01.踏切の悪夢
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン…
夢の中で気がつくと、踏切の音がする。
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン…
どこの踏切かはわからない。周りは田んぼしかない。民家もない。黒い山の稜線が遠くで波打つのが見える、よくある寂しい田舎の風景だ。
夕闇の中で信号の赤色が明滅している。
繰り返し、繰り返し、カンカン、カンカン、と。そんな夢だ。
遮断機は降りている。自分と線路との境界を作る、警告色のバーが前方を阻む。いつからそこにいて、どのくらいの時間立っているのか定かではない。踏切の前で、薄闇に続く細い道をぼんやりと見ている。
遠くに、人が立っている。真っ黒い輪郭だが、ぼろぼろのワンピースを着た、長髪の女らしいということがわかる。前を向いているのか、後ろを向いているのか判別するのが難しい。ただ、その先に女がいるということは確かだ。
あの人、誰だろう、と思う。肩から下げているスクールバッグをぎゅっと握りしめる。
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン
――ゴォォ!
その時、目の前を突風と音響が、ものすごい速さで横切った。快速電車が走り抜けたのだ。二色の帯色がついた銀色の車体が、視界いっぱいに流れていく。
長いな、と思った。六両編成の電車って、こんなに時間をかけて走ったっけ……
やがて最後尾が過ぎる。車両の明かりが遠ざかっていく。まるで取り残されたような気分がした。
遮断機の棒はまだ上がらない。
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン…
線路の奥に女が立っている。距離が縮まっている。
女は後ろを向いているようだった。汚れたスカートの裾は風になびくことなく、その体は時間が止まったみたいに動かない。
引き返そうかなと思った。なんでこんなところに立ってるのか、わからないし……。
だけど、どこに行けばいいんだろう? とも思う。こんな田舎、一昨年、おばあちゃんが死んじゃってから、一度も見る機会がない……。
それにあの女の人、すごく嫌だ。気味が悪い。なんで後ろを向いてるんだろ。あれ? ちょっと待って……
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン
――ゴォォ!
また電車が通り過ぎる。
今度は反対向きに、長い時間をかけて銀色の車体が走り抜けていく。車両の中は誰もいなかった。そのせいで、窓の間から後ろ向きに立っている女が、ちらちらと見える。
最後尾の車両が過ぎて行く。
違う、待って、この夢……
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン…
後ろ向きに立つ女が、遮断機の前にいる。長いこと洗っていないようなぼさぼさの黒髪が、腰まで届いているのがはっきりと見える。袖口は擦り切れ、真っ赤な薄汚れたワンピースを着ていた。パンプスは何年前のものだかわからないくらい履き潰されている。
あの夢だ。私、またあの夢を見てる。
足が震えた。息がうまく吸えない。自分の呼吸が、警報機の音にまじって聞こえる。
その場から逃げようとしたが、金縛りのように体が動かない。どうして夢って思い通りにならないんだろう――泣き叫びたくなった。志乃、助けて、志乃! 声さえ出てこない。
でも、前は、ここで目が覚めたから……それを今思い出した。
遮断棒の向こう側に立つ女を視界の外に追い出し、必死に覚めろと念じた。
覚めろ、覚めろ、覚めろ。
覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ!
カン、カン、カン、カン
カン、カン、カン、カン
――ゴォォ!
流れゆく銀色の車体に自分の姿が映っている。
汚くて長い爪がゆっくりと目元を覆っていくのが見えた。
隣にいる。
その女が、大きな口を開けて、耳元で叫んだ。
「カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン!!」
◇
三浦夏帆が大声を張り上げたので、四人ともびっくりしてその場で仰け反った。
しん、と一瞬静かになる。
夏帆はにやっとして顎を上げた。栗色の髪の下で、渾身のどやの顔をしている。
「〈怪異・カンカン様〉でした。びびった? びびったよね? ちなみにこれ、実話系ね」
昼休みの教室で、ため息が漏れた。
「あのさぁ……最後にしこむのやめてよ!」と高田澪が言う。
「絶対ウソじゃん」
金井陽菜の指摘に、夏帆がぶんぶんと首を振った。
「ウソじゃないって! それでね、この話を聞いた人は……」
小川結衣が「やだああああ!」とセミロングの黒髪を振り乱し、耳を塞いだ。「もう聞いちゃったから意味ないっしょ」と澪が言う。結衣は泣きそうな顔をしている。
「なんで話すの? 感染系なら先に言ってよ! 聞かなかったのに……」
夏帆は机の上で手を合わせた。
「ごめんって。この話を聞いたらっていうのは、ただの噂。聞いても夢には見ないよ。でも、この〈カンカン様〉、うちの学校じゃわりかし有名なんだよ。ね、秋山?」
秋山志乃は、どきっとして口ごもった。
「あ……えっと……う、ん……」
みんなが志乃を見る。志乃の立ち位置は、蚊帳の外とはいわないが、グループの端の方にいる。
なんとなく、ちょっと覚めたような空気を感じた。
知ってか知らずか、夏帆は続ける。
「秋山のとこって、パパもママも、この学校出身なんだよね。絶対知ってると思った」
小川結衣がすがるように聞く。
「聞いただけでこんな怖い夢、見ないよね? ね?」
「え、と……」
ゆるい二つ結びが、しょげたように下がっていく。そんなのわからない。
代わりに志乃は夏帆に聞いた。
「その話ってさ……最後、どうなっちゃうんだっけ?」
んー、と夏帆は栗色の髪を指で触った。考える時の夏帆のくせだ。
「三回、同じ夢を見たら、〈カンカン様〉に追いつかれて死んじゃうんだって」
「またまた」
金井陽菜が吹きだす。
「だって、変だし。死んだら三回同じ夢を見たなんて証言できないし」
「ほんとだってー!」
夏帆はむきになって言った。
「三組の吉井の兄貴がこの夢見たって言ってた!」
「そいつ、去年卒業してるじゃん」と、陽菜。
「だから、お姉ちゃんから聞いたの!」
「誰か吉井の兄貴の葬式に行った人~」
「縁起わるすぎ……」高田澪が呟いた。誰も手を挙げなかった。もちろん、吉井の兄弟は健在だった。
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
教室のあちこちで机を元の位置に戻す音がする。
「次、日本史だ」
小川結衣が慌てて立ち上がり、教科書を取りに行った。
「一緒に行こう、志乃ちゃん」
「あ、うん……ちょっと待って」
話に夢中になっていたせいで準備ができていなかった。ロッカーから急いで教科書を探し出し……そんな最中、ぽとっと床に何かが落ちる。
結衣がそれを拾った。志乃は「あれがない、これがない」と探し焦っているため気が付いていない。お守りだった。表に絵柄がついている。
「志乃ちゃん、これ……」
手を止め、「うぐっ」と志乃はうめいた。
「なんか、めっちゃ怖。閻魔大王って感じ」
結衣がお守りをつまんでいる。火炎光背したいかめしい仏さまが剣を掲げている絵だった。肌が青いので一瞬、宇宙人かと誤解しそうになった。
「ご、ごめん。ありがと!」
志乃はお守りをさっと受け取って、ロッカーの上の棚に置いた。「やば~~、どうしよう……」と志乃は困っていた。
「大丈夫?」と結衣。
「日本史の教科書……忘れちゃった……」
ごつん、とロッカーの縁に頭をぶつける志乃を見て、結衣はちょっと笑った。
「一緒に見よう。隣に座るから」
わ~神様仏様結衣様~、と志乃は拝み倒した。
移動教室なので二人は並んで廊下を歩いていく。
その様子を見ていた三人のうち、一人が言った。
「結衣って優しいよね。ちゃんと仲間に入れてあげてるし」
うんうん、と澪が頷く。
「でもさ、なんであの子って、こっちにいるんだっけ?」と陽菜。「なんか、ちょっと、違うっていうか……」
「夏帆が引っぱってきたんじゃない」
「別に、よくない?」と夏帆。机には世界史の教科書を広げている。
「話すと結構、面白いよ。歴史に詳しいし、テスト勉強も手伝ってくれたことあるし」
「あの子、右腕に毎日包帯巻いてるじゃん?……やっぱ、やっちゃってんのかな」
これ、と腕を切る真似をする。
やめてよ、と澪。
「うちらがいじめっ子みたいじゃん」
「私、ちょっと苦手なんだよなー……。いっつもおどおどしてるし。だからって、のけ者にはしないけどさ」
ぶつくさぼやく陽菜に、三浦夏帆は手を叩いた。
「OK、OK。先生来るよー。今渡り廊下歩いてた。ね、ここ見といた方が良いよ。なんか次の世界史、怪しくない?」
高田澪と金井陽菜は、やれやれと目を見合わせた。




