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姫の騎士

 魔具の照明により照らされた街道では、黒い布を被るゴブリンがよく見えた。蹄を打ち鳴らし馬を駆る騎士が、黒い布に馬上槍ランスを次々と突き刺してゆく。総勢十名ほどだが、騎士団が救援に駆けつけた。負けを悟ったゴブリンとオークは、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げてゆく。


「ふぅ……どうなることかと思った」


 ジルカは手に持った剣の血糊を振り払い、腰にある鞘に収め……られない。無理やり入れようとするが、ガチガチと引っかかる音が鳴るばかり。そこでふと、持っている剣が自分の剣ではないことを思い出す。


「……ぷっ」

「ゴホン! ……ん」


 ジルカは入らなかった剣を地面に突き刺し、リフィアに剣を返すように手で催促する。顔は暗くてよく見えないが、笑われたのはわかっている。


「最後の最後で締まらヤツだ。暗くて顔色がわからないのが残念でたまらない」

「ちっ……悪かったな。で、どこの騎士団がきてくれたんだ? 見たことがない鎧だけど」


 魔具に照らされ駆けていった騎士の鎧は、深緑色をしていた。グラウリース皇国では、深緑色の鎧を着けている騎士団はない。


「あれはリングスの樹林シルワ騎士団だ。それも王族直属のな」

「へー、詳しいな……なんでリングスが?」

「――襲われていたのが、ウチの国のキャラバンだったからね。……おやおや、キミだったのか。誰かに助けられたとは聞いていたけど、キミなら納得だよ」


 現れたのは、深緑の鎧を身に着け、馬に乗った三人の騎士。リフィアに話しかけた騎士は他の樹林騎士とは違い、細かく木の枝を装飾された鎧を身に着けていた。


 騎士は馬から降り冑を外すと、背後に控えている騎士に預ける。なかから出てきたのは、ウェーブのかかった茶色い髪に、端正な顔立ちの男。少しだけ垂れた目元を細め、娼婦の好きそうな甘い笑みを浮かべている。


「ロムナス様……まさか一緒に出陣されていたとは」

「打ち合わせをしていたところに、リングスのキャラバンが襲われているという報告を聞いてね。いても立ってもいられなくて、こうしてでてきたのさ。……そうか、心配してくれたんだね。安心して、僕が戦うことはないから。部下を信頼しているからね」

「そうですか。おかげで私たちも助かりました」


 ロムナスと呼ばれた男は、リフィアに親しげに近寄る。ジルカもお礼を言おうと思ったのだが、知り合い同士の会話に混ざりにゆけない。


「……ロムナス様。こちらもそろそろ」

「そうだったな。わかってるよ」


 背後に控えていた部下に声をかけられ、指示を出すためロムナスが離れた。その隙にジルカはリフィアの横へと移動し、小声で話しかける。


「……なぁ、どういう知り合いなんだ?」

「……あ、ああ。姉上の婚約者だ」

「……騎士団の、それも王族直属の偉い人と婚約してるのか。それは凄いな」

「……いや、まぁ……偉いというかなんというか」


 まるでリフィアに貴族かと訪ねたときのような反応。要領の得ない返答に、ジルカは頭を捻るばかり。


「お待たせ。じゃ、改めてといこうか」


 新たに一人部下を探索に送り出したロムナスが、二人のもとへ戻ってくる。


「わが国民を、よく守ってくれました。父に代わり感謝を」

「お、おやめくださりロムナス様! そんな簡単に頭を下げるなど!」


 そして、リフィアに向かって頭を下げた。リフィアは慌てながら、頭を下げるロムナスを止める。


「それに、私はもう……」

「関係ないよ。妻となる人と血が繋がっているんだ。義妹いもうとにくらい、頭を下げてもいいだろ。さて……」


 ようやく、ロムナスの視線がジルカに向く。見えていないわけではなかったのか、とここまで無視され続けていたジルカも驚く。自分はゴブリンに殺されており、ここにいる自分は実は幽霊なのか? などと益体もないことを考えていたところだった。もう少し続けば、生と死とはなにかといった哲学にまで発展していただろう。


「キミは義妹と、こんなところでなにをしていたのかな。見たところ、貴族のようには見えないが……ああ、部下の一人か」

「いや……俺は街の便利屋で、街の案内をコイツ――リフィアに依頼されて」

「リフィアだと……? キサマなにを言っている。怪しいヤツめ!」


 ロムナスが腰の剣に手をかける。抜き放った剣先はジルカを向き――そのまま宙へと弾き飛ばされた。


「あ、ごめん。つい」

「き、キサマ!!」


 ゴブリンとの戦いの余韻がいまだ頭の芯に残っており、向けられた剣に反応し、ジルカも剣を抜いて弾き返してしまった。後悔しても後の祭り。ロムナスが背後の部下になにかを命じようとしたところで、リフィアが間に割って入る。


「この者は、私が身分を隠して雇った街の者なのです。リングスのキャラバンを救えたのも、この者の助力があったからこそ。どうかご容赦を。それに、ロムナス様がグラウリースの国民を手にかけたとなれば、姉上が悲しんでしまいます」

「ぐ……」


 奥歯を噛むロムナスだったが、剣を拾ってきた部下が耳元で囁くと、大人しく剣を鞘へと納めた。


「ふ、ふんっ。そうかい。キミがそうまでいうなら――おいキサマ! “セルミナ”ちゃんに免じて許してやる! だがな、女に庇われたことを恥と思え! ……いくぞ」

「はっ……」


 最後にジルカを一睨みし、ロムナスは馬に跨り先にいった樹林騎士団と合流するため去ってゆく。


 残された二人は無言。互いに顔さえ見ていない。


「……会うのは二度目だな、ムラサ――キぃ!?」


 振り向いた先に見えたのは、土下座したジルカの姿。足を揃え、地面に頭をつけている。ロムナスがいた手前耐えていたが、もう我慢の限界。


「申し訳ありませんセルミナ様! どうかお許しを!」


 ジルカは躊躇もなく許しを請う。プライドなどない。そんなもの、ジルカがしたことに比べれば捨ててもなお足りない。


「お、おい! やめてくれ!」


 やめてと言われたからと、簡単に頭は上げられない。リフィアの正体――セルミナに向かって、ひたすら謝る。リフィアという名前が偽名だということはわかっていた。その正体をようやく知り、ジルカは全身から汗が噴き出す。セルミナという名前。そして亜人との戦いで見せた剣技の冴え。二つの条件が重なり合う人物は、グラウリース皇国広しといえど、一人のみ。


“姫騎士”セルミナ=イースラント。第四皇姫近衛騎士団の団長。二年前の騎士選抜試合で騎士となった人物。


「まさかセルミナ様とは露知らず……俺はなんて失礼なことを!」


 だが、ジルカが土下座をしてまで謝っているのは、セルミナが騎士だったからではない。


(くそっ! カーラが言ってた姫さまってのは、本当に姫って意味だったのかよっ!)


 イースラントとは、皇族の身分を捨てた者に与えられる姓であり、本来の名前は、セルミナ=ラウ=グラウリース。現皇帝の第七子にして、“元”継承権第七位の皇姫。姫騎士と呼ばれる所以は、皇姫を守護する騎士だからだけではなかった。


 思い返してみれば、気付いてよさそうなヒントなどいくらでもあった。メイランの反応に始まり、貴族に近しいという高い身分、カーラの言葉、リングスへ嫁ぐという姉。一度思い至れば、点は簡単に線へと繋がげることができる。


(それにロムナスあのおとこだ。皇姫が婚約した相手って、リングスの王子だよな。ああ、本気でまずい……不敬罪どころじゃない……!)


 なぜ気付けなかったのかと、ジルカは迂闊な自分を呪う。ロムナスへの態度もそうだが、歓楽街に連れていったなど、バレたらどうなるかわからない。


「はぁ……こういうのが嫌だから、名前を偽ったのだがな。私は確かに皇姫だった。だがな、“元皇姫”だ。今はただの騎士なのだから、そういうのは止めてくれ。姉上へのプレゼントのことを言っているなら、ムラサキに落ち度はない。……その、な。今日のような、友達みたいな感じ……だとは思うが……そのように接してはくれないか」


 少し寂しげな物言いに、ジルカは顔を上げる。すると、セルミナはジルカに手を差し出していた。ジルカの目には、その姿が――本当に退屈そうに、本当に嫌そうに、見えた。


「……よろしいんですか?」

「敬語もなしだ。屋敷にいるようで気が滅入る。もちろん不敬罪などと言うつもりもない」

「わかりま……わかったよ。これでいい? 本当に? 首を切られたりしない?」

「次に敬語を使ったら考える」

「なんて横暴な……でもまぁ、依頼人の要望には、なるべく答えないと」

「むっ、そう言われると釈然とせんものがあるな」


 伸ばされた手を掴み、ようやくジルカが立ち上がる。


 服に付いた埃を払い、街を目指しセルミナの隣を歩くジルカだが、どうにもぎこちない。距離感も少し遠くなっている。その様子にセルミナも、急には無理か、と苦笑する。


「ムラサキ。一つ提案がある」

「なんで……すかい?」

「なんだその変な言葉は……。他でもない、ムラサキは騎士になるつもりはないか?」


 ピタリとジルカの足が止まる。その言葉に心臓が跳ねる。今のジルカが、一番恐れている話題。できることならば、このまま街に帰り、さようならといきたいと思っていた。だが、セルミナの言葉はジルカの予想の斜め上を向いていた。


「……なぜ?」

「見込みがあると思ったのだ。剣の扱いは少々ぎこちなかったが、体捌きは見事だった。十分に上位を目指せると思う。二年前にムラサキが出場していたら、私も危なかったかもしれん」

「それはどうも」


 引き攣った顔を見せないように、セルミナに返事をする。セルミナとは予選の場が違ったが、ジルカも予選に出ていた。そして、失格という烙印を押された。だというのに、セルミナはそのことを言ってこない。


(知らない……のか?)


 そうでなければ、二年前の騎士選抜試合を引き合いに出さないだろう。話題を避けているようにも見えない。知っていれば、なぜ失格になるようなことをしたのか、と質問してきそうなもの。なのにしてこない。


「今年、騎士選抜試合が行われることは知っているな」

「婚約式典と一緒にやるんだろ」

「ならば、出てみるといい」


 騎士に、それも姫騎士に実力を認められての選抜試合。騎士を目指してサリア大陸にやってきたジルカには、とても心強い。だが、二年前の出来事が返事を鈍らせる。


「…………考えておくよ」

「そうか。たしかに急な話だったな。受付は明後日までやっている。よく考えてみてくれ。私にできることならば、いくらでも協力しよう。不正以外ならな」

「困ったことがあったら、お願いするかもね」

「うむ! まかせておけ!」


 偽りない身分を明かせたからか、それとも言いたいことを言えたからか、セルミナの足取りは軽い。一方ジルカは、戦闘の疲れとは違う足の重さと、淡い期待が芽生えた心に戸惑いながら、街道を歩き続けた。

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