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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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〔29〕不穏な空気

 皆が我に返ったように、静かだった室内に喧騒が戻る。

 ディアンが小さく息を吐き受付へ視線を向けると、近くで見守っていたらしいキャリイと目が合った。

 目尻を下げて悲しそうに微笑むキャリイの下へと、荷物を背負い直したディアンは向かった。


「ディアンさん、お帰りなさい」

「ただいま」

 軽く挨拶を交わし、ディアンはキャリイの疲れた顔をみやる。

「お騒がせして申し訳ございませんでした」

「いや、キャリイさんが謝る事じゃない……」

 困惑するディアンへ、キャリイは肩を竦めて微笑んだ。


 ディアンは早速依頼完了の手続きを進めてもらいながら、先程の騒ぎについて尋ねる。


「それで、大体は聞こえたけど……」

「お察しかと思いますが、例の特閲の件ですよ。昨日から冒険者達が白い獣を連れてきているのですが、先程のような事が時々……」

「えっ、もう連れてきてるのか……」


 確かに白い獣は探せばいくらでもいるし、本来の意図を読み取ることができなければそういう行動に出る者がいるのも頷けた。

 だが、この特閲はそういった物の事を指していないはずだ。とはいえ、ディアンの見解はウォーレンと話した為に得られたものだったと思い至る。


「ギルド側で受け取りの判断はしないのか?」

「はい。獣の種類が明確に書かれていない以上、持ち込まれた獣が依頼書の指示している物の可能性も捨てきれません。ですので一旦は全てお預かりする形になってしまいます」

「……それは大変だ」

「ええ……」

「それで、人の家の獣を攫ってくる奴までいると?」

「真偽は調査中ですが、その可能性は高いようですね。ですがそれはここだけでなく、他のギルドでも同様の事案が発生し頭を抱えています」

「うわぁ……」

「預かった獣を全て確認してもらうのも、“都度”という訳にもいきません。ここでは裏でそれらを預かっているのですが、直ぐに一杯になるのではと、皆冷や冷やしています」


 ギルドの裏庭は持ち込まれた魔獣などの解体作業などを行う為、広い空間が取られている。そこが直ぐに一杯になるという予想は、ディアンでも頭を抱えたくなる程である。


「連れてこられた物は、どうやって確認してもらうんだ?」

「依頼主に連絡を入れ、確認しに来てもらいます」

「それじゃ、直ぐに確認してもらえば大丈夫じゃないのか?」

 ディアンが思った事を口にすれば、口元を引き締めてキャリイは首を振った。


「ここだけの話ですが、依頼主は遠方の方もいらっしゃいます。その為直ぐに、という訳にもゆきません」

「そうか、1匹だけでって訳にもいかないもんな」

「はい。ですがこの調子では、既にギルド長が連絡をしているのかも知れませんけどね」

大事(おおごと)だな」

「ええ。大事なんです」

 ため息を吐いたのは、ディアンとキャリイ二人同時だった。

 それに苦笑して、ディアンは手続きを済ませてくれたキャリイにお礼を言うと、隣の素材買い取り棟へと向かって行った。



 ◇ ◇ ◇



 ブラギール・ヴァンモリイの朝は、まるで貴族の如く昼に近い時間に始まる。

 そこからゆっくりと身支度を整えたあと、勿体ぶったように使用人達の前に姿を現すのだ。


 このヴァンモリイは、この地を治める伯爵に代わり町を管理運営する為に置かれた、少しばかり帳簿管理ができるだけの被雇用者だ。

 本来その役割を担う者は朝と呼ばれる時間に働き出すものだが、この館にもヴァンモリイの行動に苦言を呈する者はいない。


 そんな時間に夕食のような豪勢な朝食を摂る男の前には、この場にそぐわぬ大男が立っていた。


 ヴァンモリイは内心、食事の時間に打ち合わせで訪れるなど無粋であると怒鳴りたくなった。しかし、それをこの男に話したところで時間の無駄だと思い留まる。それに、こちらが話しかけるまで口を開かないのは及第点だと妥協し、ヴァンモリイはゆっくりグラスを下ろして向かいに立つ者へ視線を向けた。


「―――治安維持(・・・・)は順調に進んでいるか?」

「へい。旦那の言いつけ通り、領主が来る五日後までには金の回収は終わる算段ですぜ」

「………オズィーン、その言い方は誤解を招くではないか。我々は領主の為に税金の回収をしているのであって、無意味に金を搾取しているのではない。そうだろう?」

「旦那のいう通りで」

 厳つい男は神妙に頷きながらも、続けて口を開く。

「しかし税を引き上げてから随分と経ったからかわかりやせんが、最近では住民の殆どが金を用意しているんでさ。これじゃ支払いが出来ないからと、家族を引っ張ってくる事もできやせんぜ?」


 税金が払えぬ者は労働という対価で支払わせるという体裁で、妻や子を連れてくるようオズィーンへ指示を出している。どちらかと言えばそちらのほうが金になるというのは、実は大きな声では言えない事である。


「そうだな。ではそろそろまた値上げでもしようじゃないか。皆が払えるというのなら、払えるだけ差し出してもらわねばな」

「それはいい考えですぜ、旦那」

「―――それで、今回は何人くらい集められそうだ?」

「今のところ四人で、約束の四日後までにはあと一人か二人は出ると踏んでやす」

「ふむ……」

 ヴァンモリイは赤い液体の入ったグラスを揺らしながら、「六人か」と呟いた。

「確かに随分と少ないな。ではルシェクターの若造が帰ったあとで、次回は税を五割にすると告知する。今回は適当に理由を付けて、追加であと二三(にさん)補填しておけ」

「へい」

「それでは引き続き治安維持に勤しめ。抜かるなよ?」

「承知しやした」


 返事をしたオズィーンだが、まだヴァンモリイを見ている。

 いつもならここで退出していくはずが、その気配がない事でヴァンモリイは渋々口を開いた。


「まだ何かあるのか」

 料理が冷めてしまうと眉根を寄せ、ヴァンモリイはカラトリーを手に取った。

「へい。この町に金持ちの馬車が向かって来てると報告がありやした」

「……金持ちの馬車? どういう事だ」

「理由は知りやせんが部下からの報告では、どうやら冒険者ギルドに呼ばれてるんじゃないかとの事ですぜ」


 この町にも商人が乗る馬車は来る。

 しかしここは辺境であり道中での危険を警戒する彼らは、外見よりも機能性を重視した武骨な馬車で来る者が殆どだ。その為自警団員が金持ちと判断する馬車は、それはただの商人ではない事を意味している。

 それにオズィーンが今言った“冒険者ギルド”という言葉で、ヴァンモリイには思い当たるものがあった。


「私のところに冒険者ギルドからの連絡は?」

「いえ。今のところは何もありやせん」

「…………」

 ヴァンモリイは渋面を作る。

 そして思考を埋めるのは、『やはり出遅れていたのか?』という憤りだった。


 先日来た領主からの手紙には、『神獣様が城から姿を消し、王の選定を行っているようだ』と書かれていた。

 領主が知らせたかったのは、“王が変わる時には国に混乱が生じる為、警戒を怠るな”という意味であったのだが、手紙の意図などヴァンモリイには関係ない。それを見た途端ヴァンモリイは“好機が巡ってきた”と解釈し、即座に冒険者ギルドへ神獣を捕らえる依頼を出したのだ。

 しかし、やはり辺境の地であるソーラムではその情報は遅れて届いていたのだと、ヴァンモリイは視線を落とし目の前の皿に盛られた分厚い肉を睨み付けた。


 だが実は、ヴァンモリイは根本的な勘違いをしていたのである。

 ヴァンモリイに確認の知らせが来ないのは、“出遅れた”からではなく“依頼金額の問題”だった。

 ディアンが見た最初に貼り出された依頼書には報酬が『金貨10枚』と書かれていたのに対し、相場を知らぬヴァンモリイは報酬を『金貨6枚』と低く設定していたのだ。

 そうなると当然、同じような依頼が並んでいれば冒険者は報酬が多いものを選択する訳で、ヴァンモリイの依頼書に着目する者が殆どいなかったというのが一番の原因だったのである。


「冒険者ギルドから知らせが来たら、直ぐ私に報告しろ」

「分かりやした」


 この館には現在、侍従長にあたる立場の者がいない。ヴァンモリイがこの座に納まった八年前、うるさい奴は要らないと勝手に解雇したからだ。

 その為事務仕事を補佐する者もいないのだが、帳簿など適当に付けているだけで仕事など殆どないと思っているこの男に不便などなかった。ただしこういう時には気の利く者がいればよかったと、ヴァンモリイが身勝手に思うばかりである。


 今度こそ頭を下げ、オズィーンは退出していった。


 口の中に残るありもしない苦味を消す為にグラスを傾けて喉を鳴らすと、ヴァンモリイは優雅なひと時を取り戻すべく、脂の乗った分厚い肉へナイフを突き入れたのだった。


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