第83話 ダンジョンのある日常、ダンジョン都市での日々
シャベル達金級冒険者パーティー“魔物の友”の活動はいたってシンプルであった。
早朝東街門から出て従魔預け所に向かい従魔を受け取る。その足でゴミ捨て場に向かいビッグワーム三体とスライムの天多を回収、再び東街門に戻りダンジョンへ向かう。
ダンジョンでは第一階層を隈なく回り宝箱からのドロップアイテムを回収、何食わぬ顔で第二階層に向かう。
第一階層の探索は既に慣れてしまっており、シャベルのテイム範囲も最初の頃に比べ格段に広くなっていた。どうやら範囲指定をして広域テイムをする場合、その指定範囲をきっちりとイメージ出来なければいけない様であり、何度も第一階層を回っているうちにすっかり地理を頭に叩き込んだお陰で、一回のテイムで行き止まり迄の通路を全指定出来るようになってしまったのである。
そしてダンジョンと言う環境に慣れたのは何もシャベルばかりではなく、天多もテイムされたスライムを取り込む事に慣れて来た為、‟魔物の友”の第一階層探索は、探索と言うよりも警備員の見回りくらいの感覚で行われる日常業務と化していたのである。
「次の方、どうぞ。これはシャベルさん、お久し振りです。本日はどうなさいましたか?」
それは探索の休養日、シャベル達金級冒険者パーティー“魔物の友”は予めダンジョン探索を三日行ったら一日休むと言う取り決めをしていた。これはシャベルの“集中力はそれ程持続しない”という持論から提案であり、ポーション作製の経験から得た教えであった。
現在はまだ第六階層までも届いておらず、一階層ずつ隈なく探索を行っている段階であるが、これが上層になり魔物が強力になれば、探索日数を減らして行こうと考えているのであった。
「パリッシュさん、ご無沙汰してしまい申し訳ありません。いやはや職外調薬師の自分ですとポーション作製に時間が掛かりまして。ある程度纏まった量をお持ちするのにどうしても期間が掛るんですよ」
シャベルが訪れていたのは薬師ギルドカッセル支部四番受付カウンター。こうした組織の受付職員たちは常に同部署内での情報共有を行っており、シャベルに対し女性受付職員ターニャが下した判断は総合受付内に知れ渡っていた。
その為シャベルが直接四番受付、通称“何でも相談係”に向かっても誰も不審には思わなかったのである。
“ゴトッ”
背負いカバンから取り出したのはそこそこの大きさの皮袋、中には雑多に詰められたポーション瓶が入っているのだろう。
「今日はそちらのポーションの買取と少々込み入ったご相談がございまして。皮袋の中を見ていただければお分かりいただけるとは思うのですが」
シャベルの言葉に皮袋の口を開け中を覗いた男性受付職員パリッシュは、一瞬眉を上げるも直ぐに平静を取り戻し、何事もなかったかのように話を続ける。
「そうですね、ですがこれは少々込み入った話になりますので、別室でお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?
こちらの皮袋はお持ちになっていてください、準備が済み次第お呼びいたしますので、ロビーでお待ちいただければと思います」
パリッシュはそう言うや席を立ち、後方の別の職員に受付業務の引継ぎを済ませその場を後にする。
シャベルはパリッシュの冷静な行動に改めて信頼のおける人物であるとの認識を深め、ロビーの長椅子に腰を下ろすのであった。
「お待たせしまして申し訳ありませんでした、こちらの席にお座りください」
そこは薬師ギルドの二階、小会議室。ちょっとした商談事や新しい薬のレシピ登録などを行う場所でもある。
「いえいえ、こちらこそお気遣いいただきましてありがとうございます。先程の品はそれ自体はよく知られた物なんですが、私の様な職外調薬師が持ち込む様な物ではないものですから。
場所とお時間をいただいて申し訳ありません」
そう言い慇懃に頭を下げるシャベル。これはパリッシュの気遣いに対する心からの礼であった。
「いえ、こちらこそこうした事は仕事の一環ですのでお気になさらないでください。それで早速ですが先程の品を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
シャベルはパリッシュに促され先程背負いカバンに仕舞った皮袋を取り出し、中身をテーブルに並べていく。
“コトッ、コトッ、コトッ”
並べられた物はポーション瓶、綺麗な緑色をした物と赤い物。
「こちらはポーションが十本とエキストラポーションが八本になります」
「失礼します」
シャベルの言葉にポーション瓶を一本一本手に取り、品質鑑定を行っていくパリッシュ。
「フゥ~、ありがとうございました。いずれも良品質のポーションとエキストラポーションになります。
シャベル様は職外調薬師であったはず、何故エキストラポーションを?」
パリッシュの疑問、それは職外調薬師であるシャベルが自身で作れるはずのないエキストラポーションを持ち込んだこと。
製作者が記されていない事からこれがダンジョン産ではないかと言う事は推測出来る。シャベルが金級冒険者である事からダンジョン探索で手に入れたドロップアイテムであろうことは疑いようもないだろう。
であれば何故冒険者ギルドではなく薬師ギルドに持ち込んだのか?シャベルの行動は不明な点が多過ぎるのである。
「これらの品はダンジョン産と言う事で間違いありません。ここしばらくは調薬よりもダンジョン探索に力を入れていましたので。
それとこれらの品を冒険者ギルドではなく薬師ギルドに持ち込んだ理由ですが、単純に自己防衛ですね。
エキストラポーションの市場価格は金貨十五枚を超えるとか、その様な品を冒険者ギルドに持ち込めばあっという間に噂になります。
これが長年カッセルで活躍する高位冒険者ならばいい、深い階層で手に入れたと言う事で羨ましがられる事はあっても然程騒ぎにはならない。
ですが私達は違う、確かに金級冒険者パーティーではありますが全員がテイマーと言ういわば色物パーティーです。
テイマーが一段下に見られるのは何処も同じ、そんな連中がダンジョン都市に来て然して期間も置かず高価なドロップアイテムを手にしたとしたら。
目立っていい事など何もないんですよ」
そう言い肩を竦めるシャベルに、納得と言った表情になるパリッシュ。
「それではこれらのドロップアイテムは全て薬師ギルドの買取と言う事でよろしいのでしょうか?薬師ギルド買取ですと冒険者ギルドに対する貢献度は付きませんが?」
冒険者は常に上を目指す、冒険者ギルド会員にとって貢献度を貯め昇格を目指すと言う事は重要であり、自尊心を高める行為。
パリッシュは薬師ギルドの買取ではそうした事を行えないと言う事を理解した上での買取であるのかを確認する。
「はい、それはパーティーメンバーとも話し合って決めた事ですので。名誉よりも命、ダンジョン都市では欲張った考えは死を招く、欲望都市とはよく言ったものです。
これからもポーションの類は持ち込ませて頂きますので、よろしくお願いします」
そう言い頭を下げるシャベルに、「こちらこそよろしくお願いします」と礼をするパリッシュ。
「それとこちらの買取価格ですが、ポーションが一本銀貨二枚、十本ですので大銀貨二枚。エキストラポーションが一本金貨十二枚、八本ですので金貨九十六枚となります。
お値段に御不満がない様でしたら買取書をお持ちいたしますが、よろしいでしょうか?」
パリッシュの言葉に頷きで応えるシャベル。
「それとこちらのポーションも製作者が記されていませんでした。第六層のドロップアイテムにポーションがあるとは聞いていましたが、結構な数が出たのですね。
いえ、これは不躾な事を申しまして申し訳ありませんでした」
「いえ、構いません。私もかなり運がいい方だという事は自覚していますので」
そう言いニコリと微笑むシャベル。だが心の中ではある思惑が成功した事に、ガッツポーズを取っていた。
シャベルの思惑、それは城塞都市の薬師ギルド買取カウンターの女性職員に言われた言葉が切っ掛けであった。
「シャベルさん、今回のポーションなんですが製作者名が無かったんですけど、何でだかわかりますか?
品質的には全く問題が無いんで、特に気にする必要も無いんですが」
それは手持ちの自作ポーションではなく光のポーションを買い取りに出してみた時の事、シャベルは品質鑑定スキルが無い為、光の作り出したポーションの品質を薬師ギルドで調べてもらう必要があったのであった。
その後何度か光のポーションを持ち込んでみた事があったが、いずれも良品質であり問題なく買い取りをして貰う事が出来たのである。
ここで一つの疑問が浮かんだ、何故光の作製したポーションには製作者名が無いのか。だがその理由は分からないまま、ここダンジョン都市カッセルにやって来る事になったのである。
そして訪ねたクリストファー魔装具店。店主エイジン・クリストファーが語った、「ダンジョン産の物の場合製作者欄が空欄となるかダンジョン産と記載される」という言葉。
これはシャベルにある可能性を示す事となった。
“光の作り出したポーションEXであれば、ダンジョン産という事で買取に出せるのではないか?”
仮にこの過程が実現できれば今後堂々とポーションEXを使う事が出来る、それはシャベルにとって新しい武器が手に入った事を示すものであった。
「ではこちらが金貨九十六枚と大銀貨二枚、それと買取書になります」
「確かに。無理を言って申し訳ありませんでした、それと今後の買取はどうしましょうか?数を貯めてからお伺いするという形でよろしいでしょうか?」
シャベルの懸念、それは薬師ギルドで下手な噂が立たないかどうかというもの。シャベルの薬師ギルドでの立場は職外調薬師である。その為頻繁に出入りし、尚且つ個室での取引を行っていれば怪しまれる事は間違いない。
遠くない将来、女性受付職員経由で噂が広がって行く事だろう。
「そうですね、でしたら買取カウンターの方でこちらのカードをお出しください」
そう言いパリッシュが懐から取り出した物、それはギルドカードと同じサイズの緑色をしたカード。
「これは個室買取希望のギルド会員様の為のカードとなります。
ギルド会員様の中には今回納品していただきましたエクストラポーションやハイポーションの様な高価な品をお持ちになられる方もおられます。そうした場合買取価格もそれなりのお値段になる。
安全上の観点からそうした品を扱う場合は、個室での取引が推奨されています。
また冒険者の中には貴重な薬品素材を直接薬師ギルドへお持ちになって下さる方もおられます。そうした方々も個室での買取を利用されたりするんです。
シャベル様が何らかの高額商品を御持ち込みになっているという詮索はされるでしょうが、それ以上の噂は避ける事が出来るものと思われます」
パリッシュの説明になる程と頷くシャベル。噂をされてしまう事は避けられない、ならばその噂が最低限で収まる方法、多くの者に紛れ込む方向性を考える。
金級冒険者である事は知れてしまうだろうが、それが盾となりそれ以上の詮索を抑える事が出来る。このカードはその為の布石。
シャベルは手渡された緑色のカードを大切に懐に仕舞うと、パリッシュに礼を言い薬師ギルドを後にするのだった。
「リーダー、薬師ギルドはどうだった?」
定宿である“大地の怒り亭”の部屋に帰ったシャベルを出迎えたジェンガは、早速気になっていたドロップアイテムの買取について話題を振る。その場にいたクラックとメアリーも気になる事は同じと見えて、共に視線をシャベルに向ける。
「あぁ、問題なく買い取って貰えたぞ。これがその詳細だ」
シャベルはそう言うと懐から買取書を取り出し、テーブルに広げた。
「ポーションが一本銀貨二枚、エキストラポーションは一本金貨十二枚だな。今回はポーションを十本、エキストラポーションを八本納品したんで金貨九十六枚大銀貨二枚となる。
予めの取り決めの通り、金貨五十枚をパーティー資金として除かせてもらう。それと大銀貨二枚は俺の持ち出しのポーション分だから省かせてもらう。
金貨六枚は次回に持ち越しとして一人頭金貨十枚だ、受け取ってくれ」
そう言いシャベルが取り出した物は小さな皮袋、手渡されたそれからはズッシリとした重さが感じられる。
「最初に言った事だが、パーティーで掛かる費用は全てパーティー資金で賄う。この宿の宿泊代や従魔屋の利用料、冒険者ギルドでの情報収集に掛かる代金なんかもそうだ。
限度はあるが安全の為に掛かる資金に文句は言わん。
後ダンジョン都市内であまり羽目を外し過ぎるなよ?その場は乗り切れてもいずれ狙われて全てを奪われるからな?
そうした事は俺よりもお前たちの方が詳しいだろうから大丈夫だと思うが、過ぎたる欲は身を亡ぼすぞ?
“生きてるだけで儲けもの、生きてる事がお陰様”
“命を大事に”が“魔物の友”の行動指針だと憶えておいてくれ」
シャベルはそう言うと、未だほくほく顔の三人をしり目にベッド脇に置かれたボクシーの蓋を開け、「ご飯だよ、今日も一杯食べるんだよ?」と魔力水を注ぎ込むのであった。