第31話 前と後ろ
「永山、次の記録会出る?」
50メートルを走り終わり、あるきながらスタートラインに戻っている途中、渡辺が話しかけてきた。
「え?あ、多分出ると思います。」
「そうか、同じ組だと楽だな。」
「ああ、確かに気は楽ですね・・・。」
顧問が告げた記録会まで残り一週間になった日。部全体が追い込みの空気になっていた。練習内容もいつもよりハードになり、必要な水分の量も増えていた。
「先輩、記録会とか全然出ないって聞きましたけどなにか理由あるんですか?」
「理由なー、あんまり記録会とか出たくないんだよな。測られたくないというか。」
「理由単純ですね。」
「走りたいからこの部に入ったからさ、記録とかは正直なんでもいいんだよな。」
「先生それでオッケーしてるんですか?」
「いやぁ、『お前また走らんのか』って毎回怒られるよ。」
「ですよねー・・・。でも好きで走ってる割には速いじゃないですか。」
「昔からずっと走ってきたからねー。」
「そうなんですか。」
横を向き、渡辺の顔を少し見上げる。まっすぐ前を向いた彼の頬を汗が滑り落ちた。
「50メートル10本おつかれー。」
「あ、お疲れ様です。」
いつの間にかスタートラインについていたのか、渡辺はそう言い残すと他の同級生のところに向かっていった。結衣奈も乾いた喉を癒やすために防球ネットのそばに向かった。
『学校、どんな感じ―?』
「んー、楽しいよー。」
『そっかそっかー、結衣奈ちゃんのことだからそろそろ私の学校に転校してくるかなって思ってたけど。。。』
そういうと香菜はスマホの向こう側で笑い声を上げた。心外だとばかりに抗議の言葉を発する。だが、逆効果で香菜は更に笑っていた。
「そういう香菜ちゃんこそどうなのさ。女子校。」
『女子しかいない。』
「そりゃそうでしょ。逆に男子いたらびっくりだって。」
『なかなかね、すごいよ。ザ・女子校。女子って怖いねー。』
「それは女子のあんたが言ったら全然意味ないと思うよ。」
『女子の私にこれを言わせるレベルって思ってくれたらいいよ。』
「なんかすごそう。あえて聞かないでおくよ。」
『はいはーい。』
その時ドアをノックする音が聞こえた。スマホを持ったままドアを向くと、母親が『さっさと寝ろ。』と書いた紙を持って立っていた。
「あ、香菜。母親が早く寝ろって言ってるから寝るね。ごめん。また明日ー。」
『あ、そっちもなんだ。こっちもね、ちょうど同じタイミングで言いに来たよ。』
「すごい偶然ー!」
『だね。じゃ、おやすみー。』
「うん!」
電話を切るとスマホを電源コードに繋ぎ、部屋を出た。




