終章-2
ヴォルフラムは手の中の花束を見下ろし、溜息を吐きそうになるのを何とか堪えた。事態の収拾に努めている間に時は流れ、あの事件から半月も経過してしまっている。
「ヴォルフラム様?」
「……なんでもない」
不安そうな表情を浮かべて自分を見上げてくるラルスに、ヴォルフラムは小さく首を横に振った。
「ただ、少し緊張しているだけだ」
「ヴォルフラム様でも緊張されるんですか?」
意外そうな表情を浮かべるラルスにヴォルフラムは肩を竦めて見せる。
「俺だって人間なんだ、緊張して当たり前だろう?」
呟きながら肩に手をやり、ヴォルフラムは指先に触れる温もりが無いことにハッと我に返ると静かに手を下ろした。
「行こう。妃を待たせるわけにはいかない」
ヴォルフラムは大きく息を吸い、飴色の扉に手を伸ばした。
出迎えてくれた侍女はヴォルフラムの顔を見ると深々と頭を垂れ、私室の奥へと行くよう促してくる。どうやら姫は病み上がりだというのに露台にいるらしい。
「ラルス、ここで待っていてくれ」
「え」
「相手をしてやってくれ」
「ちょ、ヴォルフラム様!?」
年若い侍女は小さく目を見開いたが、すぐに了解したと頭を垂れた。ヴォルフラムの後を追おうとしたラルスの肩を、控えていた侍女たちが抑える。
その表情は怖いほど輝いた笑みだ。
(すまない、ラルス)
胸の中で小さく謝罪をし、ヴォルフラムは露台へと踏み入れた。
ヴォルフラムを迎えるように、椅子に腰かけていた少女がゆっくりと顔を上げる。
瑠璃色の瞳と目が合いヴォルフラムはドキリと胸が高鳴るのを感じた。
思い返せば、彼女とまともに顔を合わせるのは初めてだと気付く。何故かとても懐かしいような、安堵を覚えるのはその瞳があの小鳥を思わせるからかもしれない。
「お久しぶりです」
思わずそう口にしていた。
言ってから挨拶にしては何とも間の抜けた言葉を口にしてしまったことにヴォルフラムは顔が熱くなるのを感じる。
オティーリエも同じことを思ったのか、どこか困ったような笑みを浮かべ小首を傾げて見せた。
「はい。お久しぶりです、殿下」
「た、体調はもうよろしいのですか?」
「いつまでも横になっているわけには、参りませんから。侍医やヴァイザー様からも、寝てばかりでは逆に悪くなると言われました」
そう言って微笑むオティーリエにヴォルフラムは目を細めるとゆっくりと彼女に歩み寄り、手の中の花を差し出した。
「素敵なお花……お心遣い痛み入ります」
花束を両手で受け取り、オティーリエは鼻孔をくすぐる優しい香りに目を細めた。
「とても綺麗」
「今朝、咲いたばかりの薔薇だそうです。姫にそう言っていただけて、庭師も喜びましょう」
「礼を言っていたと伝えてくださいますか?」
「ええ、勿論」
腕の中の薔薇をしばらく眺めていたオティーリエは慌てて顔を上げ、ヴォルフラムに開いている席に座るよう促す。
「申し訳ありません。どうぞ、お掛けになってください」
「ありがとうございます」
スッと近づいてきたイングリットが引いてくれた椅子にヴォルフラムは腰を下ろした。
すぐさま目の前に茶器が置かれ、琥珀色の液体が注がれる。
「イングリット、頂いたお花も活けてもらえる?」
「畏まりました」
お茶を注ぎ終え、イングリットはすぐさま花束を受け取ると室内へと身を翻した。
「私が倒れている間にもお花を下さったそうですね。とても綺麗な鬱金香でした」
「あ、いえ……」
ヴォルフラムは困ったように頬を掻くと口ごもる。
「瑠璃の世話もしてくれたと聞いております。本当に、ありがとうございました」
スッとオティーリエが視線を向けた先をヴォルフラムも追った。視線の先に映るのは小さな白い鳥籠。
止まり木に掴まる瑠璃色の小鳥。生意気な口を聞くことは無く、まるでこの世は春だとでも言うかのように美しい声で囀っている。
「………」
思わず声をかけようとして、慌てて口を閉じた。小鳥が返事をしてくれないことを、ヴォルフラムは何度も確かめている。
今までの事は、夢だったのだろうか。




