箱 後編
机の上に置かれた桐の箱に手を添え、私は相馬の目の前で蓋へと指をかけた。
蓋をかっと片手で開けようとするが、かっちりと嚙み合った蓋はそう簡単に開かず、もう一方の手で箱の方を抑えなければならなかった。ぬるっとした動きで、蓋が外れ、中が露になる。
白い壺。
それが見えたとき、蓋をこれ以上、開けてはならないという直感があった。
だが、逡巡の後に私は蓋を開けた。
「これって」
私は、蓋を桐の箱の隣に置きながら呟く。
箱の中には白い壺が確かに納められていた。つるりとした円筒形の壺である。細かい意匠などもなく、質素でかつ素朴な壺だ。それをゆっくり丁寧に箱から取り出す。手のひらから伝わってくる冷たさは、陶器製であることを如実に物語っていた。
だが、それと同時に一つの答えが頭によぎる。
「骨壺、だよな」
「そうだろうね」
相馬はあっさりと答えたが、背筋に冷たい物をつたわせた。そういう相馬の顔もまた、引きつっている。微笑みのような笑みを携えてはいるものの、それは、無理矢理に顔に貼り付けているのとそう違いはない。
「この中は?」
「見てない。だから」
「呼んだわけか」
相馬はゆっくりと頷く。なんという男だろうか。しかし、間違いない人選でもある。私という男は、今、どこか不安に近い物を胸に抱きながらも、なお、この壺の中身に何が納められているのか。気になっているのである。
人骨であったとしたらば、何故、前の住民は他の荷物と共に持ち出さなかったのか。
この壺を、箱を残したのはなぜか。
そっと、壺の上部へと指を添わす。ひんやりとした感触が伝わり、ずるりと上部が動いた。
私が持ち上げた上部を相馬が受け取り、二人して、壺の中身へと覗き込んだ。
「骨?」
壺の中身には、白い粉が少しだけ残っている程度であった。とても骨という印象はない。
「いや、これ、やばくないか?」
私は、その壺の中身で別のモノが気付いた。
壺の内側にびっしりとお札が貼られているのだ。火の用心と読み取れるものもあれば、天照大御神と書かれていそうなもの、はたまた、何か別のものもある。壺の内側に貼られているのだ。それをみて、相馬がはっと箱の方へと手を伸ばした。
そして、乾いた笑いを口から漏らし、箱の内側をこちらへと向けた。
箱の中には、同じくお札がびしりと貼られていたのだ。いや、お札だけではなく、仏教の経典とも思われるもの、であったり、聖書のページであったり、そのような物が切り取られ、丁寧に箱の中をびっしりと埋め尽くしているのだ。
ぱっと見たとき、気が付かなかったのは、その貼られた物が少しばかり黒く退色していたからだ。
「なんだよ、これ」
天井がみしっと音を立てた。
まるで、二階の部屋を誰かが歩いているかのように、みしぃっと。
みしっ……みっしぃ……みしぃっ……。
相馬と私が、天井を見上げてから、二人して顔を見合わせる。
「二階には誰が?」
「まさか。僕が誰かを家に呼ぶとでも?」
壺の蓋を閉じ、さらに箱に納めるまで素早かった。私は箱の蓋を閉じ、ぐっと押し込んだ。
この時、この箱がどうしてこの家に残されていたのか予感が頭に浮かんだ。
わざと、置いていった。
この箱をお札や何やらでがっちりと固めて、封じた。それでも、この壺を、箱を、これを、手元に置いておきたいという気持ちにはならず、かと言って、処分することも出来ずに、わざと置いていったのだ。
どん、どっ
二階の足音が大きくなった。
「この箱、どうするんだ」
気にする様子を無理矢理に抑え込みながら、私は相馬に聞いた。
相馬もまた無理して気にしていないようである。
「さぁてね。どうするか」
相馬は机の上の箱を見ながら腕を組み、息を吐き出す。
もはや、呪物としか見えないその箱は、どう処遇するかが問題である。
「どのみち、前の持ち主と同じようにするしかないんだろう」
結局のところ、相馬はその箱を床の間へと安置した。
もともと、この茶の間に置かれていたその箱は、自然と、その床の間に収まった。
私は相馬の家を後にすることにした。あの箱を目にして、これ以上、ここに留まる理由はない。相馬は何も言わなかった。ただ、茶の間の閉じた襖に視線を向けたままに黙っていた。
あの箱は、まだ、あの茶の間にあるのだろうか。
そうであってほしい。
そう、思うのだ。だが、同時に思うのだ。
私の見間違えでなければ、玄関からの帰り際。
あの茶の間の襖が、少しだけ開いていたような気がするのだ。




