四章-6
ハッとした表情を浮かべたユリウスは後ろに大きく飛び退り、自分の腕を狙って横凪に振られた短剣を躱した。
すかさず剣を振るが、切っ先は空を切る。
自分とオティーリエを引き離すように間に立った影に、ユリウスは嘲るような笑みを浮かべた。
「へぇ、前王妃の護衛だったという噂は本当だったのか」
「……グレーテル?」
自分を背中に庇う侍女頭。
その手に握られた短剣から、彼女がユリウスに攻撃したのだと分かる。
まさか、彼女が。驚きのあまり、オティーリエは言葉を失った。
「あなた、どうして?」
言葉に詰まるオティーリエを横目で一瞥し、グレーテルは短剣を構え直す。
「噂通り女性が剣を取るとは……さて、何人もの首を狩ってきたというのは本当かな?」
まるで新しい玩具を前にした子供のように顔を輝かせたユリウスは剣を構える。その様子にグレーテルは眉間に皺を寄せた。
「殿下、私が引きつけている間にお逃げください」
「え?」
「私では、あの方を一時的に止めることしかできません。ヴォルフラム様が近くまで来ております、そちらへ早く」
いつもと同じ淡々とした口調は変わらない。
けれど、雰囲気で彼女がひどく焦っていると気付いた。
「あなたを置いてなど……」
ぐっと、自分の服を掴んだオティーリエにグレーテルは静かに目を細めた。
まるで夜空を切り取ったような瑠璃色の瞳が自分を不安気に見つめてくる。安心させるようにグレーテルはゆっくりと口を開いた。
「私の役目は貴女を守る事。貴女に忠誠を誓い、守り尽くすことが私の誉」
この人を守らなければいけない。
ヴォルフラムの妻だからという理由からでは無い。グレーテルはオティーリエを守りたかった。
彼女の故郷から遠く離れたこの王宮で、彼女には幸せになって欲しかった。
前王妃がそうだったように―。
「私に貴女を守らせてください」
そう言ってグレーテルは微笑んだ。
優しい笑みだ。すべてを覚悟した、グレーテルの笑みにオティーリエは言葉を無くした。
「へぇ」
侍女頭の言葉にユリウスは思わず口元に笑みを浮かべた。まさか、自分がそんな風に言われるとは。忘れていた感覚が蘇ってくる。
自分の実力を知らず、簡単に組み伏せると嘲笑った者たちがかつていた。
「俺を止められるって?」
「…………」
グレーテルは応えない。
「ふぅん。まぁ、噂では王妃の護衛は元暗殺者だったらしいが……さて、この状況は不利では?」
ユリウスの言葉は尤もだった。
相手と向かい合い刃を打ち合うのはグレーテルの苦手としている状況だった。闇に潜み、相手が油断している隙を付く。それが彼女の戦い方だった。
しかし、最初に相手に躱された時からもう勝負は終わっている。自分に出来る事は、どんな手を使ってでもオティーリエを逃がすことだけだ。
グレーテルは短剣を握り直し、地面を蹴った。まるで地面を這うように身を低くし、ユリウスへ斬りかかる。
「っ」
顎を掠めて行く切っ先に小さく舌打ちし、ユリウスは一歩下がり相手との間合いを取る。
しかし、グレーテルは下がるどころかさらに踏み込んできた。
相手に余裕を与えない連撃。
隙を見せれば、確実に己の急所を突いてくる攻撃を、ユリウスは受け流し弾き返し、己の有利な立ち位置へと持っていこうと相手を窺う。
「へぇ……!」
ふと、段々オティーリエから自分が離されていることに気付いた。恐らく彼女を逃がすためだろう。
視界の端に捕らえたオティーリエは、躊躇いながらも出入り口へと進んでいる。恐々と自分を見つめてくる彼女にユリウスは小さく微笑み返した。
「失礼」
グレーテルの突き出した短剣を刃で受け止める。弾き返すと同時にユリウスは袖口に仕込んでいた短剣をオティーリエへと投擲した。
「!?」
予想外の攻撃にグレーテルは瞬時に反応し、短剣を打ち払った。
刃がぶつかり合い、甲高い音を立てる。
「しまっ!?」
相手の思惑に気付いた時には遅かった。グレーテルの視界がぐるりと回り、床に叩き付けられた衝撃で息が詰まる。
自分から意識を外したグレーテルの足を、ユリウスは迷わず払ったのだ。




