日常
つつじの花の奥深くに甘い蜜があって、バラにトゲがあるように、私にも淡い、凶器に似た魅力があるのだろうか。私は窓の外で降りしきる雨の一粒一粒の音に、疲れきった神経を集中させた。聞こえてきたのは雨音ではなく、いつか聞いたことのある声だったが、その声の持ち主の顔がどうしても、思い出せなかった。「明日は虹がでるかもね」この声は、私の鼓膜を震わすことなく、頭の中で響いていた。
怪獣が私を食べようとしている。どうか助けて下さい、お願いです。どうやら私は、素っ氣ない感情で言ったようで、演出をしている座長が手を叩きながら、カットの声をかけた。「そこのセリフはもっと、感情込めて言ってね。棒読みだったよ」と座長が、さっき私が棒読みしたセリフを、真似してみせた。狭い稽古場に、私を含め十人の、劇団員たちの笑い声がはじけた。アロハシャツを着た男が二人。メイドの格好をした女が二人。ダンボールで作った、西洋風の甲冑を着た中年男が一人。ヒロインの私と、恋におちるワニ族の男が一人。裏方のお手伝いさんが一人。座長と私、それと怪獣の張りぼてを頭にかぶっている千香子が、夜の窓に反射して映っていた。その窓の向こうには新宿の夜景が見え、高層ビルを見下ろすように千香子が映って、私は先日観た映画『ゴジラ』を思い出した。
稽古を終えた私と千香子は、ほとんど無意識に、いつものカフェに吸い込まれていった。道すがら、白いクチナシの香りがとても心地よかった。立ち止まって私が、この匂い何の匂いかわかる? と訊いても千香子は、面倒臭そうな顔で、「知らん」と言うだけだった。私は花屋で働いて得た知識を、ひけらかしたい為にしつこく、何の匂いか当ててみろと、何度か訊いた。
店内はいつも、小さな音量でジャズが流れていた。三十席ほどの店内には、仕事帰りのサラリーマンたちが、お互いに反発し合う磁石のように、均等に散らばっている。一席づつ空けて座るのが彼らの中での、暗黙のルールなのだろう。私たちはそのルールに従った。千香子は背もたれにのけぞって、寝起きみたく両腕をうなりながら伸ばし、目を閉じて、「社会人劇団っていうのは、大変だよね。仕事終わって、稽古して。まぁ、好きでやってることだから、そんなに苦じゃないけどさ」と首を軽くストレッチしながら言った。ここに来る度に千香子は「やっぱりここのコーヒーは、格別だわ。あのヒゲのマスターは、かなりこだわっているね、豆に」と言うけれど、それは仕事を終え、芝居の稽古を終えた後の一杯だから、美味しく感じるのだと思う。そんな疲れた状態だったら、缶コーヒーだって格別の美味しさに感じるだろう。ちなみにマスターにヒゲは無い。私はうつむいて、コップに入った氷をストローでつついていた。ふと顔を上げると千香子が、何かを思い出したような顔で「さっきの、あの棒読みのセリフ、どうしちゃったのよ? 魂が抜けたみたいだった。その後の座長の真似が、全然似てなくて面白かったけど」と言って千香子は、私の真似をする座長の真似をしてみせた。何だったんだろう、私は苦笑した。「恋でもした?」まさか。私はコップのふちにストローを、ぐるぐるとすべらせた。「社会人劇団ヴェルサイユ。夏の公演『怪獣とお姫様とワニ』ってタイトルからして、なんじゃこりゃ? って感じだけどさ。今回のアンタが書いた脚本、私はすごく好きだな」千香子は、よく笑いよく喋る。私が男だったら、彼女にしたいくらいの、愛嬌とユーモアがある。「でもさぁアンタ、ラストシーンがまだ出来てないって、どうゆうことよ」この作品のラストは、候補となるパターンがいくつかあって、稽古が始まった今もまだ、私はこの結末を決めかねていた。座長は楽天家で、「稽古していくうちに、見えてくるんじゃない? まぁ、まかせるよ」と言った。楽天的な発言だが、実に的を射てると思った。結末は登場人物たちに、任せるということだ。しっかりとしたキャラクターであれば、自然と勝手に動き、物思うのだ。それにしてもどうして、お姫様役が千香子じゃなくて、私になったのか。それは私が劇団の中で一番、年下だからなのか、私が脚本を書いたからなのか、今思い出すことが出来ない。千香子は両ひじを、テーブルに乗せて言った、「じゃあ、私が考えちゃおうか。そうだな、森の中の出来事は全部、幻想でした。ってオチ。強引かな? っで、お姫様は幻想だった、っていう現実を受け入れられなくて、再び森の中へ。その後、お姫様の姿を見た人は、誰もいなかったとさ。どう?」どうして千香子が怪獣役なのか。「やがて、いつからかワニを、神様の使いと、あがめるようになった、と。なかなか良いんじゃない?」そうだった、これは千香子が、怪獣に惹かれた、と言って自分で志願したんだ。千香子がテーブルに、身を乗り出して訊いてきた。「ちょっと、聞いてる?」私の頭の中は、まだ演劇モードであった。助けて下さい! お願いします! 周囲の客が一斉に、私に視線を向けた。しかし私に向けられた視線は、舞台のヒロインに観客が、注視するようなものとは明らかに違った。そこには異質なものを、見る眼球が偶数個、浮かんでいた。私には一つ一つの眼球が、小さな、しかし大きな力を持ったモンスターのように思えた。おもわず私は、肩をすくめて舌を出した。溶け出した氷が、カランッと音を立てて、コップの中で崩れた。「ちょっと、何言ってるのよ!」千香子は、焦りながら言った。私は謝りつつ同時に、これだ! そう密かに思っていた。
朝からバラエティ色の濃い、ニュース番組の天気予報で、高確率で午後から雨が降ると言っていたので、私は折り畳み傘をカバンに入れてアパートを出た。家の玄関に鍵をかける、というより牢獄の内鍵をかける。重力を強く感じながら階段を降りる。うつむいて、かかとをアスファルトにこすりつけながら、まるで死刑執行に向かう、死刑囚のような足取りで道路に一歩出る。死刑囚の足取りなんて知らないけど、きっとこんな足取りよ。この瞬間にいつも私は、鍵を閉め忘れているのではないかという、強迫めいた夏の積乱雲のような、観念に襲われる。戻ろうか悩み、誰かに呼ばれたようにわざとらしく後ろを振り返る。忘れ物などしていないのに、してしまったという氣持ちで戻る。憎むように階段を踏みつける。冷めた心持で玄関の鍵を右に、左に回す。どっちに鍵を回せばいいのか理解するまで、ではなく、納得するまで確認する。この一連の行動にかかる時間を考慮して、お店に遅刻しないよう家を出る。最寄り駅までは徒歩十分、私はすでに疲れていた。
沈丁花の香りが、沈んでいた私の氣持ちを癒してくれた。買ってまだ一度も使っていない折り畳み傘を、まだ朝陽が鋭利に輝く青空に向けて開いた。傘の内側には白の背景にキャンディーやクマ、リボンのイラストが散りばめられ、朝陽が傘全体をぼんやりとした、メルヘンチックな世界を演出した。傘を閉じると綿菓子みたいな雲が、何かに引っ張られるように動いていた。私は立ち止まって、その雲の行方をしばらく眺めていた。やがて私の、その雲に対する注意力は散漫になり、意識して眺めていたことが無意識に、雲と共に散り散りになった。
駅への近道になる公園を、学生やスーツ姿の人たちが歩いている。それを不思議そうに、散歩中の柴犬が白い息を吐きながら眺めていた。私は誰にも氣付かれないように小さく、柴犬に手を振った。駅近くのクリニックには、すでにお年寄りが数人並んでいた。扉が開かれるまでは、まだ一時間以上あるというのに、お年寄りたちは楽しそうに世間話をしている。きっと、お年寄りたちにとって病院は、コミュニケーションの場になっているのだろう。若者がコンビニの前でたむろしている感覚に、近いのではないかと私は思った。改札付近の人の多さに毎朝、嫌氣がさす。お年寄りの対義語は若者だろう、しかし病院の対義語はコンビニじゃない、いや、ある意味正解か、病院に対義語なんて無いか、じゃあ病氣の対義語は何だろう、健康、何だかつまらない、やはり「氣」に対しては、「氣」で相対した方が良いだろう。元氣、勇氣、うん、勇氣だ。考えながら私は、自動販売機でホットのお茶のボタンを押した。しかし病氣と勇氣を、持ち合わせている人はたくさんいるだろう、病氣に立ち向かっていく勇氣、病氣を覚悟でタバコを吸う勇氣。病院の院内にコンビニ、副作用に頭痛がある頭痛薬。対義語の同居は、矛盾しないのかもしれない。
大嫌いな満員電車に私は毎日、風邪でもないのにマスクをして乗り込む。何だか、人に表情を見られたくないのだ。電車内は湿度が高く、風の無い夏の日の蒸した湿気とは違う、謂わば人間の体温と彼らの、きっと憂鬱な朝のため息が混じり合い、それが霧になって充満しているのだ。マスクの中が、濡れているのを唇で察知した。眼前に、ひどく汗をかいている腹の出っ張ったサラリーマンがいる。……四十八歳。名前は佐々木亮。昔から名前のトオルの漢字の読みが少々難しくて、何も言わないとリョウと言われるので、あらかじめ名刺に、ふりがなをふっている。「リョウじゃなくて、トオルです」彼は幼少の頃から、このセリフを何度言ったことか。だがこのややこしい名前は、初対面の人との話のネタには丁度良いものだった。「よく間違えられるんじゃないですか?」「ええ、もう百人が百人間違えますね。自分でもどっちだっけ? ってなることがありますからね」このやり取りだって飽きる程やっているが、先方は初めてこの名前に出会うのだから、それは好奇の目で珍しがった。名前をうっかり言い間違えられることは多々あっても、彼の存在はすぐに覚えられ、おかげで仕事も順調に進むことが多かった。来月の新年度から、部長に昇格することが決まったが、奥さんは旦那が部長になっても、給与がさほど変わらないことに、かなり不満をもっている。娘は私立高校への進学が決まっていて、この先まだまだお金がかかる。だが彼はそれよりも、娘が大人の女性になっていくのが何となく不安で、成長と言えば聞こえは良いが、一人娘が女子高校生になるというのは、やはり父親としては色々と、心配事が尽きないでいる。年始早々には、義父がインフルエンザで入院し、先月退院したばかりで高齢ということもあって、しばらく用心が必要であった。
私の妄想は時に壮大なドラマを描く。そのヒューマンドラマに感動して、涙を流すこともある。そんな時は、バッグからミュージックプレイヤーを素早く取り出して、バラードの曲を流す。目を閉じればエンドロールが出てくる。そして最後に、黒い背景に白い文字で監督、脚本の所に私の名前が出てきて終わるのだ。そんなことを考えている間に、私は降りるべき駅を通過していた。




