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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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28/30

〔28〕驚きの連続

 街道を歩きながら遠くに町が見えてきた昼前、ディアンはとある事に気付く。

 沢辺からここまで半日近くの時間が経っており、それは今更感が否めない事だったが。


「リヒト……」

『なんだ?』

「―――リヒトが倒したあの魔獣はどうしたんだ? 朝になって明るくなったあの場所に、魔獣が見えなかったんだけど……」


 確か、とても大きな魔獣だったはずだ。

 ディアンはあの魔獣から向けられた圧し掛かる殺意を思い出し、目を瞑ってブルリと体を震わせた。

 リヒトは『そんな事か』と飄々と告げる。

『あの場に置いていく事はできまい。ならばと、吾が処分した』

「え?」


 ディアンが眠っていた数時間で、リヒトはあんな大きな物を処分していたという。そこに色々と聞きたい事はあるが、ここは深く聞かないほうがよさそうだと、ディアンは顔を引きつらせながら頷くに留めた。


『それにしても、そなたは魔獣を引き寄せる特技でもあるのか?』

「はぁ? なにソレ……」

 急に訳の分からぬ疑いを掛けられ、ディアンは訝し気に目を細める。


『そなたが仕事で魔獣と相対している事は知っている。しかし見ていれば、そなたの能力に見合わぬ物によく絡まれているだろう?』


 絡まれているという言葉はどうかと思うが、ここのところ確かに予定外の魔獣と遭遇してばかりいる気がする。


「……たまたまだ。と、思う」

 自信は持てないが、ディアンもわざわざ遭遇したい訳ではない。

『ふむ。魔獣が好む匂いがする訳でもないしな』

「え? 匂い?」

 ギョッとしてディアンは自分の匂いを嗅ぐも、いつもの洗濯物の匂いしかしない。


『匂いを嗅ぐな。今のは言葉のあやだ。――ではそなたが言うように“たまたま”なのだろう。とはいえ、ひとつだけ忠告しておこう』

「忠告……?」

『今回に限定して言えば、そなた、川に血を流していたな?』

 確かにディアンは言われた事に思い当る。

「ああ。血抜きする為に、沢に魔獣を置いたけど……」

『うむ。吾が来た時にも辺りに血の匂いが漂っていた。それが微かで人には感じられぬかも知れぬが、獣や、ましてや魔獣にはそれは餌の匂いとして認識される』


 ディアンは一瞬にして、血が下がっていく感覚に襲われる。


『そなたはまだまだ未熟だ。今後も冒険者を続けるつもりならば、以後はもっと魔獣の事を学ぶとよい』


 瞠目するディアンには続ける言葉もない。それは今の言葉が、二つの意味を持ってディアンに送られていると気付いたからだ。


 ひとつは、ディアンを心配し現状を認識させる為の助言。そしてもうひとつは、冒険者としての選択肢が残されている事を告げるものだ。

 仮とはいえ既に契約をしたディアンを、この獣はそれを盾に縛り付けるような事はしないでいてくれる。

 その心遣いが嬉しいとディアンは素直に思った。


「肝に銘じる」

『それがよい。とはいえ、どうやらあの個体は元々あの辺りにいた物ではなかったようだがな』

「そうなのか? じゃあもしかして血の匂いで……?」

『流石にそれはないだろう。あれ程の強さを秘めた物となると、普段森の浅い場所にはいないものだ。故に恐らく、背後にあった山の奥から餌を求めて下りてきたと考えられる。――本当にたまたま、な』

「なるほど。もうすぐ寒い時期になるから、その前に食料を探していたのかもな」

『吾もその考えには同意する。そしてあの魔獣は、山の(ぬし)だった可能性もある』

「ええ?!」

 間違いなくあの魔獣は、山の主と言われても否定できない程の存在感を放っていたが……。

『魔獣といえども元は獣。獣は自分の縄張りを持ち、強き物がその場を支配する。そなたがあの場に来た頃にそれが山頂から降りてきた為、周辺一帯の生物が身を潜め気配を消したと考えれば辻褄があう』


 それは虫の音が消えた事を言っているのだろう。

 確かにディアンはあの時、静寂という緊張の糸が張り巡らされた中にいたような気がする。


「主だったのか……」

『吾の推測だがな、それ程の物だったぞ』


 頷きながらも、そんな強さを持った魔獣でさえ目の前の神獣は手こずった様子もなく倒していたなと想起する。そう思えば、今更ながら底知れない能力を持った白い獣に驚きを禁じ得ない。

 今はこんな可愛らしい姿だけれども……。



 そうして町も目前と迫った頃、リヒトは『吾はここより別行動をとる』と突然ディアンに告げた。

 このまま町まで一緒に行くのかと思いきや、考えてみれば連れ立って町へ入ってもディアンはギルドへ行かねばならないのだし、リヒトとはここで別れる事にする。

 そこで立ち止まり見送るリヒトに、「そういえば」とディアンは勢いよく振り返る。


「ああ、言い忘れるところだった。―――町では人に見付からないよう注意したほうがいい。今冒険者ギルドでリヒトに懸賞金が掛かった依頼が貼り出されてるから」

『なんだと?』


 喉から唸るような低い声を出し、リヒトは鼻にシワを寄せた。

 まあディアンの言い方も多少おかしいが、白い獣を捕まえてお金を得るのだから“懸賞金”といっても間違いではないだろう。


「何故そんな事になっている?」

 リヒトの疑問は当然のもの。


「国中に王が交代すると噂が広まっていて、今神獣が次の王を探していると分かっているからだ。皆目の色変えて白い獣を探してるし、猫の姿でも危ないかもね……」

「チッ」

 ディアンがそこまで言えば、リヒトが苛立たしく舌打ちをした。

 神獣も舌打ちするのか、とディアンは少しだけ驚いた。

「懲りない奴らだ」

 鼻のシワを濃くし、リヒトは酸っぱいものを飲み込んだような顔になった。


「なあ、リヒトを捕まえれば王になれるのか?」

 結果は分かっているが、ディアンは興味半分でリヒトに尋ねてみた。

「戯言をいうな。吾を捕まえた程度で王になれるのならば、そもそも吾は要らぬ存在という事だ。そんなくらだぬ思考を持つ痴れ者(しれもの)が王になろうものなら、それこそ国など一瞬で滅ぶぞ」

 心から嫌そうに顔を歪め、リヒトは吐き捨てる。


「そっか。でもそんな話もあるから、十分気をつけて」

「…………忠告は有難く聞いておく。だが案ずるな。そんな事にはならぬ」

「それもそうだね」

 そんな不満を隠しきれないリヒトへ、ディアンは目を細めて手を振った。



 ◇ ◇ ◇



「どういう事なんだ! ちゃんと説明しろ!!」


 ギルドの扉を開けて足を踏み出そうとしたディアンの耳に、怒鳴る男の声が聞こえた。思わずビクリと肩を竦めたディアンは、そぉーっと顔を上げて声の主を探した。


 異様な雰囲気に包まれているギルドの中は、一か所の受付前だけに数人の人だかりができている。

 まだ昼過ぎという事もあって、全体的には閑散としている印象のギルド内において、その一画だけが妙に目立った。


 ディアンがキョトンと首を傾げて中に入れば、数人の冒険者達が離れて受付を不安気に見つめている。

 その視線の先には、長靴にジャンプスーツの作業着らしき物に身を包んだ男性が、目を吊り上げながら受付の職員へと詰め寄っている姿があった。


「だから、それは泥棒だと言っているんだよ!」

「そうは言われましても、我々は経緯を存じ上げないのでして……。もしそれが本当であれば―――」

「本当だと何度言ったら分かるんだ! ああ? 俺が嘘を言っているっていうのか! ふざけるのも大概にしろ!」


 どう聞いてもクレームだ。

 そう思ってディアンは、これが終わるまで受付に近寄れないなとため息を吐いた。

 これでは暫くは完了報告もできないだろう。


「――――ですから」

「ですからじゃねえ! 早く返しやがれ! 俺んちのだぞ!」


 流石にそんな話が聞こえては、ディアンもどういう事かと壁に下がって様子を見守る事にした。

 そんな押し問答のようなやり取りが少し続いたあと、奥の扉から背の高い男が現れて職員と場所を変わった。

「ギルド長まで出てきたのか……」

 ディアンは「大変だな」と他人事のようにそれを見詰める。


「私がここのギルド長を務めているルカーサです。お話は概ね伺いしましたが、もう一度お聞かせいただけますか?」


 余所行きである丁寧な態度のギルド長を見て、ディアンは肩を竦めて苦笑した。

 だがディアンが余裕を持って見ていたのはここまでだった。

 責任者が出てきたからか、男性は怒りを抑えるように息を整えてから話し出した。


「おう、もう一度言うからちゃんと聞いてくれ。今日ここに持ち込まれた白い兎馬(うさぎうま)は俺の家族といえる存在だ。うちは荷物の運搬を請け負ってるから、その運搬用に何頭もの兎馬を飼っている。その中に一頭白い兎馬がいたが、今朝見ればそいつが小屋から居なくなっていた。逃げたのかと探していたら、人伝いにここに持ち込まれたと聞いた。だからここに居るのは分かってるんだ。今直ぐ返してくれ」


 ディアンは聞こえた話に耳を疑った。

 兎馬といえば馬よりも小柄で大人しく、荷物運びなどでよく見かける親しみやすい獣だ。ディアンもソーラムの町中で荷を引く兎馬を見掛けた事がある。

 それを勝手に連れ去ったのであれば、この男性が言ったように泥棒だと言わざるを得ない。


「本日ギルドに兎馬が持ち込まれたのは事実です。しかしそれは依頼を達成する目的で、“町の外にいた物”を連れてきたと報告を受け預かりました。その話が本当であればこれは由々しき事態。ですからその旨念入りに調査をする必要があります」

「俺を嘘つき呼ばわりか? 何言っていやがる。そんな悠長にしている暇はねえ。生き物はちゃんと毎日世話をしてやんねえと体を悪くするんだ。それでなくてもこんな所に連れてこられて、具合が悪くなったらどうしてくれるんだよ! それとももう殺しちまったのか?!」


 最後の言葉で、ギョッとしたのはディアンだけじゃなかったはずだ。

 あの特閲の依頼の事であれば、殺す指示は出ていないはず。しかしそれを知らない兎馬の持ち主がギルド長の応じないない態度を見れば、もしかしてと真っ先に考えるのも当然だろう。


「それはありません。それでは先に、事実確認を含めて様子をご覧いただきたく、そちらへご案内します。詳細はそのあと、別室に移してからという事で」


 憤怒しながらも、男性はギルド長に促されるまま入口へ向かい、外へ出ていった。

 そして扉が音を立てて閉まったあとのギルドの中が、水を打ったように静寂が訪れた事は言うまでもない。


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