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Episode 51

 新しい一日の朝日が、捜査室の狭い窓から斜めに差し込み、分厚い資料が整然と積み重ねられた木製の机に、淡い金色の光を落としていた。室内には、思索に沈む者たちの沈黙が、重苦しい空気となって立ち込めている。


 桜井美咲顧問が、白沢ノアの死亡した当日の夜に、保管区域の鍵を受け取っていたという事実をつなぎ合わせた後も、バンソンの思考はそこで止まらなかった。彼はすぐさま一歩引き、かつていったん脇に置いたままにしていた情報とのつながりを、改めて組み立て直した。


 長谷川トウマの証言――かつての生徒である彼が、口ごもりながら言及した、優秀な生徒たちによる秘密裏の集団。そこでは成績に関する情報や、学校の記録管理システムに生じた異常な変更について、密かに情報交換が行われていたという。


 高村圭司はためらわなかった。召喚の連絡が発せられ、午前八時半ちょうど、長谷川トウマが捜査室に姿を現した。襟元の擦り切れたダウンジャケットに身を包み、肩をすぼめながら、おずおずとした足取りで入ってくる。顔面は蒼白で、警察官たちに素早く視線を走らせたものの、まるで目に見えない恐怖に引き戻されるかのように、すぐに目を伏せた。


 最初の事情聴取で、トウマが認めたのは、その集団が普段から成績や順位について話し合っていたという、漠然とした事実だけだった。彼は連絡手段についても、自分自身が校内の内部データを実際に目にしたことについても、完全に口を閉ざしていた。


 だが、今回は違った。


 バンソンは脅迫めいた言葉を使うことも、表面的な圧力をかけることもしなかった。静かに歩み寄ると、サーバーとプリンターのシステムから復元された技術情報の複製を、トウマの目の前に並べた。


 神崎リクの紙媒体と電子データの照合表――96点と76点。


 白沢ノアの記録の複製――62点と42点。


 SR-01というコードに関係する、手動修正操作を記録した古いログ。


 そして、ノアの死亡当日、午後七時十六分に端末ARC-02から送信された、ノアの記録履歴に関する二ページ分の印刷ジョブの記録。


 バンソンは、藤沢レンを殺害したのは誰なのか、とトウマに尋ねたりはしなかった。


 ただ身をかがめ、動揺に揺れる元生徒の目を真っすぐに見据えた。


「長谷川トウマ。以前、君たちの非公開グループで、誰かが学校の機密成績記録を直接撮影したスクリーンショットや、その複製を共有したことはなかったか?」


 トウマの動きが止まった。


 顎の筋肉がかすかに動き、喉が唾をのみ込む音が、静まり返った室内にはっきりと響いた。


 彼はすぐには答えなかった。代わりに顔を上げ、懇願するような表情で、捜査官の高村を見つめた。


「あなた方は……私がこれから話すことについて、それがあくまで捜査のために使われるのであって、この一連の死亡事件の共犯者として、私が自動的に扱われることはないと、文書か正式な誓約という形で保証していただけませんか、捜査官?」


 高村は厳しい表情を崩さなかった。重く低い声には、少しの甘さもなかった。


「我々には、君の証言を一つひとつ、独立した物的証拠によって検証する責任がある、トウマ。君に罪がないのなら、誰も君を共犯者に仕立て上げたりはしない。だが、もしこの事件に関わる情報を何か隠しているのなら、君自身が直接目撃したことと、他人から聞いただけのことを、明確に区別して説明してもらわなければならない」


 トウマはうつむき、震える指で服の裾を強く握りしめた。


 息が詰まるような沈黙が、一分間にわたって続いた。


 やがて彼は、長く息を吐き出した。最後まで残っていた抵抗を手放すように、かすれた声で口を開いた。


「分かりました……何年も前から、もう二度と思い出さないほうがいいと、自分に言い聞かせてきた一枚の写真について、お話しします」


 トウマの証言によれば、校内の優秀な生徒たちは、TOP REVIEWというオンラインのチャットグループを通じて、独自の情報交換の場を維持していたという。


 それは正式な組織でも、学校が公に管理するクラブ活動でもなかった。


 各学年で上位の成績を収める生徒たちが中心となって立ち上げたもので、定期試験の対策資料を共有し、出題傾向を予想し、ときには予想外の順位変動について意見を交わすことを目的としていた。


 しかし、時間が経つにつれ、そのグループの境界は曖昧になっていった。


 一部のメンバーが、一般の生徒には本来アクセスする資格すらない、機密性の高いデータを持ち込み始めたからだ。


 トウマは、橘カイトがそのチャットグループの積極的なメンバーだったことを認めた。


 もっとも、グループのメンバー全員が、校内ネットワークに自ら侵入できるような管理権限を持っていたわけではない。端末ARC-02の前に座ることができた者も、限られていた。


 トウマ自身は、保管室に足を踏み入れたことも、二十七番のカードを手にしたこともないと断言した。また、リクやノアの成績を実際に改ざんした人物が誰なのかについても、まったく知らないと主張した。


 問題の核心は、別のところにあった。


 そのグループでは、ときおり生徒の記録に関するスクリーンショットや文書の複製が投稿されていた。しかし、それらがどこから入手されたものなのかについて、説明が添えられることは一切なかったという。


「その画像をグループに持ち込んだのは誰だ?」


 高村が問い詰めた。


「いつも同じ人が投稿していたわけじゃありません」


 トウマは震える声で答えた。


「ある日は、誰かが古い成績表をぽんと投げ込む。別の日には、数値の変更履歴が表示されたスクリーンショットが投稿される。投稿する人間は、たいていファイルを送ったら、そのまま黙り込んでしまうんです。どこから手に入れたのか、誰が作成したものなのか、そういったことは絶対に説明しませんでした」


「そのメッセージや画像は、今も自分の端末に残っているのか?」


 バンソンは間髪入れずに尋ねた。


 トウマはうなずいた。


「卒業して学校を離れてから、古い携帯電話のデータを丸ごと外付けハードディスクにバックアップする習慣があったんです。TOP REVIEWのチャット履歴も、一部はそのローカルバックアップの中に当時のまま残っています」


 彼はうつむいたまま、隠してきた心理的な事情についても打ち明けた。


「以前、藤沢レンが亡くなったと聞いたとき、私はひどく取り乱しました。自分から警察に行く勇気がなかったんです。違法な資料を回し合っていたあのグループの一員だったことが知られれば、自分まで刑事事件に巻き込まれて、リクやノアに降りかかった災厄に手を貸した人間だと思われるんじゃないかと……怖くて仕方がありませんでした」


 バンソンは、トウマの答えを一言一句、手帳に書き留めていった。


 しかし、彼はこの証言を、トウマの潔白を宣言するための万能の鍵だとは考えなかった。


 恐怖に駆られていた証人の証言には、常に二面性がある。自分の知っていることを本当に語っている可能性もあれば、本人が直接手を染めた部分だけを巧妙に隠している可能性もある。


 最終的な判断を下す資格があるのは、トウマの証言そのものではない。


 彼の端末に実際に保存されている、技術的な裏付けを持つデータこそが、その真偽を見極める唯一の手掛かりだった。


 直ちに西川ハルトが捜査に加わった。


 トウマが所持していたオフラインの記憶媒体は、技術班に引き渡され、メッセージアプリのバックアップデータを抽出する作業が始まった。データの完全性を確認する手続きは、事件捜査班の厳重な監督のもとで進められた。


 初期解析の結果は、ほどなくしてコンピューターの画面に表示された。


 昨年、白沢ノアが亡くなった日の時間帯に属するデータ群の中から、夜の時間帯に共有された一つの画像ファイルが見つかったのだ。


 バンソンは画面に歩み寄り、前後の部分が切り取られた資料の画像に目を細めながら、そこに表示された文字を一行ずつ追った。


 SHIRASAWA NOA — CHANGE HISTORY


 19:12 — RECORD ACCESS


 ACCESS RESULT: READ


 その画像のすぐ下には、もう一つのテキストメッセージが残されていた。


 送信元として表示されていたアカウント名は、はっきりと確認できた。


 Tachibana Kaito


 メッセージは短く、強い警告を含んでいた。


「これをグループの外に出すな。学校に、内部資料の写真を持っている生徒がいると知られたら、連中は何もかもひっくり返して、俺たち全員を取り調べることになるぞ」


 背後に立っていたトウマが、その内容を確認した。


「そうです。あの晩、この画像がグループに投稿されたのを見たことは、はっきりと覚えています。でも、元の資料を撮影したのが誰なのかは、まったく分かりません。保管室のコンピューター画面を直接撮ったのか、それとも紙に印刷されたものを撮影したのか……それすら分からないんです」


 西川は、バックアップファイルにメタデータ解析ツールをかけた。


「初期解析の結果、この画像ファイルと警告メッセージの履歴が、トウマの端末に保存されていた同一のチャット履歴内に存在していたことは確認できました。ただし、技術的な観点から言えば、ローカルバックアップだけでは、表示名が『Tachibana Kaito』となっているアカウントの背後にいる人物が、本当に橘カイト本人であると、百パーセントの確度で立証することはできません」


 西川は、画面に目を向けたまま慎重に続けた。


「メッセージアプリの表示名は、任意に変更できます。アカウントそのものが他人に貸し出されていた可能性もあります。それに、保存されているタイムスタンプについても、中央サーバー側の記録と照合して、相互に検証する必要があります」


 高村は眉をひそめ、事件の核心に迫る問いを投げかけた。


「西川。このスクリーンショットは、ついさっき見つかった、午後七時十六分にARC-02から送信された印刷ジョブによって出力された資料を、撮影したものだと断定できるのか?」


 西川は慎重に首を横に振った。


「現時点では断定できません、捜査官。画像に表示されている各データ項目の配置は、サーバーから復元した記録履歴と完全に整合しています。しかし、現在残っているプリンターのログには、文書の全文が保存されていません。一文字ずつ照合することは不可能です」


 彼は一度言葉を切り、結論を告げた。


「したがって、この画像が、あの印刷ジョブによって出力された資料から、正確に作成されたものだと証明するには、まだ証拠が足りません」

 バンソンは、そうした技術的な制約を、捜査班に対して隠そうとも、意図的に曖昧にしようともしなかった。


 この写真は、捜査を揺るがす重大な発見だった。何年も前、非公開のチャットグループ「TOP REVIEW」において、ノアの記録に対する午後七時十二分のアクセス情報が、実際に外部へ漏洩し、メンバー間で共有されていたことを明確に示していたからだ。


 しかし、それだけでは、元の資料を作成した人物も、印刷物を持ち出した人物も、実際にその写真をグループへ送信した人物も特定できない。


 それでも、何より重要なのは、具体的な人物の名が、正式に疑惑の俎上へと上がったことだった。


 橘カイトという名前を表示するアカウントが、午後七時十二分という時刻に関する情報を把握し、グループのメンバーに対して、それを外部へ流出させないよう指示していた。


 もし当時、そのアカウントを橘カイト本人が実際に管理し、使用していたのであれば、彼は藤沢レンが調査に乗り出す何年も前から、午後七時十二分という時刻にまつわる詳細を熟知していたことになる。


 高村捜査官の鋭い指示を受け、西川は引き続き、問題の写真を取り巻く会話履歴をすべて抽出した。犯罪者像についての特定の仮説に都合のよい箇所だけを切り取ったり、一方的に選別したりすることは、決して許されなかった。


 その後に続くメッセージからは、グループのメンバーたちが、写真の出所をめぐって、短いながらも恐怖に満ちた議論を交わしていたことが明らかになった。


 匿名のアカウントが尋ねた。


「この資料の写真、いったい誰のものなんだ?」


 すぐさま、橘カイトの名を表示するアカウントが、具体的な指示を返した。


「誰のものかなんて関係ない。絶対にグループの外へ送るな」


 別のメンバーが、不安げに問いかけた。


「でも、もし写真に写っているデータが間違っていたら?」


 それに対し、カイトは冷ややかな警告で議論を締めくくった。


「だったらなおさら、勝手にあちこちで聞き回るような真似はするな」


 会話の全容を確認しても、カイト自身が成績を直接改ざんしたと認める発言は、一つも見当たらなかった。他人に成績の修正を命じた形跡もなく、SR-01というコードを自ら使用したと証明できる痕跡もなかった。


 しかし、そのアカウントの使用者が示した態度と言葉遣いからは、ただならぬ恐怖が感じ取れた。


 彼は、メンバーたちの好奇心を即座に封じ込めようとしていた。資料が拡散されるのを阻止し、グループの仲間たちが自分の判断で真相をさらに掘り下げることを、徹底して抑え込もうとしていたのだ。


 バンソンは、バックアップに残されていた会話を何度も読み返した。細められた切れ長の目には、深い思索の色が浮かんでいた。


 隣に立つアサが、そっと声を潜めた。


「その発言には、いくつもの解釈が成り立つわ、バンソン。もしカイトが、その写真が完全に違法な経路で外部に持ち出されたものだと知っていたのなら、秘密のグループを守るために、みんなが拡散するのを阻止しようとする動機は十分にある。でも一方で、法的な問題を引き起こしかねない、真偽不明の資料に怯えていただけだとしても、同じような反応を示す可能性はあるわ」


「そのとおりだよ、アサ」


 バンソンは答えた。


「今、僕たちがやるべきなのは、彼がいったい何を守ろうとしているのか、徹底的に暴き出すことだ。この写真そのものなのか、あの仲間たちの集まりなのか。それとも、自分自身が犯した罪を隠すために、必死になっているのか」


 高村は直ちに技術班へ指示を出した。


 TOP REVIEWのほかのメンバーが所持していた端末から、独立したバックアップデータを探し出すこと。同時に、通信事業者と連携し、アカウントの初期登録情報を通じて、アプリ上のアカウントを実際に使用していた人物を特定すること。


 トウマが提供した一つのバックアップだけに依存していては、アカウントが偽装されていた可能性や、表示名が画面の向こうにいる実際の人物を正確に反映していない可能性を、いつまでも排除できない。


 このスクリーンショットは事件にまったく新しい展開をもたらした。しかし、物証に基づく検証作業は、まだこれからだった。


 バンソンは思考を整理し直し、問題のスクリーンショットを、それ以前に発見された二つの重要な記録と並べて、情報が交差する地点を探り始めた。


 一つ目――システムサーバーの履歴。


 ノアが死亡した当日の午後七時十二分、SR-01というコードを用いて、白沢ノアの記録変更履歴ページが開かれていた。


 二つ目――ハードウェアの印刷ジョブ記録。


 同日の午後七時十六分、端末ARC-02から、ノアの記録履歴に関連する二ページ分の資料を印刷する要求が自動的に送信されていた。


 三つ目――TOP REVIEWのグループ内に残された写真。


 午後七時十二分のアクセス履歴を明確に示すデータが撮影され、非公開のチャットグループ内で共有されていた。


 この三つの資料は、記録された内容と過去の時刻情報という点において、完全に整合していた。


 しかし、情報が伝達された経路には、依然としてあまりにも多くの空白が残されていた。


 実際に端末ARC-02の前に座り、システムを操作したのは誰なのか。


 元の資料を撮影した、あるいは印刷物を入手したのは誰なのか。


 その写真をTOP REVIEWにアップロードしたのは誰なのか。


 そして、極秘情報をグループの外へ最初に持ち出したのは誰なのか。


 何よりも重要なのは――


 藤沢レンが死亡した日に、彼に挑発的なメッセージを送りつけた人物は、午後七時十二分という時刻に関する情報を、いったいどこから入手したのか。

 バンソンは高村捜査官に対し、捜査班が五つの疑問に対する答えを、短絡的にたった一つの名前へと結びつけるような愚を犯してはならないと強調した。


 もし橘カイトが、実際にはグループ内の別の人物から写真を受け取っただけの受動的なメンバーにすぎなかったのなら、保管室に足を踏み入れたことも、SR-01というコードを使用したこともなく、午後七時十二分という時刻を知っていたとしても、何ら不思議ではない。


 もし橘カイト自身が積極的に写真を投稿したのなら、それは彼が極秘情報を入手できる立場にあったことを示している。しかし、それだけで、過去に成績を改ざんした犯人だと断定することはできない。


 そして、カイトがレンの調査の動向を把握していたのなら、レンの口を封じたり、調査を妨害したりする動機があった可能性は十分にある。だが、心理的な動機があるというだけで、殺人を実行したことを示す物的証拠に自動的に変わるわけではない。


 高村はバンソンの慎重な姿勢に同意し、うなずいた。


「橘カイトを、より厳密な捜査を要する重要参考人、いや、重点的に調べるべき容疑者として扱うだけの根拠は十分にある。だが、藤沢レンの死亡事件に関する捜査では、彼とレンが死亡した夜の出来事を結びつける、確固たる証拠が不可欠だ」


 バンソンは、カイトと古い資料との曖昧なつながりによって、現在の事件の本質が見えなくなることを許さなかった。


 疑念が、確かな証拠に取って代わることは決してあってはならない。


 西川は引き続き、TOP REVIEWのチャット履歴に残された未解析データを徹底的に調べた。


 そして、新たなデータが抽出された。


 記録されていたのは、藤沢レンが死亡した、まさにその日のやり取りだった。


 レンが亡くなった日の午前十時三十一分、表示名を「Tachibana Kaito」とするアカウントが、グループ内に次のメッセージを投稿していた。


「藤沢の奴が、さっき神崎リクの件について俺に問い詰めてきた。お前ら全員、気をつけろ。あいつには、古い資料を絶対に渡すな」


 グループのデータから抽出されたタイムスタンプは、実際に起きた出来事と完全に一致していた。


 その日の午前十時十二分ごろ、レンはカイトと直接対面し、口論を交わしていた。それは、レンが生前に残した証言と、廊下の防犯カメラから抽出された映像記録によって裏付けられていた。


 捜査室に、衝撃的な疑問が一気に浮かび上がった。


 もしカイトが、その事実を非公開のチャットグループに知らせたのが午前十時三十一分だったのなら、なぜそれからわずか一時間余り、具体的には午前十一時四十分に、レンは外部から匿名のメッセージを受け取っていたのか。


 そこには、こう記されていた。


「君はカイトに聞いた」


 因果関係を示す、極めて明瞭な時系列が浮かび上がった。


 10:12―― レンがカイトと直接会い、神崎リクについて問い詰める。


 10:31―― カイトの名前を表示するアカウントが、レンによる調査の事実をTOP REVIEWのメンバー全員に警告する。


 11:40―― レンが「君はカイトに聞いた」という匿名の警告メッセージを受け取る。


 これらの時刻が独立した証拠によって完全に検証されたなら、直接の対面から非公開のチャットグループへ、そしてグループ内の情報が外部へ流出し、レンのもとへ届くという情報伝達の経路は、現実的に十分成立し得る。


 しかし、それでも、午前十一時四十分にメッセージを入力したキーボードの向こう側にいた人物が、カイト本人だったと証明されたわけではない。


 午前十時三十一分にカイトの警告メッセージを読んだTOP REVIEWの別のメンバーが、それを誰かに転送したり、密かに情報を漏らしたりすることは、十分に可能だった。あるいは、グループの外部にいる人物が、独自の情報源からレンの動向を把握していた可能性もある。


 バンソンは、部屋の隅で身を縮めるように座っていたトウマへと視線を向け、直接問いかけた。


「長谷川トウマ。あのチャットグループに、噂話が好きで、情報を外部に持ち出しては他人に吹聴するような人間はいなかったか。ほかのメンバーが気づく前に、グループ内の情報を外へ漏らすような奴だ」


 トウマは考え込むように黙り、手で服の裾をもみくちゃにした。


「あのグループにいたのは、口が軽くて、何でも知っているように振る舞いたがる連中ばかりでした。校内の情報なんて、廊下で誰かが二言三言ささやくだけで、あっという間に広まることもありました。僕は……本当に、誰があのメッセージをレンにこっそり漏らしたのか、断言できません」


「君がレンにあのメッセージを送ったのか?」


 バンソンは容赦なく追及した。


「違います! 絶対に僕じゃありません!」


 トウマは激しく首を横に振り、取り乱した声で否定した。


 バンソンはその回答を手帳に書き留めた。しかし、それを理由にトウマへの疑いをすべて消し去ることもなければ、早急に罪を着せることもしなかった。


 高村は直ちに通信技術班へ命令を下した。


 午前十一時四十分に届いたメッセージについて、その技術的な実態をさらに深く調査すること。使用されたアプリケーションの特定、アカウント識別情報の追跡、端末のハードウェア情報の解析、さらには通信ネットワーク上に残存しているログイン履歴の確認まで、可能な限り徹底的に洗い出すよう指示した。


 手探りの捜査が続いてきた中で、初めて、それまで別々に存在していた二つの出来事が交差し始めていた。


 レンがカイトを問い詰めた事実を知る人物。そして、その情報を自ら非公開のグループ全体にさらした、カイトの名前を表示するアカウント。


 両者の間には、無視できないつながりが浮かび上がりつつあった。


 ただし、それは実証的な検証によって確かめられなければならない仮説であり、決して最終的な判決ではなかった。


 根拠のない憶測が入り込む余地を徹底的に排除するため、高村捜査官は水野レイカを再び捜査室へ呼び戻し、重要な一点を明らかにすることにした。


 今回、若い女性に突きつけられた質問は、単刀直入なものだった。


「あなたは、TOP REVIEWというチャットグループに参加したことがあるのか。それとも、白沢ノアの記録履歴を撮影した写真が、そのグループ内に投稿されるのを実際に目にしたことがあるのか?」


 レイカは顔を上げた。


 一瞬、驚きがその目に浮かんだものの、すぐに落ち着きを取り戻した。


「成績上位の生徒たちが集まっていた、あのグループの存在は知っています。でも、長谷川さんが話したような非公開のチャットグループに、私が参加したことは一度もありません。それだけは断言できます」


「では、藤沢レンが死亡する前に、午後七時十二分という時刻に関する情報を耳にしたり、実際に目にしたりしたことはあるか?」


 レイカは黙り込んだ。


 うつむいたまま、唇を固く結ぶ。


 三十秒近くが経過してから、ようやく彼女は、ささやくような小さな声で答えた。


「私……以前、ある生徒が話しているのを、偶然耳にしたことがあります。ノアの記録に、午後七時十二分という時刻に異常なアクセスがあった、という話でした。でも、私は元の記録を直接見たことはありませんし、実際にそのアクセスを行ったのが誰なのかも、まったく知りません」


 高村はさらに追及した。


「その情報をあなたに漏らしたのは誰だ?」


 レイカはためらい、制服のスカートの裾を強く握りしめた。


「私……もう、正確には覚えていません。ノアが亡くなった頃の、昔の話です。校内でいろいろな噂が飛び交う中で耳にしただけなので、最初に情報を広めた人物が誰なのかまでは、特定できません」


「なぜ、これまでの事情聴取で、そのことを頑なに隠していた?」


「あなた方が、誰から聞いたのか、名前を言えと追及してくると思ったからです」


 レイカの声が震え、言葉が詰まった。


「そうなれば、ほかの生徒たちまで次々と巻き込まれて、大きな問題になってしまうかもしれない……。それが怖かったんです。それに、廊下で耳にしたあの話に、本当に少しでも事実が含まれていたのか、私には分からなかったんです」


 バンソンはマイクをオンにし、高村を通じて質問を投げかけた。


「水野レイカ。藤沢レンがあなたのもとを訪れ、何度か事情を問いただした際、あなた自身が午後七時十二分という時刻を、直接レンに伝えたことはあるか?」


 レイカは、はっきりと首を横に振った。


「自分がレンに、その数字を口にした覚えはありません。私が彼に伝えたのは、古い記録管理システムの中に、いくつか不自然な点が見つかっている、ということだけです」

 レイカの証言によって、事件の全体像は一段と複雑さを増した。


 それは、ある一つの事実を明らかにしていた。午後七時十二分という時刻に関する情報は、TOP REVIEWのグループや警察が保管する記録の中だけに留まっていたわけではない。何年も前から、根拠のない校内の噂話を通じて、ひそかに学校全体へと広まっていたのだ。


 この事実は、午後七時十二分という時刻を知っているのは、ただ一人の人間だけだという仮説の信憑性を、大きく損なうものだった。


 しかし同時に、さらに厄介な疑問も浮かび上がった。


 情報がすでに校内へ拡散し、その意味さえ曖昧になっていたのだとすれば、なぜレンにメッセージを送った人物は、あれほど簡潔で、冷徹な言葉を選んだのか。


「19:12。保管室。」


 その人物は、何か具体的な物理的資料を指し示していたのだろうか。それとも、心理的に強い印象を残す時刻を意図的に利用し、偽りの緊迫感を演出することで、獲物を罠へと誘い込もうとしていたのだろうか。


 わずかな文字列の形式だけを根拠に、その真意を独断的に推し量ることなど、誰にもできなかった。


 情報が伝わった経路を最後まで突き止めるため、高村は橘カイトを再び捜査室へ召喚するよう命じた。


 今回は、探りを入れるような遠回しな質問も、曖昧な言葉による誘導もなかった。


 高村は、TOP REVIEWから発見されたスクリーンショットを印刷した紙を手に取り、カイトの目の前にまっすぐ置いた。


 カイトはうつむき、その写真を見つめた。


 次の瞬間、彼の顔から血の気が引いた。顔色はみるみる青ざめ、喉がかすかに動く。やがて彼は顔を上げ、ぎこちない口調で言葉を絞り出した。


「ぼ、僕は……確かに、あのチャットグループに入っていました。でも、本当に誓います。誰がこの資料を撮影したのかなんて、僕は知りません」


 高村は、写真の下部に記された警告文を指で示した。


「この写真と警告メッセージを投稿したのは、君自身の名前を表示しているアカウントだ。それでも、自分にはまったく覚えがないと言い張るのか?」


 カイトは唾をのみ込み、震える声で答えた。


「ぼ、僕は……当時のことをはっきりとは覚えていません。何年も前から、僕のアカウントは古い携帯電話に自動ログインしたままになっていたんです。その携帯は、机の引き出しに放り込んだままにしていました。だから、誰かが勝手に僕の携帯を持ち出して、僕のアカウントを使って投稿した可能性だってあります!」


 それは、学校という環境において、技術的には十分に起こり得る可能性だった。たとえ拙い弁明に聞こえたとしても、捜査班がそれだけを理由に切り捨てることは許されない。


 高村は間髪を入れず、次の質問へと切り替えた。


「では、レンが亡くなった日の午前十時三十一分に、君がグループへ送ったメッセージについてはどう説明する? 藤沢レンが神崎リクの件で君を問い詰めに来たと、わざわざメンバーに知らせている。あれも、誰かに携帯電話を勝手に使われたせいだと言うつもりか?」


 カイトは深くうつむき、無力さをにじませるように両肩を縮めた。


 もはや、否定し続けることはできなかった。


「そうです……あの朝、あのメッセージをグループに送ったのは、僕です」


「なぜ、レンには古い資料を一切渡すなと、あれほど慌ててメンバーに指示を出した?」


 カイトは木製の机に両手の指を強く押しつけた。絶望に喉を詰まらせながら、声を震わせて答えた。


「それは……あのグループで出回っていた資料が、学校の正式な管理記録なんかではないと、僕自身がよく分かっていたからです! もしレンがあれを手にして、世間に公表するような騒ぎを起こせば、何年も前からデータを回し合っていたメンバー全員が、学校や警察から徹底的に調べられることになる。処分だって免れません!」


「そこまでして、何を暴かれることを恐れている?」


「リクをいじめていた頃の、僕の古いメッセージです!」


 カイトは突然、声を上げて泣き始めた。


 他人を顧みないように振る舞っていた仮面が、完全に崩れ落ちた。


「僕は……昔、ひどい言葉を使ってリクを侮辱していました! 今、ようやく人生をやり直そうとしているのに、あんな最低な過去を掘り返されたくなかったんです! ただ……レンに、もう過去のことは放っておいてほしかった。それだけなんです!」


「レンが、白沢ノアの記録履歴を探し回っていたことは知っていたのか?」


「レンがノアのことで、いろいろと聞き回っていたのは知っていました。でも、あいつが実際にどこまで調べ上げていたのかなんて、本当に知りません! それだけは、誓って言えます!」


「『19:12。保管室』というメッセージを自分で作成し、レンに送ったのは君か?」


「違います! そんなこと、僕はしていません!」


「では、レンが亡くなった日の夜、旧校舎のエリアへ戻り、彼と会ったのか?」


「行っていません! 放課後は、そのまままっすぐ家に帰りました!」


 高村は、終始冷静な態度を崩さなかった。声を荒らげることも、カイトが嘘をついていると断定することもなかった。


 彼は直ちに通信技術班へ指示を出した。


 カイトが以前使用していた携帯電話について、徹底的な技術鑑定を実施すること。IPアドレスのログイン履歴を調べ、見知らぬ端末からアカウントへアクセスされた形跡がないかを検証すること。さらに、藤沢レンが死亡した夜のカイトの行動経路について、供述と独立した証拠を照合し、裏付けを取ること。


 カイトは完全に打ちひしがれた様子で、手錠をかけられ、捜査室から連れ出されていった。


 バンソンはその背中を黙って見送りながら、思索を帯びた低い声で口を開いた。


「これで、少なくとも二つの事実は確認できた。カイトは、あの日の朝にレンが自分を訪ねてきたことを、意図的に隠そうとしていた。そして、自分から秘密のグループ全体に警戒を促していた。だが、午後にレンへ決定的なメッセージを送ったのが彼だと断定できる物的証拠は、まだ一つもない」


 高村はため息をつき、同意した。


「そのとおりだ。それに、何年も前に『19:12』の記録写真が共有された時点で、カイトの名前を表示するアカウントを、実際に操作していたのが本人だったという証拠も、まだ十分ではない」


 バンソンは、机の上に置かれた写真を凝視した。


 もはや橘カイトは、かつて校内暴力に加担していた素行不良の生徒というだけの存在ではなかった。


 彼は機密情報をめぐる事件の渦中へ、正式に引きずり込まれていた。レンが自分の過去を掘り返すことを極度に恐れていたと認め、さらには、学校の裏側で動いていた生徒たちのネットワーク全体に警戒を促した人物でもある。


 しかし、刑事法が要求するのは、心理的な偶然の一致ではない。


 そこに求められるのは、行為と結果を結びつける、確かな因果関係と証拠だった。


 その夜、警察署の机上灯が黄色く薄暗い光を落とす中、バンソンは大きなホワイトボードに描かれた捜査相関図を、最初から組み立て直した。


 すでに実証的な裏付けが得られた事実:


 白沢ノアの記録履歴の一部を撮影した画像が、何年も前に非公開チャットグループ「TOP REVIEW」に存在し、メンバー間で共有されていた。


 橘カイトの名前を表示するアカウントから、その写真をグループ外へ拡散しないよう警告するメッセージが送信されていた。


 レンが亡くなった日の午前十時三十一分、レンが神崎リクについて自分を問い詰めに来たことを知らせるメッセージを、カイト本人が送信したと認めている。


 同日午前十一時四十分、レンの携帯電話に「カイトに聞いたな」という匿名のメッセージが届いていた。


 カイトはグループへの警告メッセージを送ったことは認めたものの、午前十一時四十分の匿名メッセージを送ったことも、「19:12。保管室」というメッセージを送ったことも、レンが死亡した夜に旧校舎のエリアにいたことも、すべて否定している。


 バンソンは色チョークを手に取り、午前十時十二分にレンが直接カイトを問い詰めた出来事と、午前十時三十一分にカイトがグループへ送ったメッセージとの間に、一本の実線を引いた。


 そのつながりについては、当事者であるカイト自身が認めていたからだ。


 続いて、彼はグループ内のメッセージから、レンの携帯電話に届いた午前十一時四十分のメッセージへと、破線を引いた。


 その横には、慎重な但し書きを添えた。


「情報伝達経路として成立する可能性あり――独立した証拠による完全な検証は未了」


 隣に立っていたアサは、両手を組み合わせながら、そっと尋ねた。


「バンソン……結局、午前十一時四十分にレンへメッセージを送った本当の人物は、誰だと思う?」


「今は、断定できる名前を挙げられない」


 バンソンは短く答えた。


「でも、カイトが間接的に、レンが真相を追っていることをグループの大勢に知らせてしまったのは確かよね」


「そうだ。その行動によって、情報が広範囲へ伝わる経路が生まれたのは間違いない。だが、それだけでは、カイトをレンに罠を仕掛けるメッセージの直接の送信者として扱う法的根拠にはならない」


 アサは視線を、午後七時十二分のアクセス履歴を写したスクリーンショットへと移した。


「それじゃ、午後七時十二分のアクセス記録が写った写真については?」


「機密情報が、とうの昔に学校のサーバーという閉じた世界から流出し、生徒たちの手に渡っていたことを証明している。僕たちは、誰が実際にその写真を撮影したのか、誰が最初にそれを手にしたのか、そして、その写真と、レンの失踪した資料との間に物理的なつながりがあるのかを、引き続き追わなければならない」


 バンソンは、次の段階で取り組むべき決定的な捜査方針を、明確に整理した。


 第一に、カイトの端末について、ハードウェアを含む高度な技術鑑定を実施する。過去と現在の両方の時点で、問題のアカウントを実際に管理していた人物を特定するためだ。


 第二に、藤沢レンが殺害された夜のカイトの実際の行動経路を明らかにするため、独立した裏付けとなる証拠を徹底的に探す。


 第三に、カイト以外にも、TOP REVIEWのメンバーの中で、問題の写真にアクセスし、それを利用してレンを死へと誘い込むメッセージを作り上げる能力と機会を持っていた人物がいないか、追跡する。


 もし最初の二つの捜査方針から、実証的な裏付けとなる手掛かりが何一つ得られなければ、捜査班はカイトを中心とする仮説をいったん捨て、別の疑惑へと調査の焦点を戻さなければならない。


 午後十一時を告げる時計の音が署内に響いた頃、バンソンはホワイトボードに並行して描かれた二本の時間軸の前に、じっと立ち尽くしていた。


 白沢ノアが亡くなった日。


 非公開チャットグループの闇の中で、記録履歴のスクリーンショットが共有されていた。


 藤沢レンが亡くなった日。


 橘カイトとの運命的な対面の後、匿名のメッセージが相次いで送られていた。


 二つの出来事の間には、長い年月が横たわっている。


 それらを結びつけていたのは、学校に巣食う暗い秘密、卑怯さ、恐怖、そして何の感情も持たないはずのデジタルデータだった。


 両方の事件が、同一人物によって引き起こされた可能性はある。


 しかし一方で、過去に残された古い情報を狡猾に利用し、誰かを殺人の道具として操るために、それらをつなぎ合わせた黒幕が、今も闇の中に潜んでいる可能性も否定できなかった。


 その人物は、情報を利用して他者に殺意を抱かせ、あるいは巧妙な罠を仕掛け、藤沢レンを死へと誘い込んだのかもしれない。


 現時点で、彼らが手にしている確かな事実は、ただ一つだった。


 レンが執拗に追い求めていた機密情報は、もはや学校の無機質なサーバーの中だけに留まってはいなかった。かつて、それは確かに生徒たちの手を渡り歩いていたのだ。


 バンソンは白いチョークを手に取った。


 そして、自らホワイトボードの最上部に、緊迫した一日の終わりを締めくくる、最後の問いを書き記した。


 いったい誰が、あの秘密のグループに散らばっていた情報の断片を悪意をもって拾い集め、死の約束へと作り変えたのか。そして、運命の夜、藤沢レンを再び人気のない保管室へと誘い込んだのは、誰だったのか。


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