五章の4 異種族との殺し合い
自分達の居るキノコの広場に、何者かが向かってきている。それも、村とは反対側から。あの巨人の生首が、頭をよぎった。
「……ん、旦那。今何か……」
「ええ。動きました……」
「え? 何が?」
「何かがです。下がりましょう、急いで!」
弩の弦を引き、後ずさりをする。キノコ袋とリードを掴んだアルフィリア、素早く低い体勢で下がったウーベルトと共に繁みに潜り、葉の間から森の一点、先ほど動いた繁みの方に意識を集中させる。
ほどなくして、草を踏み分けて二つの影が姿を現した。手足のある人型、見た限り体毛のないその体は、体毛をすべて抜いた類人猿のようにも見える。背はそれほど高くない、体格はせいぜい痩せた小学3~4年程度だが、頭部が大きめで頭身が低い。服と言うよりは布を巻いただけと言う恰好で、手には斧だか槌だかわからないが、尖った石と木を組み合わせた武器を持っている。片方はそれに加えて、草を編んだ袋らしきものも。
有体な言い方をしてしまえば……『ゴブリン』といった印象だ。
「……あれが、ベスティアン?」
「ええ……ありゃ弱い方だが、それでも人を襲うし殺すこともある。油断は禁物でさ」
「ま、石でぶん殴られたらそりゃ怪我するし、当たりどころ悪ければ、よね」
小声で会話をするこちらに気づいていないのか、キノコ畑を見つけた二匹は、何やら楽しそうに騒いでキノコを採り始めた。奇しくも、こちらと目的は同じだということらしい。
「……あっちもキノコ採りなんだ。案外話をすれば一緒にキノコ採りとか……」
「やめておきなせえ。ぶっ殺されるのがオチだ」
「見つかったら、襲ってきますか?」
「ええ、少なくともあの種類はかなり好戦的で、自分達より弱いと見るや特に理由が無くても襲い掛かってきやすぜ」
「……このままやり過ごしましょう。下手に動くと気づかれるかも」
身を潜めたまま彼ら……あるいは彼女らがキノコ採りを終えて立ち去るのを待つ。見たところ体格はこちらより小さいが、仮に見た目通り小学生程度の体力だったとしても、木だの石だので思いきり殴られればタダでは済まない。頭にでも当たれば、下手をすれば、だ。戦うメリットも無いのだから、不要なリスクは避けるに限る。
繁みで息を殺していると、二体のうち片方が足を止めた。足元を見るその視線の先には……
「(あれは……!)」
靴で踏みつぶされた、キノコがあった。おそらく自分かアルフィリアのどちらかが、隠れるときに踏ん
でしまったのだろう……点々と続くそれはこちらへと向かっている。それを見つけた二体は猿のような声で何か話し、こちらへと近づいてきた。
「旦那、こりゃあよろしくない展開ですぜ」
「どうするの、逃げるの?」
考える。このまま走って逃げきれるかどうか。あるいは戦って倒すことができるか。逃げるにしても、こちらかアルフィリア、どちらかがはぐれる可能性がある。はぐれないまでも、途中で追いつかれれば不利な状況で戦闘になってしまうだろう。今ならまだ相手はこちらを確認できていない。相手は二体、数では不利だが、不意をつければあるいは。
考えを決め、弩に矢をつがえる。横を向いてウーベルトの表情を確認。
「やるんですな、旦那? 薬師殿はお任せを」
少なくともまずい判断ではないと見た。こちらに近づく二体のうち奥の方、麻袋を持った相手に狙いを定める。後はどのタイミングで撃つか。近ければ近いほどいいが、気づかれては元も子もない。
構えた腕が小さく震える。一歩、また一歩と警戒した様子も無く近づく異種族が、こちらの隠れる繁みまで数歩という所まで近づいたとき。引き金を握り込んだ。
矢が弾きだされ、空を切って袋のゴブリンに向かう。その結果を確かめず、弩を手放して鉈に手をかけ、繁みから飛び出した。
3mほどの距離を全力で走る。敵が反応する前に鉈を抜き、振りかぶって上段から一息に振り下ろす。空を切る手応え。尻もちをついたゴブリンの目の前を、鉈の切っ先がすり抜けた。
「(しまった!)」
確実に当てるつもりで踏み込んだ一撃、それを外してたたらを踏む。互いに崩した姿勢を立て直し、向き合った。
「(もう片方は……)」
横目で、矢を放った方を見る。仰向けに倒れた一体は、胸に刺さった矢を握って地面でもがいていた。
「(ひとまず無視していい、先にこっち!)」
視線を戻すと同時に、金切り声と共に武器が迫る。鉈でそれを受け、手に衝撃が走る。耐えられないほどではない、しかし反撃する前に、それは再び振りかぶられた。二度、三度。硬い木と鉄がぶつかる鈍い音が響く。
「旦那! 受けちゃだめだ! うまく避けて反撃すりゃ十分勝てる!」
「(簡単に言うけど……!)」
四撃目を振りかぶられた時、一歩下がる。黒ずんだ石の刃が腹の前数センチを抜け、驚いたような表情の顔を、払う様に切り付けた。手応え、敵の額に赤い筋が走り、赤い雫が線を引きながらいくつも顔に垂れる。焦ったのか苦し紛れか、右へ左へ粗雑な武器を振り回し暴れるゴブリン。それとは対照的に、一撃入れたからかこちらの頭は冷静さを取り戻していた。
「(下がって、距離を保って……今!)」
敵が外側へ振り抜いたと同時に前へ。武器を持った前腕を掴む。驚愕とも恐怖とも見えるその顔へ、突進の勢いのまま鉈を突き立てた。
耳障りな悲鳴、でたらめに振り回される手が顔を掻く。目に刺さった鉈ごと押し倒し、さらに深く貫く。何か薄い物を割るような手応え、掴んでいた敵の腕から力が抜けた。
一呼吸して鉈を引き抜き、もう一体の方へ向き直るが、そちらはすでに大の字になって動かなくなっていた。
「お見事で、旦那……おや、怪我が……薬師殿、お願いしやす」
「え?」
「顔に四本。引っ掻かれたんでしょうな」
繁みから出てきたウーベルトに指摘され、頬に痛みと何か液体が垂れる感覚を覚えた。そして同じく繁みから出てきたアルフィリアが傷を診る。
「ま、大したことないわよ。薬塗っとけば平気……って、返り血ついてるわね……仕方ない、塗ってあげるわ」
「……後で薬代を請求したり」
「しないわよ。それくらいの役割分担は弁えてるっての」
「じゃあ、お願いします。ウーベルトさんは、その袋を調べてみてください」
「承知で」
その場に座り込み、ポーチから取られた薬を塗られつつ、鉈についた血を敵の腰布でぬぐう。地面のキノコは踏み荒らされたり血で汚れたりしてしまったが、それでも残っている分で必要なだけはありそうだ。それから、気になるのは麻袋の中身だが……
「キノコやら木の実やら……食い物袋ですな、こいつは」
「何か価値のある物でもあればと思いましたが……」
「ははは、そう上手い話はねえってことでさあ」
「ちょっと、動かないでよ。塗りにくいじゃない」
「すいません……」
「よし、これで終わ……あ、こらサクラ!」
手当てを終えたアルフィリアが叫ぶ。見れば不意打ちの立役者でもあるサクラが、倒したゴブリンの死体を齧っていた。
「駄目でしょそんなもの食べちゃ!」
「毒があるようには見えませんが……」
「そういう問題じゃなくて。人間の街で暮らしていくのに、人型の物を食べ物って認識しちゃったらまずいでしょ?」
「ああ……」
リードで引っ張られたサクラは不満そうな声を出す。ご馳走を取り上げられたわけだから無理もないだろう。とは言えアルフィリアの言い分はもっとも。大人しくしているとはいえサクラは魔獣なのだから、事故につながりかねない要素を排除しておくに越したことは無い。
「サクラ、我慢だ」
「後でちゃんと干し肉あげるから、ね?」
怒っているのか、桜色の線を輝かせながらも齧るのは止めるサクラ。怒るというよりは拗ねているという方が近いのかもしれないが……
「旦那、薬師殿。早くキノコを集めちまいやしょう」
戦闘を凌ぎ、どこか呑気な空気だったが……ウーベルトの真剣な口調がそれを破った。
「ええ……そうします」
「ちょっとは休ませてあげたら? 私たち後ろで見てただけなんだし」
「薬師殿、そうもいかなくなりやした。こいつら、水袋を持ってねえ……どっか近くに野営地があるってことでさあ」
「そこに仲間がいるかもしれない、と?」
「ええ。この種類は大体兄弟家族の単位で動く習性がありやして。まだ居ても不思議は……」
ウーベルトの言葉は、サクラの唸り声、そして枝葉が揺れる音で止められた。自らの存在を隠しもせずこちらに向かってくる何かが居る。血の匂いに誘われた獣か、あるいは……鉈を手に立ち上がったとほぼ同時に、音の主はその姿を現した。
体の形は倒れている二体と同じようなもの、しかし体格は全体的に大きく、中学生程度。上半身にも簡素ながら半袖の服を着ていて、手には長さ1.5mほどの槍を持っていた。木の棒の先には石ではなく金属の穂先、人を突き殺すには十分だろう。
血を流して倒れた二体を目にした時、一瞬固まり……天を仰いで、吠えた。
「(今なら!)」
咄嗟に距離を詰めて胴体を薙ぐ。手に伝わるのは肉を切った柔らかい……ではなく、硬い感触と耳障りな金属音。服の切り口からは、この世界に来たばかりの時にも見た、鎖の防具が見えた。
「(鎖帷子……!)」
それを確認したのとほぼ同時、右顎に衝撃、鉈が手から飛ぶ。地面に倒され、槍の穂先がこちらを向くのが見えた。転がる、背中すぐ後ろで槍が突き立つ音。体を屈んだ体勢まで戻したとき、土から引き抜かれた穂先が再び向けられる。それが突きだされるより先に、テニスボール大の火の玉が敵に命中し、花火のように散る。
「イチロー! 早く立って!」
アルフィリアの放った魔法は、怪我らしい怪我も与えられていない。しかし警戒させるには十分だったか、ゴブリンはこちらを尻目に、アルフィリアに顔を向けた。その隙に立ち上がりながら、残されたナイフを抜き喉を狙う。上体を逸らした敵の頬をかすめ、追撃の前に、手首をつかまれた。
「(まずい!)」
先ほどとは立場が逆、槍を短く持った手が腹に向けて振りかぶられ……敵が短く悲鳴を上げる。見れば、サクラがその足に噛み付いていた。多分に怒りを孕んだ声を出し、サクラに槍を向け……
「駄目っ!」
サクラを、アルフィリアが庇った。覆いかぶさった彼女の肩に槍が刺さる。苦痛の声。
「こ、の……っ!」
体ごと前へ。防具の重さがあるとはいえ、相手は足に怪我をしている。二歩、三歩と踏み込み押し倒す。掴まれた腕ごとナイフを首へ。互いに両腕を掴んだ状態で、体重をかけ切っ先を近づける。10センチ、8センチ、5センチ、3センチ……皮が裂け、うがいのような音と共に血の泡が立つ。一気に沈んだ刃と肉の間から飛沫が飛び、顔に温かい感触。目を見開いたままの相手と視線を交差させ……その呼吸が止まっているのに気づくのには少し時間が経ってからだった。




