崩壊する。地球への道は断たれる――断って、絶って、俺は、この世界で生きる!」
「駄目だ!」
カズキは、引きずってでもソウマを連れて帰ろうと決めていたのだろう。駆け出す。
「ちょ、ちょっ、ちょっとソウマ! そりゃ、駄目だろ。反則じゃん。そんなん、さぁ……!」
途切れ途切れのケントの言葉は、あたしの台詞でもあった。
駄目でしょ。
反則でしょ。
そんなん、さぁ……!
ソウマはカズキの腕を振り払った。地球ではどうだか知らないけど、ここでは、レベルも上がって、貧弱さがますます目立つようになった後衛の妖精族のカズキと、前衛でばりばり働いている小人族のソウマだ。勝負にもならない。
ソウマは高らかに告げた。
「俺が、俺の人生を選んで何が悪い! つーかな、悪くても、知った事か! お前らに、俺が、あのクソみたいな家から離れて、離れられて、どんなに嬉しかったか、お前らに分かるか! 分かんねーだろ! いいよ、良いんだ! お前らは、選んで帰れ! 正しい、真っ当な、中学生に戻れ! 俺は――俺は、知った事か! 俺の人生は、俺の、俺だけのモンだ!」
あぁ――ソウマ。
ソウマは駆け戻って行く。ソウマは小人族でちっちゃくなっちゃって、だからアキラが腰に下げていた『宙の剣』は長すぎて。長すぎる剣を引きずって、地面を削りながら、ソウマは去って行く。
そんなん、さぁ。
やめてよ。
諦めたのに。丁寧に、丁寧に自分に言い聞かせて、諦めなきゃいけないって、思って。思い込んで、手を、放そうと、したのに。
だって、きっとお父さんもお母さんも、あたし達を育てるのは大変だったはずだよ。お金も時間もかかる。良い事だってあったのかもしれないけど、大変な事、たくさんあったはずだ。だから、あたし達は、良い子ではなくても、きっと傍にいるべきだ。帰るべきだ。それくらいの事は、中学生のあたしだって分かる。だから、だからさぁ……! 帰ろうと、したのに!
やめてよ!
足並み、揃えてよ!
「う、うぅぅぅぅぅぅっ……!」
あたしの意思じゃない。ソウマの真似っこだ。いつか後悔するだろう。
でも。
でも、さぁ。
いつかって、いつ?
少なくとも今じゃない。それどころか、今、ここで帰ったら、あたしは死ぬほど後悔するだろう。だってここは灰クロだ。ただのゲームじゃない。灰クロだ。ここは、あたし達が優しくされて、守ろうとした、美しい、世界だ。
「ユカちゃん……!」
サキちゃんは、呻いたあたしが何を考えているか、気付いたんだろう。あたしの名前を、呼ぶ。手を差し伸べて。
「帰ろう! 帰んなきゃ、ダメだよ! ユカちゃんのお父さんもお母さんも、きっと心配してるよ!」
心配。
そりゃ、してるだろう。あたしは彼等の1人娘だ。1人しかいないんだ。
あぁ。
あぁ!
「……ごめんっ! さよなら! さよならサキちゃん、カズキ、ケント、アキラ! 一緒に冒険出来て、楽しかった!」




