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噛み合う心

 合成魔獣キメラの太い腕が、テラスの床を叩く。宙へと突き出したテラスは揺れ、磨かれた大理石の床が砕け、破片が周囲に飛び散る。


「くそが、さっきから手加減なしにブン回しやがって! 自殺願望があるんなら一人で落ちやがれってんだ!」

「落ちても死なない自信があるのではないか? そこまで考えているとも思えんがな」


 テラスの三分の二は階下の天井にかかっているが、残りの三分の一に立っているところで崩れれば、地面に今度こそ赤い花が咲くことになる。


「ごめん二人とも。お待たせ」

「マジでな。何度か死にかけたぞ」

「思った以上に脱ぎにくくてさ。結局留めてたベルトを切ったよ」


 後方に下がり壊れた甲冑を脱いできたジルカは、多少の傷はあっても原型を保っている二人の甲冑に驚く。油断していたとはいえ、ジルカは合成魔獣の一撃を躱しきれず、甲冑の胸部を破壊されている。


「ダリアスもセルミナも、よくそんな格好で動けるよね」

「学校時代、散々これでシゴかれたからなぁ。造りなんてどこも大して変わんねぇし」

「結局は慣れということだ。囲むぞ!」


 ジルカとセルミナが、合成魔獣へ同時に攻撃を仕掛ける。合成魔獣には後退という思考がないのか、爪と硬い体毛で攻撃を受ける。ダメージは皆無。しかしその隙に、ダリアスが合成魔獣の後ろへと回りこむ。


「うぉらァ!」


 体重をかけたロムナスの剣が、合成魔獣の尾に突き刺さる――が、刺さったのは先端のみ。尾の硬質な皮と筋肉が、それ以上の侵入を拒む。


「かっっってぇ!」


 刺さったのは剣の先のみ。痺れる手に顔を顰めるダリアスの頭上から、背中に生えた蠢く二本の触手が槍のように迫る。気付き剣を抜こうとするが、先端だけだというのに尾の筋肉に締め付けられている。防御には間に合わないとみるや、ダリアスは剣を離し横っ飛びに床に転がり触手を避ける。


「ダリアス!」

「大丈夫だ!」


 体に異常はない。だが、代わりに剣を失った。合成魔獣に刺した剣は、尾を動かした拍子に、枯葉のようにテラスから下へと落ちていった。残されたのは、最初から持っていたナイフが一本。


「後ろに目があるみたいに、後ろのダリアスを正確に狙ったね」

「見えているんだ。首を左右に振り、周囲全体を見ている」


 合成魔獣はザリザリと鱗を震わせ、常に首から上を動かしている。右目が正面なら左目は後ろを、左目が正面なら右目が後ろ。完璧ではないが、人を超えた範囲を見ている。


「蛇って、あんまり目が見えないんじゃなかったっけか?」

「そこは元人間というところなのだろう」

「だったら元ロムナスらしく、バカでいて欲しかったよ」


 二人は、また同時に合成魔獣へと迫る。しかし、今度も爪と体毛に阻まれる。それだけではない。攻撃をすればするほど、合成魔獣の身体に剣が当たらなくなってゆく。


 槍ではなく鞭のようにしなる触手を飛び退きながら避け、振り回される尾を避ける。触手を避けて懐に潜り込もうにも、直後に鋭い爪が襲う。


(隙が少なくなってる。学習してるってのか……!)


 人間ロムナスの意識が残っているかは別としても、事実、合成魔獣に攻撃がまともに当たったのは最初のほうだけ。今はせいぜい、伸ばされる触手を斬る程度。最初は使わなかった触手を、相手に近づかれぬように、相手が近づく道を狭めるように、上手く使っている。触手は斬れるが、斬ったそばから再生し、効果ダメージがあるかもわからない。


「ジャアアアアアァッ!!」


 合成魔獣は身体を回転させ、太い尾が手すりや壁、窓を砕きながら、三人に迫る。当たれば硬い皮膚で骨ごと砕かれるだろう攻撃を、三人はなんとか避ける……が、回転の勢いそのままに振るわれた丸太の様な腕が、バランスを崩したダリアスを襲った。


「ダリアス!」

「……う、ぐぅ……」


 壊れた窓枠ごと部屋のなかまで弾き飛ばされたダリアスは、小さく呻いて動かなくなる。テラスから宙に投げ出されなかっただけマシだが、駆け寄り助けることはできない。


「……やっぱり、城に残ってる兵士の援軍を待つしかないか」

「それまで私たちが持てば、だがな!」


 城の兵士が解放されたという報告はまだない。つまりは、まだ時間がかかる。学習してゆく合成魔獣を相手に、どれだけ時間が稼げるか。


 床に穴を開ける触手の槍を、左右に分かれて避ける。


「はあッ!」


 セルミナが、“今までと同じように”一本の触手に剣を振る。だが触手はその攻撃を読んでいたかのように、斬れることなくたわみ、セルミナの剣に絡みつく。触手はそのままセルミナの腕に絡みつき、セルミナの身体を宙に持ち上げる。


「くっ!? 離せ!!」

「セルミナ! ――ぐあっ!!」


 油断していた。合成魔獣が学習するとわかっていたのに、繰り返し同じことをしてしまった。ジルカはセルミナを助けようと近づくが、合成魔獣は尾を床に叩きつけ、床の破片ごとジルカを吹き飛ばす。


「ガ……ッは、ァ……ッ!」


 辛うじて残っていた手すりに背中を打ち、肺から空気が無理やり搾り出される。痛みと呼吸困難で、視界がぐらぐらと揺れる。


「ギギジジジジジギギ!」


 合成魔獣はセルミナを持ち上げると、まるで嬉しそうに頭を震わせ、舌をセルミナの顔に這わせる。


「離せ! 離さんかッ!!」


 合成魔獣の鼻先を蹴り抵抗するが、セルミナの腕に絡んだ触手は緩まない。逃げられないようにと、ますます締め付ける。


 首を伸ばし、大きく口を開ける合成魔獣。まるでどこから飲み込むのか餞別するかのように、セルミナの身体を舌が這う。


 さらに大きく口を開く合成魔獣の頭が――


「セルミナ様を放せヘビやろーーー!!」


 ――大きく下へと沈んだ。


 イルイラが上空で叫ぶ。下で拾ってきたのか、イルイラは合成魔獣の砕いた壁の破片を、その頭の上に落としていた。単純な質量の衝撃に、合成魔獣の頭がぐらりと揺れる。


「やった! 効いてる!」

「ダメだイルイラ! 逃げろ!」


 喜ぶイルイラに向かって、セルミナが叫ぶ。合成魔獣に持ち上げられ――間近にいたからこそ、合成魔獣の目に怯みがないことが見て取れた。


「えっ? ――ピィ!?」


 合成魔獣は少し頭を振っただけで、上空のイルイラをすぐに睨んむ。イルイラの攻撃は合成魔獣に効いていない。逆に新たな獲物がきたと言わんばかりに、触手が伸びる。イルイラは大慌てで翼をひるがえし右へ左へと逃げるが、合成魔獣の触手は限界なく伸び、イルイラを追い詰めてゆく。そしてとうとう、一本の触手がイルイラの足を捕まえた。


「ぴいやぁぁぁぁぁッ!?」


 暴れるが、セルミナの力でも振りほどけない触手。非力なイルイラではどうしようもない。そのまま、セルミナの隣へと逆さに吊るされる。


「ヤダ! ヤダヤダヤダ! ヘビきらい! ムラサキ! ムラサキッ!!」

「ジルカ! 早く下から兵を!」


 合成魔獣の顎からゴキゴキと音が鳴り、ヘビが頭の何倍もある鳥の卵を飲み込むかのように、大きく口を開く。


「イル、イラ……セルミナ……!」


 合成魔獣の口が、丸呑みにするために、二人に近づいてゆく。


 三界絶刀を杖代わりに立つジルカの目前にあるのは、絶望の入り口。二人を失えば、今度こそジルカは立ち直れない。


「ダメだ……」


 信じると言ってくれた二人。そんな二人を失うことなど、ジルカは認められない。


「――動けよ」


 胸ではなく腹筋を使い無理やり肺に空気を送り込み、ジルカは三界絶刀の柄を強く握る。


『――動くに決まってるだろ』


 ここで動かないことこそ間違い。動くことこそが正解。

 ジルカの心に火が灯る。炎は熱く燃え盛り、身体を動かす。


 恐怖はなく、心の奥底から、約束を守るために――全てが“噛み合う”。

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