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箱について  作者: 唐揚げ
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箱 前編

 私の友人は珍妙奇天烈な趣味を持っている。

 それは空き家を探索する事だ。現代日本において、空き家は増加傾向にある。少子高齢化社会における地方都市、過疎地域であったりの戸建てや施設というのは、利便性の面から見て引き取り手がいない。現状居住をしている住人が死亡し、いざ、相続という段階になったとしても、相続がなされなかったりだ。

 そういう社会背景があり、日本国内の空き家は増加傾向だ。

 とはいえ、当然ながら対策というのはとられていて、空き家バンクとして、空き家を販売しているのが見られるが、もともと、相続人が引き取らないような家、過疎地域の家であるので、なかなかに好条件というのは見られない。

 そして、売れ残り、廃墟化していくのであある。


 私はその友人に呼ばれて、市営地下鉄山科駅を降りた。山科という土地は、京都市の東にあり、滋賀県大津市と接する土地だ。京都と大津という二つの街を結ぶ要所でもあり、歴史の話が好きな人間ならば知らぬものはいない。そうでなくても、難読の地名として見たことある人はいるかも知れない。

 JR山科駅と市営地下鉄山科駅を通勤や通学の人が行き交うのを横目に、私は北へと歩き、向かう。

 友人は、山科駅の北側にある小さな古民家に住んでいるのだった。二階建ての木造作りだ。


「久々じゃあないか」


 呼び鈴を押してすぐに友人の相馬大輔がひょっこりと顔を見せた。丸いリムのメガネは度がかなりきついのか、顔の輪郭がぐっと歪ませている。しかしながら、ふっくらとした顔に、その丸メガネは似合っているのだった。

 随分と久しぶりの対面であり、私の顔にも笑みが浮かぶものである。

 私は相馬の前に、土産を差し出し、受け取った彼は、まぁ入れよとばかりに家の奥を指さした。

 元より入るつもりでもあるので家の中に進む。家の中は薄暗く、とても朝方の時間帯とは思えなかった。もしかすると、夕方とかになれば西日が刺し込み、明るくなるのかもしれないが、少なくとも陰気な物である。


「この家も」

「そう、もともと、空き家」


 茶の間に通された私が口を開こうとした途端に、その質問なんて予測可能とばかりに、相馬は言った。


「趣味が高じて空き家に住むとはな」

「不法侵入で廃墟に入るなんて不埒者とは違うんだよ。それに家を持つってのも悪くないよ」

「私は気楽な賃貸がいい」


 机の上に私の土産が並べられ、相馬が湯呑を二つ持ってきた。

 私はその湯呑に手をつけ、一口飲んだ。

 暖かい湯気にのって香りが鼻の中に広がる。


「さりとて、相馬。なんでまた急に呼び出したんだ」

「実を言うと、新しく空き家を手に入れて、少しテンションがあがっているわけだ」

「この家がそれか。しかし、そこまでテンションがあがるものかね。まさか」


 私はじろりと相馬を見る。

 にこにことふっくらとした顔に笑みを浮かべる相馬は、そういう、平凡な自慢をする男ではない。

 その私の意図が通じたのか。

 相馬もまた、にこりと笑みを強めた。


「少し待っていてくれ」


 そう言うと立ちあがり、襖を開けて、茶の間を出て行った。

 しばらく、私は茶の間をぐるりと見て時間を潰す事にした。しかし、見るところはあまりない。何も飾られていない床の間なんて当然であるし、襖に描かれた山水画なんてものは、すっかりと時の流れにより褪せてしまっているのだった。

 そうしているうちに、天井、つまり、二階で何か足音がした。どうやら、二階で相馬は何かをしている様子である。天井をじっと見て、その動きを追っているうちに、足音はしなくなり、襖があいて相馬が現れた。


「待たせたね」


 と、いう相馬の手には黒い桐の箱があった。

 机の上にその箱を置いて、相馬は蓋に手を当てる。

 不思議な感覚が、あった。その箱はこの茶の間に会って当然というような感覚だ。もちろん、そう確信するような何かがあるわけではない。当然ながら私の中に霊感というものもない。しかし、それでも、身体というか直感的に、この箱はこの茶の間にあるのが相応しいという感覚があった。

 が、それは同時に、この箱はおかしいという感覚を体に与えている事の証左でもあった。


「その箱が何なんだ」

「この家を買った時、茶の間に置いてあったんだ」


 ぴくり、と眉が勝手に動くのを感じた。

 

「前の住民の持ち物だろう? 前に聞いたことがある、残留物というとかなんとか」

「そう。正解。よく空き家では、そういう残留物がある。もっとも、その残留物とは言うけど、ゴミがほとんどで、なんとか処理に困るのが多いんだけどもね」

「じゃあ、この家もそうだったのか」

「いや、綺麗さっぱりに片付けられていたよ」


 ただ、と、相馬は言葉を切り、丸メガネの向こうにある目をじろりと動かし、箱を見た。


「この箱だけあった」


 そう言った時、電車が走る音が窓の外から聞えて来た。

 電車の音が終わると深く息を吐き出す。


「相馬、問題は箱があったことじゃあないだろ」

「さすが俺の友だ」


 そうである。

 箱。そのものがどう重要かではない。


「箱の中には何があったんだ」


 私の問いかけに相馬は何も言葉を返さずに、箱をずいと私に向けて動かした。

 それは何よりも雄弁な意思表示である。

 私は、机の上にある箱へと手を伸ばした。


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