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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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〔1〕巡る時代の予兆

皆さまこんばんは。

久しぶりの連載となりますお話を、本日より投降いたします。

はじめましての方も、お久しぶりですの方も、拙作で少しでもリフレッシュしていただけるなら幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

 贅を凝らす広々とした室内は薄暗いものの、白いカーテンを介した光が一角を淡く照らしている。


 陽の光は温かみのある輝きを放っているが、それは部屋の奥にあるベッドを照らすまでには程遠く、横たわる男の顔は温もりを消したかのように青白い。

 全体的に白を基調とした部屋のせいとも取れるその顔色は、真っ白い髪とやせ細った体に落ち窪んだ瞼が影を落としているせいで生人(せいじん)のものとは思えぬものの、浅く繰り返される胸部の起伏が唯一男の生存を伝えてくれている。


 ここは繊細な図柄が施された調度品ばかりを設えた部屋であり、本来ならばどこかしらに側仕えの気配があってもおかしくはない。だがこの部屋は、肌を刺すような静寂が漂うだけで人影はなかった。

 それは男の眠りを妨げぬ為に、人払いがなされているからだ。

 ただ唯一、ベッドの足元に敷かれた金糸が縁取る白い絨毯の上で、大きな体躯の純白の獣が男に寄り添うようにして眠っていた。


 音のない部屋でふいに獣の耳がピクリと動き、次いでゆっくりと目を開いた。

 四肢を使い起き上がってベッドの中を一瞥してのち、獣は扉に向かって足音も立てずに歩き出す。

 窓から差す陽の中を通れば真っ白な毛は光を受けて煌めくものの、それを綺麗だと誉めそやす者は眠ったままだった。


 堅く閉じられた扉を気にした様子もなく、獣は何事もないように分厚い扉をすりぬける(・・・・・)


 廊下で扉を護っていた騎士は驚く事もなく、すり抜けてきた獣を見るなり深く叩頭して敬意を表す。

 それはまるで一国の主を前にした臣下のようであり、その態度はこの獣に対して当然の行為でもあった。


 白い獣はすれ違う人々が道をあけて頭を下げる中、何も見えていないかのように前だけを見て歩いていく。

 そうして獣が次に辿り着いたのは然程遠くない場所にある建物の、滅多に開かれる事がない扉の前だった。

 この扉の常は施錠されており、人の手で開閉する場合は大の男が二人掛かりで動かすもの。それを委細(いさい)構わずすり抜けた獣は、冷たい空気を纏った部屋を迷いなく進んでいく。


 無駄に広い部屋には光源の分からぬ淡い光が満ち、中央には円を描くように石柱が並ぶ。

 その内側にある円形のすり鉢状に続く階段を下った獣は、底に湛えられた泉の前で止まって頭上を仰いだ。

 そこには泉へ手を差し伸べる大理石の女神像が立っており、眼差しは獣の視線を受けとめているようにも見える。


 白い獣はしばらく女神像と見つめ合うようにしてから一度瞼を閉じたあと、躊躇うことなく泉へと入水し、最後にしなやかな長い尻尾が飲み込まれて完全に姿を消した。

 その間に一切の音はなく、ただ水面に広がる波紋だけが獣のいた事を伝えていた。



 ◇ ◇ ◇



 コンコンッ

「リードナーです。本日のご報告に参りました」

「入りなさい」


 入室してきたのは、宰相補佐官のバーグ・リードナーと王の診察を担当する王宮医官長のエリスズ・エマーソンだ。

 リードナーは王立学園を首席で卒業したうえ、常に冷静沈着な態度を崩さない濁りのない瞳をした見込みのある若者だ。まだ22歳ながらも、この部屋の主である宰相のサイモン・キャラックが自分の後継者にと育てている人物である。

 そしてもう一人は御年57歳の王宮医官を束ねる医官長で、年上であるが立場上は宰相の部下にあたり、二人には病床に伏せる王のご容態を報告してもらっていた。


 キャラックが書類から目を離して視線を向けると、二人は並んで執務机の前まで進み出た。


「宰相閣下にご報告を申し上げます……」

 珍しく緊張をはらむリードナーに、キャラックは目を眇めた。

「陛下のご容態に異変があったのか?」

「いいえ、陛下に御変わりはなく未だ眠ったままでございます。…………ですが神獣様のお姿が、消えました」

 思いもよらぬ報告にキャラックは瞠目する。

「―――陛下のお傍にいらっしゃらぬと?」

「はい。エマーソン医官長と陛下の診察にうかがうと、いつもお傍におられる神獣様のお姿が見えませんでした。その為、警備をしていた者に確認をしたところ、少し前にお部屋から出られたとの報告を受けました。“祈りの間”方向へ向かわれたとの証言もあり “祈りの間”を確認いたしましたが、そこにもお姿はございませんでした。その後、少数の騎士に城内をくまなく捜索させましたが神獣様はどこにも………」

「……そう、か……」


 キャラックは、力を無くしたように座っていた椅子の背もたれに深く身を預ける。

 とうとうこの時が来てしまったのかと思いながら……。



 このアルメオラ国の王は血統や家柄で決まるのではなく、『神獣』と呼ばれる神使(しんし)が選んだ者の治める国であり、選ばれた者は王となり神獣とともに国の安寧を願いこの国を導いていく。


 この国の神獣は『白い獣』であるとアルメオラの国民ならば誰もが知る事であるが、そのお姿を拝謁できるのは限られた一部の者達だけである。

 それは選定された王にも当てはまることで、容姿や出自などを知る者は関係者のみに限られていた。


 現王の名前は『シェンカー・ウム・アルディメオ』。

『ウム』は王のみに与えられる称号で、『アルディメオ』はアルメオラ国の王になった時に与えられる名前である。


 その王は元の名前をシェンカー・ダンエレースといい、男爵家の三男で家を継ぐでもない気楽な立場だった為に、嫁を娶るでもなくのんびりと男爵家の土地で畑を耕していた男だった。

 容姿は茶色い髪に茶色の瞳というどこにでも居そうな男で、仮令親の欲目があったとしてもまさかこの男が王に選ばれるとは思わなかっただろうと、そう言い切れる程には見栄えも才能も平凡な男が神獣の選定を受けたのは、彼が33歳の時だったと伝えられている。

 それから可もなく不可もないという表面上は(・・・・)争いごとのない治世が171年続いている。


 しかしその王はここ三年余り力なくベッドに横たわったままの状態が続き、最近ではその殆どを眠って過ごしていた。

 王は神獣と契約した時点で神の恩恵の一部を授受し、傷はあっという間に塞がるうえに病にも掛かる事はない体になっているはずだった。

 そんな王が不調を訴えた事で怱卒(そうそつ)に診察した王宮医官からは、“御高齢による衰弱である”との診断が下った。


 その医官の報告に因って治世170年に及ぶ王の治政が終わろうとしている事を、臣下たちは言葉にせずとも理解した。だが王の余命があと何年あるのかは誰にもわからず、王を延命させるべく最善を尽くしている旨を国政に関わる者達だけには通達している。

 ただし、延命といえども栄養剤を投与するくらいしかできないのが現状だった。



「神獣様のご不在を知る者は?」

「内々に処理しておりますので、まだ一部の者しか存じません」

 リードナーの報告に、キャラックは神妙に頷いた。

「その一部の者達には他言せぬよう緘口令を敷き、でき得る限り周知を遅らせる方向で行く。理由は、分るな?」

「―――はい」

「我々はいつも通り、神獣様が陛下のお傍におられるとして行動する」

「かしこまりました。直ちに関係者全員に通達いたします」

 リードナーは頭を下げると、慌てる事無く一人執務室を出ていった。


 確実に自分の言葉を実行するはずの青年を意識からはずし、キャラックは下がってもいない眼鏡を直した。


 常に王の傍を離れぬはずの神獣が姿を消したとなれば、それは現王の崩御が目前に迫った事を意味している。

 神獣は王の残された時間を感じ取り次代の王の選定に向かったのだと、神獣に関する極秘事項を知り得る者はすぐに理解するだろう。


 王の寿命は長い。王になった時から王は人と神の間の存在として生まれ変わり、老化速度は只人の三分の一と緩やかになる。しかし、いくら神の恩恵を与えられた身になったとしてもそれは不死ではない。いつか必ずその者が持って生まれた寿命という『死』が訪れるのだ。


 神獣は王を選び王の在位中は常に傍に寄り添っているが、王の命が燃え尽きる直前になると神獣は王の余命を感知して次王の選定を始めるのだ。それ故王の座が空位になる事は殆どなく、王がその寿命を終える前には次の王が決まっていると伝えられている。


 従って神獣が次の王を連れてくるまでは、現王の治世が終わらないはずだと思えた。


 小さく息を吐いたキャラックの視界に、それまで不動で立っていたエマーソン医官長が近付いてくるのが見えた。


「まあ、いつまでも隠し通せぬでしょうが多少の猶予はあるはずですな。とはいえ、神獣様が王の選定に入られたと知られれば、王城(ここ)も蜂の巣を突いたような騒ぎになるでありましょう」

 憂いを帯びた眼差しを向けるエマーソンに、キャラックは目を細めて首肯する。

「次代の王をお迎えしなければならぬ我々は、慎重に行動せねばならぬ」

「―――そのようですな。それでは私も喫緊(さっきん)に準備を整えましょう」

 そう言い置いて出ていくエマーソンを見送ると、一人になったキャラックは背後の窓を振り返った。


 凍てつく日々が終わり草木も芽吹く季節に移った今、窓の外は一気に花が咲きそうな麗らかな光が満ちている。

 窓から差し込む陽の温かさを神から与えられた温情のように感じる一方で、すぐ間近に迫った王の世代交代を見届けるという重責を突き付けられたキャラックの背にヒヤリとした感覚が通り過ぎていく。


「少しは時間稼ぎができるだろうが、人の口に戸は立てられぬもの。猶予はいくばくか、であろうな……」


 キャラックは碧空の眩しさに目を細めると、この国の未来を案じるようにそっと瞼を閉じた。


しばらくは毎日投降予定です。

引き続きお付き合いください。

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