第16話 KYどもが夢の中
車が発進してから、しばらくすると次第に意識が戻ってきた。まだ痺れが残る体には少々気の毒だが、腹筋に全力を注ぐつもりで声を荒げる。
「おい、ここから出せよ。クソ野郎!」
あわよくば、通行人にSOSが届くかもしれないと喚いてみるが、爆音を撒き散らすマフラーと車内のステレオから洩れる重低音に、オレの声は無残にもかき消されてしまう。
「諦めてたまるか」
今度はトランク内を手あたりしだい拳で殴ってみる。しかし、トランクが壊れるよりも先にオレの手の方がダメになってしまうと悟り、あっさり諦めた。痛む拳を抑え込み、オレは悲鳴を上げる。
「上野のやつ、ゼッテー許さねえ!」
果たして連中はオレを拉致してどこへ連れて行こうというのだろう。今までイジメたせめてものお詫びにと上野の奢りでスイーツバイキングに連れて行ってくれるわけではあるまい。
上野が反省するなんて露ほども期待していなかったが、先日、斑金髪から助けてやったことを爪の垢程度でもいいから恩義に感じてくれてもよかったではないか。早くも恩を仇で返されてしまうとは、なかなか性根の腐ったやつだと拍手を送りたくなる。
恐らくオレは上野がプライドのトップに返り咲くための抗争に巻き込まれたに違いない。こんな面倒なことになるとわかっていたら始めから上野を助けたりしなかった。横になった体で踏めない地団駄を踏むと不安が波のように押し寄せてきた。
「……ったく。真之助のやつ、早く助けに来いよ」
もしかすると真之助はオレの守護霊をやめるつもりなのではないだろうか。触れて欲しくない過去をオレに訊ねられたことでやる気を喪失し、何もかもどうでもよくなってしまったのではないだろうか。
不安が呼び水となり完全マイナス思考に偏ったとき、スマホが鳴った。
不幸中の幸い。どうやら上野はスマホまで奪わなかったようだ。
背後に腕を回しポケットからスマホを取り出すと、画面に友人Aの名前が躍っている。
「おお、心の友よ!」
やるときはやるやつだと思っていたぞ。一目散に初売りの福袋コーナーを目指す主婦たちの勢いでスマホに飛びついたが、「おい、助けてくれ」とオレが口を開くより早く友人Aの不機嫌な声が滑り込んできた。
『真、今どこにいる?』
「いいところに電話くれたな。大変なんだよ、今──」
『なあ。オレ、今どこにいると思う?』
「どこにいるって……今お前のなぞなぞに付き合っている暇はないんだって。実は」
『オレはな、真ん家にいるんだよ』
「は? なんで友人Aがオレん家にいるんだよ。お前はメリーさんかっつうの。取り合えずオレの話を聞けって。今、拉致──」
もがけばもがくほど深みにハマるように、説明しようとすればするほど焦って上手く言葉が繋がらない。
会話が噛み合わないのはオレが平常心を失っているせいかと思ったが、話の主導権を意固地にも譲ろうとしない友人Aが、敢えてオレの言葉を遮っているようだった。しまいに友人Aは、
『真、今後の友情について話がある』
と別れ話を切り出すカップルのような深刻そのものの物言いで、自ターンを保持したまま矢継ぎ早に捲し立てた。
『オレ、せっかくの土曜日だから聖子ちゃんの私服姿を拝もうと思って、アパートに行ったんだけどよ、留守だったんだ。で、妙な胸騒ぎがして、確認のために真の家に行ってみたら、案の定、お前も留守じゃねえか』
「当たり前だよ。オレ、今拉致されているところなんだからな」
『嘘を吐け! オレはわかっているんだぞ、今聖子ちゃんと一緒にいるんだろ! 周りが騒々しいからな、カラオケか、ゲーセンだな。最近、妙に二人でこそこそしてやがると思ったら、やっぱりお前らデキてたんだな。ふざけんなよ、抜け駆けしやがって! 今から浮気現場に乗り込むからな。オレの聖子ちゃんに指一本触れるんじゃねえぞ。逃げずに待ってろよ、男なら勝負だ──』
プツッ──────。
話の途中で電話が切れてしまった。怒りの感情に乗っ取られた友人Aが一方的に通話を切ったわけではなく、オレのスマホ側の問題で充電がなくなってしまったのだ。
再びトランク内に闇が戻ると、腹の底からフツフツと笑いが込み上げてきた。
「なーにが今後の友情について話をしよう、だよ。寝言は寝て言えっての。今オレがどんな目に遭っていると思ってんだよ、あいつ」
スマホの充電切れは唯一の生命線が立たれてしまったことを意味する。若干十七歳にして人生詰んだ、と思った。
「オレ、殺されんのかな」
そもそも真之助が夜な夜なオレのスマホを勝手に弄くりまわしているから充電の減りが異常に早いのだ。次に生きて会えたら、ぶっ飛ばしてやるからなと自分の確認不足を棚に上げる。
「バカじゃねえの! オレの周りはどいつもこいつも空気の読めないやつばっか」
もうこうなったら最悪、上野の靴を舐めて助けてもらおう。うん、そうしよう。
オレはプライドのすべてをかなぐり捨てることに決めた。
貴方の生きたいと願う強い思いが奇跡を起こすんだ──。
いつかの真之助の言葉をお守りのように握りしめ、オレはまだ死ぬわけにはいかないのだと自分自身に言い聞かせた。




