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騎士対亜人

 響き渡る剣戟の音。そこかしこから聞こえる怒号と悲鳴。そして舞い上がる血飛沫が、戦闘の激しさを物語っている。そんな戦闘が、東西南北全ての大通りで起きていた。


「これ以上の侵攻を許すな! 怪我をしたものは後衛と代われ! 救護隊の魔術師が治癒魔法ヒーリングをかけてくれる! ……くっ、こう街中での戦闘は、魔術師隊で攻撃するのは難しいか……!」


 セルミナは城門を背後に、前衛の兵に檄を飛ばしながら、己も襲いかかるゴブリンを剣で斬り裂く。南の大通りには皇姫ミリオーラの元近衛騎士団、つまり元セルミナの部下たちが配置されているため、セルミナの元に集まり最前線の右翼を担っていた。


 城から援軍として城詰めの兵士と魔術師が出撃してはいるが、人員を東西南北に割いているため数は、それほど多くはない。魔術師もどこに住民がいるかもわからない状況ではやみくもに攻撃魔法を使えず、使えても小さな魔法。少ない弓兵と一緒に、同程度の攻撃しかできない。


「くっ、やはり外を警戒していたのが裏目に出ているか」


 グラウリース皇国の兵士の多くは、国境警備と国内の巡回をしている騎士団に割り振られている。それでも、首都内部に残った二つの騎士団の総員数は二万はいる。だが、そのほとんどは街壁の外でゴブリンとオークを警戒していたため、残っていない。


 首都内部に残っている騎士団の人員は千五百人。衛兵の数は騎士養成学校の人員も含め二千五百。そこに城からの増援やセルミナ率いる元近衛騎士団を合わせれば、全てで四千と三百程度。


 一方、街のなかに現れたゴブリンとオークの総数は約二千。東西南北の大通りに五百人ずつ別れ、そこからさらに城へ向かう部隊と街門に向かう部隊の二手に別れている。セルミナたちが相手をしているのは、城への侵攻部隊二百五十名。


「数だけでいえば倍なのだが――ふっ!」


 斬り伏せられたゴブリンが、セルミナの足元に崩れ落ちる。


「ぎゃああああああっ! 血、血がっ!? た、助けてくれ!!」


 そして代わりのように、前線の左翼で若い兵士が叫び声を上げ、後方へ下がってゆく。傷付いた兵士の叫びは恐怖を伝播し、周囲の兵士の腰を引かせる。その様子にセルミナは舌打ちをしてしまう。


 南の大通りで防衛をしている兵士は三百人と少し。総数では倍でも、街の警備でバラバラに散っていた兵士全てが、瞬く間に集まれるわけもない。


「そのうえ、手練の兵士は街の外。残った騎士団の人員も、ほとんどが実戦経験の少ない兵士や新兵。それに養成所の騎士見習いか。これでは互角にもなるな」


 まともに戦えている騎士団員は少数。それよりも、街の警備を普段からしている正規衛兵のほうが、まだマシな戦いをしている。主力となるべき役割が、完全に逆転している。


「セルミナ様! 見てきたよ!」


 指揮を執り冷静に戦況を見ていたセルミナの頭上を、イルイラが通り過ぎてゆく。後方の安全地帯に降りたイルイラを見て、セルミナは隣で戦っていたリフィアに指揮を委ねる。


「お任せを――近衛騎士団、一歩前へ! わたくしは団長のように優しくはないぞ! ミリオーラ様の近衛騎士だという自負があるならば、もう一歩も近づかせるな!」

「「オオッ!」」


 リフィアの掛け声に呼応し、元近衛騎士団が崩れかけている左翼をカバーするように広く前線を押し上げる。セルミナは後方へ下がり、イルイラのもとへ。


「街門の様子はどうなっていた?」

「ダメ。外から兵士の人たちも入ってこようとしてたけど、閉められた。他の門も一緒」

「やはり、目的は街門だったか」


 予想は外れていなかった。門が閉められたことで、ロンティルトは陸の孤島と化す。首都だけあり、街門も外壁も頑丈な造りをしている。外から破ることは難しい。


「街の様子はどうだ?」

「そっちも酷いよ。巻き込まれて怪我してる人が沢山いた。他にも自由に暴れて、関係ないところで戦ってるのも」

「わかった。すまないな、危険な役目を押し付けてしまって」

「ぜんぜん! お姉さんのほうは?」

「そちらは大丈夫だ。街の中心部にはオークもゴブリンも現れていない。姉上たちの馬車も、樹林騎士団に守られ無事だ」


 セルミナの視線を追いイルイラが後方の城を見ると、樹林騎士団の深緑色の鎧の集団と馬車が見えた。馬車は水掘にかかる橋を渡っている最中。


「ホントだ。もうお城に入れそう」

「城に入ることができれば橋を上げ、結界の強度を上げる。オークやゴブリンの攻撃でどうにかなるほど、ヤワなものではなくなるぞ」


 城に残った魔術師が全力で結界を張れば、何者も入ることを許さない鉄壁の守護となる。皇帝とその血族は、血を絶やすことを許されない。


「セルミナ様は一緒に入らないの?」

「入らん。私は騎士として戦う」


 それが最後の役目だと、セルミナは静かに気を吐く。


「そっか、がんばって! アタシは金の鶏亭に戻るよ」

「いや、ダメだ」


 翼を大きく広げたイルイラを、セルミナが止める。


「どうして? アイツら、空を飛んでてもなにもしてこなかったよ? セルミナ様がいったとおり、高く飛んでたからだと思うけど」

「そうかもしれんが、なにかがおかしい。イルイラは一旦、後方で待っていてくれ。なにかあれば、すぐに逃げるのだぞ」

「う、うん。わかった」


 イルイラを後方の安全な場所まで下がらせたセルミナは、前線へと戻る。怪我人は増えているが、大きな混乱は起きていない。


「……おや、逃げなかったのですね」

「こんなときに嫌味はやめてくれ。……リフィア、敵の目的はなんだと思う?」

「騒乱ですね」


 間髪いれずリフィアから出た答えに、セルミナも頷く。


「どのような根拠だ」

「敵は、“本気”でミリオーラ様たちを襲っていません。敵は近くまで迫りながらも、剣や棍でしか攻撃してきませんでした。もしわたくしであれば、ある程度の距離でまずは遠距離から攻撃します。馬車には小型の防御結界が張ってありますから、その効果は薄いでしょうが」


 弓でも石礫でも魔法でも、攻撃すればいい。狙いは馬車ではなく、護衛をしている騎士団でもいい。護衛を減らしたほうが、襲いやすくなる。


「あれでは道具を使えるというだけの魔物です」

「確かに、亜人とは思えない戦い方だ」


 知能が低くないということは、リングスの馬車を襲っていたゴブリンで身に染みている。だというのに、バカ正直に突っ込んでくるばかり。


「ですから”騒乱“です。皇姫を襲うのではなく、街を騒がせ乱すための」

「それも自滅覚悟のな。時間はかかるが、数で劣るゴブリンとオークは駆逐できる。そうなれば、門を開け騎士団を戻せる。……一体、なにがしたかったのか」

「それは――団長、前を!」


 敵の部隊に動きがあった。前衛のゴブリンが一斉に左右に散り、後方に隠れていた外套を被ったゴブリン五十人ほどが、交互に横に列を作り通路に広がっている。手には外套の中に隠していたのか、弩弓が握られていた。


「ッ! 総員防御!」


 なぜという疑問が浮かぶ前に、声が出ていた。とっさに構えた小盾スモールシールドに矢が当たる。元近衛騎士団の兵士はほぼ無傷で済んだ。だが、突如ゴブリンがおこなった弩弓の攻撃に、左翼から中央にかけ大きな被害が出てしまう。


「第二射、きます!」


 第二射、第三射と次々に放たれる矢に兵士は倒れ、陣形が乱れる。被害が一番大きいのは、大通りに広がっている陣の中央。後衛で攻撃に参加していた魔術師と弓兵にまで被害は及び、救護隊まで続く隙間ができる。


「あれでは救護隊にまで被害が! あそこにはイルイラも!」


 セルミナは盾を構え中央に向かって走り出すが、到底間に合わない。そしてゴブリンによる第四射目が放たれる――その直前。


「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 度弓を構えるゴブリンの後方から、雄叫びが上がった。一人の男が十人ほどの衛兵を引き連れ、弩弓を構えた中央のゴブリンに迫る。後方からの襲撃にゴブリンは後ろを振り向き弩弓を構えなおすが、


「遅いっ!」


 それよりも速く、男はゴブリンに迫る。男は手にした刀を抜き放ち、一刀のもとに振り向いた三人のゴブリンを斬り伏せる。それで男は止まらない。斬り崩した中央を足がかりに、近くにいる敵を次々に斬り倒してゆく。


 刀を振る、赤い総面を着けた男。その姿に、セルミナの胸の奥が震えた。


「ゲンシン……!」


 騎士になると約束し、騎士になれないと言った少年がそこにいた。

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