失格騎士のなれの果て 1
この話を書きたくて作った感がある。
騎士選抜試合の受付終了日当日。ジルカの姿は、住宅地にある公園のなかにあった。
「まてまて~~!」
「きゃははははははははははっ!」
ベンチに座りながら、走り回るイルイラとリリを眺める。イルイラはヒマがあれば公園に赴き、リリや子供たちと遊んでいる。今日はリリだけだが、数日で大勢の子供と友達になったのだと、イルイラは金の鶏亭で楽しげに話していた。
「子供は気楽そうでいいな……」
俺も大人とは言えないけど、とジルカは一人呟きながら、空を見上げる。曇りの空は昼過ぎの太陽を覆い隠し、いつもより肌寒い。一雨くるかもしれない。
「そうなる前に、セルミナが帰ってくればいいんだけど」
午前中、ジルカは騎士団の宿舎にいっていた。協力してくれるというセルミナの言葉に甘えるため。そして、自分のことを話すために。
黙ったまま協力してくれとは頼めない。もし黙ったまま騎士になれても、堂々とセラに会いにゆくことなどできない。だから、全て話してからセルミナに協力するか判断してもらおうと思っていた。
「なのに、夕方まで帰らないとか……」
宿舎の受付からは、街の衛兵の手伝いで出てしまったと聞かされている。順路など教えてくれるわけもなく、広いロンティルトの街を探して歩き回るのも非効率。受け付けは今日の夜までやっているため、公園に遊びにゆくという配達終わりのイルイラと、こうしてヒマ潰しをしている。
「頼み、聞いてくれるかな」
全てはセルミナがジルカを許せばだが、協力してもらうことは決まっていた。三界絶刀が魔具だという疑いを晴らす。これに尽きる。魔術師の中には魔具を鑑定できる者もいる。元皇姫のセルミナに鑑定人を紹介してもらい魔具ではないと証明できれば、変なケチをつける者も少ないだろう。
出場するための資金も、ダリアスに無理を言い借りている。もとから仕事など入っていないが、式典が終わるまで休みももらった。あとは、セルミナが宿舎に帰ってくるのを待つだけ。非難されることは覚悟している。それでも、セルミナならば話を聞いてくれるだろうと信じて。
「ほらムラサキ! 捕まえてきた!」
「つかまっちゃった~~!」
公園には相変わらず飲み物の屋台が一つ。肌寒いというのに汗をかきながら戻ってきた二人に、ジルカは買っておいた果物のジュースを渡す。
「いいの? ありがとうムラサキ!」
「ありがとームラサキおにーちゃん!」
二人は飲み物を受け取りベンチに座ると、さっそく果実ごと吸い込めるようにと太く作られたストローに口をつける。走り回ってよほど喉が渇いていたのか、イルイラよりも先にリリが飲み終わった。
「そんなに急いで飲まなくてもいいのに」
「うん。でもね、でもね」
リリはベンチから降りると、ソワソワと体を動かす。
「きょう、おとーさんがかえってくるの! だから、もうかえらなきゃいけないの……」
「そっか。リリちゃんのお父さんが帰ってくるんだ。よかったね」
「うん! でもね、でもね、もっとイルイラおねーちゃんとあそびたいの……」
用事があるのならしかたない。何時まで遊ぼうと約束だってしていない。だというのにリリは、自分の都合で遊びをやめてしまうことに罪悪感を感じている。
「リリちゃん、お父さんは好き?」
「うん、だいすき! きょうはおとうさんに、リリのおふえをきいてもらうの!」
「じゃあ、早く帰ってお父さんをお迎えしてあげなきゃ。お家に帰ってリリちゃんがいなかったら、お父さんも悲しくなっちゃう。だから、アタシとはまた今度遊ぼうね」
「また、リリとあそんでくれるの?」
「もちろん! ……はい! これあげる」
イルイラは自分の翼から羽根を一本抜くと、リリに渡す。その羽根は太陽の光も薄いというのに、光輝いているように見えた。
「また遊ぼうって約束の証だよ。セイレーンの羽根は、幸運を呼ぶんだから」
「きれ~~! やくそく! これ、リリのたからものにする! ありがとうイルイラおねーちゃん!」
羽の根元をしっかりと掴んだリリは、大きく手を振りながら公園を出てゆく。リリが手に持つ羽根のように、イルイラの翼も大きく揺れている。それはリリが住宅地のなかに消えてゆくまで続いた。
「……羽根、痛くなかったか?」
「……ちょっとだけね。でも、喜んでくれたから」
「そっか……って、なんだよ」
自分の翼を撫でていたイルイラが、ジルカの顔を覗き込んでいた。
「ムラサキの顔も、いつもと違う。なんか嬉しそう」
「いつもはどんな顔なんだよ」
「うーんとね……優しい顔してるのに、諦めてる顔してる。でも、今日はちょっと違う。ルイシャはムラサキのこと、『死んだ魚の目をしてるのがデフォルトなの』って言ってた」
「ルイシャめ……帰ったらみてろよ」
ジルカは怒ったように言うが、声に怒気は感じられない。過去の自分が死んだ目をしていたことなど、ジルカ自身も知っている。
「次は姫騎士様に会いにいくんだっけ」
「そうなるね。でも、まだ時間が早い――ッ!?」
「ぴっ!?」
歩き出そうとしていた二人の体が、ビクリと震える。住宅地のほうから響く、耳を劈くような悲鳴と大きな爆発音。
「な、なんだ!?」
住宅地のほうを見ると、狭い道から住民らしき人々が次々と飛び出してくる。そのなかに、見たことのある姿を見つける。
「あいつら、あのときの衛兵か?」
思い出したくもない顔だったが、人間とリザードマンの組み合わせには見覚えがあった。
「ね、ねぇ! ムラサキ、あれ!」
人が飛び出してくる道の先。家々の隙間から見えたのは黒煙。あっという間に黒煙は、濛々と空を塗り替えてゆく。ジルカが公園に逃げてきた住民を捕まえ話を聞くと、衛兵に詰問されていた男が、いきなり爆炎の魔法を使って逃げたらしい。
「あの衛兵ども、また変な絡みかたしたんじゃないだろうな……したんだろうな、きっと。相手も、“まとも”な魔術師じゃなかったみたいだけど」
六人の神から与えられた、魔法という超常の力。グラウリース皇国では魔法の使用に対して、厳しい制約がつけられている。
魔法を使える者は、外見で区別ができない。そして、魔法を使える者は騎士に比べ、数が圧倒的に少ない。心技体ではどうしようもできない、魔法の素質、才能が必要になる。
グラウリース皇国では、魔法を扱える者は魔術師としての登録と、魔法を使用する際の申請が必要となっている。登録は国が魔術師の数と名前を把握し、強い力があるならば国の魔術師団にスカウトするため。そして申請が必要なのは、大きな魔法を無断で使い犯罪を起こさせないため。魔術師が空を飛ばないのは、この規則があるためだ。それに、空を飛べるほどの魔術師ならば、とっくに国がスカウトしている。
家のなかや街の外で焚き火に火をつける程度の小規模な炎の魔法ならば、見逃されることもある。だが、爆炎魔法はその名の通り、爆発と炎を巻き上げる強力な魔法。街中での使用など、とうてい許可が下りる魔法ではない。
「それでも使ったってことは、なんか問題がある魔術師なんだろうな。もしかして最近増えたって火事は、アイツの仕業か?」
「そんなことよりムラサキ! 煙が出てるとこって、リリちゃんの家の辺りかもしれない!」
「なっ!? ほんとうか!?」
「配達のとき、あの辺りの家からリリちゃんが出てくるの、見たことあるから……アタシ、いってくる!」
「おい、イルイラ! ああくそっ!」
空に飛び上がるイルイラを追い、ジルカも飛び出してくる人の流れに逆らいながら走りだす。人を掻き分け辿りついた場所には、黒煙と赤い炎を吹き出すアパートがあった。そして、周囲の住民に押さえつけられた女性がいた。
「リリ!! あ、あああああ……! リリがまだなかに!」
女性の手は、必死に燃え盛るアパートに伸ばされている。一番最悪な想定が当たってしまった。
「リリちゃん!」
「待てイルイラ! どこにいく気だ!」
アパートに飛び込もうとするイルイラを、ジルカは羽交い絞めにして止める。
「だって、なかにリリちゃんが!」
「おまえじゃ、すぐに炎に巻かれるだけだろ!」
両腕が翼になっているイルイラでは、火に触れればたちまち羽に燃え移り、燃え上がってしまう。
「じゃあ誰がいくの!? 誰がリリちゃんを助けに……!」
「誰がって、それは……」
周囲を見る。消防隊はまだこない。衛兵の姿もない。
(誰も……いない……)
燃え上がるアパートは、素人が迂闊に飛び込めるような火の出方ではない。それがわかっているのか、動こうとする人はいない。ジルカは、粘ついた唾を無理やり飲み込む。
(なら、俺が……)
量は減ったが、今での修行を続けている。体力も身軽さも、そこらの消防隊に負ける気などしない。だが……
(……本当に俺で助けられるのか? 中がどうなってるかもわかってないんだぞ……? 動けないほど火が出てたらどうしようも……それにもし……)
足が、動かない。
母親の悲鳴も、イルイラの叫びも、野次馬の声も聞こえない。めまぐるしく周囲を見るジルカの視界に、ノイズが走る。それは、二年前の光景。
(もし助けられなかったら……)
恐れている光景に足を竦ませる。
――そんなジルカの頭上を、大きな影がよぎった。途端にジルカの視界と耳が、もとへと戻ってゆく。
「どこにいる!」
誰も近寄れない燃え盛るアパートの前に、馬に跨る白銀の騎士が悠然と現れた。




