え
「……え?」
「……今の、一旦忘れて?」
え、無理ですけど?
忘れられるはずがない。だって私にとって勇者様の言葉は忘れる忘れないというレベルのものではなく脳に刻み込まれるものだから。
それはともかくとして、今なんて言った? 魔王討伐の褒美って言った?
「あの、タイキ様」
「一旦、一旦でいいから忘れてもらってもいい? あの、後日、説明っていうか、改めて言うから」
「……はい」
改めて何を言われるのかは分からないけれど、後日説明が入るのなら今は一旦置いておいたほうがいいのかな? と、なんとなく自分を納得させたわけだけれど。
あれから数日、説明が入る様子は一切ない。
いつも通り毎朝遭遇して挨拶を交わしちょっとした雑談をするのだが、その話には触れられない。いつもと少し違うのは、勇者様がなんとなく照れているということだけ。かわいい。一生推す。
推すけども、やっぱり気になるものは気になる。でも勇者様本人が聞かないで欲しいオーラを出しているのにぐいぐい聞きに行くなんてことは出来ない。
そんな時は、別の人から情報を収集しよう。
「おはようございますお兄様」
「……おはようセリーヌ」
朝一番にお兄様のお部屋へ突撃したら、お兄様はまだ眠っていた。叩き起こした。
「お兄様に聞きたいことがあるのです」
「……なに?」
「魔王討伐の褒美について」
「褒美?」
「皆さん、何かを貰ったのでしょうか?」
褒美とやらは勇者様しか貰えないのだろうか?
それとも他の皆さんも貰ったのだろうか?
貰ったのだとしたら、何を貰ったのだろうか?
まだベッドに横になったまま、しかめっ面で私の問いに答えてくれるお兄様を眺めながらも疑問は次から次へと降り積もっていくばかり。
聞きたいことが山積しているので早く起きてくださいお兄様。
「あぁ、確か騎士団長は辺境の地を領地として貰っていたはずだよ」
「土地」
「まだ魔物の残党がいる土地でね。訓練し放題の土地に別邸を建てるそうだ」
残った魔物を駆除出来るし訓練も出来て一石二鳥、ということらしい。
「魔術師のほうは……将来有望な弟子を数十名、だったかな」
「お弟子さん」
「うん。まぁ魔王を討伐したからと言ってすぐに平穏な日々が訪れるわけではない。敵は魔物だけでもないし……」
お兄様は眠そうにもぞもぞと蠢きながらそう言った。
そう、敵は魔物だけではない。勇者様がこの国に留まってくれるから抑止力にはなっているけれど、魔王がいなくなった今、好戦的な国がどこかに戦争を仕掛けようとする可能性もないわけではない。
「ちなみに勇者様は?」
「勇者は物欲がないらしく保留にしたと聞いたけど」
「本当に?」
「うん。ただ騎士団長や魔術師が貰うべきだと言っているのをちらっと聞いたことがある」
お兄様が嘘を言っているようには見えない。
でも勇者様は絶対に「褒美」と口走っていた。
もしも本当に、褒美に私をと望んだのだとしたら……それはどういう意味だろう? もしかして、そういう意味かな? という予測は出来なくもないけどそれはただの自惚れの可能性もある……。
だって私だよ……?
「しかし聞いたことがあるとはいえ俺も詳しい話は知らない。最近は自分の結婚の件で忙しいし」
そうだ、お兄様はもう結婚してしまうのだ。
「お兄様とこうしてお話出来るのもあと少しなのですね」
「……まぁ、こうして寝起きに突撃される機会はなくなるなぁ」
お兄様はふにゃりと笑う。
結婚してしまえばご夫婦で眠ることになるわけだから、突撃なんか絶対に出来なくなる。
何をしても笑って許してくれるお兄様が側にいなくなってしまうのはとても心細いけれど、お兄様とお義姉様の仲を邪魔したくもない。
「俺も、こうしてセリーヌを甘やかしてやる立場を勇者に引き継がなければならないね。今までは俺だけの特権だったのに」
寝起きの勇者様に突撃……出来るだろうか……? 刺激強すぎでは? いや、寝起きの前によく考えたらもっと刺激の強いことが待ち受けているのでは……? っていうかもしや、隣に寝てあああ刺激が強ーーーい!
「……あの人はきっとセリーヌを愛してくれる。アレとは違うし、他の男とも違う」
「え」
「ちょっと観察してみて思ったけど、あの人、多分セリーヌのこと好きだと思う」
「え!?」
やっと起き上がったお兄様は、のんきにあくびをしながら「うーん」と伸びをしている。そんなお兄様の背中からぼきぼきと音が鳴った。
「好きじゃなかったらわざわざ毎朝待ち伏せして雑談なんかしないと思うし」
「待ち伏せ?」
「待ち伏せは、ちょっと言いかたが悪いか。でもいつもセリーヌが来るのを待ってるみたいだから」
「……偶然では……」
「本当に偶然だと思ってる?」
「……いえ、その、偶然ではないのでは? と思いたい気持ちと私をわざわざ待つか? という気持ちのせめぎ合いと言いますか」
だって、私だよ?
今まで散々無能無能と言われて来た私だ。現在の王族で一番必要のない人間だと思われている私だ。
未だに勇者様がなぜ私を選んだのかも分からない。
ぐるぐると考え込んでいたら、ふとお兄様の手がこちらに向かって伸びてきた。
そして肩をぽんぽんと叩かれたので、頭を差し出す。するとお兄様は笑いながら頭も撫でてくれた。
「セリーヌ、お前は誰がなんと言おうと可愛い可愛いお姫様だよ」
「ふふ、何を言っているのですか、お兄様」
「だから、だから勇者を信じて、安心して愛されるといい。愛されてもいいんだ」
お兄様の言葉に、ふと目頭が熱くなった。
自分は、他人からは愛されない存在なんだとずっと思い続けてきたのに、本当に愛されていいのだろうかと。
そしてふと思う。
これは、勇者様が私のことを好きであるという可能性がちょっと高くなったのでは? と。
私の願望ではなく? 私の都合のいい妄想ではなく? 推しが? 私を? 好きかもしれない?
え? ちょっと待って無理次からどんな顔して会ったらいいの?
今初めて脳が現実を理解しようとし始めたらしい。
「え? あの、え、ちょ、待っ、お兄様、あの、勇者様が、私のこと、好き?」
「え? 今? さっきからそう言って……え? セリーヌ、顔が真っ赤……え、お前ももしかして勇者が好きだったり」
「……え?」
「えぇ?」
「……えー……」
「えーーー!?」
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