第82話 ダンジョン、そこは人の欲望を掻き立てる場所
どこまでも続く様な薄暗い通路。
「<範囲指定:通路全体:テイム>」
“ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ”
洞窟の壁に生えるヒカリゴケが周囲を淡く照らし、視界を確保する。
「<範囲指定:通路全体:テイム>」
“ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ”
だがそれはあくまで足元や通路の続く方向を示すだけであり、どこに何があるのかを正確に教えてくれる様なものではない。
「<範囲指定:通路全体:テイム>」
“ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ”
“ポヨンポヨンポヨンポヨン♪”
天井から落ちてくる無数のスライム、前方の地面に転がるそれらに喜び勇んで突進する群体スライムの天多。
天多にとってシャベルにテイムされたスライムは全てが同胞であり己の一部。群体スライムと言う種族は個にして全、全にして個。その結合は新たなるネットワークの拡張であり、思考速度、運動性能、その全ての向上が望める一大イベントなのであった。
「俺、今までダンジョンの第一階層はただ移動する為の通路とか思って舐めてたわ。あんな量のスライムが真っ暗な天井から降って来たら不味いだろう。
これって例えば他の冒険者に襲われたとして、天井からあれだけの数のスライムを降らされたとしたら」
ジェンガ自身がスライムだらけになり身動きの出来なくなった所を想像し、顔を引き攣らせる。
「初見殺しにはなるが、ただじゃ済まないだろうな。足元がスライムだらけってだけでも移動に制約が掛る、その上身体中に貼り付くスライム、一方的になぶり殺しにされるんじゃないのか?」
クラックはそんなジェンガの考えが分かったかのように言葉を繋ぐ。
「リーダーは気が付いてないみたいだけど、アレって相当ヤバい攻撃方法よね。私だったらごめんだわ」
メアリーは自身のテイム魔物であるバトルホークがスライムまみれになり身動きが出来なくなった所を想像し、眉間に皺を寄せる。
「まぁなんにしても一度討伐した魔物が再度湧くにはしばらく時間が掛かる、有効な手段ではあるが絶対ではないって事だ。
仮に第一階層で集団に取り囲まれたときの場繋ぎ的手段として憶えておけばいいんじゃないのか?シャベルには後でこういう方法もあるくらいに伝えておけばいいだろう。おそらく今は何を言っても上の空になるだろうからな」
そう言い一人楽し気に前を進むシャベルの姿にため息を吐くクラック。
そう、この時シャベルは浮かれていたのだ。
初めてのダンジョン、自身にこれといった力のないシャベルにとって、その場で仲間の為に、家族の為に役に立てるかどうかは不安でしかなかった。
そんな中でふいに齎されたスキル<魔物の友>による<テイム>の有効性。これまで役立たずと言われて来た自身のスキルにより、天井にトラップの様に貼り付くスライムを全て除去する事が出来るという事実。
その事に意味があるかではない、それが出来る、そんな現象を起こせるという事自体が楽しくて仕方がない。これは他の誰でもない、スキル<魔物の友>を持つ自身だからこそ使える特別。
それはまるで誕生日に特別なプレゼントを貰った子供の様な、シャベルはそんな高揚感に包まれたまま、心行くまで<テイム>を繰り返すのであった。
「本当にすまなかった。この通りだ、許して欲しい」
それは行き止まりに辿り着いた時であった。
シャベルは気が付く、‟自分は一体何をしているのか”と。
自分はダンジョンに探索に来たのではないのか、自分一人ならばいい、今はパーティーメンバーと共に行動しているのではないのかと。
初めてのダンジョンで心が高ぶっていた、<魔物の友>と<テイム>の新たな可能性に夢中になった。
何のいい訳にもならない、パーティーリーダーとしては尤もやってはいけない暴走行為である。
「いや、まぁ、うん。シャベルは今日が初ダンジョン探索だしな?あんな事が出来るって分かったら夢中になるのも分からなくもない、これは仕方がないんだって。
なぁクラック?」
「おっ、おう。俺も初めての時は緊張よりも興奮の方が強かったかな?斥候の心得を教えてくれた師匠によく怒られてたのを思い出したよ。
まぁ、シャベルも若いって事で」
「そ、そうね。それによく言うじゃない?“男はだれしも心に仮性心を持っている”って。
特にテイマーなんてそんなものよ、ねぇ?」
「「ハハハッ、そうだな、恥じる事じゃないぞ、シャベル」」
パーティーメンバーから掛けられる励ましの声。だがそれは自身に勇者病<仮性>の症状があるのではないかと疑っていたシャベルにとってはクリティカルに響く言葉であった。
「う、うん、そうだね。本当にごめんね。これからは気を付ける様にするよ。
それじゃ大分寄り道をしちゃったけど元の通路に戻ろうか?」
思わず家族にしか使う事のない言葉使いになるシャベル。そんなパーティーリーダーの変化に、思わず目を見開く一同。
“ねぇ、なんかリーダーが物凄く可愛い話し方になってるんだけど!?”
“お、おう。ちょっと俺もびっくりした。シャベルって常に確りしていて先を見据えて行動するって印象だったんだが、あんな子供みたいな一面もあったんだな”
“そう言えばさっきボクシーに語り掛けてた時もあんな感じじゃなかったか?もしかしたらテイム魔物にだけ見せる素の一面だとか?”
何やら三人そろってコソコソ話をする様子に、‟わ~、怒っちゃってるよ、どうしよう。そうだよね、謝ったくらいじゃ許して貰えないよね”と頭を抱えるシャベル。
そんな時であった。
“ボヨ~ン”
それは突然天井から降って来た。
通常のスライムよりはるかに大きな身体、身を震わせ今にも飛び掛からんとする行動性。
「ビッグスライムだと!?第六階層の魔物が何でこんな所に」
声を上げたのはクラックであった。ビッグスライム、それは通常のスライムの三倍はあろうかという大きな身体と、スライムとは思えない程の機動性を持つダンジョン特有の魔物であった。
「<テイム>」
つかさず<テイム>スキルを唱えるシャベル。
“ボヨ~ンボヨ~ン”
だがビックスライムはその動きを止める事無く、身体を揺らし攻撃の意思を示す。
シャベルはボクシーを地面に置き棍棒を構える。
パーティーメンバーらも表情を引き締め警戒に当たる。後方に控えていたテイム魔物たちがビッグスライムを取り囲もうと展開しようとした、その時であった。
“カパッ、シュルシュルシュルッ、ギュイッ、ズルズルズル、パタンッ”
「「「「・・・・・」」」」
それは一瞬の事であった。蓋を開けたボクシーが触手の様なものを伸ばすや瞬時にビッグスライムを絡め取り、瞬く間に箱の中に仕舞ってしまったのであった。
「あっ、ドロップアイテム、宝箱が出てるわ。
ボクシーやったわね」
それはダンジョン特有の現象、ドロップアイテム。通常その魔物の身体の一部が加工された状態で出現するものだが、時折こうした宝箱といった形で全く関係の無い様なものが現れる事がある。
「クラック、斥候としての意見が聞きたい。こうした場合どう対処するのが正しいのか。
宝箱という物は様々な罠が仕掛けられていると聞いているのだが、箱ごと外に持ち帰って開錠が出来る者に開けてもらった方がいいのか?」
シャベルは自身にない知識を仲間であるクラックに求める。
「いや、この場合は大丈夫だ。ダンジョンにおける宝箱の出現は大まかに分けて二つ、一つは隠し部屋等での発見、この場合罠の可能性が高い。周辺もしくは宝箱自体に罠があり、罠を解除しない限り蓋を開けるべきじゃないな。
もう一つがドロップアイテム。この場合罠が掛かっている事はまずない。ただこれもこれまでそうした例がないと言うだけで確実とは言い切れない。何せここはダンジョンだからな」
クラックはそう言い肩を竦める。物事に確実と言う事はない、その事は城塞都市でのスタンピードを経験している彼らには痛いほど分かっている事であった。
「天多、頼む」
シャベルの声に天多はその身から長い触手を伸ばすと、宝箱を絡め取ってからその先端で器用に開くのだった。
「・・・特に何も無いな。中身はポーションだな」
シャベルが箱から取り出したもの、それはポーション瓶に入った赤い液体。
「・・・シャベル、すごいぞ、それ、エキストラポーションだ。
体力と魔力を回復するアイテムだ、買えば金貨十五枚はする代物だぞ?こんな浅い階層で出ていいアイテムじゃないぞ?」
興奮した声でポーションの効能を告げるジェンガ、その言葉に首を捻るシャベル。
「いや、体力回復だったら蜂蜜スライムゼリーでよくないか?何も金貨十五枚を出してまで・・・」
「馬鹿野郎、お前の作った蜂蜜スライムゼリーがどれ程画期的なものだか分ってないからそんな事を言えるんだよ。
このエキストラポーションだって熟練の調薬師が貴重な材料を集めてようやく作れるって代物なんだよ、ハイポーションよりも更に難しいとされてる物なんだよ!
その即効性と回復性能、持続性を考えれば断然エキストラポーションなんだよ、でも俺たち程度じゃ蜂蜜スライムゼリーで十分なんだけどな、というか下さい!」
そう言いサッと手を差し出すクラックにジェンガ、そしてメアリー。
シャベルはそんな彼らのチームワークの良さに半ば呆れつつも、「それじゃこれは後で売却しよう」と言ってエキストラポーションを腰のマジックポーチに仕舞い、代わりに蜂蜜スライムゼリーの入った大型ポーション瓶を取り出してそれぞれの手に配るのであった。
「でもなんでこんな場所にビッグスライムなんて。それに第一階層で宝箱が出るなんて変よね?」
蜂蜜スライムゼリーの優しい甘さを味わいながらメアリーが口を開く。
「確かにな、俺も聞いた事がない」
ジェンガも口をモグモグさせながら首を捻る。
「あぁ、それは恐らくだが条件が揃ったからじゃないか?これは俺に斥候の手解きをしてくれたベテラン冒険者から聞いたんだが、ダンジョンの魔物の中にはある一定の条件を満たさないと出現しないモノがいるらしい。
お前たちも知ってるだろう?ボスモンスターって奴。
このダンジョンだと十階層ごとにボス部屋があってそこを攻略しないと何故か次の階層に進めない、階層間通路に見えない壁でもあるみたいにその先に進む事が出来ないって。
ボスモンスターに挑戦出来るのは一パーティー最大七人まで、それ以上はボス部屋に入る事が出来ないし、ボスが倒されない限り次のパーティーはボスに挑戦出来ない。
但し時間制限があって三十分経っても倒せない場合ボス部屋から放り出されるんだったかな?
俺にはこの三十分ってのがどれくらいの時間だか分からないんだが、ボス部屋の壁の松明が消えたら終わりとは聞いている。
そんな感じで他にも条件を揃える事で挑戦出来る魔物ってのがいて、そうした魔物を倒した場合その報酬は破格なものになる。但しそうした魔物は出現する階層のものよりも、ずっと強力なものとなるのが通例だそうだ。
で、今回だがシャベルがその条件を達成した。それは恐らくだが、通路にいる全てのスライムを倒す事って言う奴なんじゃないのかと思う。シャベルの場合はテイムだがダンジョンから支配権を奪った形になるからな、ダンジョンとしては討伐としてカウントしたんじゃないのか?」
クラックの言葉に「「「オ~、流石クラック」」」と感嘆の声を上げる三人。
「それで肝心なのは、さっきのビッグスライムは条件さえ整えれば出現するって点だ。
こんな条件を整えられる奴なんて他にいると思うか?」
そう言い悪そうな笑みを浮かべるクラック。
その言葉にハッとした顔になる三人。
「「「リーダー、よろしくお願いします」」」
金級冒険者パーティー‟魔物の友”の初のダンジョン探索が、第一階層のスライム制覇に決まった瞬間であった。
その後クラックの想定が見事に嵌り、二本のエキストラポーションと一本のハイポーションを手に入れほくほく顔でダンジョンを後にする“魔物の友”の面々に、周囲の冒険者たちから奇異の目が向けられる事になるのだが、それは致し方のない事なのであった。




