四章-8
鈍い音を立てて、刃が砕けた。
ヴォルフラムの渾身の一撃を、細剣では受け止めきれなかったのだ。
折れた剣を驚愕の表情で見つめていたユリウスに、切り返された白刃が迫る。
切っ先がユリウスの右目を裂いた。
「っ」
自分を捕らえようと腕を伸ばすヴォルフラムを牽制するようにユリウスは刃が折れた剣を振った。
「投降しろ、ユリウスっ」
「ははっ。お前は優しいな……優しすぎて、反吐が出る」
滴る血に顔の半分を濡らしながら、ユリウスは舌打ちする。怒りで歪んだその顔は今まで飄々とした態度を浮かべていたユリウスとは思えない表情だった。今まで浮かべていた余裕がすべて消えユリウスの本性が現れる。
「お前は知ろうともしなかったな。俺が何を思って騎士を目指すのか……知った所で、お前には絶対分からないことだろうけどな」
「どういうことだ?」
「地を這いずり回ってしか生きる事が出来ない俺みたいなやつが、天上の住人を欲したらどうすればいいと思う?」
欲しかった。届かないのだと分かっていたのに、諦められなかった。
ただ、手に入れるために上を見上げてきた。
なのに。
ユリウスの目がオティーリエを捕らえた。こちらを真剣な表情で見つめている。しかし、自分を見ていない。
自分を見てくれることなどない。
ヴォルフラムの剣が弾かれる。すかさず衝撃に備えるがそれは杞憂に終わった。
後ろに飛び退ったユリウスは、ゆっくりと窓辺に近づき欄干に背を預ける。
「!?」
「最初から、空に生きるお前には分からないよ」
ゆっくりとユリウスの体が後ろに倒れる。その背後に現れたのは、黒い歪みだった。
「ユリウスっ!?」
ヴォルフラムは手を伸ばすが、空を掴んだだけだった。
ユリウスの身体は闇の中へと掻き消えた。
「――っ」
唇を噛みしめヴォルフラムはやりきれない怒りに握りしめた拳を欄干に叩きつけた。
じんと広がる鈍い痛みと、爪に傷つけられた皮膚が裂け血の流れる不快感がヴォルフラムを襲う。
ふと、温もりが手に触れたことに我に返った。
自分の手を白く今にも折れそうなくらい華奢な手が包み込むように握りしめてくれる。
視線を下げれば、夜空を思わせる瑠璃色の瞳がヴォルフラムを見返した。その瞳を見ていると、不思議と自分の心が落ち着いてくるのが分かった。
「ヴォルフラム様」
名を呼ばれた瞬間、周りの音が耳に入って来た。
いつの間にか近衛騎士達が部屋に雪崩れ込んでいる。イングリットや駆けつけたらしい他の侍女達が手分けしてグレーテルを介抱しているのが視界の隅に映った。
「……グレーテルは?」
「すぐに侍医が来てくださるそうです。ヴォルフラム様、お怪我は?」
オティーリエの視線の先、ヴォルフラムの拳からは血が滴り落ちていた。思わず手を引くが、オティーリエはそれを許さなかった。
血に汚れる事を厭う事もなく、心配そうに自分を見上げてくる。
「……ユリウスを、逃がして……」
「それより、早く手当てを」
促されるまま、ヴォルフラムは欄干から身を放した。
虚しさが心に広がる。
けれど、今手を握りしめてくれる温もりの存在にヴォルフラムは安堵した。




