第141話 王都冒険者ギルド本部、そこは冒険者の頂点たちが集う場所
冒険者ギルドミゲール王国王都モルガノ本部、一般的に王都冒険者ギルド本部と呼ばれるそこはミゲール王国の全冒険者ギルド支部を統括する場であり、ミゲール王国内のすべての冒険者を管理する組織である。
ミゲール王国内で起きたスタンピードや強力な魔物の出現、盗賊団や犯罪冒険者などの情報は魔道具を通じ各冒険者ギルド支部から冒険者ギルド本部に集められ、ミゲール王国の国内情勢情報として王城に上げられるほか、冒険者たちの指導管理に役立てられている。
「ここが王都冒険者ギルド本部、ミゲール王国に住むすべての冒険者を管理する場所か。初めてライド伯爵家居城を見た時も驚いたが、ここはそんなライド伯爵閣下の城に匹敵するほど大きく威厳に満ちているな」
初めて王都冒険者ギルド本部を目にした冒険者は、皆一様にしてその威容に唸りを上げる。それほどに王都冒険者ギルド本部の建物は大きく、ミゲール王国において冒険者ギルドが大きな力を有していることを象徴するような場所であるからであった。
暫く王都冒険者ギルド本部前の広場で建物を眺めていたシャベルは、大きく息を吐くと覚悟を決めたように玄関扉に向け歩を進める。その光景を見ていた周囲の冒険者は田舎者と見下すような視線を送る者あり、初々しいと目を細める者あり、あんな時代があったなと過去を懐かしむ者あり。
王都冒険者ギルド本部前で立ち止まる冒険者の姿は、冒険者ギルド本部の名物といえるような光景なのであった。
「こんにちは、王都冒険者ギルド本部へようこそ。本日お越しいただいたご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
建物の開かれた玄関扉を潜った先は広い受付ホールであった。そこには多くの冒険者たちが集い、各々の用件を済ませるため受付カウンターに列をなしていた。
冒険者ギルド本部受付カウンターには各用件に合わせ番号が振られ、冒険者たちはその案内に従いそれぞれの列に並ぶ。それは各地の冒険者ギルド支部でも同様であるものの、カウンターの数の多さや区分される業務内容が多岐に亘ることが王都冒険者ギルド本部の特徴であった。
「失礼、王都冒険者ギルド本部に来たのは初めてでな。何をどうしたらいいのか分からず困っていたところだったんだ。
昔から王都に行く機会があれば一度受けてみたいと思っていた依頼があってな。下水道のスライム退治の依頼なんだが、どこで申し込んだらいいのか教えて欲しいんだが」
シャベルの言葉に声を掛けたギルド職員は一瞬動きを止める。“この冒険者は一体何を言っているのか?”、理解が追い付かず思わず口に出して聞き直す。
「失礼しました。下水道のスライム退治でございますか? それは一体どういう理由で」
「あぁ、俺が育った地域には下水道というものがなくてな、排水路のどぶさらいの依頼はよく受けていたから排水路にスライムが湧くという事は知っていたんだが、王都では湧き過ぎたスライムが下水道を詰まらせるほどに増えて冒険者に討伐依頼が出ると聞いてな。
こんなことを言っては田舎者と馬鹿にされるのかもしれないが、スライムが増えすぎて下水道を詰まらせるという光景が思い浮かばないんだ。
スライムといえば野山で普通に生息している最下層魔物だ、だが増え過ぎて山になるような光景は見たことがないし、何をどうすればそんなことになるのか理解ができない。
ならば実際に見てみるしかないだろう。何、依頼は依頼、スライム退治の仕事は完璧に熟して見せる、これでもスライム退治は得意なんだ」
シャベルの話に半ば呆れた表情になるギルド職員と、声を出して笑う周囲の冒険者たち。「確かに田舎じゃお目に掛かれない光景だよな、俺も初めて見た時は驚いたもんだよ」とシャベルの背中をバンバン叩くベテラン冒険者や、「ハンッ、どこの田舎もんだ。恥ずかしいからとっとと住処に帰れ!!」とヤジを飛ばしてくる者など、その反応は様々であった。
「あっ、はい。そういう事ですか。スライムの討伐依頼は王都下水道管理局からの依頼で行われているものでして、基本的に常時依頼となっています。依頼受注手続きは一番受付で行う事が出来ますので、あちらの冒険者の列にお並びください」
そう言い指し示された先は、一番と書かれた複数の受付カウンターとそこに並ぶ多くの冒険者たちの列であった。シャベルはその中でも比較的人数の少ない列に付くと、大人しく順番を待つのだった。
「次の方どうぞ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「常時依頼のスライムの討伐依頼を受けたい。依頼達成条件があるようなら詳しく聞いておきたいんだが」
受付カウンターの受付職員は、“常時依頼のスライム退治如きに何を言ってるんだ?”と訝しむも、そのようなことはおくびにも出さず説明を始める。
「はい、常時依頼のスライム討伐依頼でございますね? 基本的にスライム討伐依頼に討伐証明はございません。スライムは切り刻み、排水路に流すことが基本的な対処となります。
こちらの依頼を受けた場合王都下水道管理局に赴き受注依頼書を提出、作業範囲の説明を受けます。依頼完了後王都下水道管理局の職員に作業区画の確認をしていただき、受注依頼書に完了のサインをもらい依頼終了となります」
「なるほど、スライム討伐の際の注意事項などはあるか?やってはいけないことなどの確認をしたいのだが」
「施設を傷付けたり壊したりするような行為は禁止されています。例としては大剣等を振り回して下水道の壁を壊したり、火属性魔法で周囲の壁を焦がしたりといったものでしょうか? スライム討伐はスライムの数を減らす事で下水道の滞りを解消することが目的となります。ただスライムを討伐すればよいという依頼ではないことを心に留め置きいただければと存じます」
受付職員からの諸注意は逐一尤もな事であり、シャベルはあまりにも常識的な話の内容に、こうしたことを注意しなければならない状況が発生することもあるのだろうかと緊張を強める。
「分かった、詳しい説明感謝する。スライム討伐の依頼を受けたいと思う、依頼受注手続きと、王都下水管理局までの簡易地図があればそれもいただきたい」
「はい、それでは受注手続きを行いますので冒険者ギルドカードの提示をお願いします」
シャベルは受付職員の言葉に懐から金級冒険者ギルドカードを取り出し、カウンターへ置く。受付職員はそのギルドカードを受け取ると、「は?」と間抜けな声を発した後シャベルとギルドカードを二度見し、「あの、金級冒険者のシャベル様でよろしいのでしょうか?」と聞き返すのであった。
「「「「はぁ!? 金級冒険者がスライム退治の依頼を受けるだと?」」」」
受付職員の言葉は決して大声というものではなく、むしろ周囲を気にして小声での問い直しであった。だがスライム退治を真剣に行おうとする変人冒険者の動向は、噂好きの冒険者たちにとっては恰好の暇潰しのネタであり、聞き耳を立てていた冒険者たちにとって金級冒険者がスライム退治の依頼を受けるという話は驚き以外の何物でもなかったのであった。
「あぁ、金級冒険者シャベルで間違いない。依頼受注手続きを頼む」
「は、はい。畏まりました」
「「「「いやいやいや、金級冒険者がスライム退治の依頼なんか受けてちゃダメだろう!?」」」」
冒険者は基本的に自由の民である。冒険者がどの依頼を受けるのかはその冒険者の自由であり、受注した依頼はその冒険者の責任において完遂しなければならない。
金級冒険者であるシャベルが下水道のスライム討伐依頼を受けることは何ら問題のない行為であり、受付カウンターの受付職員は冒険者ギルドの原則に則り、依頼受注処理を行おうとした。だがそこに周囲の冒険者たちが待ったを掛けた。
「ちょっと待てよアンタ、何で金級冒険者が見習い冒険者が受けるような下水道のスライム退治の依頼を受けようとしてるんだよ。金級冒険者なら金級冒険者らしくもっと難しい依頼を受けやがれ」
「そうだそうだ、大体そこの受付職員も依頼受注手続きを取ろうとしてんじゃねえよ。金級冒険者だぞ、金級。ただの冒険者じゃない冒険者ギルドの顔といってもいい一握りの人間だぞ? 下水道のスライム退治依頼なんかさせてんじゃねぇ!!」
冒険者は自由の民である。シャベルは常時依頼であるスライム討伐の依頼を受注しようとし、冒険者ギルドはその要請を受け取った。両者の行いには何の問題もなく、誰かに文句を言われる筋合いもない。
だがシャベルは金級冒険者であり冒険者ギルドの花形、そんな人間が最底辺の常時依頼であるスライム討伐の依頼を行うという事を冒険者たちは許容する事が出来なかった。それは自分たちが馬鹿にされている事と同意であり、金級冒険者という憧れを汚されることと変わらない行いなのであった。
上がる怒声と非難、困惑する受付職員。そんな中騒ぎを聞きつけた者が大きな声を上げる。
「手前らやかましいぞ、少しは静かにしねえか!!」
受付ホールに響く冒険者の声、それと同時に放たれた覇気に騒いでいた冒険者たちが一斉に口を噤む。
「それで? 一体何があってお前らは騒いでやがったんだ?」
その冒険者はギロリと周囲を睨みつけながら受付ホールの中を歩く。先程まで威勢のよかった冒険者たちは視線を逸らし、声を発することなく列に並ぶ。
「おいおいだんまりか? それじゃ何があったのか全く分からねえだろうが。
おいお前、何があったのか話してみろ。嘘や誤魔化しを言おうもんなら、分かってんだろうな、あん?」
「は、はい! 一番受付のカウンターにいる野郎が金級冒険者のくせに下水道のスライム退治の依頼を受けようとしてやがりまして、それで騒ぎに」
「はぁ!? 下水道のスライム退治って、そんなもん見習い連中の仕事だろうがよ、なんでそんなもんを金級冒険者が受けるんだよ、意味が分かんねえ。
で、どこのどいつなんだ、そんな酔狂なまねをしようって変わり者は」
男の声が受付ホールに響く、冒険者たちの視線が一斉にシャベルへ向けられる。
「へぇ、アンタかい、金級冒険者でありながら下水道のスライム退治の常時依頼を受けようっていう変わり者は。因みに何でそんな依頼を受けようと思ったのか聞いてもいいか?」
「別に隠すほどの事でもないから構わんが、単に興味からだな。王都のような都会じゃ珍しくもないようだが、スライムが下水道を埋め尽くして流れが阻害されるなんて、俺のような田舎者には想像もつかない光景なんでな。この話を聞いた時から一度は見てみたいと思っていたんだ。
今回縁あって王都に来る事になったんでな、下手な遠征依頼みたいに時間がかかるようなものでもなし、俺にとって都合がよかった、それだけだ」
シャベルの言葉に口をぽかんと開けたまま呆れ顔になる男。男は突然大声で笑いだすと、シャベルの背中をバシバシ叩いて言葉を掛ける。
「いや~、王都冒険者ギルド本部の冒険者たちが迷惑を掛けて悪かった。こいつらはどこか自分たちがミゲール王国の冒険者の代表みたいな考えがあってな、自分たちの価値観に合わないことや物を目にすると、過剰に反応しちまうのよ。
冒険者は自由の民、王都観光がてら下水道のスライム退治をしようが手前の自由だろうってな。そういう訳だ、お前らもこちらの旦那の邪魔はするんじゃねえぞ!
手前らにとっちゃ珍しくもない光景だろうが、下水道を見たこともない御仁にとっちゃ立派な観光名所なんだからよ。
俺はエステバン、白金級冒険者“雷剣のエステバン”ってもんだ。アンタの名前は?」
「俺はシャベル、金級冒険者だ。“蛇使いシャベル”や“スライム使いシャベル”と呼ばれている」
「はぁ? 二つ名も随分変わってるんだな。もしかしてテイマーか? テイマーの金級冒険者は数が少ないから調べればすぐに分かると思うが」
「そうだな、俺が知ってるのは“剛拳のヘイド”くらいか。尤もヘイドは自らの拳を武器に戦う男だからな、あれをテイマーといっていいのか甚だ悩むところだが。
俺のことは調べればすぐに分かると思うぞ? なんせ<魔物の友>持ちのテイマーで金級冒険者になった者は他に聞いたことがないといわれたくらいだからな」
「「「「「・・・はぁ!? <魔物の友>持ちってハズレテイマーじゃねえか、何でそんな奴が金級冒険者になれるんだよ、おかしいだろう!!」」」」」
再びざわめく受付ホール。シャベルはそんな冒険者たちの様子を眺めながら、“これってちゃんと依頼を受ける事が出来るんだろうか?”と心配な気持ちでいっぱいになるのであった。




