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一章-6

 書庫が近付き、ヴォルフラムの歩みが遅くなる。

「この辺りか?」

『そういえば、誰が倒れている姫様を見つけたのでしょう?』

「ここに来ると言えば、文官か司書だけ。それか、見回りの兵士だろう」

 ふと、ヴォルフラムは動きを止めると顔を上げた。

『?』

 その視線の先を追えば、廊下を進んでくる長身の人影が見えた。

「ヴォルフ?」

「久しぶりだな、ユリウス」

「お前が視察先から急ぎで帰って来たって話は本当だったんだな!」

 驚きの表情を浮かべたのは、騎士団の花形、近衛騎士隊の象徴でもある白い詰襟服に身を包んだ美丈夫だった。

 その顔にはオティーリエも見覚えがあった。北方出身であり、オティーリエの一番上の兄の親友だ。淡い金色の髪に晴れ渡った空を思わせる水色の瞳、まるで物語の中から抜け出した王子様のような容姿の青年、名をユリウス・イェルク・ベルツ。

 人好きのしそうな笑みを浮かべた青年にヴォルフラムは困ったような笑みを返した。

「俺は大丈夫だが……」

「ああ、王太子妃が大変らしいな。噂にしか聞かないが、そんなに容体が芳しくないのか?」

「俺も、あまり詳しくは知らない。どうやら、父上やヴァイザーの間で今回の件を解決するみたいだ」

「……お前も、大変だな。顔色は、悪くないが。しっかり飯は食べてるか?」

「そこまで心配しなくても大丈夫だ」

「そうか?」

 まるで母親のように構ってくるユリウスにヴォルフラムはムッとした表情を浮かべた。ふと、ユリウスはヴォルフラムの肩口に止まるオティーリエに目を向け、動きを止める。

「ユリウス?」

「この小鳥は、王太子妃のか?」

「ああ、そうだ。知っているのか?」

『この方は姫君の兄上の友人です。それと、私を姫様に贈ったのは彼です』

 一瞥をくれるヴォルフラムを見上げ、オティーリエは静かに同意した。

「そういえば、ユリウスの出身は北方だったな。姫と面識があるのか?」

「ああ」

 ユリウスは頷くと、どこか遠くに思いをはせるように目を細めた。

「南国に遠征に行ったことがあるだろう? その時、巣から落ちていたこの小鳥を持ち帰ったんだ。動物の世話なら右に出る者はいないと評判だった王太子妃殿下がちょうど誕生日で、俺では世話なんて出来ないから贈ったんだ」

 まさか、そんな理由で贈られたとは思いもしなかった。確かに動物の世話は好きだったが、右に出る者はいないなど、恐らく兄達が話を誇張したのだろう。

「姫以外には懐かないと聞いていたが、お前には懐いているみたいだな」

「そう、だろうか?」

「ああ。俺にも懐いてくれていれば、育てたんだが……上手く行かなくてな」

 ユリウスはどこか切なそうな表情を浮かべる。

「そういえば、ヴォルフはどうしてここにいるんだ?」

「俺は、姫に何があったのか自分なりに調べてみようと思って、な」

「そうだったのか。あんまり、無理はするなよ」

「ユリウスは心配性だな」

「ヴォルフ殿下は弟みたいな存在ですから」

 そう言ってユリウスは晴れやかな笑みを浮かべると、優雅に一礼して見せた。

「からかうのはやめてくれ」

「はいはい。ああ、そうだ。ヴィルが会いに来いと伝えてくれと言っていた。近々顔を出すといい」

「ヴィルフリートが?」

 嫌そうに顔を歪めるヴォルフラムにユリウスは小さく笑みを浮かべると軽く手を振り去って行った。

『お知り合いなのですね』

「あ、ああ……俺が騎士見習いとして配属されたのは北方騎士団だったんだ。そこで、面倒を見てくれたのがユリウスなんだ」

『左様でございましたか。姫様の兄上ともお知り合いのようですが、やはりユリウス様つながりでお会いになられたのですか?』

「は?」

『?』

 オティーリエの言葉にヴォルフラムはわけがわからないと言った表情を浮かべる。

「姫の、兄?」

『ヴィルとは、ヴィルフリート・マルク・ファインハルス伯爵の事ですよね?』

「あ、ああ、そうだが。オティーリエ姫の兄上はノルト伯爵だろう?」

 確かに兄として知られているのは次期侯爵であり、現北方騎士団長を務めるノルト伯爵の方だろう。

『それは、もう一人の兄君です。姫様の兄君達は双子でいらっしゃいます』

「!?」

 初めて聞くことだったらしい。ヴォルフラムの目が驚きでこぼれ落ちそうなほど見開かれる。

『ヴィルフリート様は、十六歳の時にファインハルス伯爵家に婿入りいたしましたから、その後に出会われたのですね』

 一番上の兄が婿に行った時、オティーリエは十歳だった。ヴォルフラムが騎士見習いになったのは十二歳の時だから、知らないのも仕方がない。公に出る事を嫌う人達でもあるため、尚更双子と知る者は少ないだろう。

「本当に、ヴィルが姫の?」

『はい。疑うのでしたら、本人にお聞きになればよろしいかと』

 ヴォルフラムは驚きで固まっていたが、何かを思い出したのか手に口を当てると視線をさまよわせた。

『どうなさいました?』

「いや、ヴィルに言われたことを思い出したんだ」

『?』

「お前が一人前になった祝いに妹を嫁にやる、と言われた」

 どこか困ったように言うヴォルフラムにオティーリエは思わず納得してしまった。なぜ、自分に結婚の話が来たのか、なぜ誰も反対しなかったのか。

 恐らく、兄達だけでなく父も関わっているのかもしれない。何故、国王陛下も異議を唱えなかったのかは分からないが。

『そのような所で、結婚が決まっていたのですね』

「……俺は、了承はしていないがな」

 ボソリ、とヴォルフラムはそう言うと、歩き出した。その言葉に、少しだけ胸に痛みを感じたことをオティーリエは忘れることにした。

 悲しみを抱く方が間違っている。今の自分は、オティーリエではなく瑠璃なのだから。


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