第81話 ダンジョン、そこは不思議な洞窟
「ここがダンジョンか」
それは街の中に作られた異空間であった。周囲を囲む多くの建物、そこには様々な商品が並び、ダンジョンに向かう冒険者を呼び止めては店の商品を売り付ける。
ポーションを扱う店、武器や防具を扱う店。ダンジョンに入る為に必要な物は全てこの場で揃ってしまうのではないかというくらいに多種多様な店舗が軒を連ね、盛んに客引きを行っている。
そんなある種お祭りのような状態の商店街の先、岩で出来た小山の様な場所にその入り口はぽっかりと口を開いていた。
洞窟入り口付近は人の手が加わっているのだろう、きちんと整備された石造りの門の様になっている。
その門の両脇には衛兵が立ち、不測の事態が起きた時にすぐに動けるように待機している。ダンジョンを出入りする馬車などはここで衛兵に停められ、荷物を改められる事になっている。これはダンジョン内で起きる犯罪を防止する意味合いが強い。
名の売れた冒険者パーティーなどは下部組織を作り物資の搬入を行う事で、更に深い階層へと攻略を進めている。ジェンガとメアリーが集めた情報では、現在冒険者ギルドで確認されている最深到達階数は金級冒険者パーティー“セイレーンの泉”による六十二階層、灼熱の火山地帯にワイバーンが飛び交うという地獄の様なとんでもない場所とのことであった。
冒険者ギルドにはこうした階層ごとの概要情報が閲覧できる資料があり、各冒険者の指標となっている。また二十階層までは資源回収の為として詳細資料が公開されており、販売所には小冊子で詳細地図も売られていたとの事であった。
安全の為の情報は宝である、シャベルはギルドで売られている比較的信頼性の高い情報は積極的に購入するように指示を出し、ダンジョン探索に備えていたのである。
「なぁシャベル、やはりそいつは連れて行くのか?」
クラックは小脇に木箱を抱えるシャベルに声を掛ける。それはシャベルの抱える木箱がダンジョンモンスターであるミミックのボクシーであるからに他ならなかった。
「あぁ、クラックの心配している事は分かる。ダンジョンモンスターであるボクシーはダンジョンに戻れば再びダンジョンから魔力を貰う事が出来る、そうなればボクシーがただのダンジョン魔物であるミミックに戻ってしまうんじゃないのかといった事だろう?
だがそれこそ今更だ。俺たちはダンジョンで活動する冒険者でテイマーだ、いずれにしろテイム魔物を連れてダンジョンに潜らなければならない。
ならばテイム魔物として連れて歩けるのかどうか確認する必要がある。
ダンジョンに連れて行った途端襲って来る様なら、いくら普段大人しい魔物であろうと安心する事は出来ないし連れ歩く事も難しい、ならばそうした事は早めに確認しなければならない」
シャベルの言葉は酷く冷静で残酷な物の様に聞こえる、だがこれはテイマーと言う職業の者であれば誰しもが抱える矛盾。打ち倒すべき魔物と心を通わせ共に戦う事、それはそうした矛盾を飲み込んで初めて成立する事なのであろう。
“フワッ”
シャベルは一瞬何か膜の様なものを通過した感覚に身じろぎする。それはダンジョンの魔力領域に侵入した証拠、魔の森や大森林といった魔物の領域に踏み込んだ時明確にそれ迄いた場所との魔力濃度の違いを感じる様に、ダンジョンにもまたダンジョン独自の魔力領域が作られているのである。
“ガタッ、ガタガタ”
その瞬間ガタガタと蓋を動かし反応を示すボクシー。周囲に漂う魔力を感じ取り、自身がダンジョンに戻って来た事を察知したのであろう。
「ボクシー、お前はダンジョンに戻って来た。ボクシーが望むならこのままダンジョンの中に戻してあげてもいい。
まぁその時は第六階層の隅っこにでも置いて行く事になるが、それが今の俺に出来る精一杯かな?やたらな場所にボクシーを放す事は危険行為と判断されかねないからね。
ダンジョンに残りたいのなら蓋を二回開け閉めしてくれるかい?
一緒に居てくれるのなら一回で、まだよく分からないのならそのまま黙っていてくれて構わない」
シャベルは小脇に抱えたボクシーに優しく語り掛ける。それは自身の思いを伝えようとする、シャベルの精一杯の誠意であった。
“・・・・・・・・カタッ”
蓋が開いた回数は一回、シャベルはボクシーに優しく微笑み掛けると、左手を翳し「<テイム>」と唱えるのであった。
「・・・ねぇ、リーダーが本当にミミックをテイムしちゃったんだけど、これって普通のテイマーでも出来る事なのかしら?」
シャベルの様子を眺めていたメアリーがボツリと呟く。
「いや、多分無理だぞ。普通テイマーは<テイム>に成功してから魔物との意思の疎通を行う。だがリーダーは<テイム>する前に意思の疎通を行って魔物の了承を得たうえで<テイム>を行っていた。
これって前にリーダーが言っていた合意テイムって奴なんだと思うんだが、これは俺の想像になるが<魔物の友>ってスキルは強制力がない代わりに魔物との意思疎通を助ける働きがあるんじゃないのか?
じゃないといくら魔力に飢えていた状態だったからって、ミミックがあれ程大人しくリーダーの魔力水を受け入れていた事の説明が付かないだろう。
つまりこれはリーダーの、<魔物の友>のスキルを持つテイマー独自の方法なんだと思う。
俺が同じ事をしろと言われても成功する自信は一切ないからな?」
メアリーの呟きにジェンガが応える。目の前でシャベルが行った行為はそれ程までに特異であり前代未聞の現象であったからだ。
「ほら、お前ら何ボーっとしてるんだ、ここはダンジョンだぞ?
幾ら浅い階層だからって油断し過ぎだ。
ダンジョン一階層のスライムは外のモノと違って一応攻撃してくるんだぞ?
もっとも洞窟の天井から落ちて来るだけなんだが、へたをすればそんな攻撃でも死ぬんだからな?」
クラックはそんな二人に顔を向け注意を促す。ダンジョンではちょっとした油断で命を落とす。パーティーの斥候兼雑用として最前線に立たされていたクラックは、その事を骨身に染みて知っていたからである。
「そうだったな、すまん。俺もすっかり平和ボケしちまったらしい、ここはダンジョン、何も危険はダンジョンの魔物ばかりじゃないって言うのにな」
ジェンガはそう言うと、油断なく周囲に視線を送る。
「そうね、でも私ってば六階層迄完全に役立たずなのよね。ずっと洞窟だし、うちの子飛ばせないし。せめて足を引っ張らない様に周辺の警戒だけは行っておくわ」
メアリーはそう言うと自身の武器である棍棒の握りを確かめる。
テイマーはお荷物なんかじゃない、共に戦う仲間である。
シャベルの齎した新たな考えが、メアリーの中で自信となって息づいているのであった。
シャベル達金級冒険者パーティー“魔物の友”は、三体のグラスウルフを先頭に両脇を一体ずつのグラスウルフで固め、後方からは三体のフォレストビッグワームが付き従っていた。
そのフォレストビッグワームの背中にはちゃっかりバトルホーク二体とマッドモンキーが掴まっているのだが、それは御愛嬌と言うものだろう。
そんな魔物の集団に囲まれた彼らが目立たない筈も無く、シャベル達の存在は彼らが従魔を連れ東街門から入って来た時から注目の的となっていた。
「おい、何だありゃ。一体何体の従魔を引き連れてるんだよ。
アイツら何者だ?」
「う~ん、この辺じゃ見ない顔だな。最近来たばかりの新入りじゃないか?
あれだけ目立つのに噂一つ聞いた事がないって事は、今日が初ダンジョンって事なんじゃないのか?」
「ほ~、だったら賭けないか?アイツらがどれくらい持つのか」
「いいね、グラスウルフが五体によく分からないスネーク系魔物が三体だろう。あの背中に乗ってるのがマッドモンキーとバトルホークか?何とも色んな魔物を集めたもんだ事。
まぁ戦力としては低層探索なら申し分ないんじゃないのか?
何と言っても数は力だからな。
って事で二月でどうよ?」
彼らを見詰める目は好奇、興味、そして欲望。
「フフフッ、甘いな。そんな戦力分析だけで生き残れるほど甘い所じゃないだろうが、ここはダンジョン都市だぞ?
目立つ奴は狙われる、よく見ればあいつら全員軽装じゃないか、剣を下げちゃいるが基本武器はあの棍棒だろうさ。って事は圧倒的な火力不足、それに加え盾役も見られない。
それに新人みたいにゴテゴテした荷物を持ってないって事はマジックバッグ持ち。
もう狙ってくれって言ってる様なもんだろうが、こんなおいしい獲物は他にいないっての。
早ければ一週間、遅くとも一月って所じゃないのか?」
冷静な分析、それはダンジョン都市の闇の側面を知るが故のもの。
「まぁいずれにしてもしばらくは注目の的だろうよ、なんせ目立つからな」
「ちげえねえ。頼むぞ、二月は持ってくれ、根性みせろよ~」
街のあちこちで行われる娯楽、シャベル達の存在は実力とは関係ない方向で、瞬く間にダンジョン都市に知れ渡って行くのであった。
“ボタッ”
ダンジョン第一階層、そこは通称スライム洞窟と呼ばれる場所であった。冒険者ギルドの詳細地図によれば出現する魔物はスライムのみであり、基本的な攻撃手段は天井からの落下。洞窟内はヒカリゴケにより淡く光っているため先が見えないという事はないものの、やや薄暗く見通しがいいとは言い難い。
そんな状況で突然スライムが降ってくれば、人によってはパニックに陥る事もあり、油断してよいものではない。
「ふむ、天多、どうだ?」
第一階層は特に旨味も無い階層と呼ばれ殆どの冒険者が素通りする場所である。その為第二階層に続く通り以外に向かうという冒険者はまずいない。
“プルプルプルプル”
シャベルの左肩に乗っていた拳大に身体を小さくしていた天多は“行けるかも~”といった返事を寄越す。
「皆すまない、少し実験したい事だあるんだがいいだろうか?」
それは洞窟を進むシャベルから掛けられた言葉。
その瞳は何か悪戯を思いついた子供の様な、ワクワクといった感情が見て取れるようなものであった。
「あ、あぁ。リーダーはシャベルだしな。それ程ながいするって訳じゃなければいいんじゃないのか?」
「そうね、第一階層じゃ危険って事もないでしょうし、別に構わないわよ?
シャベルは今日が初ダンジョンだしね、目的は戦闘と言うよりこの環境に慣れるって意味合いの方が強い訳だし」
「俺も構わないぞ?こんな何もない場所で一体何がそんなに気になるのかって方が気になるしな」
“魔物の友”のパーティーメンバーからの了承を受けたシャベルは、冒険者たちが進むメイン通路を逸れ、人気のない脇の通路へと入って行く。
そんなシャベル達の様子を見ていた他の冒険者たちは“あいつら何やってるんだ?”と首を捻るも、変わり者のやる事は分からないとばかりに直ぐに関心を失うのであった。
「この辺でいいかな?」
それはメイン通路を外れ暫く奥へ進んだ通路上であった。
「<範囲指定:通路全体:テイム>」
“ボタッ、ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタッ”
「キャッ!」
突如天井より降り注ぐ無数のスライム、その光景に思わず声を上げるメアリー。
通路上では数多くのスライムがプルプルと身を震わせている。
「シャベル、これは一体・・・」
「あぁ、やはり思った通りだったよ。前にも話した事があると思うが、俺は<魔物の友>スキル持ちで最下層魔物のスライムとビッグワームしかテイム出来なかったんだ。
その時テイムしたスライムが丁度あんな感じだったんだ」
そう言いシャベルが指差すのは通路上のスライムの塊、ただプルプル震えるだけの水饅頭。
「正直どうしたものかと思ったよ、ただ震えるだけ、どんな指示を出そうがそれしか反応しないんだから。
天多も今みたいに元気に飛び跳ねる事なんか出来やしない、こっちが探して運んでやらなければ何も出来ない存在だったんだ。
その時思ったもんさ、スライムは何も考えられずただゴミ処理の為だけに存在しているのかってね。
実際そんな存在が一般的なスライムの在り様なんだと思う、都会の下水道で繁殖するスライムなんかがそのいい例なんだろうな。
それで思ったのさ、この洞窟のスライムも単純な命令しか実行出来ないんじゃないのかって。
スライムに与えられた命令は一つ、“天井に貼り付き何かが来たら落ちろ”。それは本当に何でもいい、人だろうが馬車だろうが従魔だろうが。そこには攻撃するとか殺意とかは一切ないんだと思う、やる事と言えばただ貼り付くだけだったしな。
<魔物の友>はそう言う攻撃の意思のない魔物にはよく効くんだ。銅級の頃はそれを利用して溝浚いの仕事をしてたくらいだからな。
案の定ダンジョンの魔物であるスライムのテイムに成功したって訳さ。これが何の役に立つのかと聞かれれば微妙なんだが、気になってな」
そう言い肩を竦めるシャベルに呆れた顔になるパーティーメンバー。そんな中、天多だけが“仲間が一杯♪”とばかりにテイムしたてのスライム達の中に突っ込み、次々とその身に取り込んで行くのであった。