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私と社長と祝福と

「……今日は、疲れたな」

 ソファに座り、一息ついていた私に、背後から一至さんが言った。

 私は、彼を振り返ると微笑んで、

「……はい」

 と答えた。



 今日、私達が今いるホテルで、私達の結婚式があった。

 私は、お義母さんと何日も掛けて選んだドレスを身にまとい、綺麗にお化粧もしてもらって、一至さんの横に並んだ。

 勿論、同じように正装した一至さんは、今日はいつもの伊達眼鏡を外していて、いつも以上に特別格好良くて。

 スタッフも兼ねて参列してくれた総務の女の子達の目が釘付けになっていたようだったから、また人気が上がってしまうんじゃないかと思う。

 総務の女の子達には、結婚を報告した時にも物凄く羨ましがられたので、しばらくは事あるごとにまた羨ましがられてしまうだろうか。


 式の参列者の中には、あの市井デパートの市井社長と、先代であり市井社長のお父様である会長もいた。

 お義父さんと市井会長の仲は、市井デパートとの取引が停止した後も変わらず続いていたようで、お義父さんからも必ず招待するように打診があったのだ。


「梶山社長が以前一緒に尋ねて来られた時に連れていらした秘書の方とご結婚されると聞いたので驚きましたが、これで一層梶山コーポレーションは安泰ですね」

 市井社長は私達にそう言って祝福してくれた。

「……お約束を守れた事、私も嬉しく思っています。これから、御社で扱っていただける商品が増えて行くよう、私達も一丸となって努力して行く所存です」

 一至さんは答えた。


 実は来月から、市井デパートに2年以上のブランクを経て、梶山コーポレーションの新商品が置かれる事が決まったのだ。

 決まったのは、たった1商品だけ。

 でも、ゼロと1は、全く違う。

 これをきっかけに、扱ってもらえる商品を増やして行く事が、私達の目標であり課題なのだ。

 ちなみに、この商品を担当したのが以前色違いのミスを発生させてしまった正木さんだった事も、私達を喜ばせた。


 式の最中は、色んな人が話し掛けてくれて、私の友人達は、私が社長夫人になった、と言う事にみんな驚いていた。

 そんな中、祝福の声の合間に、お義母さんが近付いて来てくれて、

「美里さん、今日は特別に綺麗よ。……厄介な子だけれど、これから一至をよろしくね」

 と言ってくれた。

「厄介ですかね」

 お義母さんがいたずらっぽく笑って、含みのある言い方をしたので、そう聞いてみると、

「厄介よぉ」

 と返事が返って来た。


「本当はそんな穏やかな性格でもないくせに、実の両親の前でも猫を被って、家族同然の社員の前では伊達眼鏡を掛けて。周囲の目を欺いて生きているようなものじゃない。この子はこれからもこうやって生きて行くつもりなのかしらって思ってたのよ。……でも、美里さんと結婚を決めたんだもの。もう安心かしら。さすがに、美里さんの前ではそうじゃないんでしょう?」

 お義母さんは、さすがに一至さんの猫被りを見抜いていたようだ。

「……そうですね」

 私が思わず笑ってしまうと、お義母さんも

「いつか一至との間に子供が出来たら、協力して一至みたいな性格に育たないように注意しましょ」

 と笑って、席に戻って行った。

 他にも、沢山の人達が祝福をくれて。

 私は今日を忘れないと思う。

 


「あのね、一至さん。今日だから……今日と言う日だからこそ、弱音を吐いてもいいですか?」

 式で何人もの人達に囲まれて、みんなの前に立って、沢山の祝福を受け、その祝福に応え。

 体はとても疲労しているけれど、このまま眠ってしまうには惜しいような、何とも言えない空気の中。

 私は、一至さんに言った。

 今日なら、聞いてくれるような気がするし、言えるような気がするから。


「珍しいな」

 一至さんは言いながら私の横に座り、話を聞く体勢になってくれた。

 私は、何だかんだ最近とても優しい旦那様を愛おしく思いながら、口を開いた。


「……お義父さんが、私が家庭に入る事を望まれていると思った時、私は本音では一至さんの側で働いていたい、仕事でも一至さんを支えたいと言いましたよね」

「……ああ、そうだな」

 私が言うと、一至さんは優しく相槌を打ちながら話を聞いてくれる。

 こうやって、私の話を、笑わずにこの人が聞いていてくれる。

 それが嬉しいし、だからこそ、私は思っている事が伝えられる。


「その時は、それが本音だって思ってました。でも、先に入籍をして、今日まで半年、一至さんと実際に暮らし始めて、その時は本音だと思っていたものも、段々姿を変えて行く物なのかなって気付いたんです」


 半年前に入籍をして、一緒に暮らし始めてから、私はなるべく一至さんに家で快適に過ごしてもらいたくて、家事も頑張って来た。

 でも、仕事でトラブルがあったり、急な仕事が入ったりすると、どうしても家事をやれない日もあって。

 勿論、一至さんは何も言わないし、気にしないでいてくれるだろうと思う。

 でも、時々思ってしまったのだ。

 仕事を辞めていたら、もっと色んな事をしてあげられていたんだろうか、と。

 

 退職していたらしていたで、今度は仕事では彼を支えられなくなる訳だし、実際に退職しようと言う訳ではないのだけれど、そんな風に、思っていた事を実際にやってみた結果、上手く行かない事も出て来るんだろうと気付いたんだ。

 特に、私達の間に子供が出来たら。

 思っていた以上に大変な事が、きっと色々あるんだと思う。

 現に、子供を産んだらすぐにでもお店に復帰したい!と意気込んでいた真奈美ちゃんは、やっぱりそう言う訳にも行かず、今はほとんどお店には出ていない。

 いつもは優しく寡黙な旦那様に、無理に仕事に出るよりも今は子供と一緒にいてくれた方が安心して仕事が出来ると言われたらしい。

 それ以外でも、泉や瑞穂さんの気持ちが、独身の時は理解出来なかったように、今後、今、経験のない状態での想像とは違う事が、きっといっぱい出て来るんだろう。


「本音だと思っていたものが、いつしか建前になって、建前を守るために、苦しく思う日が、いつか来るのかも知れません。……今後も、子供が出来たとしても仕事を今後も続けて行きたいというのが、今の気持ちですが、もし、いつかこのままでいいのかって迷う事があったら、その時は、相談に乗って下さい。一緒に、1番いい方法を考えて下さいね」

 私が言うと、一至さんは私の頭をくしゃっとして、

「……分かった」

 と答えた。


 今日一至さんに話した事も、何年か後には思い出になる。

 私の考え方も、一至さんの考え方も、年齢を重ね、家族が増えていくうちに、変わって行くのかも知れない。

 ただ、その度に、一緒に。

 最善の道を探して行けますように。

 私は、心の中で祈った。

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