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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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31/50

〔31〕どうして

 リヒトとの別れを惜しみぐずる子供達に見送られたディアンは、彼らが見えなくなった所で走り出した。


『何を急いでおる?』

 隣を平然と走る猫が、チラリとディアンを見上げた。


「ついさっきアメリアが……親友のアメリアが、昨日ソーラムに行ったきり孤児院に戻ってないと聞いたんだ」

『知り合いの所にいるのではないか?』

「それは多分ない。今までアメリアは殆ど町に行った事がないから、町にいる知り合いといったら僕くらいだと思うし」

『そうか。それは心配だな』


 アメリアは今まで町に行く事は殆どなく、ディアンの家に来た二度しか町へ行った事がないと聞いた。その為今回の買い出しでは、院長先生が地図を描いて店の場所を教えたと言っていた。

 しかし、だからと言ってアメリアが迷子になったとは考えづらく、何処かで事件や事故に巻き込まれたと考えるほうが自然である。

 ―ソーラムは治安が悪い―

 そんな言葉が脳裏を過ぎり、無事であれと願いつつ、ディアンは精一杯足を動かして町へと戻っていった。




 ディアンはまず手始めに、自分の家に向かった。

 昨夜アメリアが来ていない事は分っていたが、入れ違いで、もしかすると訪ねてきたのかも知れないと考えたのだ。

 そして家が見えたところで、見慣れた人影を見付けて声を上げた。


「ケイト先生!」

「ディアン?」

 ディアンの家の前にはケイトがいて、ディアンの呼びかけに瑠璃色の髪を乱して振り向いた。

「今お宅を訪ねようと思ったところなの。ディアンは出掛けていたのね?」

「うん。孤児院に行ってたんだ」

「ではアメリアも一緒だったの?」

 喜色に染まったケイト先生に向け、ディアンは首を振った。


「僕は何も知らずに孤児院に行って、アメリアが帰ってないってさっき院長先生から聞いたところなんだ」

「そうだったの……」

「それで、アメリアは見付かった?」

 今度はケイトが首を振る番だった。

「まだ見つからないのよ。昨日向かったはずのお店には行ってみたのだけれど、直ぐに帰ったと言われてしまって。それでディアンの家に来てみたの。昨日、ディアンはアメリアを見なかった?」

「いや。僕が町に戻ったのは昼過ぎだったけど、見掛けてないんだ」

「そう……何処かに迷い込んでしまったのかしら……」

「―――僕もこれからアメリアを探すよ」

「ありがとうディアン。そうね、二人で手分けして探しましょう。私は北側の住宅地のほうへ行ってみるから、ディアンは南のお店側を探してもらえる?」

「分かった」

 互いに頷き合ってから、ディアンは急ぎ大通りへと走り出した。


 しかし、途中にある冒険者ギルドの近くで行く手を阻まれたディアンは、その原因である馬車が通り過ぎるまで立ち止まる事になってしまう。

 その馬車はどう見ても荷馬車ではなく、人が乗る為に作られた上等な馬車だったからだ。

 小さな荷馬車であれば人も避ける程度で往来は続くのだが、上等な馬車が通れば通行人は立ち止り道を譲らなければならなかった。平伏するまでには至らないが、これは目に見える身分の格差というもののせいだ。


 馬車が通り過ぎる間、ディアンの周りでヒソヒソと囁き声がしていた。

「ありゃーここの領主じゃないな。一体どこのお貴族様が来たんだ?」

「あれは隣の領地から来た奴らしい」

「そうなのか? ってか、なんでおめーが知ってるんだ?」

「冒険者ギルドが呼び出したんだと、さっき冒険者が話しているのが聞こえたんだわ」

「へえー冒険者ギルドがねえ。こそこそ何してんだろうな?」

「さあな。俺らにゃ関係ない事だろうが、こんなのが通れば通行妨害でいい迷惑だ」

「全くだ」


 ディアンはその話の理由に思い当たり、眉間にシワを寄せた。

 昨日のキャリイの話では、ギルドも対応に苦慮していると言っていた。もしかするとあのあとも予想以上に獣が持ち込まれて、依頼主へ早々に連絡を出したのかも知れない。

 そんな想像をしたディアンは渋面を作る。

「皆手当たり次第に持ち込んでたみたいだしな……置き場所が一杯になったのか」

 いくら檻に入れようが、獣同士を近くで大量に保管するのは無理がある。しかもそれは死体ではないのだから尚更だ。世間では“数うちゃ当たる”とは言うけれど、それにしてもと思わなくもないディアンであった。


 だがディアンは今、そんな事を考えている暇はない。

「今はそれどころじゃないな。早くアメリアを見付けなきゃ」


 馬車が通り過ぎるのを待ってから、ディアンは身を(ひるがえ)して人混みの中へと走り消えていった。




 陽も赤くなって稜線に掛かる頃、ディアンは汗を流しながらもまだ町中を走り回っていた。

 いくら小さいソーラムの町とはいえど、路地裏までくまなく探すとなれば一人では休む暇もない面積になる。

「ケイト先生、見付けてくれたかな……」

 無事に見付かってくれれば、ディアンがこうして駆け回った事も笑い話で終わるのだ。

 しかし夕方になってもケイトからは何の連絡もなく、陽が沈んでしまえば捜索もできなくなってしまう。


 焦り始めたディアンが狭い裏路地に入ると、気配もなく足元に小さな猫が現れる。

 孤児院からの帰り際、町に入る前にリヒトとは別行動を取っていたのだ。

 続けて脳裏に聞き覚えのある声が響く。


『町の周辺を見てきた。倒れている者も不審者もいない』

「ありがとうリヒト。それじゃあやっぱり町の中か……」

『捜索はそなた一人か?』

「いいや。孤児院のケイト先生が北側を探しているけど、まだ見つかったという知らせはない」

『そうか。して、娘の特徴は?』

 そういえばまだ、リヒトにはアメリアの容姿を伝えていなかったとディアンは口を開いた。


「アメリアは、深い紺青の目に翠色の長い三つ編みを垂らしている。僕と同じ年の可愛い()だ」

『ふむ……』

 リヒトが首を傾けた。

「どうしたんだ?」

『――その娘は昨日(さくじつ)、この町に居たと言っていたな?』

「うん、昨日(きのう)だと聞いたけど……?」

『その特徴であれば、吾は昨日見掛けたな』

「え?! 何処でだ?!」

『こちらだ』

 言うが早いか、リヒトは狭い裏路地を迷いなく走り出した。


 ディアンは町の南側に東西に延びる、商店が連なる大通りの北側の裏から、狭い小径を通り西の外れ近くまで走った。

 リヒトを追って走りながら、こちらにはもう余り店はないはずだと大通りの様子を思い浮かべていた。

 大通りの西端には、もうポツリポツリと露店の靴磨きや花屋などの小さな店が点在するだけのはず。そんな場所をアメリアが通るはずがないとは思いつつも、リヒトを疑うつもりはない。


『この辺りの表通りだ』


 立ち止まった小径から見える大通りには、小さな花屋がポツンとあった。

「アメリアはこんな所まで来たのか……?」

 思わず呟くディアン。


 いつも買い出しで寄る店は主に大通りの中でも門に近い賑わう場所にあり、店もなくなるような場所にアメリアが来る必要はない。それにアメリアはこの町を熟知していない訳で、もし好奇心が働いたとしても自ら迷うような場所まで足を踏み入れる程愚かでもない。


『そういえば一人ではなかったな』

「なんだって?」

『うむ。吾も気に掛けてはいなかった故に朧気(おぼろげ)な記憶ではあるが、傍に誰かが居たように思う。ハッキリと認識しておらずに申し訳ないが』

 そこはリヒトが謝る事ではないとディアンは首を振った。

 こうして朧気でも記憶を掘り起こしてくれて、ディアンとしてはリヒトに感謝しかない。


「手掛かりが見付かっただけでも有難いよ。もうすぐ日も暮れるしこの辺りを重点的に探すしかないな。手伝ってくれるか?」

『引き受けた』


 裏通りはリヒトに任せ、ディアンは大通りに出て周辺に目を配りながら小走りに進む。それからいくらも経たず、ディアンの脳裏に『確認してもらいたいものがある』とリヒトの声が届いた。

 ディアンは迷わず路地に滑り込むと、声に誘導されてリヒトの下へと辿り着く。


『あれだ』

 リヒトが見詰めるのは、数メトル先の路地に散乱する何か。

「こんな所にゴミ?」


 それにしても、ここは大通りから路地を三つ入った人通りのない小径であり、仮令ゴミであってもそこにある事が不自然だった。

 薄暗くなり始めた路地で確認する為に近付いていけば、次第にディアンの目が大きく開いていく。


「?!」


 駆け寄ってその中のひとつを拾い上げると、ディアンに見覚えのある物だと確信する。そして周囲に散らばる物をよく見れば、それは肉屋の小さな包みや麦粉などの食料品である事も分かった。

 ディアンは首が取れんばかりに周囲を見回すものの、そこに人の気配はなく嫌な汗が背中を伝う。


「……アメリア……」

 零れ落ちる親友の名前。

『そなたが探していた者の所持品か?』

「ああ、この買い物袋は孤児院の物だ。ここにある白い花の刺繍は、アメリアが入れたんだ……」

 ディアンは、汚れている花の刺繍を指でなぞる。

『では、ここで何かがあったと思ったほうがよいな』

「…………」


 荷物を放り投げてまで、アメリアが行方を眩ます理由がない。そう考えれば、事態は最悪の方向に行ってしまったと思うほかない。

 先程までそんなはずはないと否定していたディアンだったが、こうなるとアメリアが誰かに連れていかれたと考えるしかなくなってしまった。


「でも何処に行ったんだ……」


 この町に人攫いがいるとは、ディアンは聞いた事がない。しかしそれでは誰が何処へ連れて行ったのかも全く分からない事になる。

 途方に暮れたディアンがその場に立ち尽くしていると、足元の獣がディアンを見上げた。


『行先を調べるか?』

「―??!!― 分かるのか?!」

『まだ人の匂いが残っている。一番強いものが該当者ならば、その匂いを辿れるだろう』

「頼む!!」

『うむ。ではそなたは一旦戻り、もう一人に状況を説明したほうがよかろう』

 リヒトにいわれ、そこでケイト先生も探していたのだと思い出す。

「そうだった、でも……」

『そなたがそうであるように、他の者も心配しているのだ。結果は知らせる故、ここは吾に任せよ』

「…………分かった。絶対に見付けてくれ、頼む……」

『最善を尽くす』


 こうしてリヒトと別れたディアンは、ケイトに状況を伝えるべく、踵を返して町の中心部へと戻っていった。


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