サプライズ
小鳥のお世話を終えた直後、ソシアがルナールを探しに来た。
ソシアの言葉を聞く限り、ルナールが勝手にどこかに行ってしまったことに対してちょっぴりご立腹らしい。
ルナールもソシアが生意気だとか言っていたけれど、やっぱりソシアがいるとどこか安心しているようにも見える。
可愛い双子だな、なんて微笑ましく思っていると、ソシアが私を見て満面の笑みを浮かべた。
「楽しみにしててね」
なんて言いながら。
「何を?」
という私の問いかけには、さっきと同じ満面の笑みを浮かべるだけで答えてくれなかった。
なんだか分からないけれどとっても楽しそうなソシアは、ルナールを連れて駆け足で去っていく。
残された私はしばらくその場で首を傾げていた。
そうしてしばらく立ち止まっていたけれど、時が止まってくれるわけではない。
次は薔薇たちのお世話だ。勇者様をお待たせするわけにはいかないので、急いで薔薇園に行かなくては。
「あ、セリーヌさーん」
待たせてた!
「お待たせいたしましたタイキ様」
「いやいや俺も今来たとこだけどね」
今の絵に描いたようなデート前の待ち合わせみたいだったなー! 軽率に心臓が止まるところだったなー!
「よーし、早速薔薇の世話をしよう」
勇者様はどこか急ぐように薔薇園へと入っていく。
おかしいな、いつもならもう少し雑談をしてくれるのに。今日は、というか今は目もほとんど合わなかった。朝まではそんなことなかったのに。
「今日も綺麗に咲いてるね」
と、やっぱりいつもならこちらを見ながら言ってくれるような言葉なのに、絶対にこっちを見てくれない。
とはいえ、怒っているようには見えない。
変な勇者様だな、と思いつつ、ちょこちょこと勇者様の背後から側に近寄って、そっと勇者様の顔を見上げてみる。するとやっと目が合った。
「ど、どどどどうしたの?」
驚くほど焦っている。ちょっと挙動不審なくらい焦っている。
「タイキ様、何かありました?」
「な、何もないけど」
何かある顔をしている。
「本当に、何もないのでしょうか?」
「う、えー……、うん。何もないことはないよ。ちょっと、待ってね。セリーヌさん、ここに立ってて」
やっぱり目を合わせてくれない勇者様は、何かを決意したように、瞳に強い光を灯す。
そして、大きな両手で私の両肩をぽんぽんと叩いてその場で立っているようにと言う。よく分からないけれど、勇者様の言うことは聞かなければ、と私はその場にじっと立っていることにした。
私が立たされた場所は、薔薇園のほぼ中央。この場所には今、薄紫色の薔薇が咲いている。
勇者様は深呼吸をして、なぜか私の目の前で跪く。
……ん? 何してるんだろう?
「セリーヌさん」
「はい」
状況が理解出来ずにきょとんとしていると、不意に勇者様が口を開いた。
「俺、実はずっと前からあなたのことが好きでした。俺と結婚してください」
「え、あ……、え? あ、あの、はい、喜んで」
跪いた状態で、勇者様がポケットから小さな箱を取り出したと思えば、その箱を開け、中にあったのはシンプルな指輪だった。
これは、これはもしかして、プロポーズ、なのでは……!?
そう気が付いた瞬間、私の瞳から涙が溢れてきた。あまりにも嬉しすぎて。
そして私の返事を聞いた勇者様は小さな声で「良かった」と呟きながら私の左手を取って、薬指に指輪を嵌めてくれている。幸せ過ぎて死にそう。死んだかもしれない。え、死んでない? 私生きてる? 大丈夫?
その瞬間、私たちの頭上でポン、と何かが弾けるような音が数度響く。驚いて見上げてみたら、上空からキラキラした何かが舞い降りてきた。クリスタルで作った薔薇の花びらみたいな、とても綺麗な何か。手を出して受け止めてみたら、手に触れた瞬間キラキラと光を放って霧散する。
これは、魔法……?
「俺が元いた世界では、プロポーズって言って、求婚の時にはこうやって指輪を渡すみたいな、なんか儀式みたいなのがあったんだ」
知ってる~!
こっちの世界にはプロポーズなんかなかったから、こんなことをしてもらえるだなんて思ってもみなかった。
「だから、ちょっとやってみたくて。ちゃんと気持ちを伝える前に婚約が決まっちゃったし」
キラキラとした光を浴びながら照れ臭そうに笑う勇者様があまりにもかわいくてかわいくて、今すぐにでも彼の胸に飛び込みたいという衝動に襲われる。
普段の私なら、きっとそんな衝動は我慢出来ていた。でも、今はもう無理だ。だって、それだけ勇者様のことが好きなんだもん。
「ありがとうございますタイキ様、私、嬉しいです!」
と、本当に勇者様の胸に飛び込んだわけだけど、慣れてないから……というか、初めてやったから、結構な勢いで突っ込んでしまった。完全にタックル。
それでも勇者様はバランスを崩すことなく私を受け止めてくれる。超カッコイイ。
「セリーヌさんが喜んでくれると俺も嬉しい」
勇者様はそう言って抱きしめ返してくれた。ぎゅっ、と強く抱きしめられた後、少し力が緩められたと思ったら、勇者様の顔が私の顔の位置まで下がってくる。
それから勇者様は自分の額と私の額をくっつけながら、もう一度私の左手を取った。
「この指輪、小さいモリオンとサファイアが嵌まってるんだ」
「先日頂いた髪飾りと一緒ですね」
「そう。宝物だって言ってくれたから、これも宝物の仲間に入れてもらおうと思って」
「タイキ様から頂いた物は全て宝物です」
勇者様ごとぜーんぶ宝物だけどね! なんて、内心デレデレしている。
「これ、実は俺のもあるんだ。お揃いで」
「わぁ! あ、じゃあ私もさっきタイキ様がしてくれたみたいにしたいです」
「え、俺の指に? いいの? じゃあお願いしまーす」
やったね、なんて呟きながら、勇者様は左手を差し出してくれる。私はその手を取って、薬指にそっと指輪を嵌めた。
はぁ、推しにプロポーズしてもらえただけでなく、指輪の交換まで出来るなんて夢みたいだ。夢じゃないよね? ……今までの全部が夢だったらどうしよう。相手は前世の推しと瓜二つだし、なんかもう私にとって都合が良すぎるし、全て私の妄想である可能性もないとは言い切れない……。
だって勇者様、ずっと前から好きでしたって……ん? ずっと前からって言った?
ブクマ、評価、いいね等ありがとうございます。とても励みになっております。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます。




