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十年前、俺を「わいせつ教師」にした教え子と結婚した。初夜、彼女の一族28人が死んだ  作者: 空の異変


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第七話 面会時間

判決までに、季節が何度か変わった。


起訴から一年半。公判は、死んだ人の数だけ日程を食った。


情状として、兄のことも、去年の病院のことも法廷に出ている。


出したのは弁護人で、彼女は最後まで、それを言い訳にしなかった。


理由を先に読むか、主文を先に読むか。読み方で、だいたい分かる。


その日は、理由が長かった。


「被告人を死刑に処する」


彼女は動かなかった。


裁判長がもう一度確認したとき、はい、と答えた。声の高さは、録画のときと変わらない。


弁護人が控訴した。


俺は記者の前で、続けてほしいと言った。


「本人が決めることです。ただ、続けてほしい」


カメラの前でそう言えば、記事になる。記事になれば、彼女も読む。


彼女は読んで、二週間後に取り下げた。


取り下げの書面は、彼女の字で書かれている。


新聞は、その字のことまでは書かなかった。


俺の裁判は、その前に終わっている。


放火予備と、妻への傷害。執行猶予がついた。


前の刑の執行が終わってから、五年以上が経っている。


法廷を出るとき、弁護人が言った。


「運がよかった、とは言いません」


「言わなくていい」


    *


確定した年の暮れに、彼女は遺言をつくった。


自分の持ち分を、全部、夫に。


写しは弁護人から郵送で来た。封筒の宛名は、彼女が書いている。


字は、高校のころより大きくなっていた。


会社には彼女のものではない部分もある。賠償と清算が先に来る。


残るかどうかは、残ってみないと分からない。


俺は、残った場合の受け取り分を全部寄付すると公表した。


行き先は、犯罪被害者の支援をしている団体にした。


会見は15分で終わる。


質問は三つ出て、三つとも彼女のことだった。


まだ生きている人間の財産について話しているあいだ、俺は机の下で、名刺入れの角を親指で押していた。


押した形は、紙のようには残らない。


会見場を出ると、廊下にカメラが並んでいた。俺は同じ角度で撮られながら、同じ歩幅で歩いた。


    *


事件からの記事を、日付の順に並べて読んだ。


画面を下へ送ると、俺の顔が何度も出てくる。角度が全部違う。


十年前の記事も、まだ残っていた。学校の名前が入ったままのものが、いくつかある。


消してくれと言えば消えるものもあるらしい。俺は頼まなかった。


投稿も、その順に出てきた。


最初のころのもの。


【あんなに若くて優秀な人が、どうしてあんな男と】


【親が反対する相手って、やっぱり反対される理由があるんだよ】


俺の供述が公判に出たあと。


【七年、子どもを飼ってたってことだろ。死刑でも足りない】


【教師だったっていうのが、いちばんきつい】


判決のあと。


【この人、最初から奥さんを庇ってただけだった】


【ストックホルム症候群って、こっちの旦那のほうじゃないの】


【何も知らない他人が、よく二回も評価を変えられるな】


半年後に、本が出た。


書店の平台で、帯だけ読んだ。


【28人の夜、彼は妻を庇い続けた】


買わなかった。


平台には、同じ本が四冊積んである。一冊だけ、角が少し潰れていた。


レジの列を通るとき、俺の顔を見た店員が、目を伝票に戻した。


見知らぬ人間から金が振り込まれることがある。


十年前もそうだった。あのときは、彼女の母親のほうに振り込まれていた。


振り込まれた分は、全部、同じ口座に移して置いてある。


    *


楢峰拘置所の面会は、一日に受け付ける数が決まっている。


待合の椅子は背もたれが浅い。番号を呼ばれるまで、30分あった。


俺のほかに二人いた。誰も目を合わせない。


自動販売機が、一定の間隔でうなる。うなって、止まって、またうなる。


受付で身分証を出す。窓口の人がコピーを取って、返してくる。


続柄を聞かれたのは、最初の一回だけだ。


アクリル板には、細い擦り傷が何本か入っている。


拭くたびについた傷だ。斜めに走っていて、光の角度で見えたり見えなくなったりする。


通話口は、板の下のほうに小さく開いていた。


職員が横の机に座って、こちらを見ずにノートを開く。


扉が開いて、彼女が入ってきた。


顔は少し痩せた。椅子を引く音が、昔より丁寧になっている。


「冬馬さん」


「ああ」


「ごはん、食べてますか」


「食べてる」


「作ってますか。買ってるでしょう」


「買ってる」


「体、どこか悪いところは」


「ない」


「嘘です」


「そっちが言うか」


彼女は板の向こうで、少し笑った。


正解を当てた顔だ。高校のとき、途中式が合っていたときの顔と同じだった。


「前に言ったこと、考えてくれましたか」


「どれだ」


「引っ越すこと。ここの近くにいる理由、もうないでしょう」


「考えてない」


「考えてください」


彼女は膝の上で指を組み直した。


「本、読みましたか」


「帯だけな」


「あれ、私のことを書きすぎてます。冬馬さんのことは、ほとんど書いてない」


「そういうものだ」


「よくないです」


「手紙は届いてる」


「返事、書かなくていいですよ」


「書いてない」


「知ってます」


面会の時間は決まっている。


壁の表示に、残りの分数が出ていた。彼女はそれを見ないで話す。


見ないでも分かるくらい、この部屋に慣れている。


「寄付の話、聞きました」


「ああ」


「あれ、やめてください。冬馬さんが受け取ってください」


「受け取らない」


「私、冬馬さんに家を返したかったんです。お金でも、返らないのは分かってます」


「分かってるなら、いい」


擦り傷の一本が、彼女の肩のあたりを横切って見えた。


俺が首を少し動かすと、その線は消えた。


「亡くなった奥さんと、娘さんのお墓に、私、行けないままです」


彼女はそこで一度、言葉を置いた。


置いてから、別のことを言った。


「再婚してください」


「……」


「子どものいる人でもいいです。冬馬さん、子どもに教えるの、上手だから」


俺は答えなかった。


板の向こうで、彼女の唇が動きかけて、止まった。


彼女は答えを待たないで、次に進んだ。


待たないのは、答えが返らないと知っているからだ。


「面会、今日で最後にしませんか」


「なぜ」


「冬馬さんが帰ったあと、次はいつかなって考えるんです。考える時間が、もったいない」


最後にするかどうかは俺が決める、と言いかけて、やめた。


決めてあることを、口に出す必要はない。


彼女は板に少し近づいた。


膝の上で重ねていた手を、下ろした。


「ひとつだけ、聞いていいですか」


「言え」


「冬馬さん、私のこと、一度でも好きだった?」


職員のペンが、ノートの上で止まった。


止まったのが分かるくらいには、この部屋は音が少ない。


残り時間の表示が、一つ減った。


職員が壁の表示を見て、こちらを見て、またノートに目を落とす。


終わりの合図は、まだ出さない。


俺は椅子を前に引いた。


通話口に口を寄せる。板には触れない。


触れると、職員に言われる。


声を落とした。


「1秒もない。鈴音は、俺が人生で書いた、いちばん綺麗なコード」


板の向こうで、瞬きが二回続く。


「……愛されていると思っていたのは、私だけだったんですね」


職員が立ち上がった。


「時間です」


彼女は腰を上げかけて、そのまま座り込んだ。


膝が机の脚に当たった。


通話口へ体を倒す。


「冬馬さ」


そこで切れた。


息を吸う音だけが来る。口は動くのに、音にならない。


三度、そうなった。


職員がノートを閉じ、彼女の側へ回る。


彼女が立つ。立ってから、もう一度通話口を見た。


音にはならなかった。


    *


外は晴れていた。


門を出たところで光が入ってきて、まぶたが勝手に一度閉じる。


俺は立ち止まった。


手に持ったままだった身分証を、財布に戻した。


    *


妻と娘の墓に着いたのは、昼前だ。


手桶と柄杓を借りて、水を汲む。


花は一束だけ挿した。二つには分けない。


水鉢の落ち葉をさらい、水を入れ替える。


石に水をかける。二杯目で、乾いた面がなくなった。


三杯目は、かける場所がもうない。


しばらく、しゃがんでいた。


手桶の水を空け、柄杓を伏せて入れて、水場の棚に戻した。


(了)

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