三章
三章
オティーリエは滑らかな絹のシーツが敷かれた寝台の上を、落ち着かない様子で飛び跳ねながら行ったり来たりを繰り返す。一心に手紙を読みふけているヴォルフラムは、ちょこちょこと動きまわっているオティーリエの事を気にしていないようだ。それが何とも悔しい。
(まさか、私の手紙が読まれるなんて……)
ヴォルフラムに読んで貰いたいと思ってはいたが、まさか目の前で読まれることになるとは思いもしなかった。どう思われるか分からない恐怖と彼の手を止めてはいけないという気持ちが鬩ぎ合い落ち着かない。
「何、踊っているんだ?」
『!?』
ヴォルフラムの手に体を掴まれる。力は入っていないが、突然のことにオティーリエは思わず身を固くした。ピクリとも動かないオティーリエにヴォルフラムは驚いたらしく、すぐに体をシーツの上に下ろしてくれる。
「すまない、驚かせたか?」
『い、いえ……手紙を、読み終えたのですか?』
「ああ」
便箋を丁寧に封筒にしまい、箱の中に収めるとヴォルフラムは目を細めた。
『いいことがありましたか?』
何と聞けばいいのか分からず、そう問えばヴォルフラムは不思議そうにオティーリエを見つめた後、小さく頷いた。
「いいこと、か。そうだな……姫と、話がしたいとさらに思うようになったな」
『――それは、良かったです』
指の腹で頭を撫でられる。ふと、その動きが止まったかと思えば、ヴォルフラムは渋い表情を浮かべた。
『どうされました?』
「……いや、俺の手紙がもし姫に読まれることになると考えると、な」
『はぁ……』
「姫に、呆れられないだろうか?」
『呆れられるような内容の手紙を書いたのですか?』
思い当たる節があるらしい。
「一応、従者からこう言った内容の手紙はご婦人達が喜ぶと言われたことを参考に書いていたんだが、姫の手紙を見ていると俺のは味気ないなと思って」
『ちなみに聞きますが、どんな内容のお手紙を?』
「天気と砦の情勢、後は山の中で見つけた花や動物の話を少し」
『…………』
どこがご婦人の喜ぶ内容なのか、問いただしたい。
『からかわれているのではないですか?』
「何?」
『まぁ、あなたらしくてよろしいのでは?』
オティーリエは飛び立つ。反射的にヴォルフラムが差し出した指に瑠璃色の小鳥は止まった。
『手紙というものはただの文字の羅列です、誰だって理想の自分を演じられる。ですから、あなたが書いたことはきっとあなたらしさが出ていて良いと私は思いますわ』
「……そういうものか?」
『ええ、ええ、そういうものです。もしかしたら、姫様の手紙に書かれていることも嘘かもしれませんよ?』
からかうように言えばヴォルフラムはムッとした表情を浮かべ、オティーリエの頭を優しく小突いて来た。
「意地が悪いな。お前の主人はそんなことをする人物なのか?」
『さぁ、どうでしょう?』
はぐらかせばヴォルフラムは呆れたように溜息を吐き、枕に背中を預けた。
「早く、探さないとな……」
『ヴォルフラム様の手紙ですか?』
「いや。姫を目覚めさせる方法と、こんなことをした人物を探さなければ」
『それは、ヴァイザーに任せるのでは?』
「ヴァイザーに任せるよりも、俺が行動した方が犯人は食いつくだろう」
『しかし……』
「俺を恨んでのことか、姫を恨んでのことか分からないが……どっちにしろ俺に動かれると困るだろう?」
『そうかもしれませんが、上手くいくでしょうか?』
「やるしかない」
そう言ったヴォルフラムの目は、決意に燃えていた。
『では、明日からですね。今日は色々ありましたし、私も疲れました』
「シャルロッテに追われて大変だったな」
『もっと労ってください。小鳥の身で、私頑張りましたのよ?』
「御苦労だったな」
呆れたような表情を浮かべたヴォルフラムはそっと寝台から立つと、オティーリエを籠の中に入れてくれる。
「そろそろ寝よう、明日も早い」
『はい。おやすみなさい』
「ああ、おやすみ」
ふと、意識が浮上した。
見下ろすのは、月明かりに青白く照らされた自分の姿。
『これは……夢?』
何故、自分を見下ろしているのだろう。辺りを見回そうとしても、体は動かない。耳をすますと、微かに音が聞こえる。人の話し声のようだが、誰の声かは分からない。
『誰? ヴァイザー?』
ふと、影が紗幕に映った。黒い影はゆらゆらと揺らめき、ゆっくりと何かを頭上へ抱え上げているのが見える。
『何をするの?』
影が動いた。
陶器が割れる大きな音が響き渡り、オティーリエは思わず身を震わせた。
声がする、甲高い笑い声が。
『誰?』
問う声は闇に溶けた。




