第138話 訪れた城、そこはライド伯爵家居城
冒険者ギルドセルロイド支部での盗賊冒険者の亡骸引き渡しは直ぐに行われた。先にギルド長執務室にて提出された冒険者ギルドカードから身元の確認は行われたものの、念の為鑑定士によりそれぞれの亡骸の詳細鑑定が行われ、確かに彼らが犯罪行為に手を染めた事、ライド伯爵家の馬車を襲った事などが確認されたのであった。
シャベルは以前スコッピー男爵領マルセリオ支部の武術教官ドットから、“昔は盗賊の左耳を切り取って討伐証明とした時代があった”と聞かされた事があった。今でも賞金首は首を切り取り持ち込む事で鑑定により本人確認を行うのだとか。
死して尚<鑑定>により犯罪の有無を調べることが出来る、シャベルは改めてスキルというものの凄さに驚くと共に、女神様のお与え下さる慈悲に感謝するのであった。
シャベルは盗賊冒険者たちの所持品の全てを冒険者ギルドに買い取ってもらい、彼らのギルド口座の預入金の引き出しを要求した。所持品の中にはマジックバッグやダンジョンドロップアイテムの剣や魔道具なども含まれていたが、シャベルは盗賊の使っていた品を自身で使用する気にはなれなかった。
「彼らの口座預入金が合計金貨十四枚、所持していたマジックバッグ等の買い取り金額が合計金貨十六枚銀貨四十八枚となります。こちらがその詳細となりますのでお確かめください」
冒険者ギルド職員から手渡されたものは、盗賊冒険者それぞれのギルド口座残高を記した明細と所持品買い取り金額の詳細であった。シャベルは口座預入金受け取り書と買取承諾書にサインすると、金貨三十枚銀貨四十八枚を確認し、皮袋に入れ腰のマジックポーチに仕舞うのであった。
「道中の護衛助かった、感謝する。それと盗賊連中に道を塞がれた時は勝手してすまなかった、これは領都まで無事に送り届けてくれた礼と勝手した詫びだ、パーティーメンバー全員でパッと飲んで使ってくれ」
そう言い護衛冒険者のリーダーに金貨五枚を手渡すシャベル、リーダーは恐縮しつつも金を受け取ると、パーティーメンバーに「シャベルからの奢りだ、今日は酔いつぶれるまで飲むぞ!!」と言って一礼をするのだった。
「いや、シャベル殿は冒険者たちの扱いが上手ですな。魔の森の時もそうですが、気前よく獲物を提供しておられた。それに冒険者ギルドでのギルド長への対応も素晴らしいものでした。
金級冒険者としての姿と調薬師としての姿を見事に使い分けておられる、そうした振る舞いはやはり金級冒険者パーティーのリーダーとして身に付けられたものなのですか?」
冒険者ギルドからライド伯爵家の城に向かう馬車の中、アジル執務補佐官に感心の言葉を向けられ気恥ずかしそうに笑みを浮かべるシャベル。
「いえ、これはまだ俺が冒険者になりたての頃によくしてくれた冒険者ギルドの受付責任者の方に言われたのですが、冒険者たちは丁寧な言葉遣いで話をされると馬鹿にされたと感じる者が多いんだそうです。
礼儀正しく人に対して誠実に対応する、幼い頃の俺はそうすることが正しい行いであると信じ過ごしてきたので、自身のこれまでの生き方とはまるで違う冒険者たちの在り様には正直戸惑いました。初めての依頼先でも“品のいい農家の小倅”と言われたくらい俺の話し方や態度は他とは違っていたそうですから。
そこで自身を表す時の言葉を“私”から“俺”に変え、言葉遣いも意識して周りに合わせたのですが中々上手くは行かず。そんな時冒険者ギルドで世話になっていた武術教官の仕草や態度、口調をまねる事を思いついたんです。
無理に自身を変えようとするのではなく、理想とする冒険者像、目指すべき人物になり切る。そうして今の“俺”が出来上がったという訳なんですよ。
器用でもなんでもなく、不器用だからこその今といったところでしょうか」
そう言い頬を掻くシャベルに、“本当にシャベル殿は面白い人物だ”と笑顔になるアジル執務補佐官なのであった。
「到着いたしました、こちらがライド伯爵領の中心、ライド伯爵家居城となります」
アジル執務補佐官に促されて降り立ったそこは、これまで見たこともない大きな建物であった。ライド伯爵家居城、その名の通りそこは城門を備えた城であり、多くの人間が働くライド伯爵領の心臓部。
シャベルは急に押し寄せてきた緊張に顔を引き攣らせながらも、ぎくしゃくと手足を動かしアジル執務補佐官の後に従うのであった。
重厚な石造りの廊下、壁際には所々調度品が置かれ、ともすれば重苦しい雰囲気になりそうな建物に威厳と潤いを与えている。壁に掛けられた絵画もそうした事を目的としているのか、人物画よりも風景画が多く見られるのだった。
“コンコンコン”
「失礼いたします。伯爵閣下、アジル執務補佐官と金級冒険者シャベル様をお連れいたしました」
アジル執務補佐官を出迎え城内を案内した執事が、木製の立派な扉を前に立ち止まる。
「ご苦労、入ってくれ」
“ガチャリ”
開かれた扉、室内は全面に絨毯が敷かれ、豪華でありながら落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「アジル、シャベル殿の迎えご苦労だった。シャベル殿、初めてお会いする。私はライド伯爵家当主ニコラス・ライド、此度は我がライド伯爵家のために協力いただき感謝する。
詳しい話はアジルから聞いているが、今一度シャベル殿の口から説明いただけるだろうか?」
室内に置かれた長テーブルに着いていた壮年の男性が、席を立ち挨拶の言葉を述べる。テーブルにはライド伯爵のほかに初老といった年頃の男性が居り、共に椅子から立ち上がると軽く礼をするのだった。
「ニコラス・ライド伯爵閣下に於かれましては面会の機会をいただけました事、心より感謝申し上げます。私は城塞都市ゲルバスにて活動しております金級冒険者パーティー“魔物の友”リーダー、金級冒険者シャベルと申します。
ご存じであるとは思いますが私はテイマーであり世間一般ではハズレスキルとされています<魔物の友>を有しております。そのため冒険者活動以外に職外調薬師として薬師ギルドにも所属させていただいております、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言い深々と頭を下げるシャベル。ライド伯爵は予めアジル執務補佐官より金級冒険者シャベルの人となりを聞いており、冒険者とは思えぬような知的で礼儀正しい態度の者であるとは知ってはいたものの、本人を前に余りに冒険者らしからぬ雰囲気に目を見開く。
「失礼だがシャベル殿は何やら事情をお持ちでおられるのかな? その口調、物腰、とても市井の者とは思えぬのだが」
「いえ、私は一介の冒険者シャベル、それ以上でもそれ以下でもありません。ですが言葉遣いに違和感を持たれると仰られるのでしたら、言葉を崩させていただければ幸いにございます」
頭を下げ許可を求めるシャベルに「気遣いは無用にて、話し易い口調を使われるがよい」と述べるライド伯爵。
「では失礼いたします。この度は俺のような者の提案に賛同いただきありがとうございます。ライド伯爵家が置かれた現状、様々な貴族家からの執拗な要求が集まっているという話はアジル執務補佐官様からお伺いいたしました。
俺からの提案の肝は、癒し草栽培の技術の一切を王家に献上する事で面倒事を回避しようというものです。
確かにライド伯爵家は城塞都市やダンジョン都市といった他領にはない資源に恵まれています。しかし爵位はあくまで伯爵家であり上位貴族家である公爵家・辺境伯家・侯爵家に強く出る事は難しい。特に今回の癒し草栽培技術のような永続的に利益の上がるような話を放置しておく貴族家はないと言ってもいいでしょう。
現に薬師ギルドで売り出す事になったエリクサーの件についても様々な圧力を掛けられたとか、これが貴族社会の現実であり現状です。
そしてもう一つ不味い事は癒し草栽培技術が魔物災害を引き起こす危険性を孕んでいる事です。多くの貴族家の方たちはこう思うはずです。“癒し草栽培を上手く行えないのはライド伯爵家が肝心な話を教えないからだ、魔物災害が起きたのはこの癒し草栽培自体がライド伯爵家の謀略だったからだ”と。
例えライド伯爵家が懇切丁寧に指導を行ったとしても、話を聞かずいい加減な農法を行い問題を起こす家は出るはずです。その時彼らは必ず責任をライド伯爵家に転嫁する、俺はそれも貴族の本質の一面だと理解しています」
シャベルの言葉に口を噤み難しい顔をするライド伯爵。ともすれば貴族批判ともとられかねない話ではあるものの、それが否定しようのない事実である事はライド伯爵家の置かれた現状が証明してしまっている。
「だからこそのエリクサーの献上であり、癒し草栽培技術の譲渡なのです。これにより癒し草栽培技術の権利は俺やライド伯爵家の手を離れ、ミゲール王国王家のものとなります。ライド伯爵家は癒し草栽培技術を王家に譲渡する見返りに栽培方法の使用権を貰う、以降の癒し草栽培に関しては王家の承認を必要とする事とすれば無暗矢鱈に癒し草栽培を行う者が現れる事もないでしょう。
王家にはこれまで城塞都市ゲルバスに於いて俺と薬師ギルドの共同で行った癒し草栽培の全てと冒険者ギルドにより報告が上がった魔物の発生推移、テネシー補佐官様がまとめられた癒し草栽培における危険性の報告書をお渡しし注意喚起を行ってください。
この技術は正しく運用すれば比較的安全に安定的な癒し草の確保が狙えますが、いい加減な管理を行えば簡単に魔物災害を起こしかねない危険性を孕んでいます。どうぞその点をよくよくお含みいただき対応していただけるようお願いもうしあげます」
シャベルはそこまで語り終えると深々と礼をする。ライド伯爵は“なるほど、聡明且つ礼儀正しい人物というアジルの報告に嘘偽りはなかった”と頷き、金級冒険者であるシャベルが癒し草栽培技術を確立した事に納得するのであった。
「ハッハッハッハッ、これが金級冒険者シャベル殿ですか、いやはやどうして、凄まじい人物がいたものですな。
いや、失礼、名乗りが遅れて申し訳ない。私はマルク・サーランド、薬師ギルドセルロイド支部のギルド長を務める者だよ。職外調薬師シャベル殿の話はゲルバス支部のレザリアギルド長からよく聞いていてな、一度会ってみたいと思っていたのだよ。
そうそう、カッセルでは薬師ギルドの受付職員が迷惑を掛けたようだね、噂は聞いている、その節は本当に申し訳ない事をした、ライド伯爵領の薬師ギルドを束ねる者としてお詫びする」
マルクギルド長はそう言うと深々と礼をしシャベルに謝意を示すのだった。
「いや、顔を上げてください。その件に関してはカッセル支部で既に謝罪の言葉をいただいていますので。それにカッセル支部の皆さんには本当にお世話になったんですよ、俺たち“魔物の友”はテイマーが集まって作ったパーティーだったんで何かと周りから絡まれて大変だったんです。そんな状況でも成果を出すことが出来たのは薬師ギルドカッセル支部でドロップアイテムのポーション類の買取を行って貰えていたお陰なんです、感謝こそすれ恨み言なんかは持っていませんので。
それに今回のエリクサーの件ではセルロイド支部の皆さんに酷い迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ありませんでした。冒険者ギルドで買い取りを行って貰えばこういった問題にはならなかったんでしょうが、そんな事をした日には無事生きてダンジョン都市を出ることが叶わなかったかもしれなかったんですよ。それ程にあの街では多くの冒険者に襲われまして。
今回領都に向かっている時も馬鹿な冒険者たちがライド伯爵家の馬車の道を塞ぐ騒ぎがありまして、セルロイドに到着してすぐに冒険者ギルドに抗議しに行ったんですよ」
「なっ、アジル、それは本当か? それは我がライド伯爵家の馬車と知っての犯行であったのか?」
「はい、残念ながら。カッセルの監督官は様々な手を打っているようでしたが冒険者の質の低下は甚だしく。ただ取り締まるのではなく、一度根本的な改革を行う必要があるものかと。
ゼジルギルド長には冒険者ギルドとして正式に対応するよう既に話を通してあります。詳しくは今回の件が済んでからとはなりますが、ライド伯爵家としても厳しい姿勢で臨む必要があるかと」
アジル執務補佐官の言葉に大きく頷きで応えるニコラス・ライド伯爵。動き出した事態、ライド伯爵領という水面に放たれたシャベルの衝撃。生じた波紋は水面を揺らし、ライド伯爵領に広がっていくのであった。




