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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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25/25

〔25〕消えゆく灯

 

 目を瞑る事すらできず、視線を逸らす事もできない。

 思考など()うに止まっている事すら、ディアンは気が付いてもいなかった。


 目の前のものを、ただ受け入れるしかない現状。

 もう自分が殺られるとか襲う痛みだとか、そんな事すら気を配れない状況にディアンは陥っていた。


 ディアンの視界の中には、孤児院で暮らした時の人達がいる。

 院長の怒った顔や優しい顔、アメリアの眩しい微笑みもそれらを取り巻く子供達の溢れる笑顔も、現れては川のようにディアンの前を流れていく。

 薄っすらと思い出される母親は、いつもディアンを笑顔で見詰めてくれた。

 父親は小さかったディアンを抱き上げ、大きく温かな胸の中に包んでくれた。


 ディアンは彼らを繋ぎ止めるように焦点の合わぬ瞳を小さく揺らすと、体に残っていた最後の力を振り絞った。



 ――ガキンッ――



 鋭い痛みと共に剣が弾け飛び、ディアンの体は空を舞った。

 抵抗を失い漂うディアンの、その瞳には漆黒の闇に浮かぶ欠けた月が映り込んでいた。


 次に当たった硬いものがディアンの背面へとその衝撃を伝える。


「かはっ」


 吐き出されただけの息が尽きても次の空気を吸い込む事ができず、ディアンの潰れた肺に痛みが走った。

 震える瞼を上げると、木々の隙間に浮かぶ明るい月が見えた。

 自分がまだ生きている事は、この月と全身の痛みによって信じる事ができた。

 だがこの痛みもいつまで感じる事ができるのか、その時間が残り少ないだろう事は、徐々に近付いてくる大きな存在が証明していた。


 だが幸いにも今の一撃で、ディアンの止まっていた思考が動き出す。

 無駄だと分かっていても、この期に及んでも、ディアンはまだ諦める事ができなかった。

 身を起こす為に強引に体を動かせば、全身に激痛が走り生理的な涙が落ちる。


「つっ!!」


 傷は何処かと探る事すらもう無意味であると判断し、ディアンは我武者羅に腕に力を込め、立ち上がる事だけを考え、縋るように傍にあった木に背を預けた。


 その時、ディアンの背後から突風が吹き抜けていった。


『ガアァァー!』


 続く大きな叫び声のあと、ディアンの頬に生温かいものがビシャリと当たった。

 それは頬を伝い、ゆっくりと喉元まで落ちていく。

 ―何かが起こった―

 そうやって思考が巡り始めると、ディアンの濁っていた瞳が焦点を結ぶ。


 戻った視界では、魔獣がディアンから間合いを取って後退し、その胸に刻まれた三本の掻き傷からは少なくない血を溢れさせていた。

 それが焚火の明かりでテラテラと光り、魔獣の赤い目と共に闇に浮き上がっている。


 だがディアンがそれより手前にある何かに気付いて視線を移動させると、それがこちらに背を向けている獣だと理解した。

 ゆっくりと、その獣が振り返る。


『無事か?』


 脳に溶けるような柔らかな声。それがディアンの身を案じていると伝える。

 その不思議な声には驚きも衝撃もなく、ディアンは何故か素直に受け入れていた。


 ハッと我に返りディアンは瞬きをする。

 それで視界は鮮明となり、焚火に照らされる獣が銀色に光り輝いて見えた。

「―??!!―」

 ディアンは大きく息を吸い込み、言葉にならない声を上げる。


 それが一体何なのか。

 この国の国民に知らぬ者はいない。


『無事とは言えぬな……遅れてすまなかった。あとは(われ)に任せて休んでいてくれ』


 そんな言葉を残し、一瞬にして線となった光が魔物の下へと流れていく。

 ディアンは言葉もなく、ただそれを見詰める。

 ほんの数十メトル先で繰り広げられる地を揺るがす程の戦いに、ディアンは瞬きも忘れて魅入ってしまった。


 闇の塊は流れる光に翻弄され、巨体を暴れさせるも一方的な攻撃を受けているように見えた。

 それに魔獣が放つ身を竦ませる程の殺意でさえ、あの獣には全く意味をなさないものだとディアンは知る。


「すご、い……」


 饒舌に語る言葉などここでは無意味。

 踊るように流れるように動く光は、止まる事なくディアンの視界の中で夜空に舞い続けた。

 目の前で月の光に煌めくものは圧倒的で、それが言葉を操る白い獣であるならば尚更、まさしく神の使いとされるこの国の神獣に違いない。


 ディアンはそう確信した。




 ディアンを死に直面させた魔獣は、気付けばあっという間にその巨体を地に沈めていた。

 最後にフワリと地に下り立った獣は斃れた魔獣を見る事もなく、真っ直ぐにディアンの下へと歩いてくる。

 近付くにつれ、それはディアンの背丈程もある大きな白い豹であると分かった。


 ディアンの目の前に立った獣は、感情の乗らぬ声でディアンに告げる。

『腹が裂けているな。そのままでは失血する』

「……?」

 ディアンはここまで緊張の連続で、自分を気にする事さえしていなかった。

 だから言われた意味が分からず、ディアンは自分の腹部を見下ろした。


 裂けた服から覗く太く横に走る傷口。そこからは既に多くの血が流れ出ていたようで、地面にはキラキラとした液体が広がっていた。

 それを認識した途端、ディアンの視界がグラリと揺れる。

「どうりで、寒いと、思った……」

『笑っている場合ではないぞ』

「…………」

 肩で息をしながらディアンは目を瞑った。


『―――吾が何であるのか、既に気付いているのだろう?』

「まあ……」

『それならば今すぐ、契約を交わすとよい』


 神獣が言う契約とは、ディアンには全く意味の分からないものだった。

 けれど神獣がここにいるという事は、即ち、噂が事実であり次に王となる者を探していたという事。だから契約とはつまり、そういう事なのだろうと思い至る。


 それでもディアンは首を振った。

『何故? さもなくは死ぬのだぞ?』

 ディアンは瞼を上げ、目の前の美しい神獣を見る。

 神獣は表情が豊かなのか、鼻にシワを寄せてディアンを見詰めていた。


「僕は、王がきらいだ……」

『――何故(なにゆえ)

「僕たち民は、毎日一生懸命、生きている」

『当然だ』

「なのに、なぜ……幸せになれない? 小さな幸せ、でもいいのに……」

『…………』

「領主は僕たちを、守ってはくれない……。国も王も……僕たちに関心が、ないんだよ」

 言い切るディアンに、神獣は言葉を詰まらせた。


 ディアンはそんな神獣に笑いかける。

「今度の王は、民を愛して、導いてくれる人が、いいな……」

『……それはそなたが、実現すればよい』

「僕が? ……僕には、無理だよ」

『何故そう言い切る?』

 ディアンは困ったように眉尻を下げる。

「だって……僕は、批判しか、できないから」

『どういう意味だ?』

「これが、駄目、あれは、嫌だって、言う事しか、できないよ……僕には」

『それが言えれば、次に繋げる事はできるのではないか?』

 神獣の問いには首を振り、大きく息を吸ってディアンは目を瞑った。


「人の上に、立つ者は、批判するだけじゃ、駄目、なんだよ」

『…………』

「人を批判、するのは、誰にでも、できる。でも、人を導く者は、その先に繋がる、未来を、持っていないと、駄目なんだ……」

 そう言ってディアンは、「ふぅ」と小さくため息を吐いた。


 見ればディアンの腰回りには、先程よりも大きな水たまりができている。

 ディアンに残された時間はもう残り少ないのだと、神獣は見るまでもなくそれを感じ取っていた。


『――――吾と、契約を交わしてほしい』

 言葉を変えた神獣に、ディアンは薄っすらと目を開いた。

「神獣って……我儘、なの?」

 笑ったように、ディアンの眼差しが柔らかくなる。

『そうではない……いや、そうかも知れぬ。吾はそなたの消失を阻止したいのだ』

「……」

『それでは言い方を変えよう。―――そなた、生きたいか?』

 ディアンは目を開き、神獣を見詰める。


「それ、ずるいよ……」

『分かっている。だがそれでも言わせてもらう。―――吾とする契約とは特別な力を得るものであり、それは契約した者の存続を約束するものだ。故に怪我も一瞬にして無に還す。それに今交わす契約はまだ仮のもの。その契約が仮でなくなるまでは、いつでも解除する事ができる。そなたが本当に嫌なのであれば、あとからいつでも断ってよい―――』


 それは嘘偽りのない言葉であると、美しく気高い獣の瞳が告げていた。

 ディアンは目を逸らす事もできず、真摯に見つめ返してくる獣を不思議に思った。


「なんで、僕?」

 それは至極当然な疑問。


『理由はない。吾の中にあるものがそなたを王だと告げている、それだけだ』

「なっとく、しかね、ますね」



 力なく言ったディアンは、しかし程なくして諦めたように微笑んだ。


「…………何を、すれば、いい?」


 ディアンの心の変化を感じ取った神獣は、美しい瞳を輝かせて表情を緩めた。


『そなたはそのままでよい。あとは(・・・)吾がそなたに触れるだけで済む』

「……? 汚れる、よ?」

『構わぬ。そなたの血は穢れに(あら)ず』

「変なの……」

 そう言ってディアンは凭れていた木に体を預け、全ての力を抜いて目を瞑った。


 温かな体温が近付きディアンの額に何かが触れると、どこかで嗅いだことのある匂いがした。

 続いてディアンの冷えていた体を優しい熱が包み、それが体中に巡るのを感じた。

 そしてお腹や背中を重点的に温めたあと、スーッと馴染むようにディアンの胸の中へと消えていった。


『もう目を開けてよい』


 神獣の言葉に、ディアンは睫を震わせながら瞼を上げた。

『具合はどうだ?』

「痛みが、なくなった……?」

『何故疑問形なのだ』

「いや、まだ実感がなくて」

 力なく笑ったディアンの顔には、薄っすらと赤みが戻っていた。

『契約は結ばれた』

 神獣は微笑むように目を細めた。


 視線を下げたディアンは、驚きに声を上げる。

「あっ! 傷がなくなってる!」

『そのようだな』

「何、その普通の反応……」

『何か問題か?』

「…………別にいいよ」


 苦笑するディアンには生命力が戻り、もう闇に潜む死の影を纏ってはいなかった。




皆さま、こんばんは。盛嵜です。

一話でおぼろげに登場した神獣様が、やっと姿を現しました。笑

長かった……。お待たせしてすみませんでした。

今話でやっと聖獣様が出てきたところではありますが、

筆者の時間が取れず、ここで少々お時間を頂戴したく存じます。

(ストックが尽きたともいう……苦笑)

次回、GW明けには再開したいと考えておりますので、また何卒よろしくお願いいたします。

それでは皆さま、楽しいゴールデンウィークをお過ごしください。^^

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