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底辺だけど、異世界であがき抜く  作者: ぽいど
第十章 森林スカベンジ 編
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十章の1 探検の本分

異世界生活73日目、夏の27日

 


「ではこちら、金貨2枚になりまぁす。お確かめください?」



 探検者組合のカウンターで、マリネッタから金色に輝くコイン2枚を受け取る。小さいながら手に沈み込むような重さ。金が重いというのは知っていたが、こうして手に取ってみると想像よりも重量を感じた……



「悔しいですね! もっともっと沢山違約金取ってやったらいいのに!」


「ジーノ君、もっと広い視野で考えなさい。違約金の要求もできたかもしれませんが、長引けば組合、商会共に無駄な損失を出し、ひいては請負者にも不利益を招きかねません」



 受付の方でジーノ君とそれを諫めるアデーレ。二人の姿勢は対極的だが、おそらくアデーレの言っていることの方が正しいのだろう。あまり長く……それこそ地球のように何カ月も何年もかけられてはこちらの生活費が底をついてしまう。何事も落としどころと言う物は必要だ。

 とにかくこの件はこれで終わった。次はまた仕事を探さねばならない……のだが、マリネッタの居るカウンターから離れようとしたとき、営業スマイルと共に呼び止められる。



「ところでぇ……預金口座に興味はありませんかぁ?」


「口座……ですか?」


「はい、開設手数料、口座維持料、共にタダなんですよぉ? 金貨を何枚も持ち歩くなんて心配でしょうし、この機会にどうでしょう?」



 ひとまず説明を聞くと、金貨が最低単位であり、例によってサインと指紋が預金と引き出しの認証に使われる。預金する度に預かり証書が発行され、それが地球で言う預金通帳に当たるらしい。



「では……一応開設を」


「はぁい、じゃあ早速手続きをしますねぇ?」



 おっとりした女性職員ことマリネッタはいくつか書類を書き……こちらも両手分、計十個の指紋とサインを提出した。しかし、気になることが一つ浮かぶ。近くに居たジーノ君を呼び止め、聞いてみることにした。



「はい、何でしょうか! 僕にわかる事でしたらなんでも答えますよ!」


「ここの……預金口座などの手続きなんですが、もし指を失ってしまったらどうなるんですか?」


「ああ、そのときは……なるべく照会はするってことになってるんですけど、最悪引き出しできなくて、最終的に組合の物になっちゃうんです。だから怪我には気を付けてください」


「(どう気を付けろと……探検者がそういう扱いなのは大体把握してきたけど)」



 とはいえ、せっかくと言うのもなんだが、口座を開設したので金貨一枚を預金しておく。証書はB5に近いサイズで、どことなく何かの賞状のように見える。判押しの文字の中、預けた金額の部分だけが手書きされ、割り印を押されたそれが、カウンターに乗った。



「失くさないように気を付けてくださいねぇ? それとぉ……」


「それと?」


「く・れ・ぐ・れ・も! この証書は当組合の預金の引き出しのためだけに使ってくださいね? 時々この証書で直接買い物をさせるとか、より価値の高い独自の証書と替えるとかいう人が居ますけど……引っかかっちゃだめですよ?」


「はあ……」

 


 後者が詐欺なのはわかる。しかし前者は……額面より安いというのなら阿漕ではあるかもしれないが両者納得の上でならそれは問題ないように思える。



「僕もアデーレさんに聞いたんですけど、なんだか難しくて良くわからなかったんですよね。ちゅーぞーけん? が何とかって」


「とにかく、これは組合としてのお願いですのでぇ……聞いてほしいな~って思うんですよぉ」


「……頭にはとどめておきます」



 良くわからないが、とにかく面倒なことになるらしい。とどのつまり引き出して金貨として使えば何も問題は無いのだから、気に留めておく程度で問題はないだろうが……そもそも、この証書は持ち歩くのが当たり前なのだろうか? それこそ紙幣のように。

 疑問は残るが、とにかくするなと言われているのだから避けておけばいいのだろう。金貨を使う様な買い物をする予定もひとまずのところない。おそらく問題になることは無いだろう。



「それでは、これで。トラブルを解決してくださり、ありがとうございました」


「いいえ、それが組合の仕事ですので。では今後の活躍をお祈りします。イチローさん」



 アデーレに見送られて組合を後にする……仕事は組合でも斡旋してくれはするのだが、直営酒場の方が主にその機能を担っているためか、組合は他の仕事が多いのか、あまり斡旋は積極的にしていないようだ。



「(適材適所……いや適業適所? ってとこか……)」



 その適所たる直営酒場は、昼前ということもあり落ち着いた空気が流れている。テーブルで遅めの朝食を摂る客を横目に、店主の立つカウンターへと赴いた。



「よう、揉めたらしいじゃないか」


「……噂になっているのですか」


「そりゃあな、依頼人の裏切りは俺たち探検者にとっては大事だ。そういうことをやったやられたってのはどうしたって口に登る。なんせ、依頼ってのはお互いに信用しているのが前提だからな」


「大金に飛びついたのは、失敗だったでしょうか」


「失敗ともいえるが、生き残って金も手に入れたんだ、誰も笑えやしねえさ。で、依頼か?」


「はい。何かあるでしょうか」


「うーむ……一人で出来るものはあまりねえんだが……そうだな、あれをやってみるか」



 店主が親指でテーブルが並ぶホールの奥を指す。そこの壁には、巨大な正方形の……地図だろうか。布地に炭か何かで、おそらく北を示す記号と、波や船が描かれた海と山や森のある陸地が描かれ、それらに地名らしいものが書き込まれている。地図の天辺に記されたもっとも大きな地名は……『ベスティア』と読めた。



「あれは……地図、ですか?」


「そう、ベスティアの地図だ。まだ未完成だがな」



 確かに、海岸線を示す線、川や山脈、色々な物が途中で途切れ、その先は空白になっている。ベスティア大陸は、まだ探索が進んでいないということなのだろうが……



「それで、この地図が何か……」


「地図埋めをやってみるのはどうかってことでやしょ」



 視線を地図から店主に戻そうとしたとき、ウーベルトがいつの間にかカウンターに座っていた。この男も、中々神出鬼没な感がある……



「地図埋め?」


「ええ、探検者が開拓した道が木の枝状になってるってことはご存知でやしょ? その枝の隙間を埋めることを言うんでさ。『葉描き』なんていうこともありやすな」


「正確には依頼じゃねえが、組合から金が出るんだ……まあ、ヘマしなきゃ金貨1枚くらいにはなる。運が良けりゃもっとだ」


「運が良いと?」


「たまに、住むのに良い土地やら、鉱脈やらが見つかったりするんでさ。その時は発見の功績ってことで、かなり色を付けてもらえるんで」


「しかし、私は地図なんて描けません」


「何も細かく測量だのなんだのする必要はねえさ。それは専門家がやる。お前らは現地がどんな具合の場所か見てくればいいんだ」


「まあ、道順と目立つ何かしらがあればそれを記録して……後はそこで見つけた草や石の見本でも持ち帰りゃ十分でさあ」



 地図を見て、思案する。よく見ると森や平原の中に、虫食いのように空白の場所が散らばっていた。プリモパエゼを越えて少し行った先にも、そんな空白がある。



「(これくらいの距離なら……いけるか?)」



 縮尺は書いていないが、おそらく馬車で1日程度の距離。おそらくはそこから歩くことになるだろうが……調査に2~3日かけたとしても往復10日程度で帰れそうだ。



「何か、必要な物はありますか?」


「ま、食い物は多めに用意するのが無難でやすな。あとは何か書く物に……そうそう、方位磁針があれば何かと便利ですぜ」


「書く物に、方位磁針……ですね」


「それから、あそこにあるのは縮尺が小さすぎる。組合でもっと大きな地図を見せてもらうことですな」


「なるほど、わかりました」


「あっしの予定は空いてやすんで、いつでもお声かけ下せえ、旦那!」



 聞く限りでは、地図埋めとやらの難易度は決して高い物ではない。護衛やらと違って、何かあれば逃げても良いのだから。とは言え、まずは道具が無いと話にならない。請けられる依頼も無いようなので、一旦酒場を出てウーベルトの言っていた準備をすることにし、再び組合の建物を訪れた。受付のアデーレがこちらを見て怪訝な顔をする。



「まだ、何かありましたか?」


「ベスティアの地図を見せてほしいのですが、よろしいですか?」


「資料の閲覧でしたら、2階の資料室へどうぞ」



 フロアの端にある階段を指し示され、それを登る。2階は大きな部屋がフロアをほぼ全て埋めており、東の壁際を通路が通っている。その通路の真ん中にある扉を開くと、目の前には木製のカウンターと、そこに着く老いた男性。背後には天井まで届く本棚が狭い間隔で並んでいる。



「おや、見ない顔じゃな?」



 老人の髪は真っ白だが整えられており、立ち振る舞いもしっかりしている。健康的に年を取ったと言う印象だ。ここの担当者、なのだろうか。



「こちらでベスティアの地図を見れると聞いたのですが……」


「ああ、見れるとも。どのあたりの地図かね?」


「プリモパエゼから……少し東に行ったあたりを」


「ふむ……少し待っていなさい」



 老人は本棚の山間へと消え……しばらくして戻って来ると、その手に重厚な装丁の本を持って戻ってきた。



「テルミナス近辺の地図は……この辺りか」



 開かれたその本には、二つの大陸。その境目にある島……この街、テルミナスが描かれていた。やはり空白がそこかしこにある地図のページをめくり、目的の場所を探す。北が上と言うのはこの世界でも同じようだが、航空写真のように真上から見た物ではなく、やや斜めから見たような角度で、どちらかと言うとイラストのような描き方をされている。縮尺も書かれておらず、正確な位置関係を測るのは難しそうだった

 


「ふむ、苦戦しているようじゃの?」



 閲覧机に地図を広げてページを往復していると、いつの間にか老人が隣に立っていた。他に資料室を利用している者は居らず、もしかしたら暇なのかもしれない。



「この……空白地帯はどこから入ればいいか、探しているのですが」


「ほう、地図埋めか。今どき珍しいな」


「珍しい?」


「ああ。未知の土地を探検し情報を持ち帰るのが探検者の本分……じゃが、依頼を請けた方が安定して稼げるからの」


「そうなのですか……」


「しかし、やりがいはある仕事じゃぞ? 自分の足跡が地図になるなぞ、他の仕事ではできんじゃろ……ほれ、ここが良かろう。小さいが池があって目印になる。そこから南へ……この、森の外縁辺りが境目じゃな」


「ありがとうございます。利用料は……」


「探検者にはタダじゃ。また来ると良い」



 プリモパエゼから伸びる道、その先にある池と道、空白地帯との位置関係を記憶し、資料室を後にする。老人の言うやりがいという物にあまり興味はないが、他に仕事が無いのだからぜいたくを言うわけにも行かない。組合から出て、次は必要な道具を買いに行くことにした。


 酒場や組合がある広場から伸びる通りの一つに入り、商店街を歩く。建ち並ぶ店の前を通り、一軒の雑貨屋へと立ち寄った。特に何か理由があっての事ではないが、以前サクラの首輪と紐を買った店ということもあり、なんとなく敷居をまたぎやすかった。店主の老婆に探している品を伝え、漫画家が持っていそうなペンとインクにノート、そして方位磁針……地球でよくある丸いケースに入った物ではなく、針そのもの。水に浮かべて使うのだそうだ。



「羽ペンかと思ったのですが……」


「ああ、羽ペンもあるけどね……探検者さんだろう? ちょっとしたことで折れるから、旅に持ち歩くならこっちの方が良いよ。ちょっと重いけどね」


「なるほど……」



 ペンもそれなりに値段がするので、うっかり荷物を偏らせて折れでもしたら笑えない。老婆の勧めに応じて、一揃いの文房具を揃えることにした。



「はいよ、じゃあ銀貨20枚ね」


「もう少し安くなりませんか? 道具はもっと痛んだのでもいいので」


「おやおや、値引きかい? 困ったねえ、年を取って計算も遅くなってるんだよ」


「別にゆっくり考えてくださって構いませんが」


「それじゃあ、ゆっくりがてら……一つこの婆の頼みを聞いてくれんかね?」


「頼み?」



 二度しか会っていない相手に頼みと言うのも違和感があるが、聞くだけ聞いてみることにした。安くなれば儲けもの、駄目で元々だ。



「息子をね、探してほしいのさ……」


「……そう言った話は、探検者組合の方にするべきかと」


「したさ。けどね……誰も引き受けちゃあくれなかったんだ」



 依頼を請けるかどうかの選択権が探検者側にある以上、そういうこともあるのだろうが……そもそも人探しと言うのは探検者の持ち分から離れているように思える。ましてや息子と言っても、この老婆のとなると……



「息子さんも、もう随分な歳なのでは……」


「ああ、36になるはずだ……生きてりゃあ、ね。ベスティアに行ったっきり、帰ってこずもう10年……いや、もう12年になるんだねえ……」


「お気の毒ですが、すでにこの世にはいないかと」


「だろうね、それはわかってるんだ。けどねえ、私の中じゃ最後に家を出たあの日のままなんだ。私ももう長くない、あの子の事だけが心残りでね……」


「ですが、顔も知らない相手ではどうしようもありません。ましてや、すでに白骨でしょうし……」


「右手に、金の腕輪を付けていた……内側に『度胸』って刻んでる。どこかで見かけたらでいいんだ。この婆の心残りをなくしておくれ……ああ、値引きだったねえ。銀貨17枚だよ」



 金貨をカウンターに置き、釣りと商品を受け取る。老婆の頼みは、頭の片隅にでも置いとくとして、話を聞くだけで銀貨3枚はお得だった。

 

 それから残り少なくなっていた保存食を15日分買い足し、これが銀貨18枚。ウーベルトの予定を確保し、最後に傷薬を譲ってもらおうと、アパートのアルフィリアを尋ねる事にする。普通の怪我であれば4~5回治せるほどには残っているが、未知の場所に足を踏み入れるということもあり、余裕を持たせておきたかった。


 

 部屋の戸をノックし、顔を出したアルフィリアに用件を告げると、こちらを見上げる眉間に小さく皺が寄る。



「……もう使いきったの? 詰めてあげるから、容器出しなさい」


「いえ、もう一瓶お願いします。ベスティアへ少し遠出をするのに、多めに持っておきたいので」


「遠出って……どのくらい?」


「明日から、10日ほどを予定しています」


「また急ね……ちょっとは相談くらいしなさいよ、もう」



 引っ込んで薬を出してくれるかと思いきや……5分、10分経っても出てこない。しびれを切らし、再びノックすると……



「何よ、明日一緒に行くからその時渡すわよ」


「……来るんですか」


「来るわよ。ベスティアに行く機会なんてそういつでもあるわけじゃないんだから。探検者雇うにもお金かかるし。あんただって、薬扱える私が居た方がいいでしょ?」


「それはそうなのですが……」


「じゃあ文句ないわね? 私は出発の準備するから、何かお昼ごはんよろしく」



 再びアルフィリアは引っ込んでしまった。もしかしたら、今後ベスティアに行く度に着いてくるつもりなのかもしれない……奇しくも前回のベスティア行きと同じメンバーが揃い、人類未踏の地……と言うには近い気もするが、とにかく地図に描かれていない領域へと、足を踏み入れることになった……


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