四章
四章
「まさか、殺すとは思わなかったな……」
男は大きく息を吐く。
「余計なことを言われるわけにはいかないからな」
「おたく、危険な芽はすぐ摘むのかよ。案外臆病なんだな」
「摘み忘れて害になったら、面倒なだけだ」
静まり返った離宮の廊下に男達の声は良く響いた。けれど、二人の声を聞いている者はいない。床に落ちていた兜を男は蹴りあげた。高い金属音を上げながら兜は滑る様に闇の中へと吸い込まれて消える。
「まぁ、俺もあの嬢ちゃんに飽きていた所だし。お前に手を貸してもいいぜ」
「そこまで、失敗を取り返したいのか?」
嘲笑うように言われ、男はムッとした表情を浮かべる。まるで子供が拗ねたような表情に可愛げは無い。
「別に俺は失敗なんてしていない。予想外の事が起きただけだ」
「……聞いた話では呪術は術者を殺せば消えるんだったな? 姫が目を覚まさなかったらお前を殺せばいいのか」
細剣の柄に手が掛けられ、男は引きつった笑みを浮かべた。
「おいおい。物騒なこと言うなよ」
「首と胴体を離されたくなかったら、分かっているだろう?」
「……わーってるよ」
ふと、男は表情を険しくすると、ゆっくりと後退りした。
「人が来る」
そう一言だけ告げ、男は床に倒れていた兵士と共に闇の中へと溶ける様に消えた。
明石に照らされた廊下を進んでいたヴォルフラムは、ふと廊下の反対側から誰か来ることに気づき足を止めた。
一瞬身構えたが、明りに照らし出された姿に軽く目を瞠った。
「ユリウス?」
「ヴォルフ、殿下」
ヴォルフラムの背後に控えるように立つ二人の侍女を一瞥し、ユリウスは恭しく一礼する。
「ヴァイザー殿との話は終わったのですか?」
「ああ。別に今は堅苦しくしなくていい」
ヴォルフラムが小さく頷くと、ユリウスは笑みを深くした。
「お前の部屋だが、侍女頭殿達が清掃してくれている。こんな夜更けまで働いてくれるとは思わなかったよ」
「そうか。礼を言っておく。ユリウスは、何故ここに?」
「ああ、これを届けに来たんだ」
そう言ってユリウスが差し出してきたのは、紙の束だった。それを目にした瞬間、ヴォルフラムはユリウスの手から素早く奪い取った。
「おっと」
『ヴォルフラム様?』
珍しく動揺を見せるヴォルフラムに、オティーリエは思わず声をかけた。しかし、ヴォルフラムは応えず紙の束を力いっぱい握りしめるだけだ。
「おいおい、グシャグシャにすることないだろう?」
「これは、一体どこに?」
『なんです、それは?』
オティーリエはヴォルフラムの肩口に移動し、手元を覗きこむ。どうやら、手紙のようだ。
「ヴォルフ殿下が王太子妃殿下に宛てた手紙。どうやらあの侍女が隠していたらしい。部屋を捜索したら出てきた……それ以前の物は処分されたようだな」
「そうか……」
手紙を見下ろし、ヴォルフラムはどこか照れたような、安堵した表情を浮かべると目元を和ませた。
「まさか、お前が手紙を書くなんて思いもしなかったよ」
「言葉にしなければ、伝わらないものがあるだろう? 面と向かって話せればいいんだが、どうも俺はそう言うのが苦手なんだ」
『確かにそうですわね』
思わずオティーリエがそう皮肉れば、ヴォルフラムは苦笑し指の腹で小鳥の小さな身体を突く。
どこか穏やかな王太子の姿をユリウスは物珍しげに眺めた。ユリウスが知る彼はそんな表情を浮かべた事は無い。いつも剣呑な、戦いに飢えた表情かすべての感情を抑える姿しか目にした事が無かった。
「ふぅん。しかし驚いたな。手紙を書いたり、薔薇の花を贈ったり、お前が女性と交流を持とうとするなんて本当意外だよ」
そう言ってユリウスは微笑んだ。空を思わせるその瞳は、笑ってはいなかった。一瞬だけピリピリとした殺気にも似た気配を放ったユリウスにヴォルフラムは眉間に皺を寄せた。




