採集職の村
橋を渡ると、木立の奥にも建物が続いていた。
小屋の軒先には、薬草の束がずらりと吊るされている。柵の内側には、皮を剥いだ丸太が背丈より高く積まれていた。人が暮らす家というより、何かを置いておくための建物ばかりに見えた。
木槌の音は、建てかけの建物の上から降ってきていた。
屋根の上に、男が一人いた。
日に焼けた太い腕が、木槌を振り下ろす。一打ちごとに板が一枚はまっていく。目を離したすきに、屋根の半分が葺き終わっていた。
男は屋根から飛び降りると、そばの木に斧を入れた。幹はあっけなく裂けて、軽い音を立てて倒れた。枝を払う斧さばきに、迷いがない。刃が入るたびに、木が発泡スチロールでできているような錯覚をおぼえた。
男は、わたしが両腕でも抱えきれない丸太を、薪の束みたいにひょいと肩に担いだ。
そこで、ようやくこちらを見た。白い歯を見せて、爽やかに笑う。
「いらっしゃい。ここは採集職のキャンプ場だ。皆はフォルロード(倉庫)と呼ぶ。好きに使ってくれ」
丸太を担いだまま、足は止まらない。
「あの……何を建ててるんですか」
「材木専用倉庫だ。前のがいっぱいになったんでな、新しいのを建てている」
「……どういうことですか?」
「危険地帯で素材を保管するには、倉庫がいるだろう?」
男は当然のように言って、丸太を屋根の上へ放り上げた。
「採集職は、レベルが一定以上になると収穫する素材の量が増える。なのに、運搬できる量で頭打ちになる。そこが悩みどころだ。マジックバッグでは、とても追いつかない」
「わかる、すごくわかります」
気づけば、前のめりになっていた。
「見た目で分かったよ。戦闘職じゃないものな」
男は梯子も使わずに屋根へ上がり、また木槌を振るいはじめる。
「ランク10になったら、素材ごとに専用倉庫が要ると思っていい。ここを利用するのなら、いちおう職業ごとに専用倉庫は建てるつもりでいる」
木槌の先が、さっきの小屋のほうを指した。
「ちなみに、あの十棟くらいあるのが、薬草摘み専用倉庫だ」
軒先に薬草を吊るした小屋が、奥までずらりと並んでいた。
「……薬草摘み、何人いるんですか」
「一人だ」
男は最後の板を打ちつけると、屋根から飛び降りた。
「紹介しよう、あれが薬草摘みだ」
森から続く道の先に、大きな籠が立っていた。
わたしの背丈ほどもある。口から緑色のものがはみ出していて、籠が揺れるたびに、その量が増えていく。
籠が一歩、こちらへ進んだ。わさっ。
もう一歩。わさっ。
柵の内側に入ったところで、はみ出す緑がぴたりと増えなくなった。そして籠は、そのまま地面にへたり込んだ。
籠の陰から、女の人の顔がのぞいた。
ふわふわした髪に、花のかんむりが三つも重なっている。
草で編んだ腕輪が、手首から肘までびっしり並んでいた。
風が吹くと、爽やかなハーブっぽい薬草のにおいがこちらまで届いた。腰のマジックバッグは、はちきれそうにふくらんでいる。
「あ、はじめまして……ちょっと、道草食べすぎちゃって」
男は籠に手を突っ込み、薬草を鷲掴みにして口に放り込んだ。もしゃもしゃと噛んで、また掴む。三度ほどで、籠の口から緑がはみ出さなくなった。
「あー、だいぶ軽くなった。大丈夫、もう倉庫そこだからー」
「無理するな」
男は、籠を背負ったままの薬草摘みを、籠ごとひょいと持ち上げた。
「え、いいですよ、歩きますよー? 籠軽くしてくれたんじゃないんですかー?」
「食っただけだ」
「食っただけか。なら最初から運べ」
男は黙って、十棟並んだ倉庫のほうへ歩いていく。担がれた薬草摘みの頭の上で、花のかんむりがゆさゆさ揺れていた。
倉庫の前で、男は薬草摘みを籠ごと下ろした。薬草摘みは籠にもたれたまま、ひらひらと手を振った。
「クラリス・フォン・エリサです。薬草摘みやってます」
「ヴォルフガング・フォン・ノキア。木こりだ」
「アトです。……解体士です」
二人とも名前が長い。わたしは頭の中で、職業で呼ぶことにした。
木こりが、少し首をかしげた。
「解体士は普通、ギルドの裏方や農場で働いているものだと思うが。いちおう採集職でいいんだな?」
「解体士って、普段はどんな採集するの?」
薬草摘みが、花のかんむりを揺らして身を乗り出す。
「森で死体を見つけて、素材に解体して採集します」
「……」
「……」
「あ、ちゃんと新鮮な死体を選り分けています。冒険者についていっておこぼれをもらうとか、そういう工夫もしていて……」
「……」
「……」
二人は顔を寄せて、こそこそと耳打ちをはじめた。全部聞こえている。
「肉系ですよ、木こりん。久々のお肉です……」
「必要だな」
「狩人兄さんと相性がいいかもしれない。あ、でも、兄さんは今はいないし……」
どうやら、彼らは動物性たんぱく質に飢えているみたいだった。
そのとき、足もとで何かが動いた。
犬の頭をした小さな影が、二本足で立っている。とっさにナイフの柄へ手が伸びた。
コソボルト――
ではなかった。影は背中の袋から鉱石を取り出して、倉庫の前にきちんと並べていく。
しっぽが、ぶんぶん揺れていた。後ろから、同じような影が二匹続く。
「採掘師のシャルロッテの使い魔だ」
「使い魔か……本人は……?」
いちばん前のコボルトが、わふ、と言いながら、山の斜面にぽっかり空いた洞窟を指さした。
屋根が作ってあって、雨風がしのげるようになっている。
「採掘師は、洞窟から出ない」
「へぇ」
木こりが、倉庫の前に列をなしているコボルトたちを見下ろした。
「増えたな」
「増えましたねぇ」
「……コボルトの専用倉庫も作らないといけないな」
◇
薬草摘みはふらふらと自分の倉庫へ引っ込み、コボルトたちも用を済ませて帰っていった。
日が傾くころには、材木専用倉庫の隣に、もう一棟建っていた。
扉の上の板に、木こりの字で「解体士専用倉庫」と刻んである。
「寝床はこれでいいか。仕切りとベッドは明日作る。今夜は床で我慢してくれ」
「……倉庫、ですよね」
「解体士専用倉庫だ」
木こりは大真面目にうなずいた。
解体士そのものを収納するのか、解体士が素材を収納するのか。
恐らく両方だろう。それがフォルロード(倉庫)と呼ばれる、採集職のキャンプ場だった。
中をのぞく。広い床に、高い天井。窓は小さく、風がよく通る。
ここになら、あれを置いていける。
「あの、取ってきたいものがあるんです」
沢の向こうに置いてきたキボイラのところまで、木こりはついてきてくれた。
わたしが切り分けるそばから、木こりがマジックバッグに収納していく。
ソーライオンのたてがみ、ゴートタンクの巻き角、コンデンサーペントの鱗も。
三つの頭も、胴も、脚も。わたし一人なら何往復かかるか分からない量を、木こりは二往復で運びきった。
倉庫の床に、キボイラの素材が一揃い並んだ。
外に出ると、空が赤かった。
木こりは柵のそばに立って、建てかけの屋根や、並んだ倉庫を眺めていた。
「ここは、村じゃない」
木こりが言った。
「採集職が使っているだけのキャンプ場だ。でも俺は、ここを村にしたい」
夕日が、その横顔を照らしていた。
キャンプ場が村になると、何がどう変わるのか、わたしにはまだよく分からなかった。
「明日、みんなで集団採集に出る」
木こりが、夕日から目を離さずに言った。
「いい素材は、危ない山の奥にある。一人で登れば命がけだが、集団で登れば安全を確保できる。それが集団採集だ。来るか」
「集団採集……あの、わたし、戦えませんけど……それでもいいんですか?」
「戦闘なら心配ない」
木こりは、ようやくこちらを向いた。
「俺の木こりスキルがあるからな。指一本触れさせはしない」
昼間の斧さばきを思い出す。あの斧なら、きっとそうなのだろう。
ここの人たちは、私を受け入れてくれた。ここは採集職のキャンプ場で、わたしも、いちおう採集職だ。
自分がどれくらい役に立てるかは、まだ分からなかった。けれども、どれだけやれるかを試してみたくもあった。
「……私も、行きます」
「夜明けに出る。寝坊するなよ」
木こりはそれだけ言って、材木専用倉庫のほうへ戻っていった。
◇
解体士専用倉庫の床で、荷物を枕にして横になった。
眠れない。
「……枕が変わると寝れない」
起き上がって、枕を替えてみる。
倉庫にあるのは、太い骨。束ねた腱。ゴートタンクの角。どれも、しっくりこない。
最後に、ソーライオンの前足を引き寄せた。わたしの顔くらいある肉球に、頬をのせる。
ぷにぷにして、やわらかい。
不思議と、まぶたが重くなってきた。
キボイラの毛皮を毛布がわりに肩まで引き上げて、寝返りを打つ。
すぐそばに、三つの頭が並んでいた。獅子と、山羊と、蛇。
わたしは微笑んで、指先でひとつずつつついた。
ちょん。ちょん。ちょん。
「おやすみ」
そして、目を閉じた。




